【閑話】風雲!ホーエンザルツブルク要塞! ~その2 強襲と奇襲~

 少し時間を戻し、イベント開始直後の禿鷹の塔周辺の様子を伺おう。


 ケーブルカー、フェストゥングスバーンの山頂駅がある、ホーエンザルツブルク要塞の西側にあるハッセングラベン稜堡りょうほを城壁沿いに北側へ進む。本来であれば要塞西側の出入り口である鐘楼塔の眼下に広がる防衛敷地に、禿鷹の塔入り口側の攻略を受け持つ騎士シュヴァリエ達が寄り集まっている。ここがイベント開始までの待機場である。


 今回のイベントでは封鎖されている城郭内部への入り口は高さが5m程の箇所にあり、鐘楼塔の外壁沿い併設された階段から入るのであるが、その階段の踊り場に【騎士王】アシュリーが集まった騎士シュヴァリエ達を一望している。彼は攻撃側の総指揮官を受け持っている。そして踊り場を一歩前に進む。威風堂々たる姿に騎士シュヴァリエ達は注目し、言葉を待つ。


「皆、放送の通り後1分で攻城戦が開始される。作戦は変わりない。京姫みやことニルツェツェグが防衛側の第1陣を蹴散らした後、アサルト強襲チームとチャージ突撃チームを先頭に一気に城郭内に侵入、各員所定の位置に展開だ!」

「展開後から一気に攻勢をかけ、敵を引きつけろ! こちらが本命であると立ち振る舞え! 諸君の健闘を祈る!」


 アシュリーはそれだけ言うと一歩下がり、彼が率いるQuartier本部_général防衛チーム、ガーター騎士団の副官メイヴィス・テリーサ・バリントンが前に進みでる。


「全員、抜剣!」


 メイヴィスの高く良く通る声が響き、集まっている騎士シュヴァリエ達が次々に剣や槍を抜き、武器デバイスのスイッチをオンにしていく。


「掲げ、剣!」


 全員で武器デバイスを頭上に掲げる。剣身が煌めき、白い林に舞い込んだ様な美しさがある。さしずめ騎士団の決起集会の様だ。ここからは聞こえないが、この映像を見ている観客からは一糸乱れぬ有様に大きな歓声が上がっている。

 要塞内外のスピーカーから開始までのカウントダウンが電子音で聞こえる。ピッ、ピッ、ピッ、ポーン、とスタートを知らせる電子音が鳴り響いた。


「状況開始!」


 副官メイヴィスの合図で、騎士シュヴァリエ達がときの声を上げる。各騎士シュヴァリエがチーム単位でメンバーを視界に入れる様にに禿鷹の塔へ進んでいく。

 その先頭グループには京姫みやこ、その少し後ろのグループに、イタリア全国大会で優勝したシルヴィア・フィオリーナ・ベルトンチーニと、スペイン全国大会予選決勝で惜しくも敗退したマグダレナ・ペレス・サバレタを護衛として両脇に据えて、モンゴル国出身の弓騎兵アナンディーン・ニルツェツェグが配置されている。初戦の要となるためVIP扱いである。

 ニルツェツェグは、Drapeauフラッグ戦Mêlée殲滅戦などの広いフィールドを使った競技が主戦場の弓兵である。以前アシュリーがUKのTV局主催で騎馬によるDrapeauフラッグ戦に招かれた際、彼女が本来は弓騎兵と言うことで戦略の幅を広げるため参加協力して貰った。TV放送中に一人で尋常ではない戦果を上げ、イングランドでは一躍有名人である。彼女は、最大戦速の馬上から弓を射ることを最も得意とする。人間の動き程度の速度ならば、止まっているまとに等しい。


 傍目には雑多に騎士シュヴァリエが集まっている様で、且つその進行速度は、まさに練り歩くと言えるゆっくりしたものだ。

 その様子は、学生がおしゃべりしながら通学している風景と差して違いがない。




 ――要塞正面攻略組と禿鷹の塔攻略組が侵攻を開始した別の場所。二つの影がうごめく。


「始まった。」

「始まったヨ。」


 鬱蒼うっそうと生い茂る木々の合間から、竊盗しのびと武闘家の声が聞こえる。


「どの位と見る?」

「ウーン、城壁越えるは15分かかると思うヨ。」

「妥当なライン。じゃあ、15分後から始めよう。」

好的おっけー!」


 ――声が止むと初めから誰もいなかったかの様に辺りは自然の音だけに戻った。




 禿鷹の塔では、京姫みやことニルツェツェグの蹂躙劇が繰り広げられていた。

 

