【閑話】風雲!ホーエンザルツブルク要塞! ~その2 強襲と奇襲~
少し時間を戻し、イベント開始直後の禿鷹の塔周辺の様子を伺おう。
ケーブルカー、フェストゥングスバーンの山頂駅がある、ホーエンザルツブルク要塞の西側にあるハッセングラベン
今回のイベントでは封鎖されている城郭内部への入り口は高さが5m程の箇所にあり、鐘楼塔の外壁沿い併設された階段から入るのであるが、その階段の踊り場に【騎士王】アシュリーが集まった
「皆、放送の通り後1分で攻城戦が開始される。作戦は変わりない。
「展開後から一気に攻勢をかけ、敵を引きつけろ! こちらが本命であると立ち振る舞え! 諸君の健闘を祈る!」
アシュリーはそれだけ言うと一歩下がり、彼が率いる
「全員、抜剣!」
メイヴィスの高く良く通る声が響き、集まっている
「掲げ、剣!」
全員で武器デバイスを頭上に掲げる。剣身が煌めき、白い林に舞い込んだ様な美しさがある。さしずめ騎士団の決起集会の様だ。ここからは聞こえないが、この映像を見ている観客からは一糸乱れぬ有様に大きな歓声が上がっている。
要塞内外のスピーカーから開始までのカウントダウンが電子音で聞こえる。ピッ、ピッ、ピッ、ポーン、とスタートを知らせる電子音が鳴り響いた。
「状況開始!」
副官メイヴィスの合図で、
その先頭グループには
ニルツェツェグは、
傍目には雑多に
その様子は、学生がおしゃべりしながら通学している風景と差して違いがない。
――要塞正面攻略組と禿鷹の塔攻略組が侵攻を開始した別の場所。二つの影が
「始まった。」
「始まったヨ。」
「どの位と見る?」
「ウーン、城壁越えるは15分かかると思うヨ。」
「妥当なライン。じゃあ、15分後から始めよう。」
「
――声が止むと初めから誰もいなかったかの様に辺りは自然の音だけに戻った。
禿鷹の塔では、
この禿鷹の塔へ至る道幅はそれ程広くなく、一度に戦闘が行える人数が5、6名程度に絞られる。防衛側の威力偵察チームであるA班が2チーム展開すれば、前衛と後衛のやり繰りで、ある程度の時間を凌げる予定であった。しかし攻撃側に想定外の挙動を取られイレギュラー対応をせざるを得なくなる。
攻撃側が接敵する15m手前で停止したのだ。
その最中、
何気なく近づいてくる
「全員、防御陣形! 盾持ちは――」
即座に防衛側のチームリーダーが指示を出し始めるが、言葉を終える前にニルツェツェグの第2射が正確に
最初の一人目を射抜いたのは誰が指揮官であるかを探るためであった。そして目的は果たされた。
指揮官の一人を失い防衛側に動揺が走るが、そこは歴戦を戦い抜いた
だが、その時には
防衛側も果敢に防戦するが、キンッと一合切り結んだ音が聞こえた後は、気付けば刺し貫かれており、呆気なく敗退していく。
「凄まじいですね、
「無理ね、無理よ。いつ攻撃されたか判らないわ、判らないの。あなたならどう
「対策が思いつきません。全く判らないことがあるからこそ
「そうね。一瞬で指揮官を見つけた、見つけたの。
「えー、それほどでもー。わたし、コレしか出来ないしー。」
照れていることが見て判る程、頬を染めニヤケ顔になるニルツェツェグ。称賛される程に高い技量を持つが褒められ慣れてはいない様だ。
防衛側のチームは既に死に
実質、数分も掛かっていない攻防であった。
総司令であるアシュリーの指示は、最初の接敵で
防衛側を短期集中で蹴散らし攻撃側の情報を最低限のみしか開示しない方法として、遅速侵攻から個人技の速攻による防衛排除。攻撃側が持つ戦力の脅威を知らしめるのと、両極端な戦法を混在し相手の判断を撹乱するのが目的である。
「とりあえず、私の仕事は終わりました。さすがに疲労が溜まっています。暫くはペースを落としますので後はお願いします。」
「了解しました。」
「まかせて。風穴を開けるわ、開けるのよ。」
最初の仕事をつつがなく終えた
「この調子ならフロレンティーナも私達で当たれば何とかなるかも知れない、知れないわ。」
「そうですね。彼女には少なくとも我々三人で当たらなければ危険です。」
「いや、それは返って悪手ですね。」
「どういうことですか?
