【閑話】女王と剣舞の姫 ~その2~ Vergangenheit und Gegenwart.
第一試合が終わり、インターバルの時間。
ミュンヘン=アレーナ屋内競技場の観客席上部に設置された20面のインフォメーションスクリーンには、先程行われたアスラウグとルーンの戦いが多角アングルにて流れており、スローやアップの画面では解説者が解説を付けたりしている。
スロー再生では剣が相手の剣に添って下側に移動するなど、見て判らない速度の攻防が二人の間で行われていたのだが、「軌道を変える高度で微細なコントロール」と解説者は説明していた。実際は肩甲骨や軸の構造を使った「動きの可変」ではあるが、映像では判別が出来ない。なにせ、戦う当事者である彼女達の肩口は
実のところ、アスラウグの鎧が分割構造であること、ルーンが胴鎧を装備していないことは、肩と背中の可動域を確保するためである。
他の試合では見たことがない技や剣の挙動、【女王】が
しかし、話の元となっている当人達は、観客の様子など目に入っていない。二人共、次はどの様な手で戦うのかを楽し気に組み立てているのだ。見ているのは相手のみ、である。
「まさか、剣の攻撃全てが囮だったとは思わなかったわ。剣技に拘ってるんじゃなくて戦うってことに特化してるから発想が自由なのね。」
視界の隅に入ったインフォメーションスクリーンに流れる映像を見てアスラウグは思わず言葉を零していた。
昨年もルーンと
幼少の頃から見取りだけで武術の基本を身に付けてしまうアスラウグは、天才と称され周囲に人の輪が出来ていた。だが、周囲の賑やかさとは裏腹に、ある意味孤独であった。誰も自分に敵わず、肩を並べる者は一人もいない。自分の全てを
だから世界の頂点で待っていたのだ。
そして、9年目にして
自分と向き先は違えど、同じ臭いを持った
去年の出会いがあったからこそ、今年で引退を宣言した。初めて満足出来る相手との戦い。それは、一生に一度でも巡り合えれば僥倖と言える。只、自分は全てを出し尽くしていない。だから10年目の今日、それを行うのだ。最後に自分の全てを彼女へ置いていくために。
ルーンは目を瞑り、先程の試合を思い出す。
防御させない段取りが見事に決まっていた筈が、それを
「(あの独特の殺傷圏は見えてなくても相手の正中線を獲れるのね。これで通算、三回殺されたわけか。後少しが届かないのも面白いわ。)」
少しだけ相手の予想を上回れば良い。普段から認識していない事象を持ち込めば、人は一瞬戸惑うものだ。
「こっちも奥の手を出させてもらうわよ。」
思慮の終わりに目を開き肉声で呟いた。
そして奥義発動の
「(Erweitern Sie Ihren psychische, kein Problem?)」
――精神を拡張します。良いですか?
「(ja. alles klar.)」
――問題ない
インフォメーションスクリーンの画面が、現在の試合コートへ切り替わる。アナウンサーが場内放送で第二試合の開始を告げ、観客席のざわめきが試合を待つ声に変わる。
二人の
「(Die Kraft des Sonne, entsperren.)」
――陽の力、開錠
「(Initialisierung des psychischen Status.)」
――精神状態初期化
「(Schweigen, Konzentration.)」
――静寂、集中
「(Aggregation, Eindringen.)」
――集約 浸透
『双方、開始線へ』
審判からの合図がかかり、向かい合うアスラウグとルーン。
共に楽し気な笑顔ではあるが、観客達は息を呑む。その笑顔は獲物を狩る
彼等は何故、自分が
その
そして、それを感情で受け取った者達は自分が獲物であることを否定するため、逆に声を上げて声援を送る。
――自分達は得物ではないと主張する様に。
「(Sonne Macht, Befreiung.)」
――陽の力、解放
「(Stagnation.)」
――停滞
ルーンが奥義の準備を完了し、一時停止の
