箱庭の扉よ、開け!

 レイフに連れられ森の奥の方まで来たウィン。何度か魔物に遭遇したものの、剣を抜くことなく魔法だけで全て済ますことができた。中にはお肉が絶品と有名なペクレという小動物も捕まえることができて、ホクホク顔である。

 

「ウィン様、ここにしましょう。今回は私が開けますが、次からはウィン様が行ってください。よく見ていてくださいね」


 少し開けた草原で、レイフは何かを取り出した。白い宝石のついた鍵……ウィンは見たことがある。現実ではない、ゲームで、だ。

 ゲームで箱庭のボタンにデザインされていた鍵……である。


「“箱庭よ、我を導き、そのを開け。我を迎え給え”」


 ウィンからしてみれば随分と古臭い感じの詠唱と共に、レイフは、その鍵を横へ倒した。カチャッと音が鳴る。すると……ふわあっと下から装飾の成された白く透明な扉が姿を現す。


「うおぉぉぉ……!!」


 ウィンの想定通り、そのサイズはそこそこ大きかった。2mちょっとくらいはあるだろう。


「ウィン様、これが、箱庭の扉です」


 少し疲れた様子のレイフが手で、肉球で指した。レイフの魔力保有量は知らないが、この様子だと相当魔力を使ったのだろう。


 スッと手で触れた。冷たい石のような感触が一瞬したかと思うと、すぐに離れる。ウィンが動いたのではない。扉の方が動いたのだ。


 ギイィッと鈍い音と共に開いた扉の先から、白い光が漏れている。眩しいとはまた違う感じで、本当に白い、光。


 レイフは躊躇なくそこに入り、白い光に飲まれたかと思えば、また顔を出した。


「ウィン様、お入りください」


「は、はい……」


 ウィンは少しビビりながらも、ゴクリとつばを飲んで、手を光に突っ込んだ。……奥にも空間があるのが分かる。少しだけ温度が違って、こちらよりも涼しかった。

 

 それを確認してから、少女はその扉をくぐり抜けた。



――そこに広がっていたのは、青い空と緑の丘。丘の上にはポツンと、いわゆる貴族の住んでそうなお屋敷が立っている。

 ポツンと、と言ってもその大きさはかなりある。小さめの学校ぐらいのサイズといえばいいのだろうか、後ろには森が続いていた。


 サイズは予想以上なものの、ゲームのデフォルト状態の箱庭そのものだ。


 ウィンはわぁぁっと感嘆の声を漏らしながら、洋館に向かって駆け出した。こんなに広ければどれだけ駆けてもいいだろう。


 開放感と自分を飲み込んでしまいそうなほど高く青く、広い空。ではおろか、この電線のない世界の町中でさえも見ることができないようなそんな空。


 レイフは、はしゃぐウィンの後ろをただついてくる。


 ウィンはその青と白の洋館を見上げると、スキップするように下がりながら、かばんを下ろし、ゴロンと後ろに倒れ……寝転がった。草がクッションになって空の高さがより感じられる。

 手足をうんと伸ばし、左手を空にかざす。日の光が手の隙間から漏れ、思わず笑みがこぼれた。


「んふふっ、ひろーい……きれい……」


「……ウィン様……」


 心無しか呆れたような声と同時に、ウィンの視界に猫の顔が現れた。

 あ、そうだ、レイフもいた、とウィンは思い出す。あ、やべ、ちょっと恥ずい、とも。


 少し顔が熱をもつのを感じながら、起き上がる。


「……屋敷内を案内いたします。着いてきてください」


「……はーい……」


 恥ずかしさやらを隠すため曖昧な微笑みを浮かべたウィンは、少し赤い顔で立ち上がり、荷物を拾ってレイフの後ろをついていった。


 玄関の少し重い扉を開ける。ぎいいっと箱庭の入り口とよく似た音がなった。


 中はいわゆるThe洋館な感じの玄関ホールだ。焦げ茶のフローリングに赤い絨毯が敷かれ、上を見上げると二階が吹き抜けになっているようだ。大きな天窓から差し込む光、それを反射したシャンデリアがキラキラと輝いている。


 奥には広い階段、全体的に高級そうだが彫り物などは少なく、どちらかといえばシンプルな品のよさ。デザインした人はとんでもなくセンスがいいんだろう、とウィンは感じていた。


 玄関はこんな感じだったのか……と、もの珍しげに、その大きさや高級感に興奮しながら見て回る。昔見た美術館がこんな内装だった。


 ゲームで見れた箱庭では、屋敷外にモニュメントや施設を建てたり、屋敷内の一部屋を好きにリメイクできたりなどはしたが、玄関などは流石に見ることもいじることもできなかった。だから新たな発見にウィンは目を輝かせる。


 ……本当に、貴族のお屋敷みたいだ……!


 なんて、貴族の屋敷の外観は見たことがあれど中身は無いのに、そう感じた。それはもっぱら前世の知識から引き出されたお屋敷のイメージだった。

 ……まぁ、この世界の芸術性やらは前世とあまり変わらない為、間違ってはない筈だ。


「ここが玄関ホールとなります。奥に見えます階段の裏、そこに箱庭1番の聖域、最も重要な場所である、神霊しんれいの泉があります。

まずはそこから案内しましょう」


 ウィンは周りの色んなものに気を取られながらも、レイフについて階段の裏に回った。


 その先には特別に装飾の施された扉。

 レイフは「開けてください」とその扉をポンポンと叩く。あ、そうか、肉球だから開けれないのか、と、ウィンはその鈍い金色のドアノブを回し、手前に引いた。ひんやりと冷たい風がこちらに流れてくる。


 神霊の泉……それはSTWでのガチャの舞台である。


 契約神を召喚するのに必要不可欠な場。確かにこの箱庭で一番大切な場所といえばその泉と言えるだろう。  


扉の奥は、室内とは思えないような、どちらかといえば石造りの遺跡のような空間が広がっていて、苔むしていた。光源はほとんどないはずなのになぜか明るい。

 ゲームと同じ見た目だ。まさかこれが室内にあるとは思わなかった。


 そして、その真ん中にある大きな泉、神霊の泉。水がほんのりと、本当にほんのりと発光しているようだった。


 ……空気は特別澄んでいる。聖域と言われるだけはある。神聖な雰囲気だ。ひんやりとしていて、ポタン、ポタンと水の音が反響していた。


「こちらが神霊の泉です。


 この場所で契約神の方々を召喚したり、再生が行われたりします。……神魂の還元もここで行われるんです。


 その分この空間の防御面も高く、避難場所にもなるので覚えていてください。


 ……ちなみにこのことは契約神の方々には伝えないでいてくださいね。もしものことがあったら困るので……」


 レイフの解説の声もボワンボワンと反響した。


 なんとなくはゲームで知っていた情報だが、そうなのか、防御力高いのかここ。見た感じだけで言うと遺跡チックなだけあり脆そうだ。まぁでもこの魔法の世界、見た目で判断できるものは少ないと、ウィンは既に知っている。


(……それで、そのことについては契約神に教えちゃいけないのね、了解。


 ……なんで教えちゃ駄目なんだろ、一緒に避難とかできないの? もしもの事って……なーんか不穏だな……。二次創作では契約神闇落ちネタとか割とあったし、まさか……それ現実リアルである感じ?)


 え、何それ怖い、と、どこか他人事なウィンがレイフの方を見ると、レイフは目を伏せ、何かを思い出しているような、そんな表情をしていた。どこか寂しげに見えるのは気のせいだろうか。


 レイフはウィンに見られている、そう気がつくとハッとなって、宙からあの白い宝石のついた鍵を取り出した。収納魔法を使っていたのだろう。


 ウィンも使えるが、収納魔法は物凄く便利な一方で、ペン一本の収納でさえそこそこ難しい魔法だ。


 それが使えるとなると、このケットシーはかなりの教養があるのだろう。……言葉の節々からも感じていたため今更だが。

 

 ウィンは収納魔法を使い物にするまでにかなりの時間と労力を必要とした。


 だから、へぇ……凄いな、あれ、でもレイフがこのレベルの魔法使えるってことは、箱庭の扉出すのにかなり魔力消費するってこと? うへぇ……、といった反応である。それはあまり嬉しくない事実だった。


「ウィン様。これをどうぞ。今回は私が起動しましたが、本来は召喚士であるあなたが持つべきものです。


この箱庭の鍵、先程のように、召喚士が箱庭に帰ってくるために必要不可欠な物、無くさないでください」


「あ、はい」


 ウィンの手に鍵が置かれた。首にかける用かチェーンがついていて、その白い宝石は不思議な光沢を放っていた。オパールみたいな、遊色効果といったか、それが浮かんでいて……綺麗だ。


(これが箱庭の鍵……マジで綺麗だけど、無くしそうで怖いよこのサイズ……気をつけないと)


 ウィンはそそくさと首にかけ、服の中へ忍ばせる。


「ああ、今から使いますので手に持ったままでいてください」


「あ、はい!」


――が、レイフに止められてまた取り出した。


(……このレイフって、なんか……業務的、なんだよなぁ。

 現実とゲームで少しは差があって当たり前なんだろうけど……業務的というか、機械的というか……なんか、少し……怖い。どう返していいか分からんくなる……)


 ……まぁウィンが返答に困るのはデフォルトで、コミュ症であることも原因の1つである訳なのだけれど。


 でも、ウィンはたしかにレイフの性格に違和感を覚えていた。ゲームでは彼? は元気でポジティブなキャラとして描かれていたのだ。


 ゲームと違い世知辛い世の中に揉まれて、機械的になるしか無かったのだろうか、それともこれが彼の本当の性格なのか?


 ……まぁ、どうでもいいだろう。そんなことを考えてもレイフの性格が変わるわけでもあるまい。こういう性格だと受け入れよう、と結局ウィンはこの考えを終了させた。


「泉に近づいてください」


 レイフはそう誘導する。

 

(わ、本当に水光ってる……なんか、斧投げ込んだら女神出てきそうな雰囲気だな……。

いや、実際オーブ投げ込んだら女神様も出てくるけど……)


「今から所有の契約を始めます。

 鍵を握って、泉に手を浸けてください、鍵が沈む程度までですよ」


「えっと、はい!」


 ウィンは言われたとおりに鍵を握る。

 所有の契約、そんなものが要るのか。もしかして、これをしないと誰でも鍵で箱庭を開けれるとか、そんなことになる感じ? なんて推測を立てながら、泉に浸した。  


 ふわあっと泉についたところから光りだす。


「……っわぁ……」


 手を伝い、光が体中を満たしていくような感覚。細い糸が全体に張って、流れていく。水はひんやりとしている筈なのに、鍵だけほんのりと温かい。


 光が止まって持ち上げてみた鍵には、前には無かった文様のようなものが浮かんでいた。

 

「ふぅ……無事、契約が成立しました。おめでとうございます、これからあなたは召喚士です」

 

「え、これで……?」


 あまりにアッサリしていて、実感がわかなかった。

 感覚的にはかなり不思議体験をさせてもらったが、泉につけた鍵が光った、それだけである。呪文や契約の言葉も何もない。


「無事にってことは失敗することあんの……?」


「えぇっと……稀に、ですね。稀に契約を箱庭側から拒否してくることがあるんです」


 ウィンは問いかけの返答にマジか、と声を漏らす。


「まぁでも今回は成功したので問題ありません。


……契約は無事成立しましたが、この箱庭を見て回る前にやるべきことがまだあります。


――――名前、です。召喚士としての名前を考えないといけません」

 

 ウィンは頭にはてなを浮かべた。


「名前? ウィンじゃ駄目なの?」


(いわゆるプレイヤー名ってやつ……? 現実でも決めるんだ。いや、ウィンって気に入ってるしそれでいいならそうしたいんだけど……)


 ウィン、という新しい名前を彼女は気に入っていた。なんとなく前世の……冬美と雰囲気が似ていたからである。この発想は恐らくwinterから来ているのだろう。

 確かこちらの意味での「ウィン」とは赤林檎のことだったから、意味としてはそこまで関係していないが。


「駄目、ではないです。

……ですが、やめたほうがいいです。これからは、普段使いにも偽名を名乗って貰いたい位ですから。

名前は呪術的な意味を持ちます。禁術やらも名前を用いるものは少なくありません。邪神側にバレるのも危険です。それに契約神にも……彼らが、堕ちない保証はないので」


(……おちる……? 恋に落ちるとかそんな感じ……じゃないですよね話の流れから明らかに堕天の方の堕ちるですね、分かってますとも。


 ということは、やっぱリアルに闇落ち展開あるんじゃねぇですか、マジかよ……!)


 そんな二次創作あるあるな展開を公式、てか現実で……!? とも思ったが、よく考えてみたら昔邪神側から契約神になったキャラもいた覚えがある。……確か……いや、名前なんだったっけ……! 


 もう十数年も前に見たキャラだ。しかも手持ちですらない。さすがのウィンも覚えていないが確か、褐色の青年。エジプト神だった気が……。


(……まぁ、良いや。縁があったらこれから会えるでしょう……! ゲームじゃ通常ガチャで出たはずだし! 


 ……それより今は名前よ!

 名前、名前ねぇ……名乗るってことはある程度名前っぽくないとおかしいし……あ、)


 1つ、いい名前があった。


 これまで絶対に名乗らなかった。もうこの生では区切りをつけていた名前……でも、絶対に忘れたくない名前。名乗っていいかは分からない。でも、



 

――それなら私は、


「フユミ、でどうかな?」


(お父さん、ママ、奈月ナツキ……私、この名前、もっかい使わせてもらいます)

 

 




 


 


 


 


 


 

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