耳リフレ部!!~清純とギャル、年上幼馴染の姉妹が僕の耳を虜にする~

テンガ・オカモト

第1話 膝枕と耳かきとふたりの年上幼馴染

 僕の名前は鈴白 優すずしろ ゆう

 部活の時間の大半を仰向けで過ごしている──部長であり、年上の幼馴染でもある、笹谷木ささやきいろはの太ももの上で。


「まずはオイルを塗るから、そのままリラックスしててね」


 しゅりしゅりとオイルを擦り合わせる音が聞こえてくる。

 同時に、柑橘系の瑞々しく爽やかな香りが漂う。

 慣れないうちは妙にくすぐったかったこの音や匂いも、今ではすっかり身体に馴染んでしまった。

 それだけ多くの回数、僕は耳かき施術を受けてきたのだ。


「いつも通り、お耳全体にオイルを塗していくからね」


 くるくる、くりくり。

 親指と人差し指を器用に使って、内側の出っ張った部分や、くるりとカーブのかかった部分、耳たぶの周辺を丁寧に塗り込まれる。

 とても手慣れていて上手だ。心地良くて、全身の力が抜けていく。


「ふふっ、優君好みの力加減はすっかり覚えちゃった。気持ち良さそうだね、お顔がもう緩んじゃってるし」


 いろは姉はそう言ってクスッと笑った。

 肩まで伸びた艶のある黒髪に、すらりと長くて細い眉、目頭と目尻の尖ったアーモンドアイ。

 あごの下にある慎ましい黒子も含めて、整った顔立ちだと思う。

 事実、いろは姉は学校の中でも指折りの美人だと噂されているし、同級生の男子の話題にもよく挙がっている。

 そんな彼女に膝枕され、耳のマッサージを受けている僕は当然目の敵にされてる訳だ。

 でも、彼らが見ているのはあくまで表面上だけ。

 幼い頃からの付き合いである僕だからこそ知ってる一面がある。


「うん、だいぶ解れてきた。タオルで優しく拭いて、っと。それじゃあ、まずは右耳から。ごろんって横を向いてね」


 いろは姉のお腹と逆向きに顔を向けて、右耳を上にする。

 左の頬に当たる感触がとても柔らかい。

 すべすべで、しっとりとして、肌触りの良い太もも。

 頭の重さを全部預けて沈み込んでしまいたくなる。


「じゃ、いつものように説明しながらしていくね。耳かきをする順番は、こうして入り口を綺麗にしてから徐々に奥に入っていきます。そうしないと耳垢を奥に押し込んじゃうからね。ピンセットを使わないと取れなくなるから注意だよ」


