【閑話】風雲!ホーエンザルツブルク要塞! ~その5 戦乙女と姫騎士~

 ティナが城から出撃して暫く経った頃。


 てくてくと。

 ゆっくりとヘリヤは歩き回る。今は、Salzfestungの副官パトリツィア・リープクネヒトが率いる地獄門防衛本隊の戦いの様子を見ている。


「あの統率のとれた動きは見事だな。部隊が一つの生き物の様だ。」


 呑気に気に入った戦いを観戦するヘリヤ。彼女に近づいてくる騎士シュヴァリエの姿は見えない。既に敵も味方も災害扱いしているため、彼女自身が戦いを挑む以外は好きにさせている状態だ。


 そして、今回のイベントにある特別ルール。


 ――ヘリヤは移動の際、徒歩以上の速度を出してはならない。但し戦闘時は除く。


 これがあるため、ヘリヤも周りの戦況を楽しむ時間的余裕が出来ている。もっとも、防衛側もいざとなったらヘリヤから逃走可能と言う訳で、無駄に戦力を消耗することを避けられているのだが。


 ヘリヤは周りを見回す。中央広場から禿鷹の塔へ至る下り坂で攻撃側の騎士シュヴァリエ数名とテレージアを含めた遊撃班の剣戟が一際ひときわ激しい。禿鷹の塔から侵攻してきた攻撃側の騎士シュヴァリエ達はエデルトルートが強行突破していったことで、そのまま追撃に出払ってしまっている。ここから塩の倉庫方面への曲がり角には【騎士王】アシュリーが見え隠れしている。そこが禿鷹の塔から侵入した攻撃側の殿しんがりと予想される。


「ふーん、テレージアは随分面白い戦い方をする様になったんだな。あれは楽しそうだ。」


 テレージアの奮戦をみてヘリヤは興味を引かれた。この場合、「楽しそう」の意味合いは主語に「戦ったら」と付く。

 フラフラと中央広場から下り坂に引き寄せられるヘリヤ。途中、ウルスラの2連射とララ・リーリーの速射で矢が3本同時に飛来したが、羽虫はむしを払う様に剣を一閃して打ち落とす。それ以降は、無駄と判ったのか弓のターゲットは下り坂で攻防を繰り広げる攻撃側へ再び戻った。


「よう、テレージア。楽しそうだな。あたしも混ぜてくれよ。」

「あら、ヘリヤさん。ご機嫌宜しゅう。どうぞお入りくださいな。」


 ヘリヤとテレージアは軽い挨拶を交わしているが、防御側も攻撃側の騎士シュヴァリエにも緊張が走っている。ヘリヤが声をかけた言うことは、ここで戦うと言うことだからだ。防御側は下手に手を出せば全滅の二文字が予想され、攻撃側もヘリヤの戦闘を邪魔しない様に注意する必要がある。やはりヘリヤはここでも自然災害扱いなのだ。

 むしろ、現世界最強にターゲットされているテレージアが軽く受け応えている胆力を称賛するべきである。

 戦闘が止まり、二人を避ける様に騎士シュヴァリエ達が後ろに下がる。彼女達の戦闘に巻き込まれない様にするためだ。


「じゃ、やろうか。」

「ええ、お受けいたしますわ。」


 ヘリヤは、剣を背中に担ぐ構えZornhut怒りの型を取る。テレージアのZweihänderツヴァイヘンダーを力で打ち勝つために用いている。

 対するテレージアは剣の柄を広めに持って肩口から斜めに背中方向に担ぐ。これはポールウェポンのZornhut怒りの型である。


 テレージアはすぐさま一気攻勢に出る。相手はヘリヤだ。読み合いなどは無用。

 まるで片手剣を振る様な速度で肩に担いだZweihänderツヴァイヘンダーが、風を斬り裂く音を立てながら右上から左下へ振り下ろされた。ヘリヤの構えにより前に出ている左肩から脚までにかけて繋がった、攻撃の導線を纏めて叩き斬るが如く。

