【閑話】Hast du es jemals regnen sehen? ~虹を見たかい?~ 

2166年11月18日 火曜日

 エスターライヒ共和国ニーダーエスターライヒ州ザンクト・ペルテン憲章都市。

 今年の大会開催地は久々にエスターライヒとなった。この国の騎士シュヴァリエ達には全国大会や選手選考会などでもお馴染みの競技場が試合会場に決まったのである。

 本格的に寒さが到来する時期であり、午後になった今でも気温は5度と、厚着が必須と言える冷えた空気が辺りを包んでいる。本曇りの時間も長く陽が落ちるのも16:00と早いので、暖かな日差しは期待しない方が良いだろう。


 しかし、今日はザンクト・ペルテン屋内競技場を中心に近辺までも熱気が漂っていると錯覚して仕舞う程、人々の歓声が轟いている。

 それもその筈、記念すべき第四十回を迎えたChevalerieシュヴァルリ世界選手権大会であると共に、今期で引退を発表した【壊滅の戦乙女】ヘリヤの最後となる試合――Duel決闘の部、決勝戦――がこれより開始となるからだ。


 観客席上部に設置されている大小のインフォメーションスクリーンに決勝戦までの試合がダイジェストで流れていた映像が現在の試合コートに切り替わる。一瞬で観客の騒ぎは落ち着きを取り戻し、小さなざわめき程度に収まる。

 そして、選手入場のアナウンスが流れる。


『皆様、お待たせいたしました。これよりデュエルの部、決勝戦の騎士シュヴァリエ入場です。』


 そのアナウンスを女性解説者が引き継ぐ。

 

Grüß Gottこんにちは、皆の衆! 本日Duel決闘担当の公式アナウンサーである私こと、孤高の解説者! みんな大好きアンネリース・ペルファルがお送りいたしまっす!』

『今年最後の見どころですよ、皆さん! 目ん玉穿ぽじって刮目しやがって下さい!!』


『それではー。第2ゲートから入場するのはー、【永世女王】ぶっ飛ばして「史上最強」になった彼女! 毎回出るたびに強くなって帰ってくる止まらない進化! そして、なんと! 引退後は小等部ジュニアの騎士科講師に決定している絶対強者! 小さなお子様から大きなお友達まで世界中の誰もが知ってます! ノォゥズィンノルウェー王国国籍、二つ名【壊滅の戦乙女】(壮大な溜め中)…↓→へりぃぃ↑やぁぁ~っ→↓ろずぶ↑るぉぉぉくぅぅぅ~っ→!!(ヘリヤ・ロブズローク)』


 選手紹介で盛り上がった観客席が騒然となる中、第二ゲートからヘリヤが現れる。てくてくとのんびり歩きながら観客席に笑顔で手を振る何時ものスタイルだ。

 何時もと変わらずダークブロンドの髪は耳が出る位のショートボブ。漆黒の鎧と騎士服に金糸の装飾が施された豪奢に見えるデザインだ。腰には騎士剣仕立てのヴァイキング剣なのも変わりなく。金の蔦を絡めた額冠に、濡れ羽色の羽根を象った簡易VRデバイスも何時もと同様。


「いやー、今年で最後となると感慨深いものがあるなー。」


 目を細めて客席の熱狂を見回しながら呑気に笑みを浮かべるヘリヤは、相も変わらずマイペースだった。

 2154年の第二十八回世界選手権大会から昨年の2165年まで実に12年連続で出場し、戦績は10勝2敗。もちろん10勝は世界一となった数のカウントだ。そして、今年で連続出場13回目となり、且つ上位入賞記録は過去最多となる。

 それも今日で終わる。


「さてさて。去年と比べて、あの坊やがどこまで仕上げて来たのかな。」


 楽し気に笑うヘリヤ。第四世代最後の義務とでも言う様に、次の世代に立ちはだかる壁の役を請け負っている心境なのだろう。



 彼等彼女等は第四世代と呼ばれる、第三十回世界選手権大会以降の騎士シュヴァリエChevalerieシュヴァルリ競技始まって以来の当たり年世代と言われていた。


 数年前、公開試合で遂に【永世女王】を打ち破り、名実ともに史上最強の騎士シュヴァリエとなった【壊滅の戦乙女】ヘリヤ。彼女を筆頭に、上位30位前後に入る騎士シュヴァリエ達が群雄割拠の様相を呈し、誰が優勝しても不思議ではないと人々の口に上がる。その中でもヘリヤは頭一つ抜きん出ていることは彼女の出現時から変わらないが――。

 上位ランクに成れば成る程、騎士シュヴァリエ達の技術は拮抗したことから、Chevalerieシュヴァルリ戦国時代などと揶揄やゆされていた。


 特に、ここ5、6年は第一回戦から決勝戦とも言える激闘が繰り広げられ、ベスト8に入るメンツは毎年変動する事態。円熟期に入ったヘリヤですら一度、優勝を逃したことを考えれば、如何に時代の代表として語られるに値する騎士シュヴァリエが同時代に生まれたことが判るだろう。


