【閑話】風雲!ホーエンザルツブルク要塞! ~その4 青い軌跡~
突然空から現れ、瞬く間に数人の騎士を
辺りは未だ状況を掴めない者、独特の雰囲気となった現状をどうにか打破したい者、行く末を見守る者等、様々である。
姫騎士の登場により訪れることとなった静寂の中では、口を開くのも少々
――ティナのストロベリーブロンドが
白銀の鎧は、光が当たると青白く輝く。地金と異なる輝きを放つこと自体が非常に珍しい。
4月末に発注した鎧が先日納品された。国際シュヴァルリ評議会への装備登録がギリギリ間に合ったため、今回のイベントで劇的にお披露目することに決めたのだ。
鎧部分は、
至る所に金属が折り重なった蛇腹を用い、可動範囲を拡大する造りだ。この鎧は、いつもの青焼きカラーの騎士鎧と
三両目となる鎧。ティナが修めた全ての武術を使うために用意した、本物の戦闘を考慮した金属鎧である。現在の最新素材と伝統の技を使って
そして、最も特徴的なのは、白銀ではあるが、光を青白く反射することだ。
ティナがオーダーした鎧のカラーリングは
そして、フィンスターニスエリシゥム
胴体は鎧を纏っておらず、いつも鎧下に着ている白の軍服風デザインの腰を絞ったワンピースに似ているが、この服は上着とスカートがセパレートになっている。スカートは細めのプリーツで構成されており、両脇部分は
腰に絞められた豪華な飾り金で装飾した太い革のベルトは剣帯も兼ね、武器デバイスの鞘と
ティナはいつもの
内心では「してやったり!」と自画自賛中である。
敵も味方もその手が止まり、姫騎士に注目が集まっているからだ。
本来であれば敵の大将が目前に現れたため、すぐさま
何せ、高さは5mを超える城壁の上から降って来たのだ。それも、加速をつけて砲弾の様に長距離を。
通常であれば、飛び降りるだけでも怪我、もしくは身体に受けるダメージが心配されるレベルであるが、この姫騎士は着地と同時に水平に跳躍し、道すがら剣が届く範囲の
迂闊に手を出すのは危険であると、誰しも判らせるに足る行動であった。
加速と落下のエネルギーが加味され、落下速度は40km/h、エネルギー量は4000
フィンスターニスエリシゥム
「ハッハーッ! 随分とまぁ派手な登場じゃねえか、えぇ? フロレンティーナ!」
戦場に出来た空白の時間を終わらせるかの様に、【騎士王】アシュリーが声高らかに叫ぶ。
「(USAカブレのチンピラ風ですね、この腐れ騎士王は。)」
「この局面で大将が物陰から安全に顕れるより、よっぽどマシでしょう? アシュリー。」
クスリと小さく笑い、笑顔で答えるティナではあるが、相も変わらず発する言葉と内心の乖離が酷い。
「全軍、
アシュリーの声が響き渡ると同時に、攻撃側の騎士が
ティナが降り立った場所も問題だ。城壁の南西側角に当たる円塔から塩の倉庫方面に飛び降りている。禿鷹の塔から塩の倉庫へ通じる通路のL字になったコーナーに近い。L字の角は城壁の円塔が張り出し、通路の幅を強制的に狭めた上に見通しが悪くなる様に造られている。攻防で微妙な差配が必要となる箇所である。
特に禿鷹の塔付近は、エデルトルートが
防衛側の副官エルメンヒルデも迅速に状況を判断し、符丁による指示を飛ばす。
「B班! C班! 寄せ波! E班!
符丁寄せ波は、
だが、その声が終わるや否や取り囲まれていることを全く意に介していない姫騎士から待ったの声がかかる。
「ここは私の花道です! こちらの手出しは無用! 外周の対処を!」
エルメンヒルデは、その一言に息を呑む。驚くことにティナは、今4人と対峙しており、禿鷹の塔方面側からその外側をアシュリーを含む3名が囲んでいる状態である。しかも、出現と共に攻撃側
だが、攻撃側が取り囲んでいるだけで動かない。いや、実際は動けないでいる。
取り囲まれながらも涼しい顔をしているティナと、まだ覚悟を決めかねた顔をしている取り囲んだ
それを見てエルメンヒルデはティナ達のお見合い状態を取り囲む攻撃側
「変更! GHQ! 寄せ波!」
攻撃側と防衛側の戦端が再び開かれ、剣戟の音が辺りに響いた。
一見、ティナを取り囲んで有利な展開に見える
ティナは、先の学内大会で
それは
アシュリーは表情にこそ出さないが、ティナに対する認識が誤っていたことを後悔している。そもそもティナが出陣するとしてもシルヴィアやマグダレナが一当てした後になると予想していた。
そして最も悔やまれるのは、ヘリヤと互角に戦った姫騎士は、
春季学内大会にて彼女が隠し持っていた技を明らかにしたが、
その結果、城壁を疾駆し、一騎掛駆けどころか敵陣のど真ん中に5mを超える城壁から躊躇なく飛び降り、着地と同時に2名の
しかも、
更に、自分を取り囲もうとする
明らかにこの包囲網は失敗であるが、今この場で有効になりうる陣形が他にない。運が良ければ
「なんだよ、余裕ぶっこいてんなぁ。この人数差を何とか出来るってーのか? フロレンティーナ。」
普段からチンピラ口調のアシュリーなればこそ、
ティナは右前、左前、右後ろ、左後ろの配置で
「ったく、顔色一つ変えねぇとはなぁ。前と後ろで四人だぜ? 普通だったら絶望もんよ。」
「そんじゃぁ、決めさせて貰うわ。総員、ヤレ!」
ティナを取り囲む
だが、ティナはピクリとも動く気配がない。
「まったく。コレにも引っかからねーのかよ。」
アシュリーはおどけて肩を
「ハァー、ヤレヤレだぜ。」
その言葉が終わる瞬間、ティナを囲む
アシュリーが会話の中に織り交ぜた符丁。そこには、以下の指示が出されていた。
「人数差」=全員同時攻撃
「前と後ろで」=個別の剣筋
「四人」=4名全員が別の技、且つ使うのは2、3番目に得意な技
「ヤレ」=釣るために仕掛けるフリをするフェイント
「ヤレヤレ」=一斉攻撃
試合の
4名からの攻撃がティナに当たる瞬間、鎧の青白い輝きが軌跡を残し、全ての攻撃が空を斬る。
ティナは、自身の左前方にいた
そして、剣を引き抜く挙動は身体を時計回りに回転させることで行い、その回転で左方向へ滑る様に移動しながら、ティナの右前方ではたき切りを仕掛けた
前方へ移動する際、更にもう一回転加え、回転し初めに左手の
今は正面となったティナの右後方で右への横薙ぎを敢行した
ティナが目の前から消失した様に移動したことで、取り囲んでいた
今回、ティナが移動に使ったのは、フィンスターニスエリシゥム
足、膝、股関節、腰、肩のそれぞれで発生させた回転を一つに纏めて動作させることで高速に回転移動する。尚且つ、剣を振り回すので相手も攻撃を躊躇してしまう。
ティナは再び剣先を下に向け、何事も無かったかの様に微笑んでいる。
アシュリーの腕は知らず肌が泡立っており、背中には冷汗が流れている。
外側から見たからこそ判った。アレは、集団戦が得意などと言うレベルではなく、1対多を前提とした戦場を蹂躙する技術だ。挑んだ戦いは最初から前提が違っていたのだと。
「姫騎士」の代名詞とも言える王道派騎士スタイルで見せてきた数々の高度な技術すら氷山の一角に過ぎず、その本質と比べれば児戯に等しく見えてしまった。
だが、アシュリーは言葉による応酬を引き続き選択した。事態を好転させる切っ掛けが掴めるかも知れない可能性を手繰り寄せるために。
「おいおい、ホントかよ…。こっちの符丁を読んだのか? でなきゃありえねーだろ…。」
「読めるわけありませんよ? でも、攻撃のタイミングはアシュリーが漏らしましたから。もう少し、気配を抑えないとせっかくの暗号が無駄になりますよ?」
言葉の抑揚や精神の高揚は、第三者から見ても判断できる精神状態の一つである。だからと言って、アシュリーが感情を
「…とんでもねーな。どこから漏れたのか全く判んねぇ。オレもまだまだってことか。自分じゃ漏らしてたなんて思っちゃいなかったんだがな。」
「その辺りは
「ふん、確かにな。その意見は参考にさせてもらうわ。」
まるで緊迫感もなく普段通りと変わらないティナの様子に、アシュリーは言葉による反応や変化などで探りを入れることもままならない相手であると判断した。これ以上は何も引き出せず、徒労に終わるだろう。
万が一を考えて用意していた作戦。明らかに愚策であり、戦術とも呼べないもの。それを使う必要がある相手であると認識した今は、
「じゃ、やるか。…総員!