 この禿鷹の塔へ至る道幅はそれ程広くなく、一度に戦闘が行える人数が5、6名程度に絞られる。防衛側の威力偵察チームであるA班が2チーム展開すれば、前衛と後衛のやり繰りで、ある程度の時間を凌げる予定であった。しかし攻撃側に想定外の挙動を取られイレギュラー対応をせざるを得なくなる。

 攻撃側が接敵する15m手前で停止したのだ。騎士シュヴァリエ達は抜剣はしているが襲ってくる気配どころか戦闘態勢にも入ってない。ここで睨み合いをする意味もなく、防衛側も相手の意図が見えず手をこまねくことになる。

 その最中、京姫みやこだけが敵陣に向けて散歩をする様に歩き始めた。

 何気なく近づいてくる京姫みやこに防衛側の緊張が高まる。

 京姫みやこへ視線が集中した瞬間、ヒュッと風を斬る音と共に後衛が一人、弓で射抜かれる。唖然としながら自らの心臓部分クリティカルに刺さった矢を見つめ敗退したことを悟る騎士シュヴァリエ。余りのことに防衛側の幾人かは、その様子に見入ってしまった。


「全員、防御陣形! 盾持ちは――」


 即座に防衛側のチームリーダーが指示を出し始めるが、言葉を終える前にニルツェツェグの第2射が正確に心臓部分クリティカルを射抜く。

 最初の一人目を射抜いたのは誰が指揮官であるかを探るためであった。そして目的は果たされた。

 指揮官の一人を失い防衛側に動揺が走るが、そこは歴戦を戦い抜いた騎士シュヴァリエ達である。すぐさま持ち直し攻撃側に対峙する。

 だが、その時には京姫みやこ大身槍おおみやり心臓部分クリティカルを刺し貫いている。

 防衛側も果敢に防戦するが、キンッと一合切り結んだ音が聞こえた後は、気付けば刺し貫かれており、呆気なく敗退していく。

 京姫みやこに攻撃を向ければニルツェツェグが。弓に気を取られれば大身槍おおみやりが。確実に一人一人狩り獲っていく。


「凄まじいですね、京姫みやこは。あなたなら、あれは防げますか? マグダレナ。」

「無理ね、無理よ。いつ攻撃されたか判らないわ、判らないの。あなたならどうさばく? シルヴィア。」

「対策が思いつきません。全く判らないことがあるからこそChevalerieシュヴァルリは面白いのですが。ニルツェツェグの弓も脅威ですね。狙撃対象の炙り出しと射撃精度は瞠目に値します。」

「そうね。一瞬で指揮官を見つけた、見つけたの。Duel決闘では真似出来ない技術だわ。あなたも凄いわ、凄いのよニルツェツェグ。」

「えー、それほどでもー。わたし、コレしか出来ないしー。」


 照れていることが見て判る程、頬を染めニヤケ顔になるニルツェツェグ。称賛される程に高い技量を持つが褒められ慣れてはいない様だ。

 防衛側のチームは既に死にたいである。撤退していく騎士シュヴァリエには手を出さない。こちらの戦況を伝えさせるためにわざと見逃した。

 実質、数分も掛かっていない攻防であった。


 総司令であるアシュリーの指示は、最初の接敵で京姫みやことニルツェツェグの二人にて防衛側に立て直しも反撃のいとまも与えず蹴散らすことを課した。

 防衛側を短期集中で蹴散らし攻撃側の情報を最低限のみしか開示しない方法として、遅速侵攻から個人技の速攻による防衛排除。攻撃側が持つ戦力の脅威を知らしめるのと、両極端な戦法を混在し相手の判断を撹乱するのが目的である。


「とりあえず、私の仕事は終わりました。さすがに疲労が溜まっています。暫くはペースを落としますので後はお願いします。」

「了解しました。」

「まかせて。風穴を開けるわ、開けるのよ。」


 最初の仕事をつつがなく終えた京姫みやこは、突撃担当であるシルヴィアと強襲担当であるマグダレナのチームに後を引き継ぐ。京姫みやこは次の出番まで体力の回復と温存を優先する手筈になっている。


