プロローグ

【小説】召喚士への誘い

冒険者を目指して

 前世で落下してきた看板に押しつぶされて早15年。


 剣と魔法の世界に生まれたかと思えば、この世界がかの有名なスマホゲーム『神霊召喚 Save The World』、通称STWの世界であることに気がついた新谷あらたに 冬美ふゆみ、今世ではウィン・マグナ、前世と今世合わせて丁度30になる少女?である。


 『神霊召喚 Save The World』とは育成×戦闘×ファンタジーをテーマとしたMMORPGだ。


 美麗な3Dキャラ、イラストに世界観、プレイヤーや箱庭拠点をある程度自由にイジれる自由度の高さなど、無料とは思えないほどのクオリティを誇る作品である。


 ストーリーは世界を滅ぼそうとする邪神達から世界を守れ、というもの。

 プレイヤーは召喚士と呼ばれ、神々の力の一部、契約神《キャラクター》を召喚、契約することによって従え、邪神達と戦う力を得るのだ。

 

 ……このゲームの楽しみ方は各々違うだろうが、メインストーリーらしいストーリーはほぼほぼ無いため、キャラストーリーやイベントストーリー、他プレイヤーとの交流などを楽しむのが主だろう。

 

 ……そして、そんな世界に生まれ変わったウィン冬美がここがSTWの世界だと知ったのはつい最近、というか気づいて一週間しか経っていなかった。




――――時は一週間と少し前まで遡る。


 その時までのウィンは、自身は冒険者になるのだと信じて疑わずにいた。いつも通り、冒険者育成学校へ続く大通りを歩いていた。


 馬車や貴族が乗っているであろう魔力車が道の中央を走り、端でおばちゃん達は買い物をしていたり立ち話をしていたりする。兵士達が見回りをし、冒険者先輩達はギルドか宿へ向かっているらしい。


 この光景を眺めながら登校する日々が、しばらく変わらずに続いていくものなのだと思っていた。


 ……ウィンの家は、しがないお食事処を営む、いわゆる一般家庭、平民である。

 そして前世の記憶を持つ彼女にとって、この世界の全てが驚きに満ち溢れていた。


 例えば言語が違うこと、魔法や冒険者なんてものが存在すること、モンスターが存在すること。……そしていつからか、この世界のもっと色んな景色を見たい、旅をしたいと思うようになっていたのだ。


 ウィンの両親は、店は大丈夫だから、やれるもんならやってみなさい。と冒険者育成学校へ通うことを条件に彼女の夢を認めてくれた。


 冒険者は死と背中合わせの危険な職だ。


 だが、彼らは全然ワガママを言わない(ウィンの精神年齢が身体年齢に見合ってないからだが)そんなウィンの夢を叶えてあげたくなったのだ。


 赤レンガの壁についたガラス窓が太陽を反射している。その大きく重厚な建物を見上げたウィンは地獄の入り口とも思える門をくぐった。


 冒険者育成学校。その教育はスパルタで、これまで何人もの生徒が脱落していった。

 

 この学校が作られたのは他でもない、冒険者の死亡率を下げるためである。

 冒険者自体はどんな人間でも銀貨一枚さえあればなれるにはなれる。だが、死亡率が非常に高い。そして既に冒険者になっている者でもこの学校に通えるため、年齢層が広いのが特徴だ。

 

 ……2年目になってウィンの同級生は3分の1減った。授業に耐えきれなくなって逃げ出したらしい。そして3年目になると20人残ればいい方だそうだ。入学者が100人だから5分の1である。


 ウィンも何度も逃げ出したくなったが、その根性と送り出してくれた親を思って……あと、あのいけ好かない教師の言いなりに辞めることがたまらなく嫌で、必死で授業にしがみついていた。


(……あの陰険教師、いつも私にばっか突っかかりやがって……! センセー差別はいけねーと思います!! それとも私のこと好きなの!? 好きだから意地悪しちゃう小学生的な考え!? ……いやねーな、あれ確実に私嫌いだわ。ウッ……寒気が……!!


