03-024.邂逅。 Du entscheidest über die Zukunft.

2156年8月19日 木曜日

 朝早くからダン、バシンと何かを打った音が響く。重く鈍い音は、人が激しいぶつかり合いをすることで生まれている。人、とは言いつつも、近づけば圧倒される巨躯を持ち、常人よりも遥かに力強く重量があると誰にでも判る風体ふうていである。その身体を自在に、軽やかに操り、一瞬に全てを掛けるかの如く猛烈な勢いで突き進み、ぶつかり合うのだ。

 またもや、人が打ち合って出たとは思えない大きな音が響き、絡み合っていた巨漢の一人が砂の上に転がされる。

 一言で言って苛烈。そこに居る者は高みに登るため全てを掛けて己を鍛え続ける者である。例え頂点に居ようとも目指した頃と変わらず丹念にしっかりと、技を力にする工程を漏らすことなく行い更なる上を目指す。


「(これは想像以上ですね。メディアで見たことがあるSUMOUの稽古風景とは一味も二味も違います。)」

「(鬼気迫る巨漢のぶつかり合いは迫力が違います。なるほど、見学に幼児は控えるように記載があったのも納得です。)」


 ティナはフムフムと頷きながら、今まで見たことがないタイプの鍛錬風景を物珍し気に視線を左へ右へとせわしなく動かしている。

 稽古風景が隅々まで目に入る畳敷きの座敷。相撲部屋の親方が座る縁台の後ろで、ティナとマルレーネ、護衛にクラーラ、ソフィヤ、リーフェの五人は正座をして稽古風景を見学中。見学の際には予め、力士の集中力を削がないため私語は厳禁であること、カメラなどを用いての撮影は禁止となっている。


 ここは、相撲部屋。東京都墨田区の北十間きたじっけん川沿いにある八重垣やえがき部屋である。ブルガリア人である大横綱 黒将灘こくしょうなだ関が引退後に新興で部屋を構えることになったのだが、ちょうど墨田区で第三期区画整備があった際に、両国国技館から然程遠くない立地で敷地購入の抽選が当たったことは喜ばしい限りだった。

 こうして建てられた八重垣やえがき部屋は、3階建ての建物で稽古場も通常と比べれば倍の広さが確保されている。本来、15尺の土俵があれば力士が修練するのに十分だ。しかし、子供の頃から大相撲に取り憑かれ、負けることのない理想の横綱になるため尋常ではない鍛錬をして来た黒将灘関は、己が満足する鍛錬を行うのに稽古場だけでは広さが不足しており、部屋に所属の力士だった頃は外で鍛錬の続きをしていたのだ。その経験から、広い稽古場を真っ先に設計して貰っていた。

 弟子の育成方針は、しかるべき場所でしかるべき強さを発揮する精神、そして恥じ入ることのない人格者を育てること。心に伴わない力は単なる暴力である。だから心を鍛え、身体を鍛えるのだ、と。


 この部屋では朝稽古の開始は6:00からだ。まずは、四股、摺り足、鉄砲柱へ突っ張りを行い身体を暖め、勝ち抜きで相撲を取る「申し合い」をこなす。そして、攻めと受けを決め土俵際の詰め技を磨く「ぶつかり稽古」のルーチンを2時間程、幕下力士中心で行う。8:00からは、2横綱、2大関を含む関取12人の「ぶつかり稽古」。この時、幕下の力士たちは見取り稽古で関取達の動きや技を見逃すまいと目を皿にしている。


 鬼造り部屋。八重垣やえがき部屋が畏怖を持って呼ばれる渾名である。

 稽古が激しいことで有名であり、脱落する新弟子の率は業界でもNo.1である。しかし、残った者は例外なく強くなり、現在では2横綱2大関含む、この部屋で抱える力士の半数が関取である。十両を2名抱えているが、幕内の制限人数42名に達しているため昇進がストップされている。現在では勝ち星を増やし、虎視眈々と上の座に居座るものを引き摺り落とそうと狙っている。

 9月の初旬に始まる秋場所――正式名称は九月場所――に向けて最後の追い込み稽古をしているのだが、その苛烈さが当然であると言った力士達の姿は一種の狂気であり、見る者の恐怖を呼び起こすであろう。


