03-015.環境を自ら指し示す方向の決定付ける根拠としてはならない。 Wendepunkt.
2156年8月6日 金曜日
朝から晴れ渡る空は清々しくも思えるが、暑い。
ティナは日本の夏を初めて迎え、その経験したことのない蒸し暑さに思わず閉口してしまった。身体に纏わりつく空気自体が暑いのだ。家の中は比較的涼しく過ごせるのだが、一歩外へ出ただけで暑いと言うより熱い。中東や赤道直下の国へ夏に赴いたことはあるが、それよりも暑く感じるのは気温云々ではなく、暑さの質が違うからなのだろう。
先日は、
実際、彼女は宇留野家へ到着するまでの間は、空調の効いた建物や車両で過ごし、外へ出たのもほんの
8月10日以降は、都心の
10:00より丁度10分ほど前、バス型の白い車両が門扉の正面に車体を横たえた。プシュッと、搭乗口が開くエアコッキングの音がし、ティナのSPであるクラーラがパンツスーツ姿で現れる。本日の出演番組リハーサルへ赴くために、ティナ達を迎えに来たのだ。
「さて、迎えもきたことですし、お出掛けいたしますか。」
外出の用意をし、玄関の式台と言われる床より一段さがった場所にある板間に座っていたティナが立ち上がる。今日の衣装は、膝上20cmのミニ丈で腰を絞った、ほんのり水色と判る色合いのワンピース、その上にクリーム色のサマーカーディガンを羽織り、サンダルと麦わらの
その隣に立つ
暑いからだろう。二人とも長い髪を結っている。
「あのバスを空輸したのか…。」
「在独米軍基地に配達をお願いしたそうですよ。」
「配達って…。運送会社じゃないんだから。」
昨日、バスに見える車両について夕食後の寛ぎタイムでちょこっとだけ説明したティナ。
要人警護用転輪型装甲戦闘車
それを聞いた宇留野家一同の目が点になっていたのは仕方がないことだろう。社交界にも名が知られる大財閥の令嬢ともなると、
「おはようございます、殿下、
「おはようございます。クラーラさん、ソフィヤさん。」
「おはようございます。今日はお世話になります。」
普段と何ら変わらないティナとは相反して、
ティナと
二人が人をダメにするソファーに座ったタイミングで車両が走り出す。非常に静かで滑らかな動きは、移動をしていることすら忘れてしまう程である。
「ふう、日本の夏は空調必須ですね。まさか外を歩くだけで消耗させられるとは思いませんでした。」
「むしろドイツの夏が涼しくてびっくりしたよ。この辺でも一昔前だと、温暖化の影響で40℃を越すことも当たり前にあったらしいよ。」
「この蒸される様な状態で40℃越えですか…。考えたくないですね。」
「しかし、このソファー。一度座ると立ち上がる気がなくなるな。」
「そこは同意ですね。魔性のソファーを調達したと言われても否定出来ません。」
涼しい空間でゆったり寛げる状況が用意されているとあれば、人は怠惰に陥り易いのである。今がまさにそれだ。水の音がテーマとなった心地の良BGMが追い打ちをかける。ダラリと蕩ける様に深く座り込む二人は、もはや会話も途切れて置物と
「殿下、目的地へ到着致しました。予定通り1時間前となります。これからお食事を配膳致しますので、少々お待ちを。」
「はーい。よろしくお願いします。」
「気が付いたら到着してたのが驚きだ…。」
クラーラがキッチンから料理を運び込んできた。事前に用意していた様で、冷蔵庫と保温器から次々と取り出される。
「あ!