「この調子ならフロレンティーナも私達で当たれば何とかなるかも知れない、知れないわ。」

「そうですね。彼女には少なくとも我々三人で当たらなければ危険です。」

「いや、それは返って悪手ですね。」

「どういうことですか? 京姫みやこ。」

「前に、花花ファファと三人で変則luttes乱戦ルールの模擬戦を近接のみでやりましたが、無傷で勝たれました。」


 眉をしかめるシルヴィアと、ちょっと何言ってるか判らない、と言う顔をしているマグダレナ。続けて京姫みやこは所感を述べる。


「私見ですが、ティナは乱戦の方が強いと思われます。複数戦の練度が異様に高いんですよ。むしろ、1対1に持ち込んだ方が被害は少なくなる。」


 その声が届いた範囲にいる騎士シュヴァリエは、皆、苦虫を噛み潰した様な顔になっている。只でさえ厄介この上ないのに、数で押せない相手であると言う聞きたくない事実に、危険物の注意書き「触るな危険!」の文字列を思い出した騎士シュヴァリエが多かったとか。



 一方、如何にもうのていで撤退した防衛側の威力偵察チームは、10人いた騎士シュヴァリエの内、生き残りは僅か2名であった。撤退戦などではなく、純粋に敗走させられたのである。

 地獄門とは全く逆の結果である。


「報告! A4班、X2、X3、X4、A、0、8、弓あり! A遅速!」


 副官エルメンヒルデは、額に手を当て頭の痛い報告を受けるも、やることは何一つ変わらなかった。既に包囲網は敷いてあり、事に当たるだけである。

 要注意人物が三人もいることを鑑みると、こちらの攻撃部隊が本命なのは間違いないだろう。

 だが、相手の陣形を示す符丁が「A」であった。これは部隊を編成も指揮系統も見られなかったことを示す。まずありえないため欺瞞が隠されているのだろうが、最大の問題は、たった二人に威力偵察チームが殲滅されたことだ。

 符丁X2を指す京姫みやこは、つい先日に行われた日本の全国大会優勝者で、その勝ち方が話題になったのは耳に新しい。出の判らない攻撃、止まっている物を避けるかのような回避と、確実に一つ上の段階に登っている騎士シュヴァリエである。そこにX3のシルヴィア、X4のマグダネラが集中していると言うことは突破力を高めて、なだれ込んでくると容易に予想される。


「中隊本部了解。傾注! 戦況はX2、X3、X4、A、0、8! 弓アリ! 敵はAで遅滞侵攻!」

「B3班、B4班、C3班、C4班! 引き波開始! E班! 攪乱戦! Xは複数で当たり足止めを第一としろ!」


 だが、こちらの布陣も波状攻撃を主軸に置いた攻守防衛である。地獄門側から補充戦力が到着したことで、そう簡単に抜かせるつもりはない。

 禿鷹の塔出入口から攻撃側の騎士シュヴァリエが現れる。先頭はシルヴィアとマグダネラが数名を率いてなだれ込み、その後に京姫みやこが続く。攻撃の圧力が高く、こちらの包囲網をジリジリと後退させる。その隙に、どんどん騎士シュヴァリエが城郭内に侵入してくるが、それは想定内だ。この場所は敷地が余り広くなく防衛側に地形効果が有利に働く。現状、防衛班と攻撃班の連携による波状攻撃と遊撃班のヒットアンドアウェイによる戦場の攪乱、狙撃担当であるララ・リーリーの牽制で、戦線は必要以上に伸ばさせず一進一退の状態で凌いでいる。騎士王が次の手を出してくるまでは、この状況を維持する。エルメンヒルデはチラリと本部防衛ラインに視線を向け、エデルトルートが動く素振りのないことを確認する。

 つまりそれは、まだ時は来てない、と言うことであった。


 エデルトルートは、地獄門と禿鷹の塔の戦況を観察しながら報告された攻撃側の情報について整理するが、疑念となる点が多過ぎる。情報を隠すのではなく、幾つものブラフを仕込んだ情報を掴ませることにより戦略の全体に霧をかける手法は、さすが騎士王と感心する。

 だが、一つだけ確信がある。騎士王が率いるガーター騎士団12名と同じ人数で集団戦を仕掛けてくることだ。

 彼のメンバーの内5名は地獄門攻略組の中に見たため、チームを分散している。しかし、ガーター騎士団は戦略に応じて外部の騎士シュヴァリエを臨時で雇い入れ、チーム編成することがあるのだ。