 その中で、一種異様とも言える人物が混じっている。年のころは16、7歳ほどだが、寺門を守る仁王像を更に鍛え上げた様な体躯は186cmの身長と145kgの体重を誇り、見るからに強靭であることが伺える。彼だけ、まげを結っていない短髪でレギンスの上から廻しを巻いてあり、他とは様子が違い弟子と言う訳ではないと思われるが実力は相当なものを秘めている。今もぶつかり稽古で横綱と立ち合い、半分ほどの勝ちをもぎ取っている。


 楢木ならき 武徠ぶらい。彼は、この八重垣やえがき部屋を創設した大横綱 黒将灘関の長男であり、力士ではない。己が鍛錬のため、稽古に混ぜて貰っているのだ。

 日本国籍を取得し帰化したブルガリア人の父親と、日本人の母親を持つハーフである。

 幼き日より史上最強の横綱と冠された父親の背中を見て育つ。様々な競技や武術で最強と言う言葉を良く聞くのだが、この世で本当に一番強い者は誰であろう、と考えている子供であった。


 ――ならばオレが全て倒し最強とは一つであることを証明しよう――


 彼が出した答えは、武の道どころか先が見えない無限に広がる砂漠にその身を投じる決意であった。

 実家の家業である相撲を筆頭に、柔道、合気道、空手、マーシャルアーツ、システマ。ボクシング、タイ式キック、アマレス、プロレス。そして剣道、剣術、護身術、古武術、西洋武術、功夫など幅広く経験する。

 その術をたおすには、その術を知り使いこなすことが早道であると、それぞれを研鑽しているのである。

 溢れ出る気概は凄まじく、人を超えるかの様な激しい鍛錬は、彼の呼吸とも等しい生活の一部と化している。彼が目指すものが何であるかを知らない人々から見れば、正気を疑われる域に達している。

 強い相手が居れば出向いて戦い、時には道場破り同然で相手を引きずり出す。怪我をしようが、そのまま戦いに赴く。小等部の頃よりその様なことを行っていたが、ある日、鼻を折られ治りきる前に同じ個所を再び折り、骨が歪み鼻が少し上を向いて固定された。

 当時、がっしりした身体つきと鼻の形、そして苗字を英語読みで揶揄されて、オークと言う渾名であった。戦う姿から渾名がオークキングに昇格したのだが。


 マルレーネが彼の噂を聞き、ティナへ連絡を取ったのが6月半ば。そこからティナにアポイメントを取る様に依頼され、今日に至る。

 ティナは姫騎士で在るために相方となるオークを探していた。もちろん、エロい方での相方も兼ねている。むしろ、そちらがメインである。

 だが、彼女は妥協を一切しない。自分が最高の姫騎士であることを課す様に、相方となるオークにも、至高を目指し、強く、猛々しくある生き様を望む。そんな人物など見つける方が難しいのだが、運命の悪戯なのかティナの執念が実を結んだのか見つけてしまったのだ。


「(素晴らしいです。あの年齢で心技体を全て高レベルで修めているのは信じられません。どれ程の鍛錬を積んできたのやら。)」

「(ヘリヤと同じ匂いがします。あれは頂きの更に上を目指しているとしか思えません。)」


 今日、ティナの目的は、楢木ならき 武徠ぶらいを見定めること。実質、今回の旅路に於けるメインイベントとなる日なのだ。


 本来は秋場所間際の追い込み時期に見学などは受け付けないのだが、マルレーネのコネを最大限に活用して親方夫妻を紹介して貰い、特別に見学の許可を取り付けたのだ。

 マルレーネは「姫騎士がお宅の息子に興味がある。お見合いみたいなもんだけど如何?」と、親方夫妻に打診した。

 それを受けて奥方が乗り気になったのだ。父親同様、強くなることしか頭になく、女っ気がないどころか興味すら抱いていない息子の将来を心配して。

 結局、父も息子も母には逆らえず、今日の稽古には必ず 武徠ぶらいは出る様に念を押され、父も見学者を受け入れざるを得なくなったのが実情である。


 時計は10:00を越え、黒将灘親方(功績により一代年寄として年寄名跡を襲名していない)から止めの合図が入り、稽古が終了となる。


「どうだった? お嬢さん。ウチの稽古は。」


 親方がティナに問いかける。ここにいる力士の半分はティナがどんな評価をしてくれるのか期待のまなこで言葉を待っている。彼等も年若い青年であり、世間を賑わす見た目麗しい公爵の姫君から良く見られたいと思ったとしても罪にはならないだろう。


