03-008.Zuschauer. 選手選考大会初日に於ける偶発と凝望。

2156年7月5日 月曜日

 ここニーダーエスターライヒ州ザンクト・ペルテン憲章都市にあるザンクト・ペルテン屋内競技場は、今日から金曜日までの5日間、世界選手権選手選考大会が開催される。


 これはあくまで選考会であって、勝利するだけで選抜基準を満たす訳ではない。騎士シュヴァリエが今迄積み上げてきた実績や、対戦相手との戦い、地域の貢献度などなど、様々な要素を含む情報を統計的にまとめ、且つ実戦の様子を少なくとも3種類の見方で判断できる選考員達により、世界大会へ出場するに相応しい騎士シュヴァリエを選考するのである。つまり、騎士シュヴァリエの一人一人をじっくりと観察し、評価をしていく大会なのである。だからこそ、この大会で無理は禁物である。無理をして勝利をもぎ取った場合、世界選手権でまともに戦えるか怪しいからだ。その無理が常時発揮できるのなら別ではあるが。


 そんな中、周りの畏怖する目にさらされながらも、まるで気にしていない姫騎士が鼻歌交じりで参加受付で手続きをしていた。


「やはり、今年もスイス式トーナメントですか。勝ちポイント次第では中々に面白い結果になりそうですね。」

「それは同意だね。それより全部勝つつもりかい?」

「あら、エデルトルート。そうですね、私も大っぴらに技を公開しましたから結構派手に行くつもりですよ?」


 ちょうど受付で登録手続きに来たエデルトルートに声を掛けられる。ティナの纏う装備を見て、先の攻城戦イベントで姫騎士が大暴れした記憶が蘇った様である。

 ティナは、6月6日にお披露目した白銀なのに青白い輝きを返す通算3両目となる鎧を纏っている。控室には、残り2両の鎧も持参してはいる。未だにアバターの兼ね合いやそれぞれの鎧で特別感を持たせる使い処が中々決まらない状態。しかし今日は一切合切を棚に置いて、とりあえず気分で装備を変えようとのだ。要は面倒くさくなっただけである。

 先日の新製品発表記者会見がニュースで流れたおかげで二つ名としての「姫騎士」が再び広く認識された。メディアさまさまである。更に今装備している鎧も含めアバター化する予定であるため、「姫騎士」のヴァリエーションとして認識させる方向でことを運んでいるからこそ、少し余裕が出始めてようやく気を緩めることが出来たのだ。


 ちなみに、ティナ達三人娘のCMは記者会見後からTVなどメディアで流れ始めており、製品の発売予定は7月26日である。


 エスターライヒは、世界でも余り行っていない世界選手権選手選考大会を開催しており、更にDuel決闘はスイス式トーナメントを採用している。これは全ての騎士シュヴァリエが複数回の試合をこなすのであるが、実力の近い者同士で戦い、同じ相手と試合することはない。総当たりとは違うため試合数などはある程度軽減できると共に、その騎士シュヴァリエが持つ本来の実力を測り易い。

 騎士シュヴァリエを国の財産として手厚く擁護しているため、ランクに関係なく騎士シュヴァリエの実力を正当に評価する姿勢を取っているのである。それがChevalerieシュヴァルリのメッカであるドイツに比肩する程、世界的に有名な騎士シュヴァリエを多数輩出している原動力であると言えるだろう。


 開会式が終わり、この場に集まった騎士シュヴァリエや観客達が見守る中、観客席上部に設置された中央インフォメーションスクリーンと呼ばれる大型のスクリーンにトーナメントの組み合わせがコンピューターの乱数により配列される。まずはDrapeauフラッグ戦Mêlée殲滅戦などの集団戦の組み合わせが決定し、中央インフォメーションスクリーンの隣のスクリーンに順々に表示が移動していく。

 そして、Duel決闘のトーナメントが組み合わせられる。Duel決闘の場合は、4つのブロックに分かれる。1ブロックの人数は18~22人とばらつきがあるのは実力毎に振り分けられるからだ。


「第1ブロックは18人で、初戦がゲルトルーデですか。何ですか、この因縁の対決みたいな組み合わせは。」


 ティナが組み込まれた第1ブロックは実力が最上位にあたるメンツで構成されている。そして初戦となるのは、全国大会準決勝でティナが王道派騎士スタイルでちまちま戦った結果、やらかして敗戦した相手である。彼女、ゲルトルーデ・ディーツゲンはその後も勝利し、今年の全国大会優勝を果たしている。