 ――そして、昨年の第三十九回Chevalerieシュヴァルリ世界選手権大会。

 初の全国大会出場で準決勝まで勝ち進み、ヘリヤに敗退して3位入賞となった、あどけなさが残る少年。第五世代となる彼の活躍は、世代交代が始まりつつあることを誰もが感じていた。


 まるで戦国時代を平定するために現れたかと言う様に、今年はとうとう決勝戦に進出した。


 その名が女性解説者から告げられる。


『そんでもって第4ゲート! 来ました、来ました、来ましたよーっ! 新人ながら2年連続上位入賞確定! 今年は、なんと、なんとーっ! 堂々の決勝戦出場だーっ! 【姫騎士】フロレンティーナちゃんの弟でマジモンの公爵殿下っ! 王子様ですよ、王子様! マクシミリアン国際騎士育成学園騎士科3年所属! エスターライヒオーストリア共和国国籍、二つ名【虹の王】(やはり溜めが入る)…みひゃえ↑るぅぅぅ↑じーくはるとぉぉぉ~↓ふぉん↑ぶるぁうぅん↑しゅぶぁいくぅ↓ぅ↑ぅか↑るぇんべる↑くぅぅ~!!(ミヒャエル・ジークハルト・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク)つーか弟も名前長っ!』


 一際、黄色い声援が多く上がる、今、最も注目を浴びている騎士シュヴァリエであるハル。

 トコトコと笑顔を振り撒きながら元気いっぱいに手を振る姿は、幼き日の彼と何ら変わりない。


 ハルの装備。淡いブロンドの頭部にはエメラルドを嵌めたチェーンのフェロニエール額飾りをしており、こちらが簡易VRデバイスとなっている。Waldmenschenの民が愛用する格闘戦を重視した肩鎧ポールドロン付きの腕鎧は、太い革ベルトで胸の上部分を通る様に止められているのは元々の装備仕様だ。その上から、身体の可動域を阻害しない様に部分単位で分割された胸鎧を付けている。脚鎧は膝上10cm、鎧下は暗色系の厚手生地で出来た軍用戦闘服を仕立て直した上下を着用している。


 鎧は素地の白金プラチナ色だが、姉の鎧と同様に特殊塗装で仕上げられている。その名も神金オリハルコンカラー。塗料の分子結合がプリズムの機能を持ち特殊な光波反射をするため、七色の光が見る角度ごとに変わって見える。立体ホログラムシールと異なる優雅な輝きの遷移から、二つ名が【虹の王】と付いた。「王子」と呼ばれなかったのは、可愛らしい容姿や仕草とは裏腹に、純粋な強さがその呼び名を赦さなかったからである。


 父母両方の一族から家伝の武術と、姉達・・から其々それぞれの異なる武術、そして実姉じっしからは特殊技能である、複数の武術を切り替えて学ぶ法を伝授された。スポンジが水を吸う例えにたがわず、教えを受けた全てが血肉となり、彼にしか使うことが出来ない独自の武術が編み出された。


「なんか、すごい賑やかだなー。あ! みんないないと思ったら貴賓席にいた! おーい!」


 ザンクト・ペルテン屋内競技場には貴賓席――VIPなど身分の高い客に用意される――に、家族と花花ファファ京姫みやこなど、達の姿を見つけてブンブンと両手を振るハル。この辺りの行動は彼の通常運転だ。


 決勝戦が行われる場内中央の特設コート脇の競技コントロール機材がある登録エリアで各種装備の最終登録を行う。審判は、専用の競技者ステータス用ARモニターに登録状況などが表示されるため、選手の準備が終わったタイミングを計って声を上げる。


『双方、開始線へ』


 ハルとヘリヤが特設コート内で対峙する。


「やあ、よく来たね。あたしとの約束をちゃんと守ってくれてウレシイよ。」

「去年、からまた来いって言ってたじゃないですか。ボク、約束はちゃんと守る方なんですよ。」

「えらいえらい。あれだけ強敵ひしめくトーナメントで勝ちをもぎ取ったんだ。随分と骨が折れただろう?」

「もう、すごく。何の因果か、師匠達全員と当たりましたから大変でした。」


 ヘリヤは引退最後の試合にハルとの約束を守るため、シュヴァルリ評議会に最初で最後の我儘を通させて貰った。ハルとは決勝戦まで当たらない様にブロックを別にして欲しい、と。それ以外については何時もの様にコンピューターのランダム抽選で、対戦相手が決まっていくのだが、幸か不幸か、ハルの勝ち進む先々で自分に武術を教えてくれた達が立ちはだかることになったのだ。

 自らの成長を見て貰う様に、達をたおすと言うドラマ性もあり、メディアの話題にも随分と上がったものだ。

 そして、準決勝。毎年、優勝争いに絡む実姉じっしである【姫騎士】ティナを打ち破ってこの場にいる。


 ニコニコと人懐こい笑顔を浮かべるハルに、ヘリヤも楽し気な笑みで返す。これから戦うと言った雰囲気は微塵もなく。

 ヘリヤは特等席目の前で素晴らしい武術を見れるために。ハルは達に教わった武術を遺憾なく発揮出来ることが楽しくて。それぞれが笑みを零すのだ。ある意味、似た者同士とも言えよう。