「驚きました。メディアで流れる稽古風景とは一線を隔した激しさですね。通りで、みなさん下半身と体幹の安定度がしっかりしています。これならば強い人材が育つのは納得です。」


 見学者から基本となる体幹についての感想が出るとは思っていなかったのだろう。皆、驚きの顔を隠しきれないでいる。


「随分としっかり見てくれたようだね。目立たない下積みに気付いて評価してくれたのはとても有難い。」


 親方の一言で、今まで積んできた修練が認められた言葉だったと理解したのだろう。年若い力士のニヤケ顔もチラホラと見える。


「後、稽古の雰囲気ですが、なんと言いますか、実家のような安心感です。」


 続け様にティナが放った言葉に、黒将灘親方が驚く。一線を隔した激しさの稽古と言葉にしながら、尚且つ安心感があると言うことは、この姫騎士が同様に激しい鍛錬を積んでいることを物語っている。なるほど、現世界最強の騎士シュヴァリエを相手に勝利一歩手前まで詰め寄った人物だ。見た目に相反して只者ではなかったのだと黒将灘親方はティナを評価する。


「それと。 武徠ぶらいさん。」

「おう、なんだ?」

「あなたにとても興味が湧きました。」

「…なんだって?」


 たおやかに微笑む姫騎士さんから放たれた言葉は、一種の甘い香りを含んでいる様に聞こえた。少なくとも、周りの力士達は羨ましそうに 武徠ぶらいへ視線を向けている。


「だから、ちょっと私と戦ってみませんか?」


 ティナから予想外の台詞が飛び出し、再び驚かされる八重垣やえがき部屋一門。マルレーネがその様子を見て、ハトが豆鉄砲くらった顔してる、と大笑いしているのが印象深い。

 気を取り直したのだろう、首をブルブルと一度振った後に武徠ぶらいが口を開く。


「待ってくれ。戦う、だって?」

「ええ、そうですが?」

「オレは騎士シュヴァリエじゃないし、そもそもここには試合が出来る設備なんてないぞ?」

Chevalerieシュヴァルリをするつもりはありませんよ? 武徠ぶらいさんは格闘が本筋でしょう? そちらに合わせますよ。」

「オイオイ、オレとは体格も全く違うし、それにアンタ、女じゃないか。」


 その一言でティナは顎に手を置き、ややあってから言葉を紡ぎ出す。


「…武徠ぶらいさんが目指すところは、全てを相手どり最強に至ることだと聞いてますが、間違いないですか?」

「あ、ああ。その通りだ。」

「それで体格差とか性別を出すと言うことは、壁を越えた相手と戦ったことがないのですね…。」


 まさか、慈しむ様な目で見られるとは思わなかった武徠ぶらいではあるが、それよりもティナの言葉が気になる。

 そこには自分が知らない未知があると言われたのだ。


「…どういうことか教えてくれないか…。」

「はい、いいですよ。性別や体格などで優劣があるのは上位者では当たり前に言われますが、そもそも一定のラインを越えた強さを持つ相手には意味がなくなります。」

「意味がない?」

「そうです。そう言った相手には攻撃もなかなか当たりませんし、性別や体格に関係なく効く技だってあります。体格がまさって有利になるのは相手を捕まえた時ぐらいでしょうか。」

「力があるに越したことはありませんが、世には筋力に依存しない破壊力を持つ技だってあるんですよ?」


 例えば花花ファファけいなどは、筋力や筋肉量に依存しない。相手の力を利用する合気の技などもある。人間には、関節や眼球などの鍛えられない急所も良く見える位置にある。

 そして、筋肉の動きは動作に紐づくものであり、その力の方向性を少し変えるだけで動きを簡単に崩すことが出来る。それは筋力や筋肉量に関係なく行えるものであり、身体を鍛えて耐えることが出来ないもので、技を受けない様に技術力を上げる、もしくは崩された後の対応を考慮した動きが防御に繋がる。