 攻撃が当たると思われた瞬間、テレージアの攻撃速度を更に上回るヘリヤの剣がZweihänderツヴァイヘンダーの横面に叩き込まれた。


 ギャンッ、と犬が悲鳴を上げた様な甲高くも短い音が耳の奥に響く。


 騎士剣仕立てとは言え、形式としてはヴァイキング型片手剣の打ち込みが、重く威力のあるZweihänderツヴァイヘンダーを逆方向に弾くなどと在り得ない事象が起こり、静観する騎士シュヴァリエ達に驚愕をもたらす。

 テレージアはZweihänderツヴァイヘンダーを弾かれた勢いを利用し、そのまま頭上で右から左に回し込み、最初の斬撃と反対方向へのはたき切りへ繋げる。

 クルリと光の帯を引き、ヴァイキング型片手剣を身体の前面で回したヘリヤは、剣の柄を持つ右腕を頭上に、左手は剣先に添え、剣を斜めに構えてZweihänderツヴァイヘンダーを頭上へ受け流す。

 上方へ流されたZweihänderツヴァイヘンダーが最頂到達点に達し、そこから急速に下降してヘリヤの右肩へ降ってくる。

 ほんの半歩のバックステップで斬り下ろしを避けたヘリヤだが、吹き抜けた筈のZweihänderツヴァイヘンダーが胸の位置で急停止し、突きが放たれた。


「…素晴らしい。」


 ポツリと呟いたヘリヤは、刺突を半身に避けながら一歩踏み込み神速の突きを放った。



「届きませんでしたわ! わたくしも精進が足りてませんわ!」

「そんなことはないさ。テレージアが。」

「…それでは、余り長いことお待ち頂かない内に伺いますわ!」

「ああ、楽しみにしてるよ。」


 ヘリヤは、笑顔でヒラヒラと手を振り、来た道、つまり坂を登って行った。

 ここにまた一つ約束が交わされた。

 テレージアはヘリヤを見つめる。いずれ、坂を登る様にで待つヘリヤの元へ。



 ――テレージアは持てる技を最大の威力で使うため、彼女の技能である親指の付け根辺りから発生させる追加の力を剣に乗せていた。しかも両足で発生した力を、だ。そして初撃を真っ向から弾かれた。つまり、ヘリヤが最初から全力を持って戦う相手だと認めたこと。その事実はテレージアの心を高揚させ、弾かれた剣から次々に技を繋いでいった。

 ポールアックスの打ち下ろしから騎士剣のはたき切り、グレイブの押し切り、そして槍の突き。全てが高威力でバインド鍔迫り合いも許さない苛烈な攻撃であるが、全て打ち砕かれた。全く違う武器の特性を技に取り入れたが、もっと有効に組み立てることが今後の課題だと、テレージアは痛切に思うと同時に嬉しさが溢れる。――まだわたくしは強くなれるのだと。



「(いやー、テレージアも良い技を使う様になった。別の技を繋ぐ連撃なんて京姫みやこみたいだ。)」

「(あの重い大剣を軽々扱うなんて膂力が尋常じゃないな。こっちが全力でも下手に受けやバインド鍔迫り合いをしたら引きずりこまれるな、ありゃ。)」

「(それに威力が凄まじい。剣に当ててから途中で更に上がったぞ。多分、奥義だろうな。)」


 再びてくてくと歩くヘリヤは先ほどの戦いに満足し、それを思い出している最中である。

 広場に戻ってきたヘリヤを見て守備側副官パトリツィアは、こちらの戦線を崩しに来たのかと身構えた。しかし、今では防衛拠点としては余り意味がなくなった城門に向かっていく。

 途中、ウルスラとララ・リーリーの前を通ったが、コソコソ隠れようとする彼女達にヘリヤは思わず笑ってしまった。


 城入り口から反対側のコイチャッハ門までは素通りだった。エデルトルートが門のかんぬき代わりに防いでいるため、京姫みやこ、シルヴィア、マグダレナの三人がそこで足止めを食らっているところだ。

