第58話 妄想壁

ぼくはいつも愛車の助手席を空けている。助手席に物も置いてないし、潔癖症という訳でもない。助手席は「初恋の人」のためだけに空けているのだ。


「昨日、おまえ、国道ですれ違った時、大口開けて笑ってたな」先輩は告げる。

「あーー あれは、カーステレオに合わせて歌ってただけですよ」


「そうか、あまりにも楽しそうに見えたから、助手席もよーく見たけどデートではなさそうだったな」

「ああ、まあ、ひとりでした」


ぼくの助手席からは、いつもその人がポッキーを「あーーーん」してくれたり、飲み物を飲みあっこしたり、時には珍味のスルメを勧めてくれたりする。



「おまえ、この間も、助手席のシート上部を持って笑ってたな」

「ああ、それは、バックオーライ確認してただけですよ」


「そうか、前進してたけどな」

「見間違えじゃないですか」



ぼくのあの子はムードの良い曲をかけると、決まってそっと運転席側に肩を寄せてくる。そしてぼくは、その肩を抱き寄せハンドルを握る。


「この汗がたまんないんだよなぁ」


ピッピーーーーーーーーーーー。

突然、目の前に暴走車が突っ込んでくる。


「ああ”---おしまいだ」

と思った瞬間、ぼくの手は汗で滑ってハンドルをきれない状態だったのに、何故が事故を避けることが出来た。


(安心して、あぶなかったわね)


空耳かと思ったが、確かに聞こえた。


それから、ぼくは周りを見渡し、後部座席に誰も居ないことを確認する。助手席に目が釘づけになる。そっとシートに口付ける。




居間ではぼくの話で持ちきりだ。ぼくを参加させてくれない壁がある。壁にガラスのコップをあてながら聞き取る。


「あいつ、彼女出来たんだな」

「可愛い声してるわね」

「兄ちゃんにはもったいないよ」


今、ぼくは隣に恋をしています。ぼくだけには見えないけど…最近は声も出てきてくれない。でも他の人には見えるらしい。


どうやら、ぼくの噂話は全部過去形になっている!?!


【シリーズ第2弾!】

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