 今回のイベントでは、攻撃側にガーター騎士団と組んだことがある騎士シュヴァリエが数名いると思われる。攻撃側の弓使いが最もな例である。

 ならば、即席でも連携が取れたチームを編成してくるであろう。彼等が動くその時まで本部防衛ライン12名は温存する。まだ予想の範囲内であり、慌てる必要はない。幾らでも対応可能な戦況である。



 中央広場では、ヘリヤ相手にゲルトルーデ、カルラ、クリスティアーネの三人は良く抑えていると言える。さすがに幾らか被弾はしているが、まだポイントは残っている。ならば抑えられるだけ抑え、時間を稼ぐ。

 ヘリヤの脅威を知っている彼女達は、事前に打ち合わせなど取らなくとも本能に導かれる様に最適である同時攻撃を繰り出す。それれこそ最善であると疑いようもなかったが、さすがは現世界最強の騎士シュヴァリエ。飛来する3本の剣を器用に剣先や剣の腹、柄まで使い一度に防いだ。

 後一手が欲しいところに、クリスティアーネは両方の入り口を狙撃可能な地点に陣取っているウルスラと目が合い彼女がうなずくのを見た。なるほど。ならばもう一度仕掛けるのみ。


 ゲルトルーデがはたき切りの要領で腕先を狙う。それに合わせてカルラが正面からなで切りを仕掛け、途中から剣の軌跡を突きに変化させる。クリスティアーネが斜め下から刺さる様に剣を突き上げた。

 ヘリヤは、再び彼女達三人の剣を同時に受け止めた。ゲルトルーデの剣はヘリヤの剣の鍔で引っ掛けられ、カルラの突き技も剣の腹で滑らすことで、威力と攻撃線を外す。そして、クリスティアーネの下からの突きは、切先を柄頭ポメルでピンポイントに受け止めた。ヒュッと風切り音が成るが、ヘリヤは、3本の剣を受けたまま、後方から飛来する矢をクリスティアーネの剣を滑らせて防御した。


「うーん、おしいなウルスラ。40点だ。そこは連射か変則射撃を使うべきだったな。」


 面白い事をしてくれたが、もう一つ工夫が欲しかったから点数は渋い。ヘリヤがムチャクチャ的~!などと叫び声が聞こえる。


「そら。」


 ヘリヤは、3方から受けている剣を一瞬で流し、まずクリスティアーネ、そしてカルラ、最後にゲルトルーデの心臓部分クリティカルを神速の3で刺し貫いた。


「三人共、見事な技だったよ。またな。」


 そう言い残し三人との戦いを満喫したヘリヤは、唖然とする彼女達を置き去り、次に何処が面白そうかキョロキョロと探してしている。あまりの呑気さに釣られて、うっかり剣を振るってしまった者の末路は言うに及ばず。


「次はどこが良いかな。京姫みやこもアシュリーも味方なんだよなぁ。うーん、残念。そうだなぁ、Salzfestungと集団戦を経験するのもいいなぁ。」


 これで、対ヘリヤ対策の特化班が全滅した。地獄門側の総指揮を受け持っている副官パトリツィアは、最悪、玉砕覚悟で全軍突撃すると言う嫌な思考がよぎってしまったが、ヘリヤについては近づかない様に戦場をコントロールし、こちらの戦力を無駄に消費しない作戦に移行する。まずは、攻撃側の数を減らすことを優先事項とする。これもヘリヤと遭遇した場合、元より決めていた作戦であった。



「随分楽しそうですね。このペースでは私のところに到着するまで意外と時間が長くなりそうです。」


 待ちぼうけをくらっている呑気者がいた。黄金の間から続く大司教の居室は中庭側に面しており窓がある。地獄門側は全景が、禿鷹の塔側も一部を目にすることが出来る。ちょっとお面でもつけて遊びに行ってみようかな、と軽いノリの防御側ラスボス。

 黄金の間に侵入して来るためには、城の出入り口の防衛網を突破し、階段を4階まで駆け上がる必要がある。しかし、入り口を見ると効率的に計算された人員配置により非常に護りが硬い。世界選手権大会出場クラスの騎士シュヴァリエが無双しない限り、当分は誰も侵入出来ないだろうと思わせる優秀な防衛網が敷かれている。