「どうやら、まだ本気を残してたのね。次は何を見せてくれるのかしら?」
アスラウグはルーンの気配が僅かに変化したことを鋭敏に感じ取っていた。
「あら、アズと戦うのに本気じゃなきゃ既に負けてるわ。それに見せてくれるのはそちらもでしょう?」
「フフフ、楽しみね。」
「そうね、楽しみよ。」
第一試合の様に、ルーンが殺気を、アスラウグが極寒の気配を醸し出した。
それを受けて審判が告げる。
『双方、抜剣』
アスラウグが白銀の剣を引き抜く。陽の光が後光の様に剣のエッジを輝かせる。
第一試合から変化があったのはルーンだ。
『双方、構え』
ここでアスラウグは剣先を下に向ける防御の構えである
ルーンは第一試合と変わらず、両腕を自然に降ろした位置で刀身を地面と水平に置く、ファルシオンの
アスラウグが
『用意、――始め!』
「(Wiederaufnahme.)」
――再開
審判が開始の合図をしたのと、ルーンが奥義の一時停止を解除する
祝詞による暗示。
一気にアドレナリンが分泌される。
思考が加速し、時間が引き延ばされる。
世界の音が薄れていく。
その逆に自分とアスラウグの世界が隔絶され研ぎ澄まされていく。
ルーンが使っている奥義の一つである技は、
停滞と再開の
かつてドルイド僧が精神鍛錬の果てに神性と一つになる技法の一部を武術に転用したものだ。分類すれば神
アドレナリンの大量分泌により、身体能力が2割ほど底上げされる。技を使用中は痛覚も鈍化するため、ダメージペナルティを無視する戦いを出来るが、励起状態を基底状態に移行した際はアドレナリンの分泌が押さえられるため、攻撃を貰っていたり、無理な動作をしていた場合など、一気に身体へ高負荷がかかる。そうならないレベルで使い
スルリとルーンは動き出す。その速度は今までより2、3割は速い。しかし、アスラウグから見えている限り、移動の速さに驚く必要はない。注意すべきは見た目の速さではない。
アスラウグの支配領域内に侵入したルーンは、相手が打って出ないことに見極めを優先していると判断する。しかし、やることは変わらない。伏線を印象付けて使うべき時に必殺の一撃を繰り出すだけだ。
アスラウグは動きのなかった
観客席からは、ルーンがアスラウグの元まで高速に移動したと見えるが、むしろゆっくり振り上げられた
アスラウグは巻き上げられた剣を相手の
一撃目を捌いたアスラウグは、その二撃目に驚かされる。いつの間にか腕を交差する様に
そもそも、この距離はアスラウグの剣の殺傷圏であり、ルーンの剣では長さが足りずに届かない場所だ。それを身体運用、特に肩甲骨の旋回と正中のラインを取るために斜めに移動する歩法、更に前脚を踏み止ませることで攻撃範囲がこれ以上伸びないと見せかけ、踏み脚となる後ろ脚の位置を微調整することで、身体の到達距離を変えて攻撃範囲の拡大をして来たのだ。
三撃目は流された
脚を引き、右半身へ移行することで攻撃を
そのまま突きに変わった五撃目は、
五連撃を終えたルーンは、予備動作無しで低く滑る様なバックステップで距離を取った。
「(相変わらず厄介な五連撃よね。パターンなんて最初からないのね。都度、最適な攻撃を繰り出してるだけ。)」
「(ナイフの運用も見事ね。防御だけでなく攻撃の補助までするなんて、難易度が格段に上がったわ。)」
「(それに、あの身体能力の底上げ。威力や速度だけじゃなくて精度と防御力も上がるみたいね。奥義かしら?)」
両腕をだらりと下げて地面と水平に剣を持つ隙だらけのルーンを笑みを
その後、数度の攻防が繰り広げられるが、その間に
「(そろそろ頃合いね。それじゃ、
ルーンは次の攻防で決定打を放つことを決める。今までの伏線は十分に機能したと見て取ったからだ。
「(Wiederaufnahme.)」
――再開
再びアドレナリンが大量分泌され、世界の時間が遅れだす。
そして、
「(Bauen Sie Ihre Psychologie weiter aus? Ist es wirklich ein Problem?)」
――精神を更に拡張します。本当に良いですか?
