03-009.Es gibt jene, die auf dem Schlachtfeld bewohnen. 疾駆。
2156年7月7日 水曜日
ザンクト・ペルテン屋内競技場に施設された
競技場内で4つのブロックごとに3面ずつ割り振られた競技コート。最上位レベルの
「(前回戦った時と同じドイツ式の古流剣術なのに、まるで様相が違う。踏み込みの足音すら聞こえないなんて…。)」
ゲルトルーデは、ティナに
しかし。見知ったはずの技が、全く別物に見える。歩法一つにしても、送り足歩きや三角歩きなど一見して良く使われる歩法であるが、足を送る途中で技が出されたり、踏み込まねばならない技が移動を行うための足の置き方になっていたりと、本来の用途とは全く異なる運用がなされている。
ゲルトルートは1試合目の戦いを思い起こす。良く知る技術が知らない技として見えるそれは、剣術も同様であった。例えば、こちらの構え
それがティナの技は全くと言っていい程違っていた。斜め歩きの歩法を使う道すがら、はたき切りを仕掛けてきたのだ。本来では在り得ない技の初動に、辛うじてはたき切りが狙っている攻撃の導線を躱し剣を受け止めたゲルトルーデであるが、彼女の左横へそのまま脚を止めずに斜め歩きの歩法でティナが移動してくる。ゲルトルーデはそれに追従しない訳にはいかない。側面から別の技を掛けられるからだ。歩法もおぼつかず、体裁だけの相対に、ティナは、
ゲルトルーデは静止反転の歩法で身体の向きを捻り、ティナの
その様な繋げ方で技を受けるのは初めての経験であった。
「(まいったわ。対策がまるで効かないなんて。)」
高位の
「(狙いが何か判らないわ。)」
第2試合も1分を経過している。ゲルトルートはティナが何かを確認しながら戦っていると判断した。それは、攻城戦イベントでの戦法を使われたのであれば、今の自分では太刀打ちも出来ず既に敗戦しているだろうからだ。
ティナは、いつもの青焼きを再現した騎士鎧を装備している。今日の試合では王道派騎士スタイル、つまりドイツ式武術にて戦うことを決めたからだ。しかし、王道派騎士スタイルと言いつつも、その技や歩法は形だけである。
歩法は一見すると従来のスタイルだが、本質が全く違う
剣技にも上半身の関節に個別の回転をかけ、同じ振りの技を威力も効果もまったく違うものに仕立てている。その上で攻撃に遅速を加えて繰り出す技のタイミングを全てバラバラにし、同じ技でも効果を幾通りにも増やしている。
「(さすが、ゲルトルーデは良い反応です。伊達に今年の優勝者ではないですね。)」
「(上位の
ティナは、ここ最近で披露してきた諸々の武術が二つ名【姫騎士】の名を危うくした場合の奥の手として、「王道派騎士スタイル」を軸に着想していた運用方法を試しているのだ。
「(もう少し効率化出来そうですね。次の試合は効率化をテーマにしましょう。)」
トンッと、本来ならば音がしたであろう無音の
ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が鳴り響く。ティナの2本ストレート勝ちである。
「参ったわ。知ってる技が全く違う姿になるなんて。お手上げだわ。」
「今日は新装開店記念ですから。お試し期間なんですよ。」
「お試しって何を言って…っ! あなた、もしかして技を試してた!?」
「ええ。理論的には問題ないのですが、何しろ私も初めて使う技法でしたので。」
「呆れた…。試合で技を試すなんて良くやる気になるわね。失敗すれば負けるかもしれないのに。」
「強い相手と立ち合わなければ意味をなしませんから。試合なら相手にこと欠かないでしょう?」
そう言って
この姫騎士、あろうことか、本番の試合で思い付きの技術を試し、あまつさえ練習していたのだ。
ふざけた真似に見えるが本人は至って大真面目である。
そもそも計算高いティナが自身の勝敗が危うくなる賭けをすることはない。現状の力量と相手の力量を測り、予想外の事態に陥った時も想定して事前に対策をしてくる娘である。今回も十分勝算があってのことだ。
スイス式トーナメントは、初戦はランダムに組み合わせられるが、2回戦以降は勝者同士、敗者同士が組み合わせとなる。それ以降は勝ち星と取得ポイント、および損失ポイントを基準に組み合わせとなり、通常のスイス式トーナメントは同じ相手と2度以上戦うことはないのだが、このトーナメントは同じ相手とは1度しか戦わない方式を取っている。