『双方、抜剣』


 丁度良いタイミング――むしろ場がこなれた――で審判から合図がかかる。


 ヘリヤが引き抜いた剣。剣身にマーブルの波紋が入った緋色に輝く騎士剣両手剣仕立てのヴァイキング剣。剣身は100cmを超え、重量も1.5kgと片手剣のカテゴリーとしては大きめだ。銘はグラム竜殺し。長年共にし、幾重もの戦いを勝ち抜いてきた自身の一部とも言える相棒だ。


 そして、ハルの剣。LangenロングSchwertソードのカテゴリに入るが、刀身は80cmと片手剣サイズ。にも拘わらず柄は30cmあり、両手で使うことを目的としている。そして、一番異様なのは灰色のマーブル模様が入った白い剣身。姉であるティナが使っていることでお馴染みの、カレンベルク家に伝わる宝剣。それをハルも武器デバイスに使っているのである。むしろ、次期当主であるハルが本来の持ち主だ。銘はAnonym無銘。重量が2kgを超す特殊用途が隠された剣である。


『双方、構え』


 審判の合図とともに両者が構える。しかし、見た限りでは戦闘態勢に入っているが明確な構えが成されていない。それは、決勝戦を闘う二人が他の騎士シュヴァリエとは全く違う存在であると物語っている。


 ヘリヤは、Alber愚者の構えに似た、剣先を地面擦れ擦れまで下ろした下段の構えであるが、力みも何もなく、只そこに剣を置いているだけの姿である。彼女が様々な経験を経て、最終的に辿り着いた全ての攻撃と防御の起点となるだ。

 対してハルも、競技で主流なドイツ式、あるいはイタリア式、果ては洋の東西問わず該当する型がない。それもその筈、剣を引き抜いた状態で剣先を下向きに持っている隙だらけの姿だ。しかし、見る者が見れば、それだけで武術が成り立っていると判る。


「(Spielトイzeugboxボックス, Anlaufen.起動)」


 ハルが声に出ない声で呟く。


「(Channelチャネル Öffnen.オープン)」


 自分の中にあるオモチャ箱を準備する。どのオモチャで遊ぼうか、迷うことすら楽しい遊びだと言う子供の様に。


『用意、――始め!』


 始めの合図とともに、ハルはトコトコと擬音が付きそうな足取りでヘリヤに近づく。戦う様には見えず、まさに歩いているとしか言えない。


「(Stilスタイル Schichtシフト, ModusモードFarfaふぁーふぁ und ShaoShaoしゃおしゃお”.)」


 その声に出さない呟きの瞬間、ハルの気配は霧散し、太極拳の歩法、蓋歩ガイブーで腰を捩じる様な脚運びと重心移動を伴う動きに変わる。もちろん、その動きの中には呼気による身体操作と纏絲てんしが練られている。そして、ヘリヤの攻撃範囲にスルリと踏み込んだ。


 ヘリヤは、目の前からハルの気配が消失したのを感じ取った時には、自身が支配する絶対的な領域――ヘリヤは結界と呼んでいる――に入り込まれていた。一瞬の空白を造り、相手の攻撃圏内に無傷で入り込む一手。ヘリヤに気付かれる前に結界内へ忍び込めるのは全騎士シュヴァリエ中、小乃花このかだけである。その小乃花このかから教わったであろう隠形の技を最も効果が出る初手で使ってきたことに感心する。


 ズシリと、重量物が落下した様な音。そして、ギンッと鈍く金属がぶつかり合う音が響く。

 外から映る二人の姿は、互いの剣で下段から上段まで弧を描いて跳ね上げた様にしか見えなかったであろう。


 だが、この一合には多くの技術が含まれていた。


 ハルは、ヘリヤの領域に踏み込んだ瞬間には剣を中段の位置まで振り上げていた。そこから刺突を開始する。右脚でみ込んだ蓋歩ガイブーの動きから腰の捻りに上半身を追従させ、右半身に移行。前脚はそのまま虚歩シュブー(体重が全く乗っていない状態)とし、仙骨からの体軸を整列させながら肩甲骨を右方向へ開き、剣の到達距離を伸ばす。そして、前脚で震脚を踏み込み、軸足の後ろ脚を回しながら踵を上げて更に地面の力を得る。それを歩法で練っていた纏絲てんしと共に仙骨から背を通し指先まで届け、そのまま剣に反時計回りの纏絲てんしけいを纏わせる。剣で防御をしても、纏絲てんしを弾き飛ばしながら突き進むための一撃だ。

 しかし、ヘリヤは簡単に攻撃を通してくれる程、生易しくはない。ハルが中段に剣を置けると言うことは、ヘリヤも同様のことが当然可能だ。だからこそ、ハルは打ち負けない様に、震脚まで使用し剣に纏わせる纏絲てんしの威力を増したのだ。