 既に城内は彼女達以外、敵も味方も騎士シュヴァリエは全て敗退している。


「おお、誰もいないな。さすがに後半戦だな。ま、城に居るはずの大将がフラフラ出かけたら城の守りも意味ないしな。」


 フラフラ徘徊している攻撃側の大将が自分のことを棚に上げた台詞ではあるが、彼女の場合はこれで良いのだ。


「よっ! 二人ともヤキモキしてる様だな。」

「ヘリヤ。こちらに来たのですか。」

「進めない。そう、進めないの。」


 シルヴィアとマグダレナは、門から出ることも、京姫みやこへの加勢をすることも出来ず、困り果てていた状態である。反対方向である城入り口からグルリと迂回するにも、敵陣の中を無傷で通り抜けることは難しい。そして、京姫みやこ一人だけ残せば一気攻勢に出られた場合、抑えることは難しくなり、背後からの強襲も在り得る。

 そこへ攻撃側大将がヒョッコリやって来たのだ。ある意味、天運があったと言えよう。


「おお、京姫みやこはエデルトルートとか。おっ、その上2対1で凌いでるのか。やるなぁ。」


 二人をかき分け京姫みやこのすぐ後ろ、門の入り口付近から戦いの様子を見るヘリヤ。

 エデルトルートは昨年の世界選手権大会で、ヘリヤが放つ神速の突きを回避した唯一の騎士シュヴァリエである。京姫みやこの出が判り辛い攻撃でも回避されている可能性は高かった。案の定、拮抗している。

 ヘリヤは後ろを振り返り二人と一言交わす。


「二人とも用意はいいな?」


 頷くシルヴィアとマグダレナ。その様子を見てヘリヤは京姫みやこに声をかける。


京姫みやこ、左をやれ。」


 その言葉を聞き、京姫みやこはエデルトルートの右袈裟斬りを半歩後ろに下がりながらするりと躱し、門出口にある左側の開けた段差に飛び移る。そして、段差の上を占拠していた騎士シュヴァリエへ初撃の判らない突きを放って仕留める。

 さすがにエデルトルートと連携を取れなくては京姫みやこの攻撃を正面から凌げなかったようだ。そのエデルトルートも簡単には動けない。正面の敵から目を離した瞬間に仕留められるからだ。


 ヘリヤはてくてくと。歩む速度は変わらない。


「去年の世界選手権以来だな、エデルトルート。」

「ああ。久しぶりだね、ヘリヤ。随分楽しんできたみたいだな。」

「おかげ様で色々と面白い戦いを見れたよ。特にSalzfestungの戦いっぷりは感心したよ。」

「集団戦も良いものだろ? ヘリヤもどうだい?」

「あたしには向いてないよ。どうも作戦通りに動くのは性に合わない。」

「それは残念だ。」


 お互い薄く笑顔を浮かべながら軽い会話をしているが、ジリジリと間合いを詰めれば離れ、離れれば詰め、と少しずつ門から離れる様に移動している。

 ヘリヤも後ろに京姫みやこ、更にはシルヴィアとマグダレナへ通り道を譲る必要があるため、相手の攻撃をゆっくりと楽しむ何時もの戦い方を控えた。


 まさに強襲と言えるタイミングで神速の突きを放つヘリヤ。

 その動きを読んでいたかの如く、トン、とバックステップで距離を空け、殺傷圏の範囲外へ逃れるエデルトルート。そのままトーントーンとバックステップを続ける。


「あら?」


 射程圏を大分離れてからエデルトルートが口を開く。


「さすがに1対4じゃ分が悪いからね。態勢を立て直させてもらうさ。」

「あららー?」


 ヘリヤ以下、四人の騎士シュヴァリエは暫し呆然と見送ってしまうが、これはDuel決闘ではない。死に駒として戦局を有利に導く作戦ならいざ知らず、不利な状況で戦い抜こうとするのは謂わば愚策である。