「ええ、お気付きになられましたか、殿下。こちらは日本のミネラルウォーターで煮込んだものです。」
「ああ、日本は軟水ですから。ミネラル分が足りなくて肉が柔らかくならなかったんですね。」
「その通りです、
相槌を打ったクラーラは、車両前面のコクピットブースで椅子から引き出したトレー型テーブルに料理を乗せている。
よくよく見ると操縦手のソフィヤとクラーラは、ティナ達の料理とは別のそれぞれ違うものを食べているところである。
実際は、経口摂取する飲食物で食中毒が発生した場合、同じものを食べて護衛が全滅しないための措置であるのだが。
「クラーラさんも、ソフィヤさんも、こちらで一緒に食べられたら如何ですか。」
「いえ、
「ええ、その通りです。そのソファーに座ってしまうと仕事にならなくなりますので。」
「そうですか。お仕事中に我儘を言ってしまい申し訳ありませんでした。」
「
「どうも私の性格だと、上手く切り替えられないな。」
それより、護衛達にも魔性のソファーは恐れられている様だ。
デザートに冷やしたリンツァートルテを摘まみ、一寛ぎしたティナと
そろそろ良い時間のためTV局のロビーへ出向くと、入館手続きと案内のためスタッフが待機していた。ゲートの1DAYパスを発行して貰う。この時代、簡易VRデバイスへ入館証をデータ送信してもらい、ゲートを通れる様になる。入館証の返却忘れや、
ゲートを潜り抜けて、ふと周りを見れば、随分と人が多い。ティナ達を囲むではなく出迎える様な距離感は、
実は
本日は、第2スタジオでのリハーサルとなる。エレベータで2階スタジオフロアへ到着すると、タレントロビーを経由してタレントルーム、つまり控室に案内される。この部屋の丁度上は、吹き抜けになったスタジオを見下ろす形で音響などの副調整室が鎮座している。
「うーん、他の出演者に挨拶に行かなくていいのかな。TVだと新人が先輩に挨拶に行くのをよく見るんだが。」
「それは、日本ならではの風習ですかね。
「うん。私は
「なら良いのでは? 予め挨拶したい方がおられるなら別ですけど、個人的にお付き合いがある方はおられないのでしょう?」
それもそうか、と
CM撮影から数カ月ぶりにメイクを施されたが、顔合わせとリハーサルであるため衣装合わせは行わなかった。彼女達は私服のままである。
スタッフに引き連れられ、スタジオ入りする。本番は併設された番組のセットの袖から裏側を通り、セットの中央から出てくるのだが、今はTVカメラ撮影エリアの脇にあるスタジオ出入口からの入場である。もちろん、SPとしてクラーラとソフィヤも同行してのことだ。そして、既にスタジオ入りをしているレギュラーメンバーに迎え入れられる形となっている。
出演者が息を呑む空気となったのが判る。見た目は若い娘達ではあるが、SPを含め上位の
これはティナ発案で、
先の日本全国大会まで、加納
現在、加納
「みなさま、初めまして。【姫騎士】フロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルクと申します。本日はよろしくお願いいたします。」
「お初にお目にかかります。【鬼姫】宇留野
カーテシーと丁寧なお辞儀から、凛とした佇まいを持つ二人の
なんだかんだと、日本の
「(とりあえず、違う
請け負ったからには仕事を
「どーも初めまして。わたしが司会のマルタです。いやぁ、
司会者と名乗ったマルタは、独特の抑揚と言葉自体に造られた間が、人の印象に深く残る喋り方をする細身の中年男性である。
「今日は、出演者の顔合わせと、大体の進行確認ですね。それじゃあ、他の方々に紹介しましょうか。」
司会者に連れられ、レギュラー出演のタレントに挨拶をする。この司会者が緩衝材となって、お互いの角が立たない様に要所で言葉を自然に差し入れるところにティナは内心驚きである。
実際、リハーサルと言いつつ、本番で特集される
控室に戻り、メイクを落としたティナと
「驚きました。あのマルタさん、相当な話術家ですね。」
「さすが大御所と言ったところかな。自然と話を引き出された感じだよ。」
「いえ、そういったレベルではありません。」
「ん? と言うと?」
「
「そう言えば、もっと色々聞かれると思ってたな。」
「あの方、会話も含めて場の流れを全てコントロールされてました。会話をしながら相手の話し方や性格を確認して、どんな話を振るのが最善か、どんな言葉を出させない様にすればいいかを組み立ててました。」
「ええ? それはそれで凄いことだが、何だか
いいえ、違います、とティナ。その目的は他にあったと語り出す。
「一つは、出演者の方々が、あれこれ私達に聞きたがることを防ぐ配慮と、会話から出演者の方々へ私達が見せた
「もう一つは、私達が望む答えを出せるかの確認。」
「漠然としたイメージを? 望む答え? どういうことなんだ、ティナ。」
「たぶん、番組に理事長から依頼が入ったと思われます。日本の
「随分とピンポイントな話が出るってことは、ティナも係わってるんだな。」
「ええ。日本のTVに出演が決まった時に、理事長から依頼されましたから。」
「そうか。あの風習が変わるのか…。そうすれば、もっと世界で戦える
国内の風習に我慢ならず、海外へ留学した
その様子を優しく見守りながら、ティナは番組で日本の
番組にロートリンゲン卿の手が入っていると判ったため、一般向けの回答ではなく、まず
「(
「(甘ちゃん達に多少キツイことを言っても問題ないですね。)」
日本国内で行われる
その評価は、日本の代表を決める全国大会でも半分近くに及ぶ試合が同じである。残り半分は、世界と戦うことを意識して技を練っている者達の試合であり、そちらは通常の評価を受けている。通常なだけで高評価までには届いていないのは、海外のファンがちゃんとした
例え国内の
「(むしろ、言葉でバッサリいきますか!)」
「(その程度で折れるなら
30年間、独自の風習で
その岐路に立たされていることを自覚する必要があるのだ。
トリガーを引くのは姫騎士さんであるが。
「むしろ、他国の
姫騎士さん、珍しく最もな意見で締め括り。
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