vol.50 熱愛報道


 撮影がクランクアップし、演者や制作で打ち上げが行われた。

 当たり前だが、学生の頃にランダムでやっていた打ち上げ会場程では収まらず、テレビ局の偉い人もちらほら見える。

 在原は出来得る限り一通り媚を売り、やっと席につくことが出来た。

 同じく、様々な演者たちに揉まれてきた楢が横に座った。


「売れっ子俳優ナツメだ」

「……その言い方、五月さんにそっくりですよ」


 香坂を真似して言ったのでその通りではあるが、何故それを楢が知っているのか。


「そういえば大津さん結婚するの、聞きました?」

「聞いたけど。え、お前は誰から聞いたんだ」

「五月さんから」

「そんなに連絡取ってんの?」

「この前一緒にゲームしました」

「は? どこで」


 質問に、楢が首を傾げる。

 その様子に、静かに在原が眉を顰めた。


「お前ん家?」

「ああ、オンラインで出来るんで。俺はロケ先のホテルでやってました」

「オンライン……」


 在原が呟く。在原も香坂の携帯問題を馬鹿にできないくらいにはゲームに疎い。楢は似た者同士だ。


「俺の周り、結婚ラッシュが起きてて恐ろしいんだけど」

「その話も五月さんとしました」

「寧ろしてない話は何なんだ」


 近くにあったビール瓶を取り、楢はグラスにそれを注いだ。ひとつを在原に渡す。乾杯をして、口をつける。

 身内だけでない飲み会では気が抜けない。そんな在原とは違い、慣れた楢は落ち着いてビールを呷っている。


「楢ってスランプねえの?」


 会場に遅れて入ってきた番組プロデューサーに二人して頭を下げる。楢は自分の半生を振り返った。


「今はまだ、ないですね」

「良いな、その答え。明日は我が身っぽくて」

「真澄さんはあるんですか?」

「ある。撮りたいものが何も浮かばなくなった時が」


 それを思い出し、勝手に心細くなる。長く溜息を吐いて、明後日の方を向いた。


「あー五月ちゃんに会いたい」

「同棲しないんですか?」

「断られた」


 静かに置くつもりだったが、楢は安定の地雷の踏み抜き具合に笑ってしまいそうになる。笑ったら地雷どころではなくなると思ったので、平常心を持って問い返す。


「どうしてですか?」


 香坂はそれを断ったことも、断った理由も言わなかった。

 在原は躊躇いなく口を開く。


「ちょうど俺が作った映画が公開されて、香坂が轟賞取った時で。絶対これから忙しくなるし、今しかないだろってタイミングだったんだよ」

「え、はい」

「それ言った後に、全然関係ないデカい喧嘩をして、その流れで断られた」

「流れに乗るような喧嘩だったんですか?」

「『月の湖』の脚本を受けたって聞いて、俺がふっかけた」


 楢は閉口した。在原へのフォローを考えていたのではなく、香坂の気持ちを汲んでいた。

 香坂と在原がセットだと思うのは楢だけではない。でも、香坂が原作の小説を香坂以外が脚本するのも道理ではない、と香坂は考えたのではないか。

 いや、もしかしたら同棲を断る火種にしたかったのかもしれない。

 何が真相かは香坂のいないこの場で解決するわけもなく、在原が違うテーブルに呼ばれてグラスと共に移動していった。ランダムの頃と何ら変わらない。


「……さん、ナツメさん」


 呼ばれているのに気づかず、慌てて視線を上げた。横にしゃがんだマネージャーの六所が携帯を持って焦ったようにこちらを見ている。


「なに?」

「お父様が倒れたそうです」











 春先のまだ寒い朝。

 携帯が震えた。毛布の中から手が伸び、それを捉える。アラームが何故鳴るのかと思いながらそれを止める。止めたのに、再度震えた。

 ああ、電話か。

 香坂は相手も確認せずに着信ボタンを押した。置き時計へと視線をやると、六時。きっと編集担当の与寺だろうと踏んで。


『違うから』


 もしもし、でも、おはようございます、でもない。第一声がそれ。

 久し振りだが、聞き慣れたその声に香坂は視線を天井へと投げた。


『本当に違う。誤解なんで。打ち上げした帰りでタクシー呼んだとこに』

「……分かったから、もう良い?」

『良くない。つか今向かってる』


 ピンポーン、とチャイムが響き、遅れて電話の向こうからも聴こえる。香坂は半分眠る身体を起こし、携帯を持ったまま玄関へと歩く。外気に身を震わせ、鍵を開けると在原が居た。


