vol.23 寄せては返す


 交友関係を広げたら、とは思った。

 が、そういうことじゃない。

 在原は、棗の操作するゲーム機を隣で覗き込む香坂を見て、複雑な思いを抱いていた。



 夕方の台詞合わせ。

 裏方の打ち合わせ。演者たちの稽古。

 夕飯は大鍋に作ったカレー。その後はまた自由時間。

 合宿と称してはいるが、明日の朝の撮影に間に合うのなら就寝時間は各々決めて良い。酒盛りを始めるグループ、海で遊び疲れて早々に寝るグループ、ゲームを始めるグループ。

 リビングの大きなテレビでは地上波の番組が流れているので、一階にあるもう一部屋のテレビで在原は映画を観ようと考えた。ドニと佐田を誘い、あと数人の裏方、演者が集う。


「あれ、香坂は?」

「リビングにいたのを見ましたよ」


 昼の海で少し焼けたドニがリビングの方を示した。




「棗って焼けないの?」


 昼に海に行った面々は日焼けしているのに対し、楢は固より白いままだった。夕飯時に近くに座った香坂が尋ねると、楢は自分の腕の色に視線を落とした。


「みたいです」

「すごい他人事」

「あんまり気にしたことなかったんで。五月さんは昼、何してたんですか?」


 楢がコテージに帰るとリビングで在原と小説の話をしていた。何かを言い合い、和解を繰り返す。


「裏の林を探検してた。そしたら見晴らしの良いとこに出てね」

「え、一人で?」

「あー……在原と」


 何故か不服そうな顔。楢は、ちらと目だけで在原の方を窺う。隣に座った枕崎の話に相槌を打っていた。

 そこから、近くに座った面子とゲームの話題に変わった。香坂はゲーム機は持っていないが、それを見学することになった。

 夕飯を終えて楢がゲーム機を持ち、リビングの一角に座る。隣に座る香坂がそれを覗き込んだ。


「やってみます?」

「やってみたい」


 子供のように目を輝かせて香坂がそれを受け取る。珍しいな、とその横顔を見る。

 そろりと香坂の操作を見てみると、器用に指を使っている。ゲーム機を持ったことがない、と言っていたが、嘘なのでは。


「上手くて怖い」

「なんで」

「家でゲーミングマウスとか使ってます?」

「げーみんぐ……」


 聞き慣れない言葉に、香坂は上手く変換がいかず、諦めた。目の前の敵を倒すことに集中する。

 1ラウンド終え、ゲーム機を楢へ返す。ゲーム機を持ったメンバーが近くに座り、集まった。


「田舎ですることなんて、ゲーセン行くか友達の家でゲームするかくらいだからね」

「そこで極めてたんですね」


 何の極みだ、とは思ったが、突っ込まないでおいた。オンラインで対戦が始まり、勝った負けたあーだこーだと言い合う。


「ダッツのアイス賭けようぜ」

「対戦表作るか」

「燃えてきた」


 途中で百瀬も加わり、香坂の隣に座る。黒い髪を耳に掛ける動作が艶やかで、じっとそれを見た。視線に気付いた百瀬が、香坂に肩を寄せる。


「私、香坂さんと同じチームで」

「そこで組むのは狡いですよ」


 思わず楢が声を出すほど。百瀬がゲーム好きで、対戦系は特に強いのはランダムの中で言わずと知れている。


「楢、賭けに負けると思ってるの?」


 強気に出た百瀬に、楢が目をほんの少し細めた。


「じゃあ交代参戦で妥協します」

「よし乗った」


 香坂の意思は聞かれず、とりあえず交代制になったらしい。火花が散るかと思っていた香坂は一先ず安心して、楢のゲーム機を覗き込んだ。

 ゲームをしていたメンバー何人かがふと視線を上げた。香坂の上へと。


「五月ちゃん、映画観るけど来る?」


 高身長が後ろに立つと見上げるのが大変だった。在原はしゃがみ、視線を合わせる。


「んー、いい」

「アルポルト観るけど」

「うん、いい」

「赤い鳥もあるけど」

「皆とゲームする」


 百瀬と楢は、どこの親子の会話だよ、と内心思った。ゲームに集中していたので口には出さなかったが、映画に誘う父親とゲームに夢中な娘の会話だ。

 他のメンバーも同じことを思っていたが、口にはしなかった。皆集中していたので。