「(ja. alles klar.)」
――問題ない
「(Die Kraft des Schattens, entsperren.)」
――陰の力、開錠
「(Sie Aktivieren.)」
――起動
「(Schweigen, Konzentration.)」
――静寂、集中
「(Zündung, Gleichförmigkeit.)」
――点火、均一
「(Verknüpfen.)」
――結合
「(Die Kraft des Schattens, Befreiung.)」
――陰の力、解放
「(Bereit zum Angriff.)」
――攻撃準備
今のルーンは
アスラウグの殺傷圏は侵入する者を真正面から叩き伏せ、それを上回る苛烈な攻撃を繰り出す。謂わば彼女が絶対的に支配出来る空間であることが今までの攻防で身を
だから、そこを利用する。
ルーンは戦闘中、どんなに激しい動きであろうと足音一つ立てることはない。それを
何かある。アスラウグにそう思わせるために
真正面から小細工無しの一撃目を放つ。狙いはアスラウグの剣。牙を牙で穿つ。
剣に当てがいながら
アスラウグは剣を斜め上に押しやられて正中線を正面に
返されることは当然とでも言う様に、ルーンは弾き飛ばされた
アスラウグが間を開けることなく斬り上げた剣先は、ルーンの残像を斬った様に見えたことだろう。ルーンが剣の挙動に合わせ、股関節へ時計回りの回転を掛け、瞬時に身体を右向きへ移動させた。そこに生まれた空白を剣が通り過ぎたのだった。真横を向いたルーンは左脚を真横に滑らせ、脚の関節全体に反時計回りの回転を掛ける。その効果は、体勢を左斜め横から
そこから三撃目を放つ。アスラウグの左腕と右腕の間に斜め上から腕を被せる様な突き。
アスラウグが取った防御手段。両腕を下げながら折り畳み、剣先を上に立てながら刺突の軌道を防ぐ位置に移動させ、剣身の腹で受け止めた。ご丁寧にも剣身に刻まれた
右肘に
次の四撃目。肘が外向きに移動したことで、上腕は身体の内側方向へ斜めに向いている。それを更に横倒しにしながら左脚を半歩踏み込んでアスラウグの右上腕から胴に掛けて袈裟斬り。
だが、さすが世界最強の
そして、五撃目。右腕を肘からクルリと回し、低い位置へ
やはり、見えなくても対応してきた。このアスラウグの領域はそう言ったものなのだ。それが判っていようとも、打ち崩すまで攻撃を仕掛けるルーン。だが、
アスラウグは、左腕をコンパクトに畳んで、剣の向きを変えていた。その剣先は、ルーンの
ルーンは予備動作なく地面を滑る様にバックステップで距離を開ける。
その挙動は、ここ数回で五連撃を行った後に必ずルーンが実施する距離の仕切り直しだ。
このタイミングで決める、とアスラウグの気配を感知した。
ルーンのバックステップに合わせて距離を詰めるアスラウグ。
「(それを待っていた。)」
ルーンがずっと張り続けていた伏線。それを回収する時が来た。
バックステップをしながら奥義を発動させる最後の祝詞を紡ぐ。
「(Ziel! Feuern!)」
――狙え!撃て!
暗示による、アドレナリンの大量分泌、自律神経支配と体制神経支配の解放を促す。それが脳のリミッターを外し、一時的に筋肉が持つ潜在能力を引き出す。
攻撃の
バックステップの終わりで脚を地に付けたルーンの気配が、明らかに変わっているのをアスラウグは感じた。彼女が何を仕出すかは判らない。だが、己の神速と謳われる突きを相手の攻撃より早く届かせることを最優先とした。
腰に蓄えた力を背筋で作り上げた抗力に通し、肩に連動させて膨れ上がった威力と速度を乗せた刹那の刺突。体重も乗ったそれは、まず剣で逸らすことも出来ない直進性を持つ。
その相手は、
アスラウグも内心「無理だ」と思ったことだろう。
だが、剣と
片手で振るわれる30cmに満たない短剣が、自身の最高威力とも言える
互いの剣と
即座にルーンは
が。
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が鳴り響いた。
アスラウグが初めて見せるであろう驚愕の表情。
その表情は、想定外にも程がある、と物語っていた。
――なぜ、ナイフがここにある!?