 この辺りはDrapeauフラッグ戦で集団戦の経験が豊富であるエデルトルートに分があった。上手く相手の気を引きながら迅速な撤退を完遂させた。


「そうか、戦わないって手もあるのか。うーん、あたしじゃ思い付かない手だな。」

「逃げられたわ、逃げられた。」

「戦局による切り替えは、さすが集団戦の雄ですね。彼女の戦うと見せかけた撤退劇は見事でした。」

「さて。どう動きますか、ヘリヤ。私はティナと一合斬り合いたいと思っていますが。」

「なんだ、京姫みやこはティナと戦いやりたいのか。あたしはゆっくりしか動けないから置いてっていいぞ。それにしても、この音楽。ずっと戦ってるんだろ? ティナは。」


 防衛側大将が出陣し、開戦した際の音楽が始まってから、随分と長い時間奏でられている。

 大将の元に辿り着こうにも、撤退したエデルトルートが戦力を増強して陣を張っていることは容易に予想が付く。そのためにも京姫みやこ、シルヴィア、マグダレナは一時的にチームを組んで活路を切り開く方針とした。


「では、お先に行ってまいります、ヘリヤ。」

「ああ、京姫みやこも途中で狩られない様に注意しろよ。そろそろ体力的に辛いとこだろ。」


 実際、エデルトルートと切先を突き合わせていた時間は長く、しかも1対2と不利な状況を凌いできた京姫みやこが全力で戦える時間はあと僅かだろう。その分、移動の際は体力を温存していたシルヴィアとマグダレナが先陣を切り、京姫みやこがサポートをする形で欠員が出ない様にバランスを取る。さしもの彼女達でも作戦を持って待ち構えているエデルトルート達に単独で突撃しようものなら返り討ちに合うのは必定。

 彼女達が午前中のブリーフィングで一番最初に教わったことは、長時間の集団戦はDuel決闘の様に都度、全力を出して戦ってはいけないこと。各々おのおのの役割が大切であること。そして、役回りをこなすにはペース配分と小まめな回復が何より大事である、と。今、それを忠実に守っている。


 彼女達三人は、コイチャッハ門を背にして塩の倉庫方面へ進むと、曲がり角の広場でエデルトルートは部隊を整えて待っていた。


「やあ、よく来たね。数は少ないけどSalzfestungが相手をするよ。」

「思った以上に双方、数が減っていますね。それでも6人も戦力を割いたのですか。」


 シルヴィアが言う様に、戦場では騎士シュヴァリエの数が大分少なくなっている。防衛側が20名には程足らず、攻撃側も10名残っているかどうか。京姫みやこ達4人を足しても数で劣るが戦力的には十分に思わなくもない。ヘリヤがいるからだ。

 彼女達は最後の砦が後からやって来る事実があるため、若干の余裕がある。

 だが、少し遠くを見れば、戦場を青白い輝きの尾を引く流星が走る。縦横無尽どころか上下も使い、恣意しいては壁を走り宙を舞う。

 流星が走り去ると、騎士シュヴァリエ達の頭上に、敗北を知らせるバツマークが次々に投影される。今も尚、攻撃側の騎士シュヴァリエは着々と数を減らしていた。現状はアシュリーが残存しているため、辛うじて指揮系統が生きている。そのお陰で攻撃側は、まだ踏ん張れているのではあるが、壊滅も時間の問題だと言うことが判ってしまった。


 刻一刻と不利になっていく戦場を見るにあたり、表情が険しくなる京姫みやこ達。そこへエデルトルートは声をかける。


「ウチの大将姫騎士が暴れまわってご覧の通りさ。一人で戦局を支配しているよ。お陰でこちらに回す戦力にも余裕が出来た。」


 万全を期していると見えるエデルトルート達。それぞれがカバー出来る位置取りをしつつ、敵を誘い込むためだろうか、絶妙に開いた間隔。騎士シュヴァリエ達の佇まいから統率の取れた動きが垣間見える。

 京姫みやこ、シルヴィア、マグダレナの三人は、この布陣を抜いて先に進むのは難しいと直感した。


「どうやら、私達の仕事が決まったわ、決まったのよ。」

「ええ、その様ですね。不本意でしょうが京姫みやこもそれで宜しいですか?」

「構いませんよ。おのが務めを果たすのも、武将があるべき姿ですので。」


 これは戦である。個ではなく軍の在り様で勝敗が傾くのである。自分達の役割を変え、後から来る者にゆだねる。

 ゆだねる相手が個であるのは致し方あるまい。何しろ、個で軍と渡り合える戦力である。


 シルヴィアを中心に、左少し後ろに京姫みやこ、右にはマグダレナ。シルヴィアが攻撃に集中し、京姫みやこが補助と大身槍おおみやりの長さを生かして周囲の牽制、マグダレナが遊撃手を担う。

