vol.00 馬と鹿と海老
エイプリルフール。
佐田は頬杖をつきながらSNSを見ていた。様々な嘘なのか本当なのか分からない記事が流れていく。指でスワイプ、スワイプ、スワイプ。
目の前で同じように携帯を見る在原を見上げ、良いことを思いついた、というようにニヤリと笑った。
「そういえばさ」
今日はドニの入社祝いで集まった。ちょうど土曜日で学生の休日と合った。
ドニの希望で天丼になり、早く来た二人は人気店の店に並んでいた。
在原の視線が上がる。
「五月ちゃん彼氏できたらしいよ」
「え、まじ?」
「なんかバイト先のひとだってー」
「本屋? スーパー?」
携帯を下げた在原が尋ねてくるので、佐田は若干引いた顔を見せた。香坂のバイト先を把握してるらしい。
そんなことは気にもせず、在原は佐田の返答を待った。
「スーパー」
「いや、香坂の働いてる時間、男いねーし」
「真澄くん、そんなのも知ってるの? 気持ち悪いね」
「事実を言っただけなのに俺は何故貶されているのか……」
「あ、ドニ!」
ひらひらと手を振れば、地下鉄の出口から階段を上がったドニが佐田に気付き、柔らかい表情を見せた。
佐田の隣に並び、複雑そうな顔をする在原を見た。
「有名な監督でも亡くなったんですか?」
「深刻さがそれと同じなのはやばいでしょ」
「香坂に彼氏が出来たらしい」
「あ、そうなんですね」
「スーパーのバイト先の誰か……」
「香坂さんが言ってたんですか?」
「いや、佐田情報」
視線を佐田へやる。何だと佐田がドニを見れば、全てを理解したようにドニは肩を竦めて頷いた。
「……そうなんですね」
含みを持たせた同情だったが、在原には届かず。
店員がメニューを持ってきてくれたので、三人でそれを覗き込んだ。先に注文を取っていくらしい。
「香坂さん、着きますかね?」
「車両点検で電車遅れてるみたい、隣の駅だって」
「あー香坂たぶんこれ」
在原は海老天の入っていない野菜天丼を示した。ドニと佐田が頭に疑問符を浮かべる。
「意地悪は良くないよ、真澄くん」
「そうですよ。いくら香坂さんに彼氏が出来たからって」
「いやまじで、本当に海老嫌いなんだって」
「あ、わかった。嘘でしょ」
「何が、」
「今日エイプリルフールだし」
「……は?」
そこで全てを理解した在原。
あ、と自らバラしてしまった佐田と、あーあ、とその様子を見るドニ。
待ち合わせを五分遅れて到着した香坂は、何やらわいわいと賑わう列の一角を見た。
「普通気付くでしょ」
「おい、ドニも分かってたな?」
「信じすぎですよ、真澄くんは」
「あ、五月ちゃんこっち!」
最初に香坂に気付いたのは、やはり佐田だった。招かれるまま、そこに交わる。
はー、と大きく在原が溜息を吐いた。
「今、佐田さんの嘘に真澄くんが翻弄されてたんですよ」
「今日、エイプリルフールだからですか?」
「そうそう。あ、五月ちゃん何食べる?」
佐田は持っていたメニューを香坂に見せる。多くある種類にざっと目を通し、人差し指でそれを示した。
「これで」
野菜天丼。
「だろ」
「嘘でしょ」
「香坂さん、金欠ですか? 真澄くんが出してくれますよ」
「何でだよ、いや出しても良いけどさ」
「あー、私、海老が嫌いで」
確かに金欠でもあるのだが。香坂は他のメニューも見るが、一番好みなのが野菜天丼だった。
「特にこの茄子の天ぷらが末広になってるのが良いです」
写真の茄子で分かるか分からないか程度。
「すえひろ……?」
「茄子の切り方です。こう、縦に包丁を入れて広げて上げると、火が均等に通ってサクサクになるんです」
店を手伝わずとも小料理屋の娘である。揚げ物をする母親を近くで見てきて、その知恵が身につかない理由がない。
当人が出来る出来ないに関わらず。
「俺も茄子入ってるのにしよー」
「あたしもあたしも」
「僕もそうします」
香坂の話で茄子の天ぷらへの株が上がり、三人を虜にした。
そして注文を取りにきた店員に尋ねる。
「茄子入ってる天丼ってどれですか?」
「茄子ですか? 全てに入ってますよ」
「……ですよね!」
怪訝な顔をする店員に愛想笑いを浮かべたのだった。
思い出したように、佐田は蓮根を頬張る香坂へ向いた。それに気付かず、香坂は咀嚼し続ける。
「五月ちゃんって、スーパーのバイトやってる? 時間って夜?」
「はい。大体夕方から夜ですね」
「じゃあさ、その時間って男子バイトいないの?」
その真偽を確かめようとしていた。
香坂はもぐもぐと食べながら、スーパーのバイトの面子を思い出す。
「確かに、いないかもしれないです。店長とか鮮魚にいる社員なら男性ですけど」
「だろ」
一緒に聞いていた在原が自慢げな顔をしている。ドニはそれを見守っていた。
「ドヤ顔うざーい」
「エイプリルフールの話ですか?」
「ううん。真澄くんがキモいって話」
「ひっでえ」
「どんな嘘で騙されたんですか?」
一瞬の沈黙は、二人が香坂をダシに巫山戯ていた事実を示した。が、ドニは全てを攫っていく。
「有名な監督が亡くなったという嘘です」
「うん、騙されそう」
「その感想はどうなんだよ」
「何はともあれ、ドニの入社おめでとー!」
佐田はグラスを手に持ち、無理やり乾杯した。そして茄子を口に入れる。さくさくとした衣が丁度良く、舌が幸せを感じた。
*あとがき
佐田がいるときの話。在原は騙されることも騙すことも少ないので、珍しい話。ドニは日本食で一番天ぷらが好き。
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