「前に、
眉を
「私見ですが、ティナは乱戦の方が強いと思われます。複数戦の練度が異様に高いんですよ。むしろ、1対1に持ち込んだ方が被害は少なくなる。」
その声が届いた範囲にいる
一方、如何にも
地獄門とは全く逆の結果である。
「報告! A4班、X2、X3、X4、A、0、8、弓あり! A遅速!」
副官エルメンヒルデは、額に手を当て頭の痛い報告を受けるも、やることは何一つ変わらなかった。既に包囲網は敷いてあり、事に当たるだけである。
要注意人物が三人もいることを鑑みると、こちらの攻撃部隊が本命なのは間違いないだろう。
だが、相手の陣形を示す符丁が「A」であった。これは部隊を編成も指揮系統も見られなかったことを示す。まずありえないため欺瞞が隠されているのだろうが、最大の問題は、たった二人に威力偵察チームが殲滅されたことだ。
符丁X2を指す
「中隊本部了解。傾注! 戦況はX2、X3、X4、A、0、8! 弓アリ! 敵はAで遅滞侵攻!」
「B3班、B4班、C3班、C4班! 引き波開始! E班! 攪乱戦! Xは複数で当たり足止めを第一としろ!」
だが、こちらの布陣も波状攻撃を主軸に置いた攻守防衛である。地獄門側から補充戦力が到着したことで、そう簡単に抜かせるつもりはない。
禿鷹の塔出入口から攻撃側の
つまりそれは、まだ時は来てない、と言うことであった。
エデルトルートは、地獄門と禿鷹の塔の戦況を観察しながら報告された攻撃側の情報について整理するが、疑念となる点が多過ぎる。情報を隠すのではなく、幾つものブラフを仕込んだ情報を掴ませることにより戦略の全体に霧をかける手法は、さすが騎士王と感心する。
だが、一つだけ確信がある。騎士王が率いるガーター騎士団12名と同じ人数で集団戦を仕掛けてくることだ。
彼のメンバーの内5名は地獄門攻略組の中に見たため、チームを分散している。しかし、ガーター騎士団は戦略に応じて外部の
今回のイベントでは、攻撃側にガーター騎士団と組んだことがある
ならば、即席でも連携が取れたチームを編成してくるであろう。彼等が動くその時まで本部防衛ライン12名は温存する。まだ予想の範囲内であり、慌てる必要はない。幾らでも対応可能な戦況である。
中央広場では、ヘリヤ相手にゲルトルーデ、カルラ、クリスティアーネの三人は良く抑えていると言える。さすがに幾らか被弾はしているが、まだポイントは残っている。ならば抑えられるだけ抑え、時間を稼ぐ。
ヘリヤの脅威を知っている彼女達は、事前に打ち合わせなど取らなくとも本能に導かれる様に最適である同時攻撃を繰り出す。それれこそ最善であると疑いようもなかったが、さすがは現世界最強の
後一手が欲しいところに、クリスティアーネは両方の入り口を狙撃可能な地点に陣取っているウルスラと目が合い彼女が
ゲルトルーデがはたき切りの要領で腕先を狙う。それに合わせてカルラが正面からなで切りを仕掛け、途中から剣の軌跡を突きに変化させる。クリスティアーネが斜め下から刺さる様に剣を突き上げた。
ヘリヤは、再び彼女達三人の剣を同時に受け止めた。ゲルトルーデの剣はヘリヤの剣の鍔で引っ掛けられ、カルラの突き技も剣の腹で滑らすことで、威力と攻撃線を外す。そして、クリスティアーネの下からの突きは、切先を
「うーん、おしいなウルスラ。40点だ。そこは連射か変則射撃を使うべきだったな。」
面白い事をしてくれたが、もう一つ工夫が欲しかったから点数は渋い。ヘリヤがムチャクチャ的~!などと叫び声が聞こえる。
「そら。」
ヘリヤは、3方から受けている剣を一瞬で流し、まずクリスティアーネ、そしてカルラ、最後にゲルトルーデの
「三人共、見事な技だったよ。またな。」
そう言い残し三人との戦いを満喫したヘリヤは、唖然とする彼女達を置き去り、次に何処が面白そうかキョロキョロと探してしている。あまりの呑気さに釣られて、うっかり剣を振るってしまった者の末路は言うに及ばず。
「次はどこが良いかな。
これで、対ヘリヤ対策の特化班が全滅した。地獄門側の総指揮を受け持っている副官パトリツィアは、最悪、玉砕覚悟で全軍突撃すると言う嫌な思考が
「随分楽しそうですね。このペースでは私のところに到着するまで意外と時間が長くなりそうです。」
待ちぼうけをくらっている呑気者がいた。黄金の間から続く大司教の居室は中庭側に面しており窓がある。地獄門側は全景が、禿鷹の塔側も一部を目にすることが出来る。ちょっとお面でもつけて遊びに行ってみようかな、と軽いノリの防御側ラスボス。
