vol.12 寂しさのかたち
香坂から『脚本、出来たところから送ります。試験が近いので暫く集まりには行けません』と事務連絡がスマホからPCメールに入った。メールだ。メッセとかではない。
「つか、携帯買ったのかよ」
「え、知らなかったの? 遅れてるー」
「皆メッセ交換しましたよ」
「……俺嫌われてんの……?」
佐田が鼻で笑った。現在硝子のハートである在原は心臓を押さえる状態で停止した。
ドニはそれを見て首を傾げる。
「最初から好かれてはなさそうでしたよ」
「直球過ぎて泣く」
「泣いてみろクズ」
「佐田サン、頬を腫らしてる俺に、慈悲の心は無いのか」
「一回死んだら考えても良いけどね」
佐田は心底面倒くさそうに目を細めて言い捨てた。
「マコちゃんとは別れたんですか」
「つか全員と解消してきた」
「え、よく死にませんでしたね」
「いや首絞められたわ、よく生きてた」
「自分で言うなクズ」
尤もである。
「マコには横面をはっ倒された」
「男三人はどうしたんですか」
「特定して脅しといた」
「「こっわ」」
声が揃う。
再度、香坂から送られてきたメールを見て溜息を吐く。それから演者の方へ話をしに行った。
「……全員解消だって」
「……心を入れ替えたんですかね」
「……どうせまたすぐに出来るでしょ」
死ぬ思いをしても、快楽に勝てないことはあるだろう。佐田は薄く笑う。それがどういう情動なのか、知っているかのように。
ドニはそれを見て、何か言おうと口を開き、黙った。気持ちを言葉にすることは、何より難しい。
「俺の父親がさ、幼い頃に死んでて」
香坂がひとつ、頷く。
「物心ついた時から居なかったし、母親もいたし兄貴もいるし、寂しいと思ったことはなくてさ」
「うん」
「中学で付き合った彼女と、高一のときに別れた」
犯人の懺悔なら、この後どんな言葉が続くのだろうと香坂は聞きながら思考を巡らせた。
「そこで、なんか穴が空いてさ」
「……穴」
「ブラックホールみたいな。いや、元々空いてたんだけど、それが別れたことによってくっきり形を得たっつーか」
「彼女の形ではないの?」
「そんなんじゃなくて、もっとでかい」
在原を見た。その大きい身体の中に、大きな穴があるとは。香坂の髪の毛がさらりと肩から一房落ちる。
「それから目を逸らすには、新しい彼女が必要で、それがずるずる……。で、この前まで身体だけの関係の女とか、いたんですけど」
「そうですか」
「そして、多分その一人が、香坂に無体を働いて」
「あ、知ってたの」
さらりとした言い方に、在原は苦笑いを浮かべるしかない。香坂は在原の方を見なかったので、それを知ることはない。
冷たい風が吹いた。香坂のピアスが揺れる。
「……本当にすみません」
「どうして謝るの。あなたは何もしてないのに」
「いや寧ろ、俺が謝る以外にあるのか」
「『あなたのそういう面にとやかく言わない』って言ったし。それに」
香坂はくるっと在原を向き、今まで在原が見た中で一番明るく清々しい笑顔を見せた。
「あたしを陥れた奴等は皆、あたしの中で一番惨いやり方で死んでるから」
言ったことは、現在大学内一番恐ろしい言葉だったが。
「……それ文章になってる?」
「なってたらどうするの」
「いや、読みたいなと。お前の頭の中って宇宙じゃん」
一瞬にして無表情になった香坂が、宇宙とは、と考える。それがブラックホールへと繋がる。
「あなたのブラックホールって、映画を作ることじゃ埋まらないの?」
その質問に、在原は止まる。
昔は埋まらなかった。埋められるんじゃないかと、高校は演劇部に入った。でもそれは部活に過ぎず、熱量は他と大きく違った。それでも、大学に入って映画演劇部を作った。
最近、マコが在原に執着していたのは、前より付き合いが悪くなったからだ。それは何故か。映画を作るのが前より楽しくなる予感がしたのだ。
香坂を見つけてから。