 6対3。京姫みやこ達は、倍の人数を相手取るが互角の戦いを繰り広げている。取り囲まれなければ相手が倍の数を用意しても、一度に相手をするのは一人に対し一人となる。散開せず、シルヴィアを中心に京姫みやことマグダレナが両翼に布陣したのは、相手の回り込みを防ぎ、且つ強制的に1対1に持ち込むためである。これは三人が孤立した場合の対応方法として、アシュリーから携えられた彼女達、個の能力を有効に活用した作戦である。


 シルヴィアは、直刀式のサーベルをイタリア式武術で戦う剣士である。元よりサーベルは片手剣であり、両手を使わない。そのため、戦いの場では空いた方の腕を後ろ手に固定したり、小盾バックラーを持つ。今回はバックラーを装備して乱戦による防御を強化している。


「戦とは中々に難しいものだな。数の優位を妨げられるとはな。」


 エデルトルートは改めて痛感した思いを口から出した。個の実力を生かす立ち回りをされ、数の有利が防がれて守勢から攻勢に出られずにいる。現状は、騎士シュヴァリエ達が前衛、後衛に分かれタイミングで入れ替わることで波状攻撃の呈を成してはいるが決定打に欠けている。

 彼女が今、相対しているのはシルヴィアである。京姫みやことは違ったやり難さを持つ剣士であり、こちらの攻撃を小盾バックラーことごと受け流しパリング、時には剣を抑え込んで攻撃してくる。繰り出される技も、ドイツ古流武術やスペイン式武術の技を織り交ぜ、時にはフランス式の様にムリネ手首回転による斬撃を仕込んでくる。

 イタリア式武術は古くから続いた武術であり、時代時代により様々な様式を持つ総合武術である。基本は幾何学によりアプローチされた論理的解釈を持つ学術的側面を持っている。マグダレナのスペイン式武術がレイピアの刺突に特化した技術であるのに対して、シルヴィアの扱うイタリア式武術は、習得した時代の武術によっては応用が利く技術である。その幅広さを十全に使われてエデルトルートは苦渋を舐めさせられている状況だ。


「さすがに防御も硬いですね。先程まで京姫みやこと戦い、体力も相当消費していますでしょうに。」

「その辺りは余裕を残しているさ。何せ、京姫みやこの後ろには君達が控えていたからね。」


 エデルトルートは彼女との戦いに集中せざるを得ない。シルヴィアも世界ランキング62位の騎士シュヴァリエであるからだ。

 騎士シュヴァリエのランキングで二桁に入る者達は、実力に差ほど違いはない。公式大会にまめに出場してランキングポイントを稼いだりするだけで順位は直ぐに変動するのだ。そのおかげで、ランキングポイントを調整する姫騎士の様な者も現れたりするが。


 エデルトルートの左隣で一人脱落した。前衛との入れ替わり時に後衛がほんの少し前に出過ぎ、マグダレナの殺傷圏に入ってしまったからだ。エデルトルートの後衛にいた騎士シュヴァリエがフォローに回った。

 そして、右隣の騎士シュヴァリエ達は前衛、後衛共、京姫みやこにポイントを減らされている。ギリギリ凌いでいるが長引けば右隣から瓦解するだろう。だが、後方の戦場から人員を補充する意味もなくなりそうだ。

 その原因が現れた。


「なんだ、足止め喰らってたか。随分と楽しそうだけど悪いがあたしは先に進ませてもらうよ。そこ、チョイと通るぞ。」


 てくてくと歩くヘリヤは、京姫みやこの左側を通り進む。エデルトルートの静止が間に合わずに、京姫みやこと対峙していた後衛の騎士シュヴァリエがヘリヤの行く手を遮る挙動を取った。しかし、その瞬間には敗退していた。