チッ……アイツ見た目だけはいいんだからゴブリン、いやオークあたりにXX飲まされてXXにXXされて屈辱を感じながらも強引にされることにヨガっている自分に絶望してしまえばいいと思うよ)


 なんて今日も顔を合わせなきゃいけないある教師に対して、腐もイケる彼女は非っじょーに汚い想像をしながら1人教室へ向かった。


 ……この学校に彼女の友達は居ない。正確には居たのだが、全員耐えきれずに辞めてしまった。


――教室に入りテキトウな席につく。


 強面で屈強な男たちや、いかにも怪しい実験をしてそうな白衣の女、逆に人形のように精巧で端正な容姿をした金髪碧眼の美少年に、騎士っぽい見た目をしたこちらも美青年、同い年ぐらいの主人公感溢れるやんちゃそうな青年……などなどウィンのクラスはなぜかキャラが濃い。とにかくキャラが濃い。


 ……強いて言うならウィンもなかなかにキャラの濃い見た目をしていたし、自覚もしていた。


 黒檀のように真っ黒な髪に黒真珠のような目、透明感のある白い肌に薄く咲く薔薇色の唇、繊細な顔立ちと違って腕には力こぶができるほど筋肉がついている上、傷だらけだが、整った容姿の彼女はこの教室にいても充分目立つ……はずなのだが、なぜかよく見れば凄い顔整ってるな、程度の認識しかないことに少女は気づいていなかった。


 彼女の魔力の質の関係と滲み出る凡人オーラと周りのキャラの濃さのせいで彼女の影は空気レベルで薄くなっているようだ。実に残念な少女である。


 だが、どこか既視感を感じる上、自分の理想を具現化したような容姿にウィンは大変満足していたので問題は無い……だろう。

 

――しかし、このキャラの濃いクラスで、少女は大変寂しい生活を送っていた。


最初に何人か友達(全員女子)を作れただけでもコミュ症気味のウィンにしては頑張った方だったのだ。

 

 だが、その全員がやめてしまい、クラスに残ったのはほぼほぼ男。前世で女友達しかいなかったウィンが男友達を作れるはずもなく……。


 女性も例のマッドそうな女性や高飛車そうな赤髪縦ロールの美女、強面ムキムキな女性二人組、非常に心をえぐる毒を吐く少女、関わるなオーラ全開の女性と駄目な方向に自己主張の激しすぎるメンツである。救いはなかった。


 関係のある人を強いてあげるならば、例の人形みたいな金髪碧眼の美少年と、主人公感溢れる茶髪の青年、高飛車そうな赤髪縦ロールの美女くらいだろうか。


 といっても、美少年とはたまに席が近くなったら喋る程度、青年とはペアになった時に少し話しただけで、赤髪縦ロールの美女にはむしろ目をつけられていると言っていい。


(なんかいつも突っかかってくんだよなぁ、あの人……。成績とか私よりも全然良いし、私なんてギリしがみついてるレベルなのに……)


 今も斜め3つ後ろの席からジーッとウィンを観察しているようだ。ゾワゾワゾワッと背筋に寒気が走った。


「……大丈夫?」

 

 後ろからまだ声変わりしていない可愛らしい声が聞こえる。この学校の最低年齢、12歳で入学した天才的な魔術師であり、現在13歳、例の金髪碧眼美少年ことウリエルである。


 この世界では関係ないが、ウィンにとっては名前の通り天使のような美少年だった。人懐っこい彼に、ウィンは勝手に癒やされていたのである。この学校での彼女のオアシスは彼だけと言っていいだろう。


 ウィンは振り返り、机に腕をついて心配げな顔をこちらに近づける美少年ウリエルに、二ヘラ〜と破顔しそうになるのを必死で抑えながら微笑んだ。成績はボロ負けだが、態度だけはお姉さんキャラを貫きたいらしい。彼女のコミュ症は年下相手だと発動しないようだ。


「大丈夫、心配してくれてありがとう」


「……そう……? 気分が悪くなったらすぐに休んでね!」


 コテっと首を傾げるとサラサラの金髪がこぼれる。そしてニコッと花が綻ぶように笑う少年。うわァァァァ! と彼女は脳内で悶えまくっていた。


(萌える、これは萌えてしまう……!! 可愛ぃぃ〜!!)


 今日一日分のやる気が出た、とウィンもニコニコだ。かわいいは正義とは誰が言った言葉だったか、彼女はその言葉をたった今実感していた。


「あ、先生来たよ。ウィンさんも前見ないと……」


「あ、……うん」


 ウィンは一瞬で嫌悪感丸出しとなった顔を隠しもせずに正面を向いた。ウィンの言う陰険教師はその見た目だけは優しそうな緑の双眼できっちりと彼女の姿を捉えている。


(ゲッ……睨んだのバレた……?)