黄金の間に侵入して来るためには、城の出入り口の防衛網を突破し、階段を4階まで駆け上がる必要がある。しかし、入り口を見ると効率的に計算された人員配置により非常に護りが硬い。世界選手権大会出場クラスの
ティナとしては、もう少し乱戦になってお客さんが訪れてくれると思っていたが。
ふいに黄金の広間からオーケストラの演奏が始まる。予め決められていた侵入者到来を告げる音楽だ。
これにはティナも驚きである。今しがた、ここへは到達が難しいのではないかと実際の戦況を見て、誰も侵入まで至っていないことを確認した直後である。おやまぁ、どうやって?と思わず
王座に侵攻された際の手筈に則って、大司教の居室から黄金の間へ移動する。この場所での戦闘は、不意打ちなどは禁止されており大将が挑戦者を迎え撃つ構図を取る決まり事がされている。それはイベントの見せ場であるため、観客を盛り上げるための演出だ。しかし、訪れた客はジョーカーであってメインディッシュではないと予感している。ならばお披露目は、この対戦が終わってから派手な演出で行こうとブツブツ言いながら黄金の広間への扉に手をかける。
ティナは扉の
「Wiederaufnahme.」
――再開
キイと木の擦れる音がしてフード付きの外套を羽織ったティナが扉を潜り抜けた。
――オーケストラの音楽は、城郭内の
攻防を繰り広げる
ある者はしてやったりと勝ち誇った顔、ある者は何故、と言う疑問の顔、またある者は苦虫を噛み潰した顔。そこには、凡そ二つの感情――歓喜と驚愕――が支配した。
エデルトルートもこれは予想していなかった。なにせ、防御を抜けて城に辿り着いた者は只一人もいないからである。どうやって侵入したのかは判らないが、本命の部隊すら陽動であったと言うことだ。
音楽が奏でられたことに合わせ、攻撃側が一瞬で一点突破の陣形に変わり、戦線に風穴を開け塩の倉庫方面へ戦場を移動させた。その挙動を見てエデルトルートは声高らかに指示を下す。
「パティ! ヒルデ! 攻撃開始!
その声にパトリツィア、エルメンヒルデが率いるチームが防衛班から攻撃班に変貌する。彼女達は6名1チームで、半分が
エデルトルートの部隊12名が攻撃側の
【騎士王】アシュリーが率いるガーター騎士団は、世界的にも有名な
一方、【砦の軍師】エデルトルート率いる
ガーター騎士団の影から不意に矢が2連射される。目標は、禿鷹の塔側からは高台となっている中庭の端に陣取るウルスラ、ララ・リーリーの二人。戦場で一番先に排除するべきは射手である。
虚を突いて飛来した矢に、ララ・リーリーは咄嗟に左腕で矢を受け
ウルスラは、側転で矢を回避しつつ一射を放つ。二つ名【
ニルツェツェグは、2連射後に再速射のため腕を引き
彼女の不幸は、弓を持った相手との経験が不足していたこと、そしてウルスラが曲芸をしながら脱兎を仕留める狩猟の技がどのレベルにあったのか把握しきれていなかったことだ。
その横を
ガーター騎士団にそのまま突撃を仕掛け集団の中央を割る。そして、先頭の5名はそのまま最奥まで駆け抜け、戦線を縦に二分し反転する。
「たー、サスガにやってくれるぜ。戦局がイーブンに戻されちまった。総員、密集陣形! 弓、後方警戒! メイヴィス! 8の5!」
アシュリーはエデルトルートの思い切りの良さに感嘆しながら楽しそうに言葉を漏らし、即座に指示を出す。副官メイヴィスには、相手に解析させないため毎度変更する符丁で作戦を伝える。
次の作戦の肝となる
「シルヴィア、マグダレナ!」
攻撃力に特化した
キン、と甲高い金属音がし、エデルトルートの剣が槍の穂先で流される。
「またお会いしましたね、エデルトルート。」
「ああ、カプツィーナ
「そのくらいですかね。さて、語り合いましょうか。」
そう言いながら
「そうだな、これ以上言葉は無粋か。」
エデルトルートは、右脚を前に出し、両手を左の腰元へ引きつけ、相手の胸元へ切先を向ける構え、
予備動作もなく
この土壇場で、エデルトルートの持つ特技である超反応が働いた。
無意識下で穂先に剣先を滑らせ、攻撃の導線を右外へずらした。そこからはエデルトルートの意志で攻撃に繋げる。
槍の太刀打ち部分を巻きながら
「…やはり、
「それはこっちの台詞だよ。実際、受けて見て
お互いが
二人を中心に高まった緊迫感は、他者が割って入ることを許さないものであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます