【閑話】風雲!ホーエンザルツブルク要塞! ~その1 攻防の手始め~

2156年6月6日 日曜日

 初夏と言うにはまだ春めいた気候であるザルツブルク。緑の深くなったメンヒス丘陵ベルクそびえるホーエンザルツブルク要塞は陽光に照らされ、白い城壁が青空に生える。

 その要塞を中心に、騎士シュヴァリエ達で溢れかえっている。その数は200名を有に超えている。


 今日は、聖霊降臨祭に連なる三位一体の主日。マクシミリアン国際騎士育成学園があるドイツのバイエルン州では、5月29日の土曜日から6月13日の日曜日までは聖霊降臨学校休暇である。

 マクシミリアンの学生騎士シュヴァリエと、ザルツブルクの地元騎士シュヴァリエで構成された200余名で、これからイベントを行うのである。



 ――ことの始まりは花花ファファであった。


「今度、城攻めするヨ! ティナは絶対参加ヨ!」

「何をとち狂ったこと言ってるんですか花花ファファ。一体、どこの城を落とす気ですか?」

「こないだ行った城ヨ! ホーエンザルツブルク城ヨ! 京姫ジンヂェンもメンバーヨ!」

「ああ、花花ファファが城の3Dモデルデータを買っていたな。本気で城攻めする気か?」


 京姫みやこも呆れ顔である。ホーエンザルツブルク要塞に観光で行った際にも花花ファファは事あるごとに、どの様に攻めるか考えていたのである。それを実現しようとするのはいささか無謀ではなかろうか。特に法的に。


小乃花シァォナイファも一緒に攻める決またヨ。ワタシ、攻める方ヨ。ティナは守る方ネ! 京姫ジンヂェンはどっちイイカ?」

小乃花このかも巻き込んだのか…。攻める方と守る方? 選択しろと? なんだ、何か話が変だな。」

「ん? ん? んん~? …ちょっと待ってください、花花ファファ。決まったって言いましたよね? きたんですか?」

「理事長とザルツブルク市で決めたヨ! 城攻めイベントヨ!」


 ティナと京姫みやこは開いた口が塞がらない。いつの間にと言う思いと、行政を含めた折衝まで行っていた事実に、である。


 イベントが決定して興奮する花花ファファから話を聞きだすのに苦労した二人だが、おおよそ次の様な話である。


 ・騎士シュヴァリエは攻撃側と防衛側に分かれる

 ・攻撃と防衛は騎士シュヴァリエの技能のみで行い、城の機能は使用しない

 ・攻撃側と防衛側は、それぞれの総大将を倒されると負けとなる

 ・騎士シュヴァリエは、団体競技同様に1本取られると退場となり、待機エリアへ速やかに移動する

 ・イベント参加中の騎士シュヴァリエは通話や通信など、電子機器による情報収集は一切不可

 ・建物内は、特定の場所を除き侵入不可

 ・防衛側の総大将は、城主として居城の所定位置にて待機

 ・建物内は一般の観客に開放し、試合中継をする

 ・防衛側は、要塞正規入り口とケーブルカー側の禿鷹の塔入り口の2カ所を必ず侵入経路として門を開放する

 ・イベントは6月6日の15時より開始、制限時間は3時間


「良くもまあ、話が通りましたね。いったい何人の騎士シュヴァリエが参加することやら。」

「タクサン呼ぶネ! ティナは守る方の総大将ヨ。ピカピカの部屋で挑戦待つヨ!」

「要塞を丸ごと使った攻防戦か。確かに面白そうではあるな。」

「守る方、この前会ったエデルトルートがチームで来るヨ! 腐れ王子のチームも攻める方出るヨ!」


 騎士王アシュリーは花花ファファの中では腐れ王子となっていたのは良いとして、結局のところ攻撃側95名、防衛側115名の騎士シュヴァリエが参加することとなった。

 ちなみに。攻撃側の数が少ないのは、ヘリヤが参戦したため戦力バランスを取っているからだ。なにせ、1対7の戦いを無傷で蹂躙する騎士シュヴァリエだ。



 ――それが5月24日の月曜日に花花ファファから伝えられた話である。

 後2週間弱であったため、騎士シュヴァリエへの打診は既に終わっており参加者もほぼ決定、要塞側の調整も済んでいる状態であった。


「うーん。花花ファファの行動力は時たま超次元レベルになりますね。実質1カ月程で大規模イベントに漕ぎつけるなんて、どれだけ城を落としたいんですか…。」


 城内4階にある黄金の間へ設置された豪奢な椅子に座り、出番の際にどの様に登場するべきか確認しているティナ。隣の黄金の広間には、コンサート時と同様にオーケストラが待機しており、ここまで侵入者が現れた場合、BGMを開始する手筈となっている。

 まるでラスボスの様だ、とティナは内心思っているのだがまさにラスボスであるから仕方がない。イベントが開始される時刻が迫って来たので、城下にいるエデルトルートと手筈の最終確認を取りに、フード付きの外套を羽織り部屋を出る。


 ティナが最後の砦となったのは実に簡単な経緯だ。公爵の姫君、且つザルツブルクを代表する実力の高い騎士シュヴァリエであるため、城主としては妥当だろうと即決だった。何より先の学内大会にて負けこそはすれ、ヘリヤから2本奪った騎士シュヴァリエである。攻撃側にヘリヤがいる以上、防衛側の総大将がティナならば不足はない。


 一般の観客は全て建物内より設置された幾重ものモニターや個人のARモニター、或いは直接窓からイベントの様子を観覧している。今回のイベントでは、通常時に入館できない建物――救貧院や食糧庫などの上階――に会場を設置し、有に500名を超える観客が騎士シュヴァリエ達を見守っている。


『皆さんGrüß Gottこんにちは! 今日は突発イベントと聞いてやってまいりました! 普段はDuel決闘担当の公式アナウンサーである、私こと、孤高の解説者アンネリース・ペルファルがお送りいたしまっす!』

『さてさて、防衛に集まる騎士シュヴァリエ達の姿が壮観ですっ! どこを向いても名の知れた騎士シュヴァリエ達で防衛の隊列が続々と組み立てられています! お~っと、あそこに見えるのはエデルトルート・リューベック選手とプロチームSalzfestungの一同だぁ~っ! 今回、攻撃側にも、な、な、なんとっ! 世界ランキング1位のヘリヤ・ロズブローク選手が参加していますっ!』

『ここホーエンザルツブルクの攻防戦! 守るも攻めるも名の知れた騎士シュヴァリエばかりだ~! この戦いの行方はどうなることか全く予想もつきません! さぁ、イベント開始まであと15分! トイレに行くなら今の内です!』


 観客と、イベントをネット配信で見ている視聴者にしか聞こえないが、やたらテンションが高い女性の実況アナウンサーが声高らかに叫んでいる。彼女はエスターライヒ全国大会で、ティナとエデルトルートの試合実況を担当した不適切発言ギリギリでも意に介さず実況し続けるファンキーなアナウンサーである。



 要塞の中庭と、城の南側城壁下にある広場には、2つに分かれて防衛側の騎士シュヴァリエ達が集まっている。ここで最後のブリーフィングを行い、それぞれが持ち場に向かうのである。


 午前中のイベント準備時間で騎士シュヴァリエ達の顔合わせの際、防衛側の総指揮をエデルトルートが担うこととなった。集団戦を得意とする彼女はすぐさま作戦を立案し、各騎士シュヴァリエの特性を鑑みてチーム分けをしていった。今回、プロチームであるSalzfestungのメンバーはDrapeauフラッグ戦を主戦場とする1チーム8名が3チーム参戦している。その内の2チームから12名を騎士シュヴァリエ達で編成したチームに一人ずつ含めるようにし、集団戦に慣れていない騎士シュヴァリエのフォローと、チームの指揮を執る。残ったエデルトルート率いるチームと残り4名を足した12名は、本部防衛ラインで戦局の流れを見極めて全体指揮を執ること、そして騎士王率いる円卓の騎士12名への対抗手段としての役目を受け持っている。


 防衛側陣営では、集団戦が専門であるSalzfestungのメンバー達が主導して騎士シュヴァリエ達の陣形を組んで行く。攻略側に解放された入り口は2箇所。この2箇所の鬼門は、Salzfestungの副官であるパトリツィア・リープクネヒトと、もう一人の副官エルメンヒルデ・アードラーをそれぞれ配置して現場の総指揮を執らせる。これで即興ではあるが本部を中心とした末端までの指揮系統が完成した。