 うねりのある鳶色の癖毛を後ろで結び、雰囲気だけは優しく無駄に色気を放っている男性がウィンに向かって微笑んだ。


(……バレてら……)


 顔が引きつる。この表情、確実にバレた、と察してしまった。

 その教師がこの後授業でウィンを虐めまくる未来がありありと想像でき、視線を感じながらも下を向く。


(あー……今日が私の命日かもしれん…………)


 なんて死んだ顔で考えるのはこれで何度目のことか。毎度毎度そんな思いをするのなら睨まなければいいのに、それは癪に障るとよく分からない意地を見せる彼女である。


「ウィン・マグナさん」

「……ハイ?」

 

 そしてその教師に名前を呼ばれた彼女は顔を引きつらせ、冷や汗を流した。心なしか、この教師の笑顔に威圧を感じる。


(え、なんで……!? なんで私の名前呼んだ!? いつも授業で嫌がらせみたいな笑顔で私だけ特別に難易度高いことさせるとかその程度じゃん……!? 先生が相手をしましょう、とか言ってボコボコにしてくるとかそういうタイプじゃん!? そしてその後グチグチと色々言ってきたり突っかかってくるだけじゃん……!? 


 そういえば、私睨んだりするだけで悪口とか口に出した覚えとかないんだけど!? てか、よくよく考えたらこの先生器小さすぎじゃねーですか!? 


 で、何!? 一体なんで私の名前呼んだ!? 用件は!? 公開処刑してやろうとかそういう感じですか!? 性格わっる!)


 なんて脳内マシンガントークをすること約5秒。現実ではひきつった笑顔で冷や汗たらたら。


「校長があなたを呼んでいます。とても大切な話があるので、今すぐ向かいます。マグナさん以外は教室で自習をしていてください。……マグナさん、行きますよ」


「あ、はい!」


 ウィンは教師の予想外の発言に目を丸くしながら後を追った。「ウィンさん……」なんて思わずこぼれたといった感じの声に振り返ってみると、心配げな少年と目が会う。安心させたくて今度はこちらがニコっと笑った。


(私に……話? 校長先生が? しかも大切なって……私何かしたの……? 


…………やっべ、全然覚えてない。えぇ……!?)


 教師は後を追ってくるウィンになぜか近づくと、手を掴みグイグイと教室の外へ引っ張り出す。いや、引きずり出すと言う方が的確か。校長室へ向かっているようだ。


 痛いとも感じられる握り方にウィンは顔をしかめ、「……えっと、痛いんで離してくれません? 歩けるんで」と遠回しに拒否するが、教師はそれを無視してグイグイと進んでいく。

 

(な、なんだこの人、私着いてきてたじゃん……! てか……いつも以上に怒ってる……? ぅっ、いたたたっ……! ギチギチ言ってる、手ぇ、ギチギチ言ってるから!! これ絶対跡残るやつだから!!)


 なんてことをごちゃごちゃと考えてるうちに、もう校長室前である。教師はその重厚な木の扉をノックすると、迷うことなくギイっと開いた。心の準備もクソもない。


「――ウィン・マグナさんだね。今日は君に大切な話があって呼ばせてもらったよ」


 ……そこには、朝礼や行事の時にしか顔を出さない校長が、シワシワの顔に微笑みを浮かべて座っていた。……ちなみにご高齢のため頭はかなり涼しげだ。

 

「マグナさん、挨拶を」


 着いたというのにまだ手を掴んだままの教師が促した。


(いや手! 手離せよ!!)


 なんて思うがこの威厳溢れる校長の前でそんなこと言えるはずがない。この校長は昔は鬼神と呼ばれたほど偉大な人物だ。ウィンは萎縮しまくっていた。


「……えっと……こんにちは、校長先生……? あの、で、大切な話とは……」


「あぁ、それはね……


――――君が、“召喚士”に選ばれた、ということだよ」


(…………え?)


 ウィンの頭が一瞬で真っ白になった。


(召、喚士……? え、そんな職業この世界にあったっけ? ……てか、聞き覚えがすごいあるな、まさか、STWの……? いや、いやでもそんなこと……!! ……確かに世界観似てるけど……!! 本当だったら本気マジで嬉しいけど……!!)