「……おはようございます」

「おはようございます」

「あがっても良いっすか」

「どうぞ」


 勝手知ったる香坂の家だが、了承をとる。在原は鍵を閉め、家にあがった。

 思い出したように香坂は通話ボタンを切った。テレビをつけて、そのリモコンを在原に渡す。あとは勝手にしてくれという意味で渡したそれだが、テレビから聞こえるアナウンサーの声に顔を向けた。


『いやー在原監督と蓮藤ほのかさんですか、お似合いですね』

『蓮藤さんの事務所コメントは"プライベートは本人に任せています"とのことです』


 テレビ画面の右上に『今話題の監督と女優の熱愛報道』と書かれている。白黒の写真は週刊誌からの抜粋なのだろう。在原と蓮藤が抱き合っているように見える。

 ぱっと画面が暗くなった。在原が無言でテレビを消したのだ。


「……熱愛してるって」

「してない」

「お似合いだって、良かったね」

「え、本気で言ってんの?」


 香坂は在原を見て、ついと顔を背けて寝室へ向かう。ノーコメントが一番恐ろしい。在原はその後を追う。


「この前のドラマの打ち上げで蓮藤が途中で帰ることになったから、タクシー待ってるところ撮られた。一緒に蓮藤のマネージャーもいたし、よろけた蓮藤が俺の肩掴んだところで」

「……うんうん」

「五月ちゃん、寝ないでちゃんと聞いて」


 ベッドの毛布に潜り込んだ香坂を揺する。


「今日は仕事ないんですか?」


 鬱陶しそうに香坂は在原を見上げた。早朝まで調べものをしていたので、昼過ぎまでは眠る予定だったのだ。言外に、早く仕事に行けという圧力。


「……ないです」

「そうですか、良い休日を」

「五月さん」

「分かったってば。はいはい、デマね」


 最後の方は殆ど面倒になって言葉を紡いだ。それでも言質をとれたことに在原は一安心して、どさっと香坂の毛布の上に上半身を倒す。

 重たい、と声を出そうとした。同時にチャイムが鳴った。

 動かない香坂を見て、居留守を使うつもりなのだろうと踏んだ。在原が立ち上がり「出てきまーす」とインターフォンに出た。宅配だと思ったのだ。


「はい」

『おはようございます与寺です……香坂さん、いらっしゃいますか?』


 その声が聞こえて、香坂ががばっと起き上がった。

 在原は与寺が編集担当であることは香坂から聞いているが、与寺に在原のことを話したことはない。つまり、与寺にとって「香坂の家に早朝からいるこの男誰?」という状態だ。

 在原と付き合っていることを知られるのは避けたい。香坂は思っていた。与寺は出版業界に身を置いている。映画業界とも切っても切れぬ位置。在原のことも勿論知らないわけがない。

 色々と面倒なことが起きる前に阻止したい、と香坂は毛布に包まったままリビングへ出た。


「あ、先生おはようございます」

「自分で資料頼んどいて居留守はダメじゃね」

「いえ、私が出社前に尋ねてしまったので」


 ……全て遅かった。

 既に在原は与寺にコーヒーまで出している。香坂はもう一度眠りたかった。全部が夢であって欲しい。


「つかぬことをお伺いしますが、在原監督ですよね……?」


 与寺が尋ねる。在原がきょとんとしてから朗らかに笑う。


「よく似てるって言われるんですよ」

「え、あ、ごめんなさい、本当にすごく似ていて。今朝もワイドショー総なめにしていたので、なんか印象が強くて」

「いつもご苦労様です」

「いえいえ、香坂先生にはいつもお世話になってます。じゃあ私はこれで。先生また連絡しますね」

「……はい、資料ありがとうございます」


 何もかもを諦め、香坂はそう言った。その場を動かない香坂の代わりに在原が玄関まで見送り、戻ってくる。


「とりあえず、二度寝する?」





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