「本当は、今引き出せる力量の確認と弱点をお教えするつもりだったのですが、趣旨を変えましょう。」


 空気を切り替える様に、パン、と手を打ち軽く言うティナ。


「体格や性別などが意味をなさない世界をお見せしましょう。」


 もう戦うことが決定である様に振舞う姫騎士さん。周りが着いて来てないことを認識しているからこそ、し崩し的に物事を進めているのだ。


「親方、申し訳ありませんが着替える場所をお借りしたいのですが。」

「ああ…。いや、本当に戦うのかい?」

「ええ。戦いますよ。」

「しかし、怪我など「お嬢さん、着替えはこちらよ。案内するから着いて来て下さいね。」…おまえ…。」


 おかみさんが会話に割り込んで姫騎士さんを連れ出していった。女性の方が肝が据わっているのはどこの国でも一緒である。


「オヤジ…。」

「覚悟を決めろ、武徠ぶらい。お嬢さんは本気のようだ。むしろ胸を借りるくらいの心持ちで行け。」

「大丈夫、大丈夫。怪我しないように戦ってくれるでしょ。見せるっていってたからね。イイ体験が出来るよ~?」


 未だに戦って良いものなのか判断に苦しんでいる武徠ぶらいへマルレーネが声をかけた。しかし、その内容は武徠ぶらいがあしらわれる前提であり、下手にプライドが高ければその言葉に反発するであろう。

 しかし、ティナにしろ、彼女達にしろ、武徠ぶらいの稽古姿を見た上で問題ないと話しているのだ。マルレーネと共にいる、傍から見ても相当な実力を持っていると伺える護衛達も全く表情が変わっていないことから、それは事実なのだろうと納得出来る説得力があった。


 ほんの数分。髪を後頭部にシニヨンで結ったティナが、花花ファファと格闘術で模擬戦をする時に着る軍用の衝撃吸収インナー姿で戻ってきた。その黒いスーツは手首と足首の先は素肌で、身体のラインが丸判りなボディペインティングと見紛うエロさがある。ウルスラ曰く、エロスーツである。この場にいる若い力士達はチラチラと目線を送ったり、もしくはガン見している。

 さすがに異性との恋愛沙汰に興味がなかった武徠ぶらいでも、ティナの思った以上にエロい出で立ちに目線が釘付けになるのだが、見られている方は全く気にもしていない。むしろ、見たいと言えば、はいどうぞ、と言いそうな雰囲気である。その辺りは見られることが当たり前な騎士シュヴァリエのサービス精神が前面に出ている。


 パンッ、と両手で頬を叩き、気持ちを切り替える武徠ぶらい。腹を括った様で、戦う者の顔に戻った。その姿をみてティナは、よしよし、と満足気に頷き、畳敷きの縁台からトン、と降りる。その所作の至る所で全く音を出していないことに気付いた武徠ぶらいは、ティナが自分より遥かに格上であると認識した。


 親方や見学者がいる畳敷きの縁台から土俵を挟んだ奥側。土俵がもう一つ作れる程のスペースでティナと武徠ぶらいは対峙している。

 壁際には力士達が観戦しているが、これはティナからの提案で、稽古を見学させて貰った礼代わりに自分の武術を披露すると。

 時に全く違う武術から学ぶこともある。だが、そもそも他の武術を見る機会がなければ、学ぶ切っ掛けがあるかすら判らないのだ。


 ルールは特になし。噛みつきとダウン時の攻撃を除いたヴァーリトゥード何でもありである。


「さて、武徠ぶらいさん。始めましょうか。あなたの本気も引き出させて貰いますからね?」

「?? オレの本気? ああ、本気で戦うさ。」


 クスリと含みを持って笑うティナ。その理由に武徠ぶらいのみならず、周りも気付いていないだろう。


「まずは一つ。」

「グッ」


 呟く様なティナの言葉は武徠ぶらいの懐から聞こえてきた。

 いつの間にかティナが武徠ぶらい水月みぞおちに、肘を下から突き上げていた。当然、手加減をしている。水月みぞおちに本気で技を放てば只では済まないからだ。


 ティナは身体を滑らせ重心を変え、武徠ぶらいの瞬きと呼吸に合わせてから懐に潜り込み攻撃を仕掛けたのだ。見ていた者も、あっという間にティナの姿が移動したことに目を見開いている。


「(いつの間に懐に入られた? 今の一撃、本当なら沈められていた、か。)」


 武徠ぶらいは、懐にはいられた相手を体格差で押しつぶす様に抑え込もうと右手を伸ばす。

 しかし、ティナは左腕の関節に回転を掛けて円の力で受け、武徠ぶらいの腕ごと弾き飛ばし、脇を潜る様に左回りに移動する。下半身の関節へ個別の回転を掛け移動速度を加速させ、目視による認識をあやまたせる。

 バックハンドで追撃してくる武徠ぶらいの右腕は、背中に回り込みながら右腕後ろ側にある棘下筋きょくかきんの肩甲骨に繋がるきわに拳を叩きこんで動きを止め、更に左太腿後ろにある半腱様筋はんけんようきん大腿二頭筋だいたいにとうきんの間に膝を入れて、上半身に繋がる力を軸足と切り離す。

 そこから武徠ぶらいの左腕を取りながら時計回りに捩じって上半身の体勢を崩し、左膝裏にこちらの右膝を入れて軸足を殺し、後ろに引くだけで意とも容易く転ばせる。


 今の攻防でティナは、武徠ぶらいの周りをクルリと一周し、正面に戻って来ている。

 その武徠ぶらいはと言えば、余りの事に目を見開き半ば茫然としていた。


 格闘だけでなく、相手が得意とする土俵に乗り込んだ上で幾多の戦いを勝利してきた。相撲でも横綱相手に五分の戦いが出来る技と力があり、それを裏付けるだけの鍛錬を積んできた。


 だが、しかし。


 いつ攻撃されたのかもわからず、簡単に攻撃も動きも封じられ、何もさせて貰えず青天井あおむけに転ばされたのは初めてである。


「これで二つ。ね、言ったとおりでしょう? 力の有無が関係なく戦う方法があると。」


 涼しい顔で今起こった事実を突きつけたティナ。


「いつまで横になってるんです? ここが戦場なら即座に動かないと死んでますよ?」


 その言葉を聞いたからか、武徠ぶらいは脚の勢いと背筋の力で即座に身体を飛び起こした。


「すまん。想像以上だ。おもしれぇなぁ。おもしろい。強くなったと思ってたが、まだ先はずっと遠かったんだなぁ。」

「いえ、そうでもありませんよ? 武徠ぶらいさんは自分が知らなかった戦いを今経験したでしょう? 頂きを目指すならあらゆる戦いを想定する必要があると知ったんです。じゃあ、それを研鑽していけば良い訳です。」

「…それだけで追い付けるとは思えねえな。」

「そうですね。後は大きな弱点がありますから、それを直していけば良いかと。」


 武徠ぶらいは思い起こした。ティナが戦う前に何と言っていたのかを。


 ――今引き出せる力量の確認と弱点をお教えするつもり――


 つまり、最初からだ。稽古の立ち回りに出した自分が持つ技量の一部。たったそれだけから僅かな時間で自分の武を見抜かれていたということだ。今、目の前でたおやかに微笑む少女は、とてもかなわぬ技量の持ち主だったのだ。

 ならば、彼女が与えてくれた機会を有効に活用すべく切り替える。肌で感じ、身体に刻み込む。そして何時の日か追い越すために。


「そんじゃ、続きを頼むがいいか?」

「はい、よろこんでー!」

「(いい顔になりました。直ぐに自分を切り替えて貪欲に吸収する姿勢は精神を良い方向に鍛えている証拠ですね。)」


 笑顔で細かいネタを挟むティナであるが、この場合は内心の声と逆の方が良かったのではないだろうか。

 ちなみに、ティナの返しは2156年でも未だに一部の居酒屋で使われ続けている伝統のある受け答えである。


 真面目なんだか不真面目なんだかクルクルと温度差が変わる姫騎士さんに、見ている者達もザワザワと隣の者と視線を交わしたり、キョロキョロと視線を泳がしたりと、どう受け取れば良いのか正解が見えない様だ。


 そんな騒めき気にしませんと、ティナはすまし顔。

 ティナのギャップで目をパチクリする力士連中に指をさして大笑いするマルレーネ。


 普段は男所帯の稽古場を華やかにいろどりを添えている彼女達は、彼等が知る者達と比べれば異質であると気付いた。


 フロレンティーナは薔薇の名前でもある。

 そして、薔薇には棘があるものだ。


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