3日で一人10戦を
ティナは4戦を「王道派騎士スタイル」で戦い通し、最後の4戦目では新しい運用法の完成度は高くなり、危なげなく勝利を収めていた。
2156年7月8日 木曜日
この日、ティナはオレンジ色に輝く
「(これは
エデルトルートは、ティナの学内大会だけでなく、攻城戦イベントで猛威を奮った戦いなど直近までに公開されている動画を何度も見て研究してきた。彼女との1戦が最大の難関であると最初から判っているからだ。しかし、映像で外から見た情報と、実際に相対した際の情報は異なることは多い。今、ティナが使っている武術は、その乖離が激し過ぎるのだ。まず、あれだけ激しい動きとなるのに音が全くしない。ともすれば足を踏み込んだ音を出したと思えば、その音自体がフェイントであったりと、音に関する虚偽が多く判断を鈍らせる。
ティナが扱う短い歩幅を高回転で移動する歩法は、距離の調整を簡単に行い、エデルトルートの攻撃を歩法だけでスルリと回避する。ナイフを上、剣先を下にする斜め一直線の構えは、防御に長けている様で、繰り出される剣戟を弾き、そしてナイフと剣で挟み取る。悉く攻撃の導線が断ち切られ、有効な技は全て潰される。尚且つ、呼吸のタイミングを読まれているのか、エデルトルートの防御力が弱る瞬間を狙って適切に攻撃が繰り出される。それもナイフと二刀を使った複数回の連撃が、である。
エデルトルートの特殊技能である無意識下で起こる超反応は、この試合で既に2度も出ている。少なくとも2度、反射神経で対応せざるを得ないレベルの攻撃が襲い掛かってきた証拠である。
現状、エデルトルートは押されており、防戦一方にされている。下手に攻撃を出しても回避してくれるなら良いが、剣を弾かれる、二刀で挟み込まれるなどで、無防備の状態を晒すことになる。第1試合はそれで1本獲られた。
剣を下側、ナイフを上側にハサミの様になり、右のはたき切りを肩口に届く前に受け止められたのだ。なるほど、ヘリヤが剣を引くしか方法がなかったのが良く判る。突きも押し切りも出来ず、只引くしか方法がない。そう判断したエデルトルートの動きは速く、唯一剣を動かせる後方へ引くことを選択する。しかし、それも罠だった。ティナはエデルトルートの剣を上から押さえていたナイフの刃と
エデルトルートは技の組み立てが悉く崩されていくのを感じながら、有効となる技を模索する。威力を保ったまま攻撃力を出せるのは刺突だけだろう。その他の技は、ほぼ防がれている。
剣を右肩後方へ担ぎ、左脚を前、右脚を後ろに
そして、ティナの左手で持たれたナイフが正確に
ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音と共に、時間が正常に戻る。
それは
ふう、と一息漏らすエデルトルート。全力をもって戦ったにしろ、その様子は数試合を連続で行ってきたような疲労感を漂わせている。
「ここまで歯が立たないとは思わなかったよ。」
「こちらの必殺の攻撃を2度も止めておいて、何を仰るやら。」
「ははは、それでも君は無傷じゃないか。」
「有難いことに、巧く回避が出来ましたから。」
「次にあたる時には、もう少し楽しませる様にするよ。」
「あら、期待しますよ? エデルトルート。」
「ああ。期待していいぞ。」
エデルトルートも世界ランキング14位と高位な
2156年7月9日 金曜日
最終日のティナは、攻城戦イベントでお披露目した白銀なれど青く輝く鎧を着用している。ここまで鎧ごとに技を分けてくるのであるから、最終日は回転を主体とした蹂躙劇を行った身体運用を使うのだろうと誰もが予測した。
果たしてその予想は正しかった。
ティナは第1戦、2戦と、蹂躙と呼ぶに
そして迎えた第3戦目。この日最後の試合である。
ティナの相手は全国大会2位のカルラ・シュリンゲンジーフとの対戦だった。
組み合わせの問題で一番最後に当たった
同レベル帯の
だが、全てを蹂躙する青い軌跡には、それさえも問題にしなかった。
「(Wiederaufnahme.)」
――再開
この試合が全試合で最後だからせっかくなのでと、ティナは予め奥義を起動していたのだ。
祝詞による暗示から基底状態にあった奥義が解放される。
ゾーン状態の強制励起により、一気にアドレナリンが分泌される。
