vol.28 たからばこ


 学生映画コンクールへ応募する作品にとりかかる時期が来た。秋を手離せないまま、季節は冬へと変わろうとしている。

 去年の今頃、香坂は在原に会った。


「あー眠い」

「そういえば二次審査どうだった? バンドの」

「落選したよ、まーこれからも音楽はやってくし」


 何も変わらない、と大津は続けた。


「あたしも何か応募してみようかな」

「脚本?」

「いや……小説」


 未だ脚本は書きにくい。在原に見せて指摘されることも多い。ストーリーを練るところは根本的に同じでも、起こす作業が違う。


「五月、小説も書いてるの?」

「あ、うん。言ってなかった」

「読んでみたい」


 閉口。そう言われると思ったから、言わなかったという考えが無きにしも非ず。

 香坂は視線を明後日の方向に逸らし、それから戻った。大津はその様子に密かに笑う。


「見せられるものが、できたら」


 一年で色々なことが変わった。

 そしてこれからも、変わっていくのだろう。







 佐田から内定を取れたと聞いたのは年末へと世間が忙しくなり始める月初。ドニが祝います、と言って、在原も含めた飲み会が予定された。

 香坂は駅で佐田を待っていた。飲み会前に一緒に買い物に行くことになったからだ。


「ごめんね、お待たせ」

「全然待ってないです」


 一緒に歩き出す。駅直結のテナントビルに入れば、アパレルブランドが並んでいた。キラキラと眩しい。


「五月ちゃんのピアスってどこで買ってるの?」

「どこにでもあるアクセサリー屋で、千円以内のやつ買ってます」

「そうは見えないのはセンスなのかな」


 佐田が香坂の大きなピアスに指先で触れる。


「佐田さんはピアスしないんですか?」

「塞がっちゃったんだよね、両方」

「佐田さんこそ似合いそうなのに」

「じゃあお揃いのピアスとイヤリング探しに行こうよ」


 宝探しに行こうというノリで佐田が香坂の手を握る。先に歩き出す背中に着いていく香坂はちょっと笑って、返事をした。

 アクセサリーを取り扱う店を片端から冷やかし、結局各々違うものを買うことになった。香坂から佐田へイヤリングをプレゼントすると、佐田はお返しにとピアスを買ってくれた。