「ここまでかな。後はウチの大将姫騎士に丸投げだ。」

「こちらも同じことですよ。私達もヘリヤに任せている状態ですから。」

「全くですね。フロレンティーナの所まで辿り着けなかった時点で作戦は無になりました。」

「後は観戦ね、観戦よ。」


 両陣営の大将同士が相対するのだ。勝敗はそこで決まる。もう、ここでの戦闘は意味がなくなった。



 ――青白い軌跡を残しながら戦場を我が物顔で掻き乱したティナは、急に脚を止めた。

 戦場にポッカリと空いた空間。ティナが荒らし廻り出来た場所だ。その中心で剣先を下に向けて佇む。


「ハッ、ヘリヤが来ちまったか。こっちの作戦じゃ押し切れなかったな。このいくさ、オレの負けだ。見事だったぞ、フロレンティーナ。」

「そちらこそお見事でしたよ、アシュリー。最後まで戦線を維持する用兵は称賛に値します。」


 ティナはたおやかに微笑み、アシュリーへ賛辞を贈る。彼等との戦いは終わったのだ。

 そして、オーケストラが奏でる音楽が変わる。

 大将同士が決戦を行う際の音楽だ。

 この音楽へ切り替われば、大将以外の騎士シュヴァリエ達の戦いは終了となり、以降は戦闘結果が反映されることがないルールである。付近の騎士シュヴァリエ達も固唾を呑んで最後の戦いが始まるのを待つ。


「いやぁ、中々に面白いイベントだったな。」


 てくてく歩く速度と同様にのんびりした調子でヘリヤは現れた。


「あら、その台詞は全てが終わってからだと思いますが? しかし、まあ、随分と楽しんできたみたいですね、ヘリヤ。」

「ああ。お陰で色んな戦いが見れたよ。ありがたいねぇ。それと、最後にもう一つお楽しみもあるしな。」

「それだと私が付録みたいじゃないですか。」

「いやいや。こんなに早くティナと再戦出来るんだ。嬉しいことこの上ないよ。また、魅せてくれるんだろう?」

「はてさて、ご期待に沿えますかどうか。」


 最後はしれっと言葉を濁し、会話を終わらせたティナ。

 この時に至るまでは文字通り戦場を駆け抜けて戦ってきたが、身体運用や攻撃の遅速などを調整し休息を取っていた。そういった技術がある武術を用いているのである。故に体力は余裕を残してある。


「(Wiederaufnahme.)」

 ――再開


 鎧の輝きが青白い軌跡を残して流星となる。

 ヘリヤが構えを取る前に攻撃行動に入るティナ。一見、最後の決戦はDuel決闘の様にも見えるがDuel決闘のルールは適用されない。審判から「構え」も「始め」の合図もなく、どの様な戦術を使おうが当人達に全て委ねられている。


 ティナは、駆け込む速度に緩急を付けながら一気にヘリヤを射程範囲に捉える。そしてみ込んだ右脚が接地した瞬間に左へステップしながら膝、股関節、腰へ右回転を掛ける。ヘリヤが剣を持つ右腕の外側へ位置取りし、フェイントでワンクッション置いてから更に背面側へ一瞬で回り込んだ。

 右回転による移動は、右手の剣を後ろに引く挙動も加算しているため、攻撃に使うには一旦停止する必要が出る。その一瞬はヘリヤに対応される時間となってしまう。そのためティナは遠心力で威力も乗る左のサクスナイフで背後から心臓部分クリティカルへの刺突を仕掛ける。左脚を踏み込む急制動で回転のエネルギーを全て載せた威力と速度のある刺突だ。


 キン、と甲高い音が響き、サクスナイフが左へ弾かれる。

 ヘリヤは、剣先を下に向けたまま、はたき切りの要領で右手に持つ剣を頭上でクルリと回転させて背後から襲い来るサクスナイフへ当ててきた。その剣速はティナの刺突より遥かに早い。尚且つ、防御位置は完全にである。

 剣を回した勢いも加え、ヘリヤも高速に右回転しティナに正対する。その左手にはいつの間に抜刀した大型ナイフをたずさえている。大型ナイフが見えた瞬間、既に眼前まで伸びていた。