 要塞正規入り口前の通路――攻略側からは勾配のきつい上り坂となるが――に5名1組のチームを2チーム配置する。そして、もう一つの入り口である、ケーブルカーの山頂駅である要塞西側から南側にある禿鷹の塔へ続く通路に2チームを配置。この両方の入り口に配置された2チームは、速度があり、防御もしくは回避が優れた騎士シュヴァリエで構成され、攻撃側の先陣と一当て後に城郭内へ敵を引き入れる撤退戦を実施する。彼等、彼女等は相手の攻撃による圧力を図り、決められた符丁を声高々に触れ回ることによって防衛担当と本部へ伝える威力偵察を行う部隊なのである。この部隊は必然的に複数戦が前提であるluttes乱戦Mêlée殲滅戦の経験者が名乗りを上げた。


「はぁ~、エデルトルートがチームを連れて来てくれて助かりました。おかげで何とか防衛戦の名目を保てそうです。」

「随分と面白い企画を思いつくだね、透花トゥファは。最初、ロートリンゲン卿から連絡を貰って驚いたよ。」


 城は要塞内に別途城壁を設け高台を造り、その上に建築されている。城から出ると高台は庭となるスペースがあり、そこから配置が完了した部隊を見回すティナとエデルトルート。

 ティナは当初、グダグダの乱戦になるであろうと危惧していた。防衛戦の場合は指揮の有無が非常に重要になるからだ。それをエデルトルートが仕切ってくれたことで簡易なれど組織だった防衛機構が整ったのだ。

 このイベントについて花花ファファが語りだした時、エデルトルートとアシュリーが参加することを伝えてきた。両人とも集団戦のエキスパートである。それを考えると最初から花花ファファは、攻城戦として成り立つために必要な札を集めていたのだろう。用意周到である。


「さて、そろそろですね。私は黄金の間で控えています。防衛はよろしくお願いしますね。」

「ああ、こっちは任せてくれ。とは言っても止められない面々が若干いるがね。防衛網を抜けた相手はそちらにお任せするよ。」

「ええ。取り敢えずの鬼札ヘリヤは戦場を堪能してから来ると思いますので結構後になるかと。それより問題児が何を仕出かすのかが一番の不確定要素です。」


 そう言い残しきびすを返すティナ。これから暫くの間、彼女の出番はないことだろう。


 要塞内外の至る所にあるスピーカーから放送が始まるのかノイズが響く。要塞内外に陣取る騎士シュヴァリエ達、建物内で観戦する観客達も放送に耳を傾ける。


『ピンポンパンポ~ン! みんなのアイドル、孤高の解説者アンネリース・ペルファルがお知らせいたしま~す! 皆様、お待たせいたしましたー! 後1分でホーエンザルツブルク要塞防衛戦を開始です! 出場選手の方々は準備をチャチャッとお願い致しまっす! ピンポンパンポ~ン』


 口でチャイムの音を表現するアナウンサー。初めと終わりでチャイムの音程を変えている。それよりも、みんなのアイドルとは言い過ぎである。

 この地に初めてきた騎士シュヴァリエは、気安いアナウンスに眉根を寄せたり苦笑いをしている。エスターライヒのアナウンサーが皆この様だと思われないか心配だ。


 騎士シュヴァリエ達の顔が戦う者の顔に変わる。要塞内外のスピーカーから開始までのカウントダウンが電子音で聞こえたからだ。

 最後の4秒は、ピッ、ピッ、ピッ、ポーン、とスタートを知らせる電子音が鳴り響いた。


『これよりホーエンザルツブルク要塞防衛戦が開始で~すっ! 騎士シュヴァリエの皆さんはジャンジャン盛り上げて面白いを提供して下さい!』


 ここで、スピーカーの音は消え、騎士シュヴァリエ達にはイベントの残時間と勝敗のデータ以外、一切の情報が遮断された。


「パティ! ヒルデ! そちらは任せた!」


 Salzfestungの副官達にエデルトルートは激を飛ばす。

 当初の予定通り、城郭内側の出入り口では、見る見る誘い込みに適した陣形に変化する。

 禿鷹の塔側から剣戟の音が響く。どうやら接敵した様だ。後、数分もしない内に撤退戦に移行してくるだろう。


 要塞正規の入り口方面は静かなものだ。既に接敵していなければおかしいため、エデルトルートは即座に伝令を出す。

 伝令はあっと言う間に戻ってきた。初戦はかなり有利であるとのこと。


 驚くべきことに、威力偵察のチームに参加したウルスラが、最初の戦場となる勾配のきつい登坂の上から無双とも言って良い程一方的に速射による足止めを行っており、攻撃側も迂闊に近づけない。恐ろしい精度で、ほんの僅かな隙間からクリティカルを狙う矢が飛来するのだ。矢の対処が出来ても安心する余裕はない。一矢報いるどころの騒ぎではなく、次々と得物を狩る矢が飛来するのだ。坂の途中までで確実に仕留められているとなれば慎重にもなる。他の者は相手側の編成を分析している最中である。チームを編成し、組織だって行動しているところから見て、エデルトルートが真っ先に予想した戦法を取っている様だ。今は、情報の精緻化をするために個々の動きとチームの動きにどれだけばらつきが出るのか確認している。無策で突撃は当ててくれと言っている様なものだ。