 始まった。 

 耳にタコができるほど聞いてきた、いろは姉のうんちく講義だ。

 そう、何も僕はただ単に膝枕の特権を有してるのではない。それと引き換えにほぼ毎回、みっちり耳かき知識を仕込まれているのだ。

 そう、いろは姉は重度の耳かきオタクなのである。


「いろは姉、さすがにその辺りの話はもう覚えたよ。何十回も聞いたんだし」

「ふーん、本当かなぁ。それなら、今使ってる道具が何だか分かる?」


 かりかりと、耳穴の手前を掻かれる。

 軸の細い、きゅっと曲がった棒の感触。

 次第に耳の穴へと入り、絡め取るように棒を回されていく。

 この特有の気持ち良さには既に馴染みがある。


「……匠の技」

「おっ、正解」

「さすがに分かるよ、モノが違うんだし」

「そんなこと言っちゃって。何回も使ってるから身体が覚えてるだけでしょ?」

「むぅ」


 確かにそれはそうだ。

 最高級天然煤竹すすたけを使用し、皿の部分がとても薄いのにしっかりと曲がっているので、痒いところに隈なく届くのが、匠の技と呼ばれる耳かき棒。

 でも何も知らずに使ったら、「なんか気持ちがいい耳かき棒」ぐらいの認識しか持てないだろう。

 どうやら僕も知識が付いてきているらしい。


「でも、優君がちゃんと学んでると分かって私は嬉しいよ。じゃ、そろそろ綿棒に切り替えるね」


 そう言っていろは姉が取り出したのは、細くて小さいベビー綿棒だ。

 曰く、僕の耳垢は湿っているので、奥に押し込まないよう小さいタイプを使うのが適しているらしい。

 くるくる、しょりしょり。

 耳壁を優しく拭われるのがたまらない。


「耳垢の湿ってる人はね、自然に耳垢が出にくいから溜まりやすいの。だから発掘するのが楽しいんだ」

「は、はぁ」

「優君のように程よく濡れている耳垢を見ると、正直興奮しちゃう」

「それほんと僕以外の人に言わない方がいいよ……」


 幼馴染の間柄で気を許してるからか、いろは姉はたまに闇の深そうな性癖をちらつかせてくる。


「仕上げに梵天ぼんてんを使って、最後に……ふーっ」


 羽毛のふわふわが耳の中を一巡したかと思うと、生温かい吐息が吹き掛けられる。

 こればかりはどうしても慣れない。

 来ると分かっていても身体がピクンと震えてしまうし、そんな反応が面白いのか、必ずどこかのタイミングで吐息を差し込まれる習慣が出来てしまった。


「今日も可愛い反応だね、優君」

「またそうやってからかう」

「でも、嫌じゃないよねー?」

「むぅ」


 幼い頃からリードされっぱなしとはいえ、手玉に取られると何だか癪だ。


「さっ、右耳はこれで終わったし、今度は反対に向いて左耳を──」

「おーっす!」


 やかましい声と共に、ガラガラと部室のドアを開けてきた人がいる。

 金髪に染めたツインテール、ぱっちりとした丸目、着崩した制服からチラ見えする日に焼けた肌。

 目元の黒子がチャーミングな彼女は、いろは姉の妹にして、僕にとっては二人目の年上の幼馴染。 


笹谷木 亜希ささやき あきさんのお出ましってね! いやーごめん姉ちゃん遅れた、また生徒指導に引っ掛かってさぁ」

「もう、またなの亜希……いい加減その恰好を改めたら?」

「そう言われても性分だからなー。それより優、オマエまた姉ちゃんの実験台になってんのかー」

「そうだけど」


 亜希ことアキ姉は、悪戯っぽい笑みを浮かべながら近づいてくる。

 何か、嫌な予感がする。余計な茶々を入れてきそうな予感が。


「へぇー良かったなぁ。そっから見上げる姉ちゃんのおっぱい凄いもんな! ガン見しちゃうよな~」

「アキ姉……またデリカシーの無いことを」

「優君……」

「え、ちょっといろは姉、何で真に受けてるの!?」

「そりゃ優がおっぱい好きだからじゃん。たまーにあたしの方にも視線感じてるけどなぁ」

「アキ姉ぇ!!」

「しっしっし、ごめんって。そんなにムキになんなよ、これやるからさ」


 ひょいと僕の胸元に投げられたのは、青いUSBメモリだ。


「前に話してた環境音のパターン、いくつか作ってみたんだ。新幹線の客室とか、森林浴とか。気に入ったのがあったら教えろよなー」


 へへっと鼻を指で擦るアキ姉。

 見かけによらず、アキ姉は実地の耳かきとは異なる癒しの提供、すなわち音響に精通している。昨今流行りのASMR、つまり音楽以外の音・視覚全般から得られる心地良さを扱うジャンル担当なのだ。


「あたしだってちゃんと文化祭に向けて活動してんだぜ。一度ASMRブースに入ったら、気持ちよすぎて出れないようにしてやんよ、しっしっし」

「あんまり過激なのは禁止だからね、亜希」

「分かってるって、そこんとこは弁えてるからさ。あっ、そうそう」


 ニヤニヤした顔でアキ姉が覗き込んでくる。



「優の好きなえっぐいのもオマケで入れといたから。いやぁ~ウブな顔してあんなのが好みなんだもんな~、将来有望だわ」



 数秒、完全な沈黙が訪れた。

 いろは姉の前で何を言ってるんだこの人は。 


「へぇー……」


 それまで平静を保っていたはずのいろは姉から、急激にトーンの下がった声が洩れた。

 いつの間にか両手に持った耳かき棒を、まるでバトンのようにくるくる回転させている。

 あっ、まずい。本気で怒ったときの仕草だ。

 反射的に太ももから飛び起きると、耳かき棒の先端が空を切った。


「優君、浮気かな? 浮気だよね? 優君の耳は私専属なのに、そういうの聞いちゃうんだぁーへぇー……」

「え、いや、浮気って……」

「亜希も同罪だよ? どうして優君を唆しちゃうかなぁ~、かなかなぁ~」

「げっ、こっちに矛先向けてきた!? もう逃げるしかねぇっしょ、先に行くぜ優!」

「あっ、自分が出口に近いからって一人だけ逃げた!」

「ねぇ知ってる? 鼓膜って破れても修復されるんだよ?」

「ひぇぇ……」


 いろは姉から黒いオーラが噴き出している。ダメだもう一刻の猶予もない。

 僕は飛び跳ねるように廊下へと駆け出し、アキ姉の後へと続いた。


 ***


 夕暮れ時、茜色の空。

 どうにかいろは姉を振り切った僕は、アキ姉と二人で帰り道を歩いていた。


「いやーやばかった。やっぱ姉ちゃんのヤキモチは洒落になんないわ」

「全然反省してるように、見えないんだけど、ぜぇ、ぜぇ」

「しっしっし、バレた? てか優、まだ息切らしてんのかよ。体力無いな~」


 アキ姉は悪びれるどころか、なおも僕を弄ってくる。


「事あるごとに嘘を吹き込むの止めてよ……いろは姉は本気で信じちゃうし」

「え、でも優のスマホの検索履歴にあんじゃん、何とかブイチューバ―のおやすみASMRとかさぁ~、ん~?」

「う、なんでそれを……」


 僕が思わず顔を逸らすと、アキ姉はニヤニヤしたまま近づき、


「ふ~っ……」


 不意打ちの吐息。

 耳かきをお預けされた左耳が、生温かい息で染まる。

 僕がビクンと震えた隙をついて、アキ姉は肩に手を回すと、


「そう機嫌悪くすんなって。USBの最後のトラック、優のために作ったあたし特製スペシャル音声だから♡」


 胸がひじに当たってしまうくらい近くで、そう囁いた。


「な……!!」

「しっしっし、真っ赤になってやんの。やっぱ、変な想像した?」

「だっ、だだだ誰がそんな想像」

「あはっ、動揺バレバレだし。まー期待しとけって、いい感想待ってっから。んじゃーなー」


 僕の心をかき乱すだけ乱して、アキ姉は去って行った。 

 残された僕は暫く呆然と立っていたが、どうにか気を取り直して歩き始める。


「……柔らかかったな、アキ姉の」


 そう呟いた僕の足取りは、心なしか早くなっていた。

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