アスラウグの右腕前腕には、先程落ちていった
何故か視界の隅から
手放した
全てはこの一撃を放つための布石であった。
まず囮となる五連撃を今度は主戦力であると印象付ける。
そのためにアスラウグの奥義とも言える支配領域内で連撃を繋げるには足りない速度を補う。
そこで、奥義
最初から二刀を装備し、徹底して
更には五連撃を放った後に一度後退することで、威力と速度を上げた連撃にはタイムラグが必要だと匂わせた。
そこを付け込ませるために。
そして、待っていたタイミングで追撃が来たと同時に、二つ目の奥義である
それは必殺の威力が乗ったであろう剣の攻撃を
想像の範疇からはみ出た事態であったこともあり、落ち行く
後は呼吸をするかの如く
だが、完全な虚を突いた攻撃すらアスラウグは上回った。ほぼ反射的に利き腕を犠牲にして
今迄にも見たことがある防御方法。ポイントを奪われないための一手ではなかったことが判った。彼女もルーンと同様、死なければ手足の一、二本を捨てるのも意に介さない
それでも、動揺を引き出せた上、利き腕を潰せた。
この好機にルーンが動かない筈がなく。
身体能力の制限を解除した埒外の力で
利き腕が効かない状況下にあろうとも押し切られないアスラウグは、流石に世界最強と言われるだけはある。ルーンの繰り出す常識外の威力を持つ攻撃を受け、急激に体力を損耗しているのは見て取れるが、脱力と身体操作のみで対応している。ダメージペナルティを受けた右腕は添えるだけで、実質左腕一本で全てを捌いているところが恐ろしくもある。
ルーンの波を描く様な軌跡と湾曲する刀身が産み出した刺突がとうとう
アスラウグは、ダメージペナルティをカバーするために両腕全体を使い、肩の回転で腕ごと螺旋を纏った剣を引き戻す。その挙動は
――パギャン、と金属から発せられた甲高くも大きな、そしてどこか気が抜けた音が響き、
ルーンの
モデルとなった
防御の起点を破壊されたルーンは是非も及ばず。
ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が鳴り響き、勝敗の行方が決まったことを皆に知らしめる。
『ヴォルスング選手、1本』
この時間が全て終わったことを告げる審判の声。
『試合終了。双方開始線へ』
『
『
『よって勝者は、アスラウグ・ヴォルスング選手』
アスラウグが無敗で十連覇の偉業を果たした。
アレーナ場内が揺れる程の大歓声が飛び交う。アナウンサーが興奮しながらがなり立てている。
普段では決して見ることのない戦い。それを今日、この日に生で目撃した観客も相当満足したのだろう興奮冷めやらぬ、と言った騒がしさである。
ルーンは、外野の騒ぎなど素知らぬ振りで奥義終了の祝詞を紡ぐ。
「(Schatten Macht, Beendigung.)」
――陰の力、終結
「(Sonne Macht, Beendigung.)」
――陽の力、終結
「(Kündigung Verfahren.)」
――終了準備
「(psychische Kraft, Befreiung.)」
――精神力解放
「(Schließe die Kraft und die Psyche.)」
――力、および精神閉塞
「(Ende. alles klar.)」
――終了、問題なし
「ふう~。草臥れたわ、本当に。」
「それはこっちの台詞よ? いつもの何倍も気を張らされたのよ、ルーン。そのおかげで今までにない仕合が出来たのは良かったかしら。それに身体能力を上げる技があるなんて、まんまとしてやられたもの。」
「あら、全て防いだじゃない。取って置きまで防がれて、最後は牙を折られたもの。良いとこなんて、まるで無しだわ。」
「そんなことないわよ? 最後にとても面白い戦いを経験させてくれてありがとう。」
「どういたしまして。こちらだって色々課題が浮き彫りになったもの。感謝してるわ。」
「そう。…いつの日か、また剣を交えたいわ。」
「ええ、そうね。気が向いたら何時でもいらっしゃい。」
いつまでも鳴りやまない喧噪を後に第十回
それは新しい幕開けでもある。
第十回