 特にDuel決闘競技は、大会などで連覇をするのが難しい。昨年度全国大会の覇者であるエデルトルートも今年は4位である。

 流派の得手不得手や相性などにより優劣が出る場合もあるが、そもそも上位に位置する騎士シュヴァリエ達の実力に大きな差はないと言っても良い。勝ち残ってきた騎士シュヴァリエは、たゆまぬ鍛錬を積み重ねてきた熟達者達である。それは高速に飛び交う剣を掻い潜りながら攻撃に出る技量を持っている。

 お互いが実力者であるが故に、勝負は瞬間的に決まることが多くなる。一瞬の逡巡や読み合いで天秤が傾くことも度々在るのだ。ティナがやらかした時も、剣に偽装していた重心配分の力加減がずれてしまったため、慌てて元に戻そうとした瞬間が対応を一つ遅らせてしまうこととなり、結果は言わずもがな。


 エデルトルートの初戦は、全国大会2位のカルラ・シュリンゲンジーフであり、こちらも準決勝で戦った者同士である。


「こうも作為的な組み合わせですと、やっぱり神様は面白おかしくなる様にくじ引きで決めたのかもしれませんね。」


 観客達も、全国大会ベスト4までの選手が初戦で組み合わせになっていることで大いに盛り上がっている。

 ふと視線を感じたティナが目を向けるとゲルトルーデがこちらを見ていた。折角なので挨拶をしようとゲルトルーデがいる場所に向かうティナであったが、騎士シュヴァリエ達でごった返していた道が途端に割れた。騎士シュヴァリエ達が自分を見る目が戦々恐々としているのは気のせいではないであろう。


「(まるでモーゼの十戒ですね。うーん。これで怖がられていたら、おかあさまの二の舞になってましたね。姫騎士の代名詞が恐怖とかになったら聞くに堪えません。)」

「イベント振りですね、ゲルトルーデ。調子も良さそうで何よりです。」

「久しぶりね、フロレンティーナ。そちらの鎧、あの時イベントのものね。試合も大暴れするつもり?」

「ええ。本当は、あの技も世界選手権でお披露目しようと思ってたのですが。学内大会でエイルに当たったことが悔やまれます。」

「やはり【慈悲の救済】はそれ程の相手だったのね。さすが【無冠の女王】といったところね。」

「おかげで手の内を2枚切らされました。」

「その手の内以外も飛んでもないんだけどね?」

「そうですか?」

「そうよ。」


 周りの騎士シュヴァリエ達は二人のやり取りをそれと気付かれない様に声を潜ませて聞いている。別に一触即発にでもなると思ってのことではない。彼女達の会話から攻略の糸口となる重要な単語が出て来ないか情報を収集するためである。


「それで、この大会はどうするの?」


 彼女の問い。この場合、どう戦うとかそういった意味ではない。そしてゲルトルーデが聞きたい言葉が返ってきた。


「そうですね、とりあえず全部獲るつもりですよ。」


 その何気ない一言は、最上位選手達がひしめく第1ブロックでの実質完全勝利宣言である。それも気負いも高慢もなく当たり前の様に淡々と。その声が届いた騎士シュヴァリエ達の唾をのみ込む音が聞こえる。普通だったらメディアへのサービス台詞か、意気込みとして少し盛って答える様な内容であるが、それが謙遜や意気込みではなく、実際に行使可能な騎士シュヴァリエが零した言葉であるからこそ、受けた方は重く取る。


 今までティナが王道派騎士スタイルの騎士シュヴァリエであった際も、隔絶した技量に悩まされたものであるが、今回は、その悩みすら無用なものとなることを感じているゲルトルーデである。前回勝利したのは自分であったが、今回はこちらが胸を貸してもらう立場だと挑戦者の心持ちとなっている。あれ程練度の高かった王道派騎士スタイルよりも遥かに練られた技を攻城戦イベントで見せられたのだから。


「今日の試合はQuartier本部_général防衛Drapeauフラッグ戦ですか。試合開始まで後30分はありますね。」

「エスターライヒでは騎馬戦が世界選手権に出る実力まで育ってないのが残念よね。」

「ですよねー。Joste馬上槍試合なども迫力があって楽しいのですが。」

ティアロルチロル地方なんかでハンデ付の山岳Joste馬上槍試合とかあっても面白そうね。」

「あ、それGutグットです。山岳地帯で索敵からのJoste馬上槍試合とかÜberlebenサバイバル要素とか!」


 などと、話は斜めの方へ進んでいくのである。彼女達が参加するDuel決闘は水曜日から金曜日までの3日間を使って行われる。ある意味、今日明日は観客として純粋に競技を観戦できる身分であるからこその呑気な会話だが、生憎ティナはこれが通常運転だ。