「っ!!」


 ティナは、サクスナイフを突きさす挙動のため回転に静止を掛けた左脚を更に踏み込み、その反動を肩から右腕全体へ急遽左回転に変える初動へ上乗せし、神速で迫る大型ナイフを遠心力の加わった剣で横薙ぎに割って入ることを間に合わせた。


「すごいな、その回転を伴った攻撃は。あっという間に背後を取られるなんて経験がないぞ? びっくりしたよ。」

「防いだ上、反撃までしてそれを言いますか? こちらの方が驚かされました。」


 ヘリヤは、始めて見る歩法を体験してご満悦であるが、ティナの背筋は冷える。ティナこそ初めて見たのだ。ヘリヤが最初から二刀を持って戦うところを。彼女は二刀を修めてはいないのに、である。


「いつから二刀流になったんですか? ヘリヤ。」

「ん? これか。二刀の使い方は判らんが、要は左で剣を使う時と同じことをすればいいかと思ってな。あたしもそれなら扱える。」


 ヘリヤは余り器用ではない。フェイントや駆け引きなども苦手で、覚え使う技もほぼ基本技のみだ。しかし、覚えたことは全てを極致にまで高めている。それは、両手剣の技を片手でも出来る様に高め、更に左手のみでで剣を振るった場合も遜色なく発揮される。つまりは、左右で騎士剣両手剣を別々に扱っていた時の運用を一つに纏めているのだ。長引かせて両手の運用に慣れさせるのは愚策。ここは一気攻勢に出るとティナは決めた。


「意外と無茶なことを言っていますよ。自覚はありますか? ヘリヤ。」

「そうか? そんなに無茶とは思わないんだがなぁ。」


「(Schatten Macht, Geliehen.)」

 ――陰の力、借用


 ティナが現在使用している奥義は、別の奥義を一時的に借用という形で使用することが出来る。代償としては借用する奥義が、本来の威力より2/3程度となる。しかし、奥義を併用出来るだけでも格段に戦闘を有利に導ける。

 故に、もう一つの奥義であるSchatten陰の Machtによる身体能力のリミッター解除を借用した。


 アドレナリンの大量分泌と自律神経支配、体制神経支配の解放。

 世界を取り残す加速。時間が間延びし、音が消える。

 そして、得意技である神速の5連突きで強襲した。


 カカカカン、と金属のぶつかる音が一つに繋がり、5発中4発を捌かれる。

 恐ろしいことにヘリヤは、最初の1撃に合わせて大型ナイフで剣の横面を叩き、攻撃の導線を外してきた。そして軌道修正する中、3発を剣で防がれ、1発だけ腕に当てることが出来た。それが1/5秒と言う知覚を超えた時間で起こった出来事。

 そこからヘリヤは神速の突きを放つ。心臓部分クリティカルへ正確に。必殺技を放った直後、力を全て使ったことで上半身は一瞬硬直する。その一瞬は回避運動を取る時間を奪う。これは避けきれない、とティナは察した。