 城門入り口で6名の騎士シュヴァリエが行動不能にされた攻撃側チームは、数少ない盾持ちを防御に回し、亀の様に固めている。まさに膠着状態と言えよう。


「みんなデータは取れた的? そしたら撤退戦に移行することをお勧めするよ~。班長。」

「まだお見合いが続いてるんだから撤退戦は速くないかい?」

「あのざわつき、ヘリヤが動き始めた的。多分、誰も止められな~い。手を出すとこっちが全滅するから撤退推奨的~。」


 坂の一番下にヘリヤの姿が見えた。その瞬間、威力偵察チームはすぐさま撤退を開始する。この位置から狙撃をしてみる案もでたが、まず確実に防がれる。そこで興味を持たれたら一瞬でここまでやってくる、とヘリヤの特性を伝えたところ皆、素直に引いてくれた。


 城郭内に撤退戦を開始しながら、威力偵察チームのリーダーが符丁を声高に叫ぶ。


「A1班、X1フラッゲ旗持ち、C、6、0、Xは微速、Cは中速、接敵まで40!」

「中隊本部了解。傾注! 戦況はX1、C、6、0! 敵はCで侵攻中! B1班、B2班、B3班! 鳥かご開始! Xとの相対は可能な限り避けろ!」


 副官パトリツィア・リープクネヒトはすぐさま作戦指示を出す。得物が長物の騎士シュヴァリエと防御に優れたチームを前面に出し、威力偵察チームであるA1班、A2班の回収及び情報の伝達と戦場分析が必要だ。そして、戦況報告のため伝令を防衛本部に走らせる。


 1番目の符丁にXと入る場合、要注意人物が含まれているフラグだ。X1なのでヘリヤが来ていることを表している。そして、今回は要注意人物が何人かいる。X2の京姫みやこ、X3のシルヴィア、X4のマグダレナなど、1対1では決して戦ってはいけない相手だ。そして、フラッゲ旗持ちとは攻撃側チームの大将であることを示す。大将はヘリヤ、アシュリー、それ以外の3パターンが考えられていた。一番倒すのが難しいヘリヤを大将に据えたのは妥当だろう。


 2番目のCは、相手が陣形を持っているかの符丁である。Cはチームとして陣形を組んでおり、更に騎士王のチームメンバーが分散して含まれている場合である。こちらと同様、騎士シュヴァリエを統率し戦略を持って挑んでいることが伺える。ある意味予想通りだ。一応、区分にはA~EとZの6パターンあるが、使われることはないので説明は割愛する。


 3番目の6は、攻撃側の撃破数、4番目の0は防衛側の被害数となる。ウルスラの遠距離攻撃が効果を発揮した数値だ。戦場で戦死者の7割は弓などの飛び道具によるものだ。何時の時代でも遠距離攻撃の優位性は揺るがない。


 報告通り、きっかり40数えたところで城郭入り口である、地獄門と呼ばれるゲートを攻撃側チームから10名がなだれ込む。待ち伏せをされていることは織り込み済であろう。その証拠に皆、小盾をかざしている。

 今回のルールでは、副武器デバイスサブウェポンで使用できる盾は小盾までとなっている。ならば、通常から副武器デバイスサブウェポンに小盾を扱う者が先鋒となったのであろう。

 盾を効果的に使うことで防衛側の攻撃を上手く捌き、拮抗している。だが、侵攻速度は落ちた。つまりは遠距離攻撃を持つ者から見れば格好の獲物である。


 中庭の城付近、地獄門と禿鷹の塔、両方が射程に入る後方に退避したウルスラから地獄門へ向けて矢が放たれる。と攻撃側がかざす盾の隙間を縫い、心臓部分クリティカルを確実に射抜く。

 禿鷹の塔側からの侵入者は、USA国籍のララ・リーリーが狙撃を担当している。彼女はネイティブ、ホピ族の末裔で、戦斧と弓を使う騎士シュヴァリエだ。ウルスラの精密狙撃には及ばないが、禿鷹の塔出入口と2階程はある中庭からの高低差による撃ち下ろしに加え、動目標に対しての射撃精度の腕前は中々のものであるため、攻撃側の足止めに一役を買っている。