「最近は、埋まってる」
その返答に、きょとんとした顔。
「そう」
「そんで関係全部解消した」
「あっそう」
どうせまた出来るんだろう。先日佐田とドニが言ったのと同じことを思い、香坂は鞄を肩にかけた。
「どちらにしろ、試験が終わるまで集まりには行かないし、脚本は出来次第送ります」
「よろしく、お願いします」
仰々しく言った在原に、香坂は小さく会釈した。
二人が出会って、ちょうど一ヶ月のことだ。
大津は軽音サークルに入っている。
この大学のサークルの中では大きい方で、今年の学祭でもステージを彩っていた。主にドラムを担当する大津は、スティックがあればとりあえず練習することができる。一番荷物が少ないという理由で選んだ。
「在原がセフレ全部切ったって本当?」
ベース担当、野皿が尋ねる。
「え、そうなの?」
大津が怪訝な声を出した。野皿は大津と同じ高校出身、在原のことはよく知っている。
知っていても、知らなくて良いこともあるだろう。
「百合香の方が知ってるでしょ? よく一緒にいるじゃん」
「いやいや、あれは五月……友達にくっついてきてんの」
「彼女?」
「絶対違う」
そこは大きく否定。野皿がゲラゲラと笑った。
「在原ってまだ映画作ってんの?」
「みたい。友達もそれにしつこく勧誘されて……脚本書いてる……」
悲しい哉、と大津は泣き真似を入れる。野皿はそれに対してもまた笑いを深め、少々酸欠に陥った。
ドラムのスティックをくるりと回す。
「在原の作る映画ってつまんないけど、なんか良いよね」
その言葉に大津は顔を上げ、野皿の方を見た。
「観たことあんの?」
「同クラだった子が映画演劇に入ってて、ヨウツベに載ってるの観たんだけど、結構本格的。撮り方もそうだし音も良い」
「へえ……在原って遊んでるイメージしかなかったから」
「でも友達が脚本書くんでしょ。楽しみじゃない?」
「うん」
香坂の書くものは正直、とても楽しみで気になっている。
「あとすごいイケメンがいる」
「イケメン。良いね」
「イケメンに出会いたーい」
「私も」
冬の夜の公園で、アイスを食べる二人の男女。
家に居たくない為に公園に通っている女、私服で高校生。バイトの休憩に来ている男、私服で高校生。二人は同じ高校に通っているが、違うクラス。
他愛もない話をするうちに仲良くなり、アイスを食べる仲になった。
学校ではちょうど出会うことのない二人が描かれる。
少し経った後、男のバイト先に担任が来て、バイトしているのがばれてしまう。高校はバイト禁止だったのだ。
同じ頃、女も警察官に声をかけられ、早く帰るように促される。
二人は夜の公園では会えなくなってしまった。
「最後、学校の廊下ですれ違って、振り向いたところで、切って良いんですか?」
ドニが尋ねる。
「そう。この後どうなんだよってとこでカット」
「出会ってからじゃなくて、出会うまでが主なんだ、へー」
脚本がランダムのメンバーに配られた。香坂はそれを聞きながら、心臓が口から出そうな程緊張していた。自分の書いたものが他人に読まれる恐ろしさが、これほどまでだったとは。
「面白いね、やったことない感じ」
「ねー、新鮮かも」
そんな声が聞こえ始め、在原は端で静かにしている香坂の方を見た。
「脚本家」
「……はい」
「補足とかは」
香坂は脚本を書くまでが仕事だ。その後、誰がどんな芝居をしようと口を出せることではないと、思っていた。
「テーマは冬で、最終的にどうして寒い夜に二人でアイスを食べられていたのか、伝えられたら良いと思って、書きました」
つまりは、他人の温かさだ。脚本にメモをしていく。
それを奪われ、失くし、それからどうするのか。
「人の強さを問われてるな」
ぽつりと言った在原の言葉が、じわりと滲んだ。
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