vol.13 アットランダム


 年末を前にクリスマス。クリスマスを題材にした映画が今年は多い。

 子供向けのアニメ映画、大人向けのロマンス映画、ホラー、サスペンス。

 寒い時期のホラーも良いな、と在原はチラシを入れながら考えた。


「在原くんはクリスマス予定あんの?」

「彼女いるでしょ、あるに決まってんじゃん」

「あー、あれか。来てた子」


 バイトの休憩時間、これから出勤する先輩たちが話している。在原はお茶を飲みながら、今までバイト先に来た彼女やオトモダチは居たか、と考えた。バイトを始めてから彼女は居らず、そういう相手とは割り切った関係でいたので、そんなことは……。

 荏原に続きまた厄介事か、と嫌な方へと思考が傾く。


「わざわざ休憩時間に来てくれてた子か」

「大っきいピアスつけてた」


 噎せた。気管の方へ行ったお茶を戻すように咳き込む在原を見て、近くにいた先輩が背中を擦ってくれる。

 それは香坂だ。


「それは、部活の仲間です」

「え、そうなの? 大事そうにしてたじゃん」

「姫って呼んでたし」

「どこで聞いてたんすか……」


 壁に耳あり障子に目あり、とはこのことか。在原は開いた口が塞がらない。


「……まあ大事な姫ですよ。俺は下僕」

「在原くんは姫の騎士ではないんだ」

「げぼく、響きが良いね」


 口々にそれを笑い、出勤していく。








 クリスマスケーキの予約、チキンの予約、次に待つのはおせちの予約。

 香坂はレジの合間、サービスカウンター横に設置してあるリーフレットをぺらぺら捲って見ていた。

 店内にもクリスマスものが増えてきた。クリスマスカード、クリスマスモチーフの絵本、この時期よく売れる図鑑。


「ラッピング終わりましたあ」


 バックヤードから顔を覗かせた濱蒲が疲れた顔をしている。先程入ったラッピング包装、漫画全十巻、一冊ずつ。濱蒲は九月に入ったばかりなので、プレゼント包装に慣れていなかったらしい。香坂が頼むと、捨てられた子犬のような顔をしていた。


「おつかれさま」

「香坂さんもう終わったんですか!?」

「二度目のシーズンだからね」


 そんな濱蒲に全てを押し付けるわけもいかず、香坂は七冊を請け負った。幸い、他の買い物をしてからまた来るという客だったので時間はある。

 去年の香坂も泣きそうになりながら本を包んでいた。文庫本から図鑑からカレンダーなども。それで鍛えられた。

 濱蒲はピッチリと綺麗に揃えられた香坂の包装を眩しげに見て、紙袋にそれを詰めた。クリスマス仕様の赤と緑を基調にした紙袋。


「クリスマス、香坂さんは何かするんですか?」

「いや特に……今年は平日だから授業あると思うし、バイト入るよ」

「え、24も25もですか?」

「うん。人少ないって店長言ってたから」


 香坂はリーフレットを閉じた。


「濱蒲さんは何かするの?」

「彼氏と会います……」

「人……すごくない? クリスマスって」


 地元にいた頃は、商店街にツリーがきて電飾がついただけ。夜あの周りに群がるのは不良カップルか、酔った半グレ集団。しかし、あれを見ると確かにクリスマスなのだなと感じていた。

