vol.31 これから
寒さが本格化し、冬至を迎えた。世間がクリスマスで浮足立つ頃、ランダムという団体が空中分解し始めていた。
まず、ランダムのHPが下げられた。最初は連絡先だけを下げれば良いという話になったが、SNSなどを使ってアポを取ってくる記者や誹謗中傷を投げてくる匿名者が多く、結局HPごと下げることになった。また、過去の動画や大会の動画などからランダムのメンバーの特定をして、個人に佐田の話を聞きに来る人間も現れた。顔を出している演者や在原が多くそれに遭った。
そのゴタゴタがあり、年末年始とカバーに追われ、予定していた映画コンクールへの応募は不可能となった。
「すみません、俺ら、ランダム抜けます」
本当にすみません。
頭を下げたのは何人かの新入生だった。監督志望の男子を筆頭に。在原はその肩を叩き、「顔上げろよ」と言った。
「こんな状況なんですけど、俺やっぱり映画作りたくて……」
「うん。だよな」
「すみません。在原さんに全部、投げっぱなしなのに」
「いや、これは代表の仕事だから。悪いな、折角入ってくれたのに何もしてやれなくて」
その謝罪に新入生たちは首を振り、それから頭を再度下げた。
「ありがとうございました。すごく、楽しかったです」
一月中旬にランダムの集まりがあった。結局、香坂は年末年始に家には帰らなかったので、年が明けた感覚がない。
スタジオの扉を開けると、メンバーの人数が減っている。在原から聞いてはいたが、新入生が揃って抜けたという。
香坂はいるメンバーの中から、佐田を探す自分がいることに気付き、息を吐く。ドニの近くに行って座る。
「お疲れ様です」
在原が前に出て話す。各々に返事をした。
「今日は話があって久し振りに集まってもらいました。とりあえず、これからの予定を」
プリントが配られる。
「学生映画コンクールは見送る。六月に新しく学生映画祭第一回が開催される予定とのことで、そっちに応募しようと思います」
「年度を跨ぐの?」
「そうです」
「それって新入生は途中参加ってこと?」
百瀬が尋ねる。嫌な予感がメンバーの中を過る。香坂とドニはその答えを知っていたので、静かに見守った。
「新入生は取らない。ランダムは学生映画祭の作品制作を最後に、活動を終了します」
ざわめく。黙っているのは、それを事前に知っていた者だけだ。
「各リーダーと話し合って決めました」
「ここら辺が引き際ってこと?」
前の方に座っていた枕崎が尋ねる。遣る瀬の無い顔を在原が返した。
「ここまで、一緒にやってきてくれてありがとう」
それが答えだ。
「つか、まだ終わってねえし。これからだな、忙しいの」
そして、朗らかに笑った。
三年間だ。ランダムを作って経た時間。
金もなくて、それでも映画を作りたくて、皆を集めた。演者、撮影、音響、道具、衣装……各々得意とする人間と出会えた。
「どうして笑ってるんですか?」
「あー楽しかったなと思って」
「まだ終わってないですよ」
ドニが穏やかに言う。先程、在原本人が言った言葉だ。
「そうなんだけど、少なくとも俺が四年になるまでは続けると思ってたからさ」
続けたら良いじゃないか、と喉元まで出かけた。ドニはそれを腹の底まで追いやる。
空には星が出ていた。吐く息が白い。
後ろを歩く香坂を振り向いた。
「脚本家」
「あ、はい」
「脚本よろしく」
何か考えていたようで、頷いて返す。
「大丈夫ですか?」
ドニが顔を覗き込む。香坂は顔を上げて、こくこくと頷いてみせた。
「脚本のこと、考えてました」
「あ、そうなんですね。今日ずっと心ここに在らずな感じだったので、大丈夫かなと」
「すいません。ずっとそのこと考えてて」
スタジオに入ってからではない。朝起きてからずっと。
昨日から、それよりも前からずっと。
最寄り駅に着き、在原が香坂の家の方向へと足を向けようとする。香坂がそれを引き止めた。
「一人で帰る」
「そう? 気をつ」
「うん、気をつけて帰る」
気をつけて、と言いかけた在原は少し唇を尖らせた。自分の言いたいことがバレている。
わかった、と手を挙げる。
香坂はそこから動かず、在原も返事を待っていたので、数秒の沈黙が降りた。
「在原って」
「うん」
「監督に会いたいって言わないよね、あたしに」
在原は眉を顰める。香坂はそれを見上げた。
「八代監督に」
「そりゃ言わないだろ、つか五月ちゃんは会えてんの?」
「ずっと会ってないけど。あなたって人脈とか何でも使うのに」
「何でもって。言い方」
肩を揺らして在原は笑う。
「いや、それはさ、自分で会いに行くから」
「……そっか」
漸く納得のいった顔をして、香坂は言った。
「じゃあ」
「ん、じゃあな」
二人が別れる。片方が背中を向け、もう一方も背中を向けた。
冷たい空気が二人を包む。星だけは綺麗に輝いていた。
三月には撮影に入りたい。四月末には撮影を終えて、五月に編集に入らなければ間に合わない。三分の二ほど送られてきた脚本を在原は読んでいた。
……続きがこない。
ランダムの集会から二週間。確かに試験前ということもあったが、今まで定期的に送られてきていた。送れないときは事前に連絡もあった。
「単位落とした?」
「え、いや」
「すげー顔してた、今」
どんな顔だ、と聞き返したかったが、河地がリュックを背負って立ち上がったのを見て、在原も立ち上がる。
「世界の終わりみたいな顔」
「……それが近い」
講義室を出て河地とは別れ、食堂へと向かう。
去年の春に工事の終わった食堂は綺麗になっており、更に利用する人間が増えた。香坂が人の密集する場所にいることは少ない。
在原が探したのは香坂と同じ学科の人間。
「あ、大津」
一番親しい大津を見つけられたのはラッキーだ。大津が在原の方を見上げる。一緒にいたのは香坂ではなく、同じゼミ仲間の女子だった。
在原はそれからすぐに視線を逸したのを見て、目当ての人間が違ったのだなと大津は理解した。
「なに?」
「五月ちゃんは?」
「え、五月もう試験終わってるでしょ」
「いつ?」
「一昨日かな。すぐ実家帰るって言ってたけど」
閉口した在原に、怪訝な顔を向ける。
また何かあったのか、と佐田のときのことを思い出した。
「連絡つかねえんだけど」
「……それ、在原が避けられてるだけじゃない?」
「は? なんで」
思い当たる節がない。大津はもっとないだろう。
「知らないけど。普通に昨日もあたしには返信きたし、実家帰ってゆっくりしたいんじゃないの?」
普通の考えだ。
在原はその普通の考えに、どこか引っ掛かるものを覚えていた。
「佐田さんのこともあったし。また映画作るんでしょ? ちょっとはそっとしてあげたら」
「五月ちゃんの実家ってどこ?」
「え、市内だって聞いたけど……」
東北の県名。そういえば小料理屋やってるみたい、と大津が続けた。
「行くの?」
「五月ちゃん次第。ありがとな」
そう言って、在原は大津へ背中を向ける。大津は教えたことに少し後悔をし始めていた。いやでも、今の情報だけで香坂の実家を突き止めることは不可能だろう。
とりあえず、香坂の無事を祈るだけだった。
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