「なかなか減らないネ、むしろ押されてるカナ? やっぱり本命はヘリヤが居ないコッチみたい。」

「ん~、獲物一杯でウッサウサ的に狩っちゃうよーってあっち地獄門は第2波が来た的な~。」

「あー、こっちも圧力上がったカナ? Xが3人いるのが見えたよ。入り口付近の連中、良く凌いでるナァ。」


 ウルスラが言う様に、地獄門から次の波が訪れた。攻撃側の先鋒は待ち伏せの兵を抑える役目を担い、その隙に次鋒となる攻撃チームが内部に切り込む作戦の様だ。当然、パトリツィアも読んでいるので攻撃担当であるC班を2チームと遊撃担当であるD班を1チーム展開済であるが、戦力の一部は禿鷹の塔へ回している。ヘリヤが現れた方が攻撃の本命ではないと予測し、予め戦力をもう一方へ回す手筈を整えていた。

 剣戟の音が増えるが、チーム単位で事に当て乱戦とはならない様に戦場を組み立てている。こちらの防衛チームを減らさざるを得なかったため、不利なチームが出た場合、即相互にフォローしながら立て直し出来る様、細かな指示を出す。限られた人数で損失を最小限に抑え、攻撃側を足止めすることが目的に切り替わったのだ。


 地獄門側の遊撃担当であるD班は、テレージアが猛威を奮う。もともと大型両手剣である Zweihänderツヴァイヘンダーは振り回しによる範囲攻撃が非常に強力だ。集団に斬り込み、陣形をかき乱し、相手の注意を引き付けるだけ引き付ける。それが彼女の役割である。


「ほーっほっほっほっ! まだまだこの人数では、わたくしは倒れませんことよ! わたくしより後ろに進みたいのであれば倍の騎士シュヴァリエが必要ですわよ!」


 あおるテレージア。自分の役どころが何であるか理解し、きっちりこなす。さすが傭兵の兵法を継ぐ子孫である。

 彼女に圧力が集中し始めたところで、防衛担当のB班が攻撃側チームを囲み、槍やポールウェポンで効率よく削っていく。

 ここまでは防衛側が有利に展開している。今の内になるべく攻撃側の戦力を削いでおきたい思惑が見え隠れする。地獄門側と禿鷹の塔側の攻め手を合流、および連携させないためである。


 そして第3波と共に最大の敵がやって来た。これからは攻撃側の戦力を削ぐことも難しくなる。


「いやー、なかなか盛況だねえ。」


 頭上にAR表示で大将のマークをつけたヘリヤが、楽しそうに戦場を見回しながら歩いている。不幸にもその通り道にいた防衛側の騎士シュヴァリエは一瞬で敗退していく。


「全員、防御陣形スバルへ変更! 特化班前へ!」


 パトリツィアの声が飛び、即座にチーム単位が死角の無い様に陣形を組む。即席の部隊としては統率が取れているのは、それだけヘリヤの脅威を皆が知っているからだろう。

 緊張が走る中、特化班と呼ばれたチームがヘリヤの前に立ち塞がる。

 エスターライヒ全国大会Duel決闘の部 優勝者ゲルトルーデ・ディーツゲンと、第2位のカルラ・シュリンゲンジーフ、そしてドイツ全国大会Duel決闘の部 優勝者クリスティアーネ・フレーベル=フェルトホフの3名が対ヘリヤを想定した特化班のメンツである。

 ゲルトルーデとカルラが自国の城を防衛する側に回るのは良いとして、クリスティアーネは祖父母がザルツブルクに在住している縁で防衛側に参加している。彼女達は、ロートリンゲン卿とザルツブルク市の観光協会からイベントの打診をされ、快く引き受けてくれたのだ。


「いいね! 三人もあたしの相手をしてくれるのか! これは楽しみだよ。」


 立ち塞がる三人を前に楽しそうに笑うヘリヤ。その会話中、隙と見るや後ろから斬りかかるものがいたが、そちらを見もせずにスルリと回避し、返り討ちにする。


 その様子を見つつ三人共、ヘリヤとの格の違いに顔が引きるのであった。

 そして、半ば呪いの言葉を吐く様に誰かが呟く。


 あの隠し事の多い姫騎士は、どうすればコレから2本も獲れたのかと。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る