 ゲルトルーデと分かれたティナは、装備を着脱してから大会参加騎士シュヴァリエ用に確保されている競技場内の閲覧席――と言っても野球場のベンチと同じ構造だが――に陣取る。この閲覧席は、競技場の長辺側に等間隔で2つずつ、計4か所設けられている。1箇所30人は滞在可能な閲覧席は、騎士シュヴァリエ達でほぼ埋まっている状態である。6月の攻城戦イベントに参加していたDuel決闘luttes乱戦の選手などもチラホラといるようだ。集団戦の経験から、競技に生かせる立ち回りなどを学ぶことがあった様で、今しがた始まったSalzfestungが初戦を飾るDrapeauフラッグ戦の試合を見る目は真剣そのものである。


 Drapeauフラッグ戦の試合は、競技エリアに木立や岩など自然物のオブジェクトがMR表示される。毎回変えられる自然の光景は試合15分前に情報が公開される。限られた時間で地形をどの様に活用する作戦を立てるのかも醍醐味である。


「おー、さすがエデルトルートは視野が広いですね。障害物の向こう側を利用しての追い込み猟ですか。」


 ティナの呟きにその場にいた騎士シュヴァリエ達の視線を集める。その目は何故そんなことが判るのか、と疑問に満ちている。

 試合は開始したばかりだ。対戦チーム同士の騎士シュヴァリエが作戦行動のため動き出し、接敵もまだ先になろうかという状態である。どの様な作戦が取られているのか傍から見ても判らないであろう筈が、ティナはエデルトルート達の分散具合から試合の流れを想定しているのだ。


 果たしてティナの言葉は18分後に証明されることとなる。エデルトルートがフラッゲ持ちとなり相手へ斬り込む囮を担っていた。他のメンバーはツーマンセルを基本に障害物を陰に、盾に、壁にと活用し一人一人を不利な状況に追い込み一所へ纏める様に立ち回る。そして相手チームのフラッゲ持ち騎士シュヴァリエを孤立させて仕留めたのだ。そして驚くべきは、双方の損害がフラッゲ持ち騎士シュヴァリエただ一人であったことだろう。エデルトルート達は、戦力温存のため戦闘を最小限に留めての勝利である。まだ今日だけでも試合は数回残っていることを視野に入れているのは明白だ。


「相変わらず大胆な用兵ですね。エデルトルートがみだしてパトリツィアが的確に後詰めしましたね。隠密の方も出現タイミングが秀逸です。全員が俯瞰で戦場を認識してますね。」


 その場にいる騎士シュヴァリエ達は驚きを隠せないでいる。ティナが最初に呟いた通りに、相手チームが囮に惑わされ、木々に囲まれて開けた場所に追い込まれていった様子は、まさに追い込み猟であった。騎士シュヴァリエ達はDuel決闘競技専門であっても戦術論などは学んでいる。個の戦術も軍の戦術も戦いには活用出来ることは多いのである。しかし、ティナのは戦場を駆け抜けた歴戦の勇士と思わせるに十分であった。


 FinsternisElysium MassakerKünste フィンスターニスエリシゥム鏖殺おうさつ術は現役の確殺術である。障害物の多い森林戦に特化しているため、個の能力を極限まで高めることをとして技を練っている。そのため、小規模の部隊ならいざ知らず、軍としての機能と戦略には然程さほど明るくない

 ティナの戦略眼は軍隊を率いることに長けた父方の家系に伝わる武術に学んでいる。中世では国境線など度々変わる程、至る所で大小の戦乱が起こっていた。領土内や領土間、近隣国などほんの些細なことで諍いが起こる。特に力を持つ豪族であったカレンベルク家は、その利を巡って争いごとに巻き込まれることもしばしば。その全てを跳ね除けるだけの戦術と軍備を脈々と蓄えてきたのだ。それがブラウンシュヴァイクの性を与えられて以降、益々堅固けんごになり敵対者を完膚なきまでに退けてきた歴史がある。彼女は、その全てを受け継いでおり、十全に使うことが出来る様に知識も技術も練っている。

 つまり、ティナは個と軍、両方の戦いが出来るのである。


 ティナは、以前聞いた様な言葉を誰かが呟いた気がした。

 ――あの姫騎士は一体何者であるのか、と。


『パンツ見せてお金貰う人ヨ!』


 いつか聞いた様な言葉に返した花花ファファの一言がリフレインする。


「(確かに間違いではないですが! Abendröteアーベントレーテからお金貰ってますが!)」

「(あっ! そういえば新しいオートクチュールの上下セットが頂けるんでした!)」

「(かなりセクシーなデザインですが新しい鎧に良く映えそうです。)」


 周りの腫れものを触るかの様な視線の中、全くどうでも良いことを考えているティナであった。


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