 しゅんとした在原に気付いたのは皮肉にも香坂以外で、ここまで在原が相手にされないのも初めて見たようなものだった。


「香坂さんってある意味大物?」

「え、そんなにですか?」


 百瀬のゲーム機を借りて操作する香坂は、ゲームの腕と勘違いした。








 翌日の撮影は海と林を抜けた見晴らしの良い場所で行われた。

 例によってジャンケンで決められた配役。今回は楢も枕崎も主要な役にはついていない。新しく入ってきたメンバーの見学も兼ねて、合宿と撮影を取り入れた。

 チャリティーイベントで使うものとあって、そこまで長い作品ではなく、物語の構成も分かりやすさを重視した。映画を審査する場ではないので、観た人が「良かったね」と言って少し笑って出ていくようなもの。香坂はそれを考えた。

 脚本志望の新入生もいれば、監督志望の新入生もいる。誰が何に替えられるわけではないが、世の中希望に満ち溢れてはいるのだ。香坂の脚本が使われなくなることも、この先あるだろう。

 それでも、夏の光が反射する海や演者たちが演技する様子を初めて目にして、香坂はぼんやりと内側から出る感動を持て余した。自分の書いたものが、立体的に、形になっていく。形にしていって貰っている。

 映画を作るのは一人では出来ない。いや、作る人間もいるだろうが、実写の場合それは不可能に近い。そして、香坂にはそれは絶対に不可能だ。脚本を書くことしか出来ない。

 昼休憩中、日傘をさして砂浜の際を歩く。寄せては返す波の透明さに目をやり、少しだけ近付く。手を伸ばし、濡れた砂に触れる。寄せた波が指に触れ、すぐに手を引っ込めた。

 波は全てを攫っていく。


「お昼ごはんだよ?」


 後ろから急に声をかけられ、振り向く。佐田が帽子を被って立っていた。黒いキャップが似合う。


「何回呼んでも全然気付かないからさ。海、克服したの?」

「すみません、考え事してて……。海は、まだ」


 香坂は立ち上がり、佐田に並ぶ。


「東北の海って、なんか荒いイメージがある」

「昔の映画のオープニングに荒波のやつ、ありましたよね」

「あったあった! あれは関東らしいけど。まあ海に溺れたら誰でも怖い」


 佐田を日傘に入れると、香坂に肩を寄せた。

 海に溺れたことも確かに怖かった。


「溺れた後、両親が険悪な雰囲気になって、そっちの方が子供ながらに嫌でしたね」

「仲悪かったの?」

「うち離婚してるんで」


 言った後、そういえば佐田は両親がいないのだったと思い出す。こんな話を聞いても面白いわけがない。


「そういえば佐田さんの彼氏さん、元気ですか?」


 何故そんなことを聞いてしまったのか、香坂も自分の口に後悔する。いや、ずっと尋ねたいことだったからかもしれない。


「……あー前に言ったあの人はね、本当は彼氏じゃないの。パトロンみたいな人何人もいて、言い方良くしてるけど、ただの金蔓」


 佐田は苦く笑う。笑いながらでないと、話せなかった。

 香坂の脳裏には、守谷の言った"パパ活"という言葉が蘇る。


「佐田さんは、お金が必要なんですか?」

「まーね、学費かつかつだし。でも、お金よりも」


 コテージの窓からドニが手を振っている。それに気付いた佐田が手を大きく振り返した。


「人に必要とされることで、私の寂しさって埋まるの。最低でしょ、真澄くんのことクズって言うけど私も同じだし」

「……最低かどうかは、分かりませんが」


 香坂は無表情だった。無理に笑顔で合わせられるより、その顔を見るのが佐田は好きだった。


「佐田さんがその話してくれて、嬉しいですし、その面も含めて、佐田さんだと思います」


 最初に目が合ったとき、運命を感じた。きっと香坂との出会いは、佐田の人生を良い方へと導いてくれる、という。

 佐田は香坂の肩を抱き寄せた。日傘が大きく揺れるが、香坂はそれを離すことはなかった。同じ身長の佐田が香坂を抱きしめる。

 その背中に手を伸ばし、ぽんぽんと叩く。ひし、とくっつく佐田の身体は酷く硬く、何かに怯えるような耐えるような、そんな風に見えた。


 悲しい運命だ、と思った。



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