思考が加速し、時間が引き延ばされる。
遅滞した世界で更に加速をする。
左足先から股関節、腰までの各関節の回転を左回りで掛け、腰から上の関節は逆の右回転を掛ける。
相手の正面から滑り込むように左へ一瞬ステップし、即座に左足は右回転を掛けて逆側へ跳躍する。右脚の各関節に左回転を掛けながら上半身の右回転を反作用に使い、右前方へ弧を描きながら移動する。
そのまま相手の左側面で上半身にも左回転を掛け、身体全体でクルリと一回転して背中へ。回転が乗った剣を背後から
カルラは、何が起こったのか判らなかった。
正面にいたティナが目前で消え、右の視界に現れたのを知覚した。視線が追従したその瞬間には、その姿は既になく青い煌めきだけを残して視界から完全に消え失せた。そして背後から攻撃を当てられた感触が伝わる。ヴィーーと1本を獲られた通知音から何が起こったのかは判る。しかし、何が起こったのかを理解するまでには暫しの時間を必要とした。
「(背中から1本獲られるなんて初めての経験よ。むしろ背中を獲ることは可能なの?)」
カルラの疑問も
この攻撃は、
結局、2本目もティナが奪った。
左右の回転だけではなく、上下にも攻撃方法があると知らしめたのだ。
カルラの得意技である幅広い範囲から繰り出される刺突に合わせ、ティナは身体全体を左斜めに倒れる様に回避する。普通ならば倒れるであろう角度だが、その角度を維持し、斜め下からカルラの
ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が聞こえる最中、「ほい」と掛け声を出し、ティナは仰向けにクルリと身体を回転させ、体勢を整えている。下半身に掛けた回転でジャイロの様に力の方向を変えていたため転倒することがなかったのである。
「は~、アナタと初めて戦ったけど、絶対忘れられない試合よ。全部初めてだらけだったもの。」
「そう思って頂ければ光栄ですよ。それこそ出した技が報われます。」
「
「はてさて、それはどうでしょうか。まぁ、お楽しみは多い方が楽しいでしょう?」
「フフ、全く。大したタマよねアナタ。」
こうして世界選手権選手選考大会
まず、勝率100%は歴代で二人目。そして、被弾率0%が大会初の歴代1位。更に、
今回の大会を戦うにあたり、ティナが打ち立てたテーマは「戦場」である。
揶揄したものではなく実際の戦場で戦うと想定し、一度でも攻撃を貰えば即、死につながる実戦として挑んでいる。そのため、相手を倒す時も一撃で打ち倒すことを課した。
それが結果的にエスターライヒの選手選考大会で記録を樹立することになったのだが、ティナにとっては単なるオマケである。
そもそも無謀とも思える戦いをしたのは、ティナがフィンスターニスエリシゥム
この表に出すことのなかった武術を実際に運用した際、想定していたよりも遥かに強力であったことが判明した。
無冠の女王と呼ばれるエイルを圧倒し、現世界最強であるヘリヤと互角の勝負をするまでに至っている。
それもあって、先の攻城戦イベントでは、対複数戦の威力が何処までのものか計るために敵陣へ踊り込んで蹂躙劇を繰り広げたのだ。
そして、自分の武術をもう一度分析した結果、3段階評価を上方修正することになり、今大会ではその認識が正しいのか技の調整もしていたのである。
「うーん。これ、ウルスラに文句言われそうですよね。」
「でも、即戦力で通るスタイルに昇華出来たのは収穫でした。」
今回、王道派騎士スタイルを元にフィンスターニスエリシゥム
6月祭の格闘術に続き、新たなアバター更新案件になるのは確実だろう。
攻城戦イベントで披露した回転を伴う身体運用術も、選手権選考大会後にアバターデータを取得する約束をしていた矢先にアバターチームの仕事を更に増量する姫騎士さん。
彼らは今、攻城戦イベントでアバター更新案件が大量に発生したため、チームを増員に次ぐ増員の上、フル回転でアバター更新を行っているのである。
「あ! 新しい王道派騎士スタイルは姫騎士スタイルとして売り出しましょう! 一粒で二度美味しいカンジです!」
悪気がないどころか追い込んでいる節がある。
アバターチームがブラック職場と呼ばれる様になったとしたら、ほぼ間違いなく姫騎士さんが原因だろう。
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