 ティナとしては、もう少し乱戦になってお客さんが訪れてくれると思っていたが。


 ふいに黄金の広間からオーケストラの演奏が始まる。予め決められていた侵入者到来を告げる音楽だ。

 これにはティナも驚きである。今しがた、ここへは到達が難しいのではないかと実際の戦況を見て、誰も侵入まで至っていないことを確認した直後である。おやまぁ、どうやって?と思わずひとちるが、侵入者と対面すれば判ることなので頭の隅からポイッとする。


 王座に侵攻された際の手筈に則って、大司教の居室から黄金の間へ移動する。この場所での戦闘は、不意打ちなどは禁止されており大将が挑戦者を迎え撃つ構図を取る決まり事がされている。それはイベントの見せ場であるため、観客を盛り上げるための演出だ。しかし、訪れた客はジョーカーであってメインディッシュではないと予感している。ならばは、この対戦が終わってから派手な演出で行こうとブツブツ言いながら黄金の広間への扉に手をかける。


 ティナは扉の把手とってを勿体付けて引きながら一言呟く。


「Wiederaufnahme.」

 ――再開


 キイと木の擦れる音がしてを羽織ったティナが扉を潜り抜けた。



 ――オーケストラの音楽は、城郭内の騎士シュヴァリエ達に聞こえる様、要塞内外のスピーカーから音量は低めで流れるようになっている。それは黄金の広間に通ずる各所で扉や窓などを開け放ち、城から聞こえる音が主となる様にした演出である。


 攻防を繰り広げる騎士シュヴァリエ達は、不意に奏でられた侵入者到来の音楽に様々な表情を浮かべた。

 ある者はしてやったりと勝ち誇った顔、ある者は何故、と言う疑問の顔、またある者は苦虫を噛み潰した顔。そこには、凡そ二つの感情――歓喜と驚愕――が支配した。


 エデルトルートもこれは予想していなかった。なにせ、防御を抜けて城に辿り着いた者は只一人もいないからである。どうやって侵入したのかは判らないが、本命の部隊すら陽動であったと言うことだ。

 音楽が奏でられたことに合わせ、攻撃側が一瞬で一点突破の陣形に変わり、戦線に風穴を開け塩の倉庫方面へ戦場を移動させた。その挙動を見てエデルトルートは声高らかに指示を下す。


「パティ! ヒルデ! 攻撃開始! Salzfestung出陣!」


 その声にパトリツィア、エルメンヒルデが率いるチームが防衛班から攻撃班に変貌する。彼女達は6名1チームで、半分がSalzfestungのメンバー、もう半分が集団戦を主戦場にしており彼女等とも対戦経験がある言わば顔馴染みで構成している。集団戦に特化した統率の取れた部隊が効率よく戦場を掌握する。戦局が一気に防衛側へ傾く。エデルトルートの指示は最終局面に移ったことを示しており、副官に現場の指示を全て託すと言う意味だ。ここが踏ん張りどころである。


 エデルトルートの部隊12名が攻撃側の騎士シュヴァリエをすり抜けながら迅速に禿鷹の塔へ向かうと同時に、アシュリー率いるガーター騎士団が乗り込んできた。戦場を塩の倉庫へ移したことにより防衛側を挟撃出来る位置取りである。


 【騎士王】アシュリーが率いるガーター騎士団は、世界的にも有名なQuartier本部_général防衛のチームである。3つの拠点を奪取し、防衛することで時間経過により加算されるポイントのトータルで勝敗を決める競技である。故に攻防両方に長け、如何に損失を少なく立ち回れるかが鍵となる。詰まるところ、攻撃だけでなく防御も戦場の駆け引きも非常に優れているのである。

 一方、【砦の軍師】エデルトルート率いるSalzfestungも、世界で指折り数える程のDrapeauフラッグ戦チームである。拠点防衛能力はガーター騎士団にいささか劣るが、相手を引きつけ釘付けにしたり、陽動や強襲などの戦略に長け、攻撃能力が極めて強力である。それは、副官達が率いるチームを攻撃へ転じさせたことで、戦場を瞬く間に支配したことからも伺える。


 ガーター騎士団の影から不意に矢が2連射される。目標は、禿鷹の塔側からは高台となっている中庭の端に陣取るウルスラ、ララ・リーリーの二人。戦場で一番先に排除するべきは射手である。