二人が見せた戦いは、
――そして時代は過ぎ去ってゆく――
2156年8月某日
今年は、第三十回目の
ここ百年程の食糧事情改善などで児童に十分な栄養が行き届き、身体の発育も良くなった。また、教育現場も個人の学力や能力に合わせ個人の自立を促す方針が主流となり、自己の在り方を確立する児童が増えたことで、肉体、精神とも成熟する時期が数年前倒しになっている。
その発端となり火を付けたのはアスラウグその人の存在だ。そして、その火に薪を
彼女達が現役の頃から比べれば、国を跨ぐ法整備や
――ザルツブルク市、ブラウンシュヴァイク=カレンベルク邸。
併設された道場は、近代的な機能をこれでもかと導入して建設されている。
そこで二つの影が剣と戯れる。
二つの影の佇まい、そして重厚にして滑からな動きは確かな完成度を持っていると誰しもが認識するであろう。
見る者を惹き付ける流麗な剣戟。それはスポーツを楽しむだけでは辿り着けない一つ壁を超えた領域の軌跡を描く。
世間を席捲したのは既に一昔前。
【女王】アスラウグと【剣舞の姫】アルベルタ・ジーグルーンが長い時を経て、再び剣を合わせていた。
アスラウグは引退してから20年、ルーンが引退してから16年の年月が流れている。しかし二人に衰えは見えず、むしろ当時より動きや力に無駄なく、より精錬された熟達の技を披露している。
審判を除けば観客は只一人。一応、外には内緒の手合わせだからだ。
「すごーい、すごーい!」
パチパチと手を叩きピョンピョンと跳ねながら、5歳の幼児が笑顔で歓声を上げる。
ティナの弟である、ミヒャエル・ジークハルト・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク。愛称はハル。
今、この場にはミュンヘン=アレーナ屋内競技場では観客席を一瞬で黙らせたルーンとアスラウグの殺気が渦巻いている。
その
キン、と金属が奏でる
同時に、ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が響く。
「奥様一本、試合終了。お二方ともそろそろ一息いれてください。
審判役のエレから声がかかった。彼女はブラウンシュヴァイク=カレンベルク家の護衛兼メイドを務めている。
ハルが可愛らしく、はーい!と挙手しながら返事をしている様子を微笑ましく眺めるルーンとアスラウグ。二人は戦う者であると同時に母親でもあるのだ。
「あーあ、さっきの勝ちでリードした分獲り返されちゃったわ。ほんと、ルーンの攻撃は予測を付け辛いわ。」
「あら、アズ。今更じゃないの。次はあの
「フロレンティーナが見せた技ね。ルーンの五連撃がアレになるのね。いいわね、それ。楽しそうよ。」
「今度は歩法も入れるから、全く違う技と思ってくれて良いわ。」
「その歩法、
「仕方ないじゃない。当時は一族の中で色々と制約があったんだから。」
4月の終わりにアスラウグはティナ経由で母親のルーンにコンタクトを取って貰った。
それ以来、月に1、2回程、足繁く手合わせに通っているのだ。
それはちょっとしたサプライズ的な催しの依頼を受けての行動ではあるが、まだ詳細は誰にも語っていない。
ふと見ると、水分を補充したハルがエレと一緒に追いかけっこをしている。
幼い子供ながら、その動きは複数の理合を切り替えているのが見て取れる信じられない姿だ。
「あなたの息子、ハルは一体どうなってるの? とてもじゃないけどアレは信じられないわ。」
「あの子、ちょっと特殊な技能を持ってるのよ。だから武術の理合が混ざらないで覚えられるの。」
「ああ、フロレンティーナと同じなのか。そこは
「
「とんでもない話ね。ハルのこの先が楽しみだわ。いつも新しい世代には驚かされるけど飛びっきりよ。」
「まぁ、
そう言って話を締めくくるルーンの目は子を慈しむ親の顔である。
彼が何を選んでいくのか。
その先で何を見つけるのか。
それを考えるのも杞憂だ。
未だ未来は一つも決まっていないのだから。
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