 上京して、クリスマスの需要の高さを知った。駅前のフライドチキン屋の列、駅チカのケーキの列、そして普段はそんなに見られない本屋の列。


「予約してるんですよ、レストラン」


 なるほど、と香坂は頷いた。その為の予約か。リーフレットに大きく書かれたその文字に視線を走らせる。


「てかここもお客さんすごくないですか……?」

「忙しい方がやる気でるから」

「香坂さんが眩しい」


 手でバリアをつくり、香坂はそれに少し笑った。濱蒲は笑う香坂を初めて見たので、驚きと珍しさが混ざった表情をする。


「なにその顔は」


 いえ、笑った顔が素敵だな、と。

 なんて、声にはならなかった。








「クリスマスなのに! 授業があるってどういうこと!?」


 大津は二限の講義終わりに机に突っ伏して嘆いた。隣で講義を受けていた香坂は配布資料をファイルにしまいながら、その理由を考える。


「日本人の殆どが仏教徒だからじゃない?」

「多様性とは!」

「今日遊びに行けば良かったんじゃない……?」


 冬らしい乾燥した晴れ。遊び三割の大津がクリスマスに大学へ来たこと自体、香坂は珍しいと感じていた。


「遊びにいけばカップルが内外関係なくいちゃついてるじゃん」

「確かに」

「そういえば、映画できた?」


 ぱっと顔を上げて尋ねる。香坂はその問いに小さく首を傾げた。


「いや、まだ?」

「どうして疑問形?」


 配役は在原が決めるわけではないのか、と訊くと「代表は真澄くんだけど、絶対的権力があるわけじゃないから」と佐田が笑った。

 確かに、監督ではあるが、ここは部活だ。仕事ではない。在原は代表ではあるが、全ての決定権はない。よって。


「ジャンケンで配役が決まったんだよね」

「へー……え、ジャンケン? 全然雰囲気違う人に役が当たったらどうすんの?」

「映画演劇の団体名"ランダム"っていうんだけど、その由来が"誰がどの役でも、明日が雨でも"」

「雨?」

「何があっても映画を届けるって意味らしい。そこから、配役はジャンケンなんだって」


 主人公女は枕崎、香坂と同い年で女子大に通っている。男の方は楢に決まった。あの、楢棗だ。


「で、その配役は五月てきにどうだったの?」

「わかんない、かな。あたし皆の演技見たことないし」

「もしかして、五月。それに関してあんまり興味ない……?」

「うん。書いて満足してるとこあるし、あたしが演技どうこう言える立場じゃないし、そこらへんはあの人に任せる」


 大津は頬杖をつきながら、香坂の言葉を聞いた。

 一時期、香坂は在原を意識的に避けていた。頬に痣を作ったあたりだ。昼を図書館で過ごすことが多かった。それが最近減って、映画の話もするようになった。

 あんなに嫌がられていた在原に、少し嫉妬心が生まれる。


 三限の講義室は違う棟にあるので移動する。一度外に出ると、冬の風が吹いた。二人の前髪がふわりと浮く。


「さっむいねえ」

「ね」


 と、言いながらも香坂はコートを着ているが、マフラーを巻いていない。流石、雪国の子……。

 話し声が大きく聞こえ、そちらに目を向ける。

 男女の入り混じる学生のグループ。ふざける男子の声が大きく、その中に在原がいた。

 同じ学部の友人なのだろう。そのコミュニケーション能力の高さには、羨ましいものがある。他人への許容範囲が広く、また在原も他人に受け容れられ易い。常日頃無表情な香坂へ易々と話しかけてきたのが、良い例だ、

 在原がこちらを向いた。


「うわ、来た」


 友人等に何か話し、こちらへと近づいてくる。友人の中の一人の女子からの視線に気付き、香坂は大津の陰に隠れた。


「さーつきちゃーん」

「還れ森に」

「今日何限まで? 映画行こーぜ」

「あそこと一緒に行けば良いでしょうが」

「あいつらはカラオケでオールするってさ。大津が行きたいなら話し通すけど」

「行かないに決まってんでしょ」

「三限まで、今日バイト。映画には行けない」

「何時まで?」

「九時」


 良いことを聞いた、と在原は顔を輝かせる。


「レイトには間に合う。スーパー? 本屋?」

「いや、聞いてた? 五月は行かないって言ってたでしょ」

「行けないつったろ」

「……ほ、」


 聞いたことに答えたつもりだったが、これは映画に行く流れになっているのでは。

 香坂はやっと気付いた。


「本屋か」

「いや、行かないんで」

「了解」


 それはもう完全に行く方の了解、だった。

 在原は勝手に約束を取りつけ、満足げな顔をして背中を向けた。


「……宇宙人なの?」

「たまにあたしもそう思う時がある」


 複雑そうな顔をする香坂がいた。




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