 買い物が終わると、二人はカフェに入った。生クリームの乗ったフラペチーノを飲む佐田を、香坂は頬杖をつきながら見る。


「美味しいですか?」

「甘い。五月ちゃん飲む?」

「大丈夫です」


 首を振った。甘い食べ物はそうでもないが、甘い飲み物は苦手だった。佐田は肩を竦めてみせて、続きを啜った。

 休日の昼下がり。辺りは友人やカップルが多くなってきた。ふと思い出して、香坂は尋ねる。


「パトロンさんたちは元気ですか?」

「あーもうね、会ってないよ」

「え、別れ」

「ていうか、あたしもう就職するし。もう大丈夫なの」


 フラペチーノを飲みながら佐田は笑った。

 大丈夫なのか。香坂はその言葉に安心を覚えるべきなのか、それとも不安を感じるべきなのか戸惑う。

 何と返すか考えていると、佐田が先程買った箱を取り出した。


「五月ちゃん、耳だして。てかポニテしよ」

「ポニ」

「あっち向いて」

「ほい」

「違う」


 すみません、と笑いながら香坂は反対側へ顔を向けた。佐田が手首に何本かつけていた髪ゴムを取り、香坂の髪の毛をひとつに束ねる。

 箱からピアスを出したのを見て、香坂はつけていた方を外した。佐田が香坂の耳にピアスをつける。

 キラキラと耳元でピアスが揺れる。佐田はそれをうっとりと見つめ、にこりと笑う。


「超似合ってる」

「ありがとうございます」

「あーあ、ずっとこうしてたいなー」

「飲み会の時間になっちゃいますよ」

「確かに。てか結構時間やばくない?」


 腕時計を見て、二人は席を立ち上がる。カフェを出た後も佐田は燦めく香坂のピアスに目が惹かれた。

 それに気付いて、戸惑うように香坂が笑うと、佐田は香坂の腕に絡みついて手を繋いだ。









 在原とドニは駅に着いて合流していた。高身長の在原と、フランス人の血を引くドニが並ぶと、周りからの視線を集める。暇そうにドニは電光掲示板を目で追う。


「佐田と五月ちゃん一緒にいるらしい」

「香坂さんって水みたいですよね」

「……悪口か?」

「違います。いつの間にかそこにあって、隙間に入り込んでいるみたいな」


 日本海側の大雪の影響で、新幹線に運休が出ているらしい。横へ流れる文字を読む。

 在原は壁に寄りかかりながら、ドニの方を見た。遊んでいるときや映画を作っているときは特に感じないのに、ふとドニは大人びたことを言うときがある。いや、実際在原よりは大人なのだが。


「佐田さんってあんまり女子と深く仲良くしない人じゃないですか。育ちなのか性格なのか。大体僕らと一緒に居たり男に混じってたり」

「うん、確かに」

「だから香坂さんと仲良くしてるのを見ると、なんか嬉しいような……」


 合宿のとき、佐田が香坂に抱きついていたのを見た。仲の良い女子同士でスキンシップが多いのは珍しいことではない。でも、ドニの目には違うように見えた。


「怖いような、か」


 在原が続けた。


「五月ちゃんって光ってることねえ?」

「……は?」

「いや人間電気とかじゃなくて、あんな普通な装いして、すげえ光持ってんの。俺とか佐田はさ暗がりの人間だから、そういうのに惹き込まれんのかもな」


 ドニは目をパチクリさせた。

 強い陰ほど強い光を好む。ドニはどちらかといえば光を持つ側で、二人もまたそれに惹かれて一緒にいる。


「それに危うさを感じる感じないはまあ別の話だけど」


 在原は人混みで佐田と香坂の姿を見つけていた。手を繋いでいる女子二人は目立つわけでもなく、仲の良いただの二人に見えた。


「ごめんごめん。遅れた」

「二人で何してたんですか?」

「ピアスを買ってもらいました」

「やっぱりお揃いにした方が良かったかな?」

「佐田さんにはそれが似合ってますよ」

「バカップルか。ほら早く行くぞ」


 冷静にツッコミをいれたのは在原だった。ドニは苦笑しながら傍観を決めている。


「羨ましいからって僻まないでくださいー」

「僻んでませんー俺もお揃いにしますー」

「はあ? キモいよ真澄くん」

「それは普通に傷つくんですけど」


 強いハートを持っているのか、いないのか。在原はしょぼんとした顔をしてみせたので、香坂とドニが佐田の後ろで静かに笑った。

 言い合いながら目的地に到着し、個室へ通される。在原、佐田、香坂、ドニの順に進み、在原が奥の席を佐田に譲った。そのまま香坂が佐田の隣に座ろうとするのを袖を掴んで引き止める。


「五月ちゃんこっち座って。男二人並んだら狭い」

「え、やだ。私の隣にくるの」

「二人が並んだらどうですか?」

「あ、それ良いですね。僕と並びましょう、香坂さん」


 それは嫌だ、と声が揃った。その息の合い方に、香坂とドニは顔を見合わせて笑う。

 結局、佐田の祝いの席なので佐田の隣に座ることになった。


「すみませんね、男がきて狭くなって」

「そんなの冗談に決まってんだろ。俺の味方はドニだけ」

「軽口ばっか叩いてると愛想尽かされるよ、全人類に」

「範囲が広すぎて寧ろ怖い」


 香坂がドリンクのメニューを広げ、話し合いは一時中断。酒が揃ったところで乾杯をして、ドニがバッグから包装された箱を取り出した。

 すっと佐田の前に出される。


「えー、なに?」

「三人からプレゼントです」

「うそ、嬉しい」


 開けたいと言うので、一口飲んだきりの酒を脇に置いて、佐田は器用に包装紙を剥いていく。ランダムの誰よりも器用で、佐田は機材の扱い方を一番よく知っていた。専門学校だからということもあるが、その情熱が全てそこに注がれていたからだ。

 優しく少しお喋りで明るい佐田を、香坂はどんな面があっても慕うのだろうなと思った。

 ずっと、永遠に、変わらず。







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