 だが、史上最強と謳われた騎士シュヴァリエは、その名を上回る埒外らちがいの力を見せる。


 ハルが攻撃を仕掛け始める時、既にヘリヤは迎撃を開始していた。ハルの剣がこちらへ到達する前に、下から跳ね上げた剣が相手の剣にぶつかる。その接触感知からハルの剣は触れたものを弾き飛ばす異常な力を持つことを身体が理解する。そして、思考が認識するより早く身体は対応する。身体の潜在能力が一瞬だけ開放され、身体能力を倍以上に底上げする。それはハルの速度と威力を容易く上回った。

 ヘリヤからは時計回りの回転をするハルの剣と接触した箇所を起点とし、肩甲骨を時計回りに旋回させ腕ごと自身の剣に螺旋を描かせる。同じ方向でより強烈な回転で巻き込んだハルの剣をそのままち上げた。その挙動はハルの腕へ過剰に時計回りの回転を加えることになり、持ち手を逆手の様に捻らせ、反撃が出来ない体勢に封じ込めた。

 さすがにハルの反応も早く、不利な状態に追い込まれた瞬間には退歩トゥイブーと重心移動で、ヘリヤから一歩半の距離を引いていた。


「(今のは、透花トゥファの技がベースかな? 小乃花このかの隠形と言い、複数の術理を同時に使える様になったのか。やるなぁ。)」


 フムフムと納得しているヘリヤは楽し気だ。昨年より確実に進歩しているだろうハルの技を見て満足しているからである。

 そのハルはと言えば、中段に剣を置きニコニコと笑顔である。


「(やっぱりヘリヤさんはすごいや。簡単に対応された! 纏絲てんし剣に回転を掛けて崩されるなんて初めてだ! それに速さと威力がけいを軽く超えて来た!)」

「(じゃあ次は、これでいこう!)」


 ハルは声に出さない呟きをする。

 それは、彼のオモチャ箱を切り替える祝詞キーワードだ。


 ――オモチャ箱。実姉じっしであるティナと同じく、異能とも呼べる特殊技能。

 自分の中にあるオモチャ箱に、武術を技だけでなく思想も理合も積み重ねた全てを丸ごと仕舞い、自由に出し入れする技能。武術ごとにオモチャ箱を用意することで、全く異なった理合を持つ武術を併習しても破綻することがない特徴がある。


 ティナの場合は、自分の中にタンスを持っており抽斗ひきだしを開け閉めすることで異なる武術を取り出していたが、タンスの抽斗ひきだしは数に限りがあることが敢て挙げられる弱点だ。


 だが、ハルのオモチャ箱は数に限りがない。幾らでもオモチャ箱を増やすことが出来るのだ。だから幼い頃より仕舞って来た沢山ので溢れ、に輝いている。


 そして、彼がオモチャ箱で戦う遊ぶ時に用いるStichwortキーワードSystemシステム

 子供が色々な物を使って遊びを編み出す柔軟な思考から、武術をより楽しむために生まれた技法遊び方だ。それは、共通性すらない異なる理合を一瞬で別の理合に切り替える。


 七色にきらめく如く複数のを自在に扱い、他者を圧倒する。

 彼が【】と呼ばれる所以だ。


 通常では真似など出来ないたぐいの技術だ。姉達師匠達から学び、積み重ねた研鑽が膨大な土台となり、全てを支えることが出来るからこそ可能とした。


 それを今年。

 複数の異なった理合を同時に運用すると言う、在り得ない進化をさせてきた。


「(Stilスタイル Schichtシフト, ModusモードWeißer陽のWald und Myamyaみゃーみゃ und Schwagerにぃに”.)」


 きっと言葉に出していたならば、歌う様に楽し気な声だっただろう。


 その一言は、瞬時に異なる理合いを起動していった。

 一気にアドレナリンが分泌される。

 思考が加速し、時間が引き延ばされる。

 世界の音が薄れていく。

 Sonne陽の Machtと呼ばれる、ゾーン状態を強制励起する奥義が起動する。

 仙骨と骨盤、肩甲骨の可動が球を描く動きに変わる。

 体軸が再び整えられ、力の連動が中丹田壇中を起点に最適化される。

 全身の筋肉が一つのバネに変わる。

 精神と身体が一つとなり空間に溶け混ざる。

 ――ハルの戦う遊ぶ準備が整う。


「(お!? 気配…じゃないな。存在感が変わったのかな?)」


 僅かに変化したハルの雰囲気をヘリヤは瞬時に察知する。まさか最後の最後に全く新しいタイプの武術に触れる機会を得ることが出来るとは思っていなかったヘリヤは大層ご機嫌だ。

 この少年は姉と同じく、期待以上のものを見せてくれるだろう。ヘリヤの本懐である。


 キラキラと瞳を輝かせてハルは独りちる。


「(Ja,!Es ist Showtime! お代は見てのお帰りだ!)」


 股関節と仙骨の回転によって増速した一歩が、一歩半の距離を埋める。

 中丹田壇中に置いた重心が、下半身の動作から負荷を除き、更に加速させる。

 時間を置き去りにした世界で鎧が光を反射し、虹が尾を引く。


 その全ては前兆も行動の意思も見せず、それが自然だと言う様に実行された。


 まばたきに満たない時間で、ヘリヤが支配する絶対的な領域に足音もなく滑り込む。仙骨から発生させた球の旋回が剣を振り上げる動作を後押しし、纏絲てんしけいに似た回転の波を与える。

 中段からの突きではなく剣を振り上げたのは、切り下ろしから肩甲骨を旋回させることによる攻撃先の軌道改変をするためだ。狙いを一点に絞る訳ではなく、相手に合わせて自由に変更出来る範囲が広いため、上方からの攻撃を選択したのだ。

 実際のところ、ハルは狙いを定めていない。相手の反応に合わせて逐一、攻撃箇所を変えるからである。無論、相手が反応しなければ一番近いところに斬り込むだろう。


 ――キンッ、と剣が触れ合う音が一度だけ響く。


 ヘリヤの迎撃は、はたき切りだった。剣を頭上でクルリと左から右へ弧を描かせる、尋常でない速度の一撃。ハルが縦方向の攻撃を繰り出したことに対して、ヘリヤは横方向で交差する様に相手の剣を自身の右方向へ吹き飛ばす。


 本来、ヘリヤのはたき切りは当たることが無い筈であった。ハルはヘリヤの剣が触れる瞬間、両の肩甲骨を左に旋回させ、ヘリヤの剣が過ぎ去った裏刃に移動させた。ヘリヤの上腕に攻撃の導線が繋がり、そのまま斬り下ろせば確実に当たる状況を造り出した。

 しかし、ヘリヤのはたき切りは時が戻った様に、ハルの剣を外側から迎撃する位置に戻る。肩甲骨の旋回による位置の可変。同じ方法で返されたのだ。


 今回、ハルは重心を中丹田壇中に置いていることで、腰から下の踏堪ふみたえる力が弱まっている。だから、ヘリヤの強烈なはたき切りを受けたため上半身を流すことで威力を相殺する。それは体勢を崩した格好だ。

 その様な隙を見逃すヘリヤではない。はたき切りの迎撃で、弧を描く移動エネルギーを全て相手の剣に伝えたことで、自身の剣は交差地点で静止する。ハルの姿勢は流れたことで右半身が更に被さる様に捻られ、剣を持つ腕が上方向に開く。その僅かな隙間から、心臓部分クリティカルを晒した。そこへ正確無比な神速の刺突が繰り出される。

 崩れた姿勢と剣を流した腕が死角となり、回避は不可能であった筈の刺突。

 その一撃は虚空を打った。


 ヘリヤが初めて見た回避方法だった。刺突が決まる瞬間、ハルの身体がキュルッ、と音がするほど一瞬で九十度、時計回りに回転した。結果、ハルの胸元正面を刺突が横切っていく。そして、もう一度、ハルの下半身が急速に反時計回りに回転し、ヘリヤの攻撃範囲の内側、つまり懐に入り、追いかける様に上半身が正中線に正対する。

 だが、危険を鋭敏に感知していたヘリヤの身体は意志より早く反応し、縮地と言える素早さで二歩程後退し、ハルと距離を空けていた。


 ハルが使ったのは歩法ではない。右股関節と左股関節に時計回りの旋回をかけ、仙骨を旋回と背骨の軸とし、腰と両脚を即座に回転させる方向転換を使った。脚を踏み出さずとも瞬時に身体の向きを変える技術だ。


「(うわ~、あぶなかったなー。剣の威力が予想以上だった。打ち合いになったらな。にぃに義兄の言った通り、全ては在りうることって対処しないとダメみたいだ。)」

「(ヘリヤさんが引いてくれて助かった。追撃でを撃ってたら返り討ちだったかも。)」


 ヘリヤに攻撃を発動する前で回避されたハルは呑気に安堵していた。こちらが正中線を獲ってはいたが、攻撃の成功率は低かっただろう。剣の軌道を変えても瞬時に対応してくる相手だ。チャンスはまだここではないと直感が訴えている。

 まだまだ遊び足りないと言う眼差しでヘリヤを見るハル。その相手も楽し気に笑っている。


「(おもしろい坊やだ。姉弟きょうだいそろって全く知らない武術を体験させてくれる。いいね! これこそ最後の戦いっぽいな!)」


 まさか、ここに来て全く未知の技術を披露されるとは思わなかった。世界はくも広く奥深いものであると改めて体感したヘリヤは、悪戯っ子の様な微笑みをこぼす。


「(さてさて。弟君は、これをどう捌くかな?)」


 次の攻防はヘリヤが口火を切る。

 地表ギリギリで滑る様な独特な歩法。

 脚を上げないからだろうか、上下動もなく近付く移動は速度をあやまたせる。それは、相手の体感時間を奪う外から見ては判らない瞬歩。

 ヘリヤは、ハルの左側に円の動きで弧を描きながら急接近し、八相に似たVom Tag屋根の構えから一閃する。相手の剣を内側から受けて防御しながら肩口を斬り付ける、流し目切りと呼ばれるドイツ式剣術の奥義に数えられる技だ。


 教本に載っている通り基本に忠実で、まるで型のお手本の様な理想の軌跡を描く剣。その技の美しさは人々から称賛を浴びるだろう。目で追えたのならば、であるが。

 ヘリヤの流し目切り。尋常でない速度と精密さで既に奥義を超えた別の技となっている。

 世界を置き去りにした時間の中で、更に制限を解除されて倍以上に跳ね上がった身体能力と脱力を元にした剣速は、力で振るわれる技法とは全く違う速度と威力を併せ持つ。


 ハルは、それが当たり前のことである様に対応する。決勝戦ここに立っていると言うことは、そのレベルにあってしかりである。

 加速した時間の中で尚もコマ落としの様に現れたヘリヤの流し目切り。自身の剣を中段から上段に剣を跳ね上げ、そのまま。迎撃ではなく、相手の次に繰り出す攻撃の選択肢を絞らせるためにあえて剣をその場所に置いただけだ。

 選択肢など関係ないと肩甲骨の旋回で軌道を改変しながら追従するヘリヤの剣を股関節の旋回で身体ごと方向を変えて時計回りに回避する。急激な動きをなぞりながら、鎧に反射した虹色の光が尾を引く。

 相手は世界最高峰の騎士シュヴァリエ。流石に一筋縄でいく筈もなく。回避した瞬間には次の剣戟がハルに襲いかかる。


 右脚を踏み込むことにより、切り下ろしを左方向に斜め移動させながら相手の剣を受ける流し目切りは、切り終わりの型がLangort突きの構えと良く似ている。差異は逆脚になっていることだろうか。突きが吹き抜けたとしても、そこから上下左右に剣を振ることが出来る。剣術とは、技を繋ぎ自身が有利になる様に立ち回り、相手をたおすためにある。

 だから、ヘリヤの剣がはたき切り同様、横に旋回する軌道ですぐさまハルを捕らえたのも不思議ではない。

 その攻撃に対してハルは剣の柄を肩口付近に置き、剣先を下に向けて受けの体勢を取る。が、受けると見せかけ、剣が交差する直前に剣身を水平に持ち上げてする。

 相手の攻撃をバインド鍔迫り合いに持っていきたくない、と判断するに足りる行動だ。日本刀、特に江戸時代以降に作刀された新々刀を使う騎士シュヴァリエが良く取る行動である。厚みがあり頑強なヨーロッパの剣と打ち合いをするには刀の特性をかんがみるにいささか弱いのだ。


 ヘリヤは、何かの布石としてハルがバインド鍔迫り合いを避けているのでは、と疑念を浮かべる。先程も、ハルの位置からバインド鍔迫り合いで主導を握れる状況だったにも関わらず回避を選択していた。だが、その疑念を裏付けるには根拠が足りない。

 少なくとも先程は、彼が二撃目の横薙ぎを空かし、後ろ脚へ揃える様に身体を引き、剣の軌道が完全に届かない位置に移動しただけであり、距離を取って仕切り直すつもりならば在り得るだろうと。

 何かの仕込みなのか戦略なのか、将又はたまたそう言った武術なのだろうか。しかし、何らかタイミングを確実に計っている。だからと言ってバインド鍔迫り合いをしないことの関連性は見い出せない。

 それはヘリヤにとって些細なことだ。ハルが動きを見せる時には必ず判ることだから。


「(何を見せてくれるんだろうね。楽しみで仕方ないな!)」


 ヘリヤの二撃目を回避したハルは、その流れのまま股関節の旋回を最大限に掛け、Waldmenschenの民の高位歩法である関節ごとの回転を上乗せし、一気に左側、つまりヘリヤの右斜め後方まで瞬時に移動する。本来であれば、相手の背後まで回り込むことが出来る技術だが、それをさせては貰えなかった。

 かつて、ティナに一瞬で背後を獲られた時のヘリヤではない。彼女の技量は格段に上り、今では背後を獲ることが出来る騎士シュヴァリエは存在していない。それでもヘリヤの攻撃が死角となる箇所まで滑り込める騎士シュヴァリエは極々少数いる。その一握りにハルが数えられた瞬間であった。


「(やるなぁ。でも、その動きの後に同じことをやるには時間が足りないだろう?)」


 その呟きが終わる前にヘリヤはハルに正対し、攻撃範囲に捉えていた。

 剣を防御に備えることすら間に合わないヘリヤの高速移動。単なる向きを変えるではなく、その独特の歩法から相手の攻撃へ繋がる最善の位置取りをする。

 虚を突いた筈のハルは、それすらを踏み潰して来たヘリヤに内心驚愕させられている。もっとも、笑みを浮かべた表情が変わることはないが。


 思考より早く神速のがヘリヤから放たれた。

 ヘリヤの代名詞となった不可視の五連撃。身体能力の制限を解除して放つ、0.15秒の時間で繰り広げられる目で追うことの出来ない瞬間劇。これを三連突に変え、余力を全て注ぎ込むことで、僅かな時間の隙間をも埋める。


 黄昏色をした光の矢が三本、空に軌跡をえがく。埒外の技が産み出した、誰も経験したことが無い速度。

 それは、空に架かる虹の光芒を


「(これを…。)」


 ヘリヤは攻撃を回避されたことよりも、その方法に驚きと歓喜が沸き上がっている。


 相手がゾーン状態に入っていることを直接戦っているから判っている。幾ら速度が上がった突きと言えど、人が放つものである限り、対応される可能性は高いことも経験から知っている。ハルならば、それを行えるであろうことも去年に対戦した時から判っていることだ。

 しかし、コンマ一秒の世界で、身体ごと急激に旋回させる動きは負担がかかるだろう。自分であれば連続使用は難しいと、その基準で判断したヘリヤは予想を裏切られることとなった。


 行く手を遮る一撃目。ハルの進行方向の先に中段の剣を置く。それを下半身だけの急激な旋回で身体の向きを変えて避けられる。

 次への囮とする二撃目。ハルの身体が左を向いたところへ、脚を狙った下段突き。しかし、またしても下半身で時計回りに急激な旋回を四百五十度、つまり一回と四分の一回転をして避けられる。それも、ヘリヤの更に右後方へ回避を伴った移動をしながら正中線を獲る動きであった。

 そして、本命の三撃目。予想よりも大きく回避距離を稼がれたが、攻撃範囲内であることは変わらない。ハルの右半身を狙った胴への突きを途中から肩甲骨の旋回を加えて左半身へ可変させた突き。この攻撃だけは、上半身を後ろに傾けて回避された。

 剣で対応すれば簡単に捌けただろうに、身体の旋回で回避することを選んだハルに瞠目する。それは、ヘリヤが待っていたハルの技がこれから訪れるであろうと予感させるものだ。


 ヘリヤの必殺技である五連撃――この場合は三連撃だが――は、技を放った直後、一気に全身の力を開放したことで一瞬硬直する弱点があった。技を編み出したは。

 今では、必殺技と言いつつも消耗率が高い多用に向かない負担の掛かる一つの技であり、次の攻撃へ繋げることが当たり前の様に出来る。


 だから四撃目の突きを身体を仰け反らせたハルの心臓部分クリティカルへ向けて放つ。三撃目を避けられて剣の射程から逃れている距離ではあるが、三撃目の終わり間際に引き寄せていた後ろ脚を起点にして、前方に半歩分伸ばすことで到達出来る位置になる。


 四本目となる光の矢は黄昏色をした一つの線となり、ハルに届くだろうことは疑いようがない。


「(今の、良く避けれたなぁ。剣で受けたら楽だけど折角溜めたのが消えちゃうし。ヘリヤさん、楽しそうだ。うーん、こっちの技を待たれてるのかな? じゃぁ良いタイミングになったしちょっといってみよーか!)」


 ハルは、ヘリヤの攻撃を全て股関節の旋回、それも球を伴った波を造り下半身の制御に割り当てていた。

 上半身の中丹田壇中に重心を置くことで重心位置は高くなる。そのお陰で、下半身は上半身のくびきを外れ、骨盤で球を回す動きの負担を減らせ、速度のある瞬間的な回転を可能にする。仙骨を起点とした背骨の整列を維持するため股関節の旋回による回避を行った。

 その技を以って、下半身で全ての攻撃を回避をさせ、上半身はずっと練っていたのだ。全てはたった一つの技を放つために。


 ハルの姿勢はこれから仰向けに倒れると思われる程に身体が反っている。この状態にあれば専門家や武術に携わる者、目の肥えたファンなどが見ても、上半身と下半身の統制が取れていないだろうと見て取れるものだ。ここから技を出せたとしても苦し紛れの起死回生を狙う無謀な賭けになるだろうと誰しもが思った。


 貫かれるのを待つハルの心臓部分クリティカルへ剣先が届く時にそれは起こった。


 ハルは、崩れた様に見える下半身のまま、重力が感じられない不自然さで上半身を時計回りに捻りながら起こす。それは、ヘリヤの剣を自らへ受けるための挙動だ。股関節の旋回で、一本クリティカルにならない位置へ上半身を回したのだ。そして、に持ち変えた剣をそこに在るのが当然の如くヘリヤの心臓部分クリティカルへ刺し込んでいた。


 誰もも、ヘリヤですら攻撃された後に気付いた、全く初動が判らない刺突。

 

一瞬の空白。止まった時間が動き始める。


 ――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が響く。

 それに遅れてヴィーーと、1本取得を知らせる通知音。


『ブラウンシュヴァイク=カレンベルク選手、一本』

『第一試合終了。待機線へ』


 審判が第一試合を制したのはハルであることを告げる。

 