  

 ウィン、改め新谷あらたに 冬美ふゆみは『神霊召喚 Save The World』の割と古株の召喚士プレイヤーだった。


 本人がたまにプレイする程度だったため実力は中堅程度だったが、それでも沢山の契約神キャラクターを持ち……なぜかほとんど女性しか出なかったが、それでも推しの女神の台詞に悶えたりしながら、彼女は楽しんでプレイしていた。


 ……そんな世界に転生したかもしれないだなんて、誰が思うだろうか。


 だが、よく考えてみたら既視感を感じる景色を沢山見たことがある。ゲームでは町の名前などは呼ばず、眠りの町、惑いの森だとかそんな呼び方をしていたため気がつかなかったが。


「……あぁ、こっちにはあまり来ないし、平和で話も回ってこないからね、召喚士を知らないのか。


 召喚士というのは……3年ほど前に国際連盟が発足したのは知っているだろう? 


 表向きは平和のためだが、その本来の理由は、突如現れ世界侵略を始めた邪神に対抗するため、世界全体で協力しようという話だ。


 そしてその主となる勢力として新しく作られた職業がでね……」


 校長は説明を始めるが……やはり、設定が似すぎている。


 邪神が世界侵略を始めているだとか契約神を召喚し邪神と戦えだとか……、これはまさかのまさかがあるのでは、とウィンは期待を抱いていた。


「……で、その召喚士になって欲しいんだ。……返事はどうかね?」


「……え……? あの……お、親に聞いてみてもいいですかね……!? 万能魔器スマートフォンで聞いてきます!」


 驚きなどなどでまとまらない頭を動かしそう言ったウィンは、返事すら聞かずに校長室を出ようとした……が、教師に手を掴まれているため、すんでの所で止まる。


「あぁ、君が望むのなら聞いてきてくれ。できる限り早く返事が欲しい」


 校長のその言葉で、離せばいいのになぜか教師がウィンの先導をする形で校長室から出た。やはりどこかピリピリとした空気を纏っている。ウィンにはなぜそこまで怒っているのか理解ができなかった。


「……えっと、手、離してもらえませんかね? 電話したいんで……」


「……あぁ、すみません」


 威圧するような笑顔、である。

 やっと手が離れたかと思うと、やはり握られた手は真っ赤になってしまっていた。


――――ちなみに、さっき話に出ていたが、この世界にはスマートフォンのようなもの、万能魔器というものがある。


 というか、電力の代わりに魔力を使っているだけの差である。ほとんどスマートフォンだ。そして、電話(正確に言えば魔話だが)ができたり、写真や動画が撮れたり、インターネットと似たようなものもあるのだ。……ゲームという観念自体がないためゲームをすることはまだできないようだが。


 ……そう、気づいたかとは思うが、この世界はそこそこ進んでいる。前世と違い、科学の代わりに魔法とか……魔学ってやつで文明が進んでいる感じだ。


 万能魔器……スマホで通すが、スマホも魔石という特別な魔力の結晶のようなものに複雑な魔法陣を組んで作ったものだ。ちなみに最新の技術である。だから冷蔵庫もあるし、洗濯機やレンジのような物すらある。


 魔石はサイズや質と力が比例するため、大きな魔石や質の良い魔石の珍しいこの世の中、あまり強い魔力は望めないという欠点はある。だから重機や車はあまり無いが、それでもこの世界ではかなり役立っていた。


「……もしもし、母さん? ……えっと、私……校長先生に召喚士にならないかって言われた……。


 あ、召喚士ってのはね、冒険者の1つ上っていうか、政府がバックについた冒険者っていうか……、えっとプラスで神様の分身を従えて邪神を倒すっていう仕事がある冒険者……? え、知ってんの? …………うん、ありがとう」 


「ウィンがやりたいのならやってみなさい。召喚士なんて才能がないとなれないんだから良かったじゃない!」なんて、そう言ってくれた母親にウィンは胸が温かくなった。


「……私ね、やってみたいとおも」

 ブツッ


(…………え?)


 電話が、不自然に切れる。通話終了を押してしまったのか? ……いや違う、魔波の問題だって書いてある。ウィンは1つの答えに辿り着く。


(……魔波の阻害魔法……!?)


 魔波の阻害なんてのはかなり高位の魔法だ。魔波は魔力とはまた別の力。


 魔石に組まれた特別な魔方陣で、魔力を変換、魔波を発しているのだ。


 ……そのため魔力をそのまま使う“魔法”で妨害するのはかなり難しい。人間の力のみで魔力を魔波へ変換するにはかなり高い魔法構築能力と魔力を必要とする。


 パッと振り返ると、薄く笑顔を浮かべる教師の姿がそこにあった。コイツだ……とウィンは確信する。


……なんで? なんて思った瞬間、教師は口を開いた。


「マグナさん……この話、蹴ってください」


 

 



 


 



 

 



 


 


 



 

 

 


 


 




 

 

 


 

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