 虚を突いて飛来した矢に、ララ・リーリーは咄嗟に左腕で矢を受け心臓部分クリティカルを防ぐ。が、ダメージペナルティが続く間は遠距離攻撃が潰された。

 ウルスラは、側転で矢を回避しつつ一射を放つ。二つ名【妖精エルヴァサーカス】と呼ばれる所以ゆえんであるところの曲射だ。彼女はあらゆる挙動の最中さなかでも瞬間的に精密射撃が出来る様な鍛錬をしている。それも、ウサギや小鳥などの小さな的を相手として。


 ニルツェツェグは、2連射後に再速射のため腕を引きしぼり始めたところで、自分の心臓部分クリティカルに矢が突き刺さったことに驚きを隠せなかった。

 彼女の不幸は、弓を持った相手との経験が不足していたこと、そしてウルスラが曲芸をしながら脱兎を仕留める狩猟の技がどのレベルにあったのか把握しきれていなかったことだ。


 その横をSalzfestungが戦闘速度で駆け抜ける。尖端は突破力の高いくさび型陣形ではあるが、後方も逆くさび型となり、上から見ると菱形となっている。

 ガーター騎士団にそのまま突撃を仕掛け集団の中央を割る。そして、先頭の5名はそのまま最奥まで駆け抜け、戦線を縦に二分し反転する。Salzfestungの残した7名は、縦に割ったガーター騎士団の中から左右に攻撃を仕掛ける。


「たー、サスガにやってくれるぜ。戦局がイーブンに戻されちまった。総員、密集陣形! 弓、後方警戒! メイヴィス! 8の5!」


 アシュリーはエデルトルートの思い切りの良さに感嘆しながら楽しそうに言葉を漏らし、即座に指示を出す。副官メイヴィスには、相手に解析させないため毎度変更する符丁で作戦を伝える。


 次の作戦の肝となる京姫みやこ、シルヴィア、マグダレナは予定通り先陣でまだ無傷でいる。ヘリヤは戦略をチェス盤ごと引っ繰り返す騎士シュヴァリエだが、徘徊ボスの位置付けなので自由にさせ、戦力としてカウントしていない。兎も角、守るも攻めるもここが正念場である。


「シルヴィア、マグダレナ!」


 攻撃力に特化した騎士シュヴァリエを3名連れ、強行突破してきたメイヴィスが叫ぶ。シルヴィアとマグダレナはすぐさまメイヴィスと合流し、駆け足で城の裏側入り口であるコイチャッハ門へ向かう。門の入り口には防衛チームであるB5班の5名、更に城1階の防衛施設では上階の階段までの道を地獄門から戻ってきたA2班5名が塞いでいる。そこに辿り着くまでも素直に行ける訳ではない。案の定、エデルトルートが騎士シュヴァリエ2名を連れて追撃を仕掛けてきた。

 キン、と甲高い金属音がし、エデルトルートの剣が槍の穂先で流される。

 京姫みやこ大身槍おおみやりが刺し込まれたのだ。京姫みやこの役割はメイヴィス達が門を攻略中、追撃を防ぐことである。


「またお会いしましたね、エデルトルート。」

「ああ、カプツィーナベルク以来だね。2カ月ぶりくらいかい?」

「そのくらいですかね。さて、語り合いましょうか。」


 そう言いながら大身槍おおみやりを中段で構える京姫みやこ


「そうだな、これ以上言葉は無粋か。」


 エデルトルートは、右脚を前に出し、両手を左の腰元へ引きつけ、相手の胸元へ切先を向ける構え、Pflugを取った。


 予備動作もなく京姫みやこ大身槍おおみやりがエデルトルートの心臓部分クリティカルへ吸い込まれる。

 この土壇場で、エデルトルートの持つ特技である超反応が働いた。

 無意識下で穂先に剣先を滑らせ、攻撃の導線を右外へずらした。そこからはエデルトルートの意志で攻撃に繋げる。

 槍の太刀打ち部分を巻きながら京姫みやこの右手首へたわめ切りを届かせた。

 Duel決闘であれば、ポイント取得の通知音が鳴る場面だが、団体戦では頭上のAR表示にポイントを失ったマークが付くだけである。


「…やはり、Duel決闘で世界選手権大会に出場する騎士シュヴァリエは一筋縄では行きませんね。」

「それはこっちの台詞だよ。実際、受けて見て京姫みやこがどれだけ脅威なのか身に染みたよ。」


 お互いが生半なまなかにはならない相手であることを認識し、再び構える。


 二人を中心に高まった緊迫感は、他者が割って入ることを許さないものであった。


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