 ようやくく、何が起こったか理解した観客席は大騒ぎである。ヘリヤが久方ぶりに先行を許したこと、その相手が昨年度に新星の如く現れた新人であること等々、情報量が多過ぎて色々な思いが綯交ないまぜになった歓声がそこ彼処から上がっている。競技場付近に住む住人から苦情が出るのでは、と思わせる程の轟音が響いている有様だ。それだけヘリヤの引退試合が注目を浴びていた証拠であろう。


「参った参った。獲られてから気付かされるなんて随分と久しぶりだ。全く目で追えなかったなぁ。」


 てくてくと、待機線を越えて呑気に選手控えエリアへ向かうヘリヤ。

 その顔は満足気な笑みを浮かべ、フムフムと素直な感想を言葉に出していた。


「まだ知らなかった武術と戦えるなんて、あたしはホントに恵まれてるなぁ。」


 口角を上げてニヤリと笑う顔は、もっと間近でその武術を見てみたいと訴えていた。


 ――競技コントローラを挟んでヘリヤの反対側にあるスペース。

 トコトコと音が鳴りそうな足取りで、ハルも選手控えエリアへ歩いていく。


「(Stilスタイル deaktivieren.)」


 キーワード一つで、ロードした全ての武術を一瞬でオモチャ箱にしまうハル。フンフンと鼻歌交じりで観客席の騒々しさなど、どこ吹く風である。流石に気を張っていた様で、ふい~、と安堵した息を吐く。この辺りが姉であるティナと同じなのは、さすが姉弟きょうだいかと。


「(うーん。やっぱり、みゃーみゃ京姫の技とにぃに武徠の身体運用は相性がいいなぁ。)」


 にへら、と笑みをこぼしながら先程の攻防を思い出すハル。


 ヘリヤと戦うには生半なまなかな技では通用しないことは昨年、戦った際に良く判っている。それを凌駕するため、武術の同時運用と言う通常ではありえない方法で挑んだが、最初の一合は難なく対処され、更に上をかれた。ならば、被弾する前提で立ち回り、且つ予想外の手を打つ必要があると。

 だから、三つの武術を同時に運用して戦い方を組み立てた。


 まずは、Weißer陽のWaldで身体能力を底上げする。

 攻撃に使う技を本来の威力で出すために必須の技術だからだ。

 それは、FinsternisElysium MassakerKünste――フィンスターニスエリシゥム鏖殺おうさつ術の奥義である、Sonne陽の Machtと呼ばれる暗示によるゾーン状態の強制励起。オモチャ箱にしまってあり、


 次に義兄の技術。

 様々な武術や格闘技を経て、余分なものを削ぎ落した結果に辿り着いた古武術と、それが取り込まれている近代軍事戦闘術。この二つを軸に筋力と脱力のどちらか片方、もしくは両方同時に扱うために編み出された独特の法。

 脱力による力の連動を股関節や肩甲骨の球をかたどる旋回で、威力と速度を増幅する。どの様な体勢になろうとも、仙骨と関節を一つにし、身体の応力で逃れる力を有効に取り出す体軸の整列と、瞬時に正中線を移動させる身体運用。

 回避や力を蓄えるために、技を支えるかなめとして用いた。


 最後は京姫みやこの技。

 ハルは、攻撃の気配も初動さえ判別できない京姫みやこの無拍子をしっかり引き継いでいる。

 それは、ヘリヤを仕留めた決め手の技で威力を発揮した。


 殊更ことさらハルを可愛がる京姫みやこは、家伝の流派だけではなく、奥義まで伝授していた。ハルが奥義を使うための素地を持っていたことも理由の一つではあるが。

 用いられた技は、全身の筋肉を連動させ、その張力のみを取り出す奥義である。地面からの力を必要とせず、身体の内部で発生させる力のみで全てを完結させる。故に、脚が宙にあろうが、身体が横に倒れてようが、技である。

 しかし、本来の威力を出すには神憑りと呼ばれる宗教的高揚――この場合はゾーン状態である――が必要となる。だからこそWeißer陽のWaldを起動したのだ。

 刺突のために重心を中丹田壇中に置き、張力を上半身に蓄えた。その蓄積を攻撃の瞬間に、義兄の仙骨と関節を整列する身体運用に組み合わせた。それが無拍子で引かれた練られた身体から射たを、誰も認識出来ない速度まで加速させた。

 時間を切り裂く文字通り必殺の一撃。


 ――宇留野御神楽流 奉納槍術 奧伝四之段「弓」


「あ! 晴れた! お~、今日の空は何だか高いや!」


 薄曇りであった空模様は何時の間にか雲が流れ、陽光が差し込んでいた。

 冬の澄んだ空気が、遠い景色の隅々まで神秘的にとおる。

 ハルは手をひさしにして額へ掲げ、遠くを覗き込む様にぴょんぴょんと背伸びを繰り返す。

 微笑ましく見える動きに合わせ、白金プラチナの鎧が陽を受けて虹色の軌跡をく。


 その光の帯は、雲間に架かる虹の様に空に映えた。


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