剣を頭上に掲げたアシュリーが張り上げた言葉は、防衛側の攻撃を抑えていた
それは、作戦とは言わない。
追撃なども完全無視した損害度外視の純粋な物量攻撃。
突然後ろを見せた攻撃側の
「なかなか面白いことをしますね。ならば、それに応えるのも一興でしょう。」
ティナはクスリと笑い、軽くトントンと跳ねる。
「(Wiederaufnahme.)」
――再開
その瞬間、鎧の輝きが青白い軌跡となる。
まるで流星の様な光芒は、突撃を仕掛けてくる
「まいったぜ…。これも読まれたか?」
自分を囮にし、突撃する
「ここが正念場だ! 押し通せ!」
アシュリーは供の
そのターゲットであるティナは、戦陣の奥深くまで入り込み右に左に自在に動き、止まることがなく
ティナがアシュリー達ではなく、こちら側を選んだのは、特に読み合いなどで作戦を逆手に取った訳ではない。数が多い方を蹴散らせば見栄え的にも良かろうと言うこと、そして何より面白かろうとノリで決めただけだ。
ティナは疾駆しながら剣を振るう。多人数を相手にする場合は、牽制の役割を果たす技を織り交ぜる。剣先を脚元に卸した位置から円を描いて相手の上半身へ打ち込む車輪斬りや、剣を頭上で回転させ、相手の肩口へ斬り込むはたき切り、相手の剣へ向けて上方から打ち込み、剣の裏刃で持ち手を斬り裂く
しかし、そこにも今まで見せて来なかった技術を含めている。一見、良く知られるドイツ古流剣術の技ではあるが、相手が認識している技と全く異なる様相を呈しているのである。
技の途中から剣速の加速、或いは減速を行い、
これは、歩法と身体運用を森の民が生んだ武術を用いることで実現させている。ここに至って複数の武術を組み合わせて運用する
ティナは、左正面に二人、右正面に一人の
そのまま剣の回転に追従する様に
視界の隅に左に居た
両脚を斬られた
1回転を終えたティナが回転の勢いを乗せ伸びあがる様に跳ね、視線を切った
次の獲物は正面から駆け付けた
相手の正面に踏み込んだ右脚で速度を変えずに左側へステップする。左脚が接地した瞬間、今度は右前方へステップをする。相手の目には一瞬でターゲットが視界から消え、再び現れた様に見えただろう。明らかに動揺しているそこへ、ティナは剣を左から右へ薙ぎ
走る速度は変わらない。戦闘開始から、大きく弧を描く様に戦場を掻き乱したティナの目の前には、城を下部から支える城壁に辿り着く。そのままの速度で、城壁を斜めに駆け上り、3歩目で戦場へ向けて跳躍する。
空中で後方二回宙返り一捻り、所謂、伸身ムーンサルトで
日に照らされ輝く鎧が青白い軌跡を空に残していった。
しかし、それは地に脚を着けて戦うことが前提だ。
彼等、彼女等が戦う相手には、走り抜けながら剣を振るう者など居よう筈もない。
まして、空から降ってくる相手などは以ての外である。
踊る様に空間を支配する姫騎士一人に、戦線は瓦解しつつあった。
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