 そして、ティナはサクスナイフを手放した。




 ――ティナは、奥義の終了を開始する。

 間延びした時間と消えた音が戻ってくる。同時に疲労感も襲ってくるのだが。


「(Schatten Macht, Rückgabe.)」

 ――陰の力、返却


「(Kündigung Verfahren.)」

 ――終了準備


「(psychische Kraft,Befreiung.)」

 ――精神力解放


「(Schließe die Macht und die Psyche.)」

 ――力、および精神閉塞


「(Ende. alles klar.)」

 ――終了、OK


 負荷を与えた筋肉を解すのに、手足をプルプル振ったり伸びをするティナ。は~ヤレヤレ、などと若い娘が言うには少し早い台詞が聞こえてくる。



 両者の頭上に敗退を示すバツマークが表示される。つまり、相討ちとなったことを示している。

 城郭内では騎士シュヴァリエ達の歓声が上がっている。

 イベントが終了したため、電子機器の制限が解除される。そして城外スピーカーからアナウンサーの騒がしい声が聞こえ、全てが終わったことを示していた。


 ヘリヤは自分の胴に刺さったサクスナイフが落下するのを見ながら呟いた。


「まさか、膝で蹴るとは思わなかったな。まんまと騙された。」

「騙されたとは人聞きの悪い。これも立派な戦略ですよ?」


 落下するナイフをつま先で蹴り上げて相手に突き刺す。

 この戦法は、ティナの母である【剣舞の姫】シグルーンが現役時代、【永世女王】アスラウグからポイントを奪った技だ。捨てた筈のナイフが予想外の箇所から襲ってくるのだ。

 本来は牽制などに活用する技術をシグルーンが必中の技にまで昇華させたものだ。


 ヘリヤは、【剣舞の姫】のファンであり、彼女の技に魅せられて騎士シュヴァリエになった。

 当然、【剣舞の姫】の動画は隅々まで記憶している。もちろんナイフを蹴り上げる技もどの様なタイミングでどの様な挙動で行ったのか事細かに説明できる程である。

 そして、【剣舞の姫】の娘であるティナも同様な技が使える可能性を考慮していた。

 だから、ティナがサクスナイフを手放した時、下から蹴り上げるだろうと予測し、大型ナイフで防御の姿勢に移ろうとした。

 だが、予想したタイミングより遥かに早くサクスナイフが跳ね上がってきた。つま先ではなく、膝でサクスナイフを蹴り上げてきたのだ。

 大型ナイフは間に合わない。しかも突きを放っている途中の体勢では回避が出来ない。胴へ必中する軌道を防ぐ手立てがない。結局、腕と胴のポイントで合わせて1本を取られた。


 ティナは以前、自分の誕生日パーティでヘリヤが母親のファンであることを知った。そして母の試合動画を目で見ずに説明出来るレベルで覚えていることも。

 そこを利用した。サクスナイフから手を離せば反射的に「蹴りで跳ね返ってくる」と相手に思われるだろう。ならば、記憶と違うタイミングにずらす。

 相手の能力を逆手に取ったティナお得意のパターンが炸裂した訳だ。

 そうして、相討ちに持って来た。どうにか大将としての面目は保たれた。


「あの5連撃の突きは受けて見ると全く違うな。捌ききれなかったよ。」

「いえ、普通は捌けないレベルですよ? 自分で言うのも何ですが。こちらもあそこまで捌かれるのは予想外でした。」

「まだまだ色々と隠してるなぁ、ティナは。次も魅せてくれよ?」

「さて、どうでしょう?」


 たおやかに微笑む騎士の笑みで返すティナ。つまりは、その言葉を受け取ったと。

 ヘリヤは満面の笑みを浮かべた。



 こうして、何だかんだで開戦してから約2時間弱。勝敗は大将同士の相討ちで幕を閉じた。中々にドラマチックな終わりであったと言えよう。


 後日、イベントの様子をTV放送やネット配信がされる予定である。

 収録は午前中に各陣営で集まった騎士シュヴァリエ達のブリーフィングから始まり、何機ものドローンからの映像や、ホーエンザルツブルク要塞内外に設置した競技ポールで取得した映像に音声、また、今回は各騎士シュヴァリエの簡易VRデバイスからも音声データを拾っており、編集作業を想像するだけで鬱になりそうである。

 ちなみに、花花ファファ小乃花このかが森の中から外壁に鍵縄を飛ばして登って行く映像も撮られており、逆さにぶら下がりながらドローンに手を振ったりしているサービスもしていたが、リアルタイムで見ている観客達からは、驚きの声が上がっていた様だ。



 そして、新調した鎧をかなり劇的にお披露目が出来たのでホクホク顔のティナ。


「これで姫騎士の二つ名が揺るぐことはなくなるでしょう。いえ、もう、一時は危険信号一杯でしたし。」


 しかし。

 今回のイベントが特番となって放送されたおり、TVキャスターや視聴者が発した何の気なしの台詞に眉をひそめるティナ。

 鎧が放つ輝きを青白い軌跡を残して戦う姿から、別の二つ名が浮かび上がりそうな雰囲気に大慌てで奔走するティナの姿があった。


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