02-021.昨日は素通りした、ザルツブルク大聖堂です!

2156年4月17日 土曜日

 時間は11:00過ぎ。週末と言うことで、10:00には午前中の鍛錬を切り上げている。心身ともに休息日を設けなければ、逆に鍛錬の効率が落ちてしまうこともあるのだ。


 今日も観光に赴くのだが、最初からハルも一緒に連れて行くとして夕べの内に家族へ話をしておいた。

 昼も外で適当に食べるつもりなのでレストランに予約もいれていない。今日の予定は、ザルツブルク大聖堂と、ザルツブルク宮殿美術館もしくはレジデンツ宮殿に行ければ良いか程度である。

 どの道、花花ファファは月に何度か、京姫みやこもその内頻繁に遊びに来そうだから有名どころを優先した。細かな観光地はまた来訪した時にでもちょこちょこ案内すれば良いかと。


「まずはザルツブルク大聖堂に向かいます。みなさん準備はよいですか?」

「ああ、問題ない。」

「OKヨ! 走って行けるくらいヨ!」

「あら? ハルのお返事がありませね。」


 弟を見ると。お気に入りのカバンの中身を確認している。

 きょうはこのこと、このこー、などと言いながら、連れて行く玩具を吟味している様だ。今回は引っ付きパンダは2頭だけ参加。あと、ティナがお土産で買ってきた自然素材を使って造られたハリネズミの玩具がカバンのスペース半分を占拠していた。


「あら、ハル。そんなにたくさん連れて行くのですか?」

「そー。おそとでたことないこたちー。」

「そかー。みんなにお外で遊ぶが楽しいヨネ。」

「うん! つれてくの!」

「ハルはお友達を大事に出来る良い子だね。」


 京姫みやこに頭を撫でられウフフと笑顔でクネクネしだす。この子は特に照れた時、クネクネするのだ。


「そう言えば、要塞で最初に見た城の築城推移模型、ハルは食い入る様に見てたけど、城内にあった模型には見向きもしなかったな。」

「ああ、あれですか。ウチには等高線がブロックとなっていて、積み上げて地形をつくる玩具があるんです。それだと思ったんじゃないでしょうか。」

「確かに山が段々になてたヨ。しかしマニアックな玩具持ってるヨ。」

「おやまのおもちゃー? ハル、もってるよ! あそぶ?」

「はいはい、今日の夜に遊びましょうね? 今からお出かけですから。」


 はーい、と素直な返事が返ってくる。そして、いってきます、と母やメイドに手を振り今日も元気いっぱいのハル。


 シャルモサー・ハウプトシュトラーセ通りからリンツァーガッセ通りを経由し、ザルツァッハ川にかかるシュターツ橋を渡る。昨日と違うところは道を左折をし、ルドルフスカイ大通りを進む。20m進んだところで右折し、クランペラーガッセ通りを通り、アルターマルクト市場通りを道なりに進むのだが、今日は土曜日と言うことで市場が地元民で賑わっている。喧噪の中を進めば、正面には巨大な3階建ての建物が視界を覆っている。


 その建物は、ザルツブルク宮殿美術館だ。建物に沿う様に左折しレジデンツプラッツ通りに入ると、目の前にレジデンツプラッツ広場の広々とした空間に出た。ぐるりと視線を巡らせば中央に噴水――レジデンスブルネン――があり、水面から上半身を出した馬が口や鼻の穴から水飛沫を出している。その上に筋骨隆々のおっさんが噴水を支えており、頂上には水壺を両手に掲げて水を垂れ流す筋骨隆々のおっさん。嘆きのポーズが良く似合っている。


 手を繋がれたハルが、「うまー♪ うまー♪」と音程の外れた歌を披露しているが、目に入ったから口ずさんでいただけでオブジェの馬には興味がない様子。今日もリンツァーガッセ通りでクマを見つけて歌っていた姿と比べれば明らかにおざなりだ。


 広場には観光客向けの屋台が幾つか出店しているが、イベントの時期は過ぎているので数は少ない。それでも地元民以外にも観光客の姿もチラホラと平日よりは明らかに人出は多い。


 正面を見るとザルツブルク大聖堂がある。入り口側に大理石で出来た2本の塔、建物後方側面に円塔上の張り出しを挟んで中央がドーム屋根で構成されている。774年代に建立され、過去8度の火災を乗り越えて1600年代にバロック様式で改築された。


 右手にあるザルツブルク宮殿美術館と連絡通路で物理的に繋がっており、通路の下にあるアーチをくぐって大聖堂の入り口に辿り着く。

 この大聖堂の入り口は3つあり、それぞれ、「信仰」「愛」「希望」を象徴している。その入り口にはそれぞれ鉄冊で出来た門扉があるのだが、左の門扉上枠には774、中央の門扉上枠には1628、右の門扉上枠には1959と住所でも表記しているように金の文字がはめ込まれている。これは、創設年の774年と、今の姿に改築された1628年、第二次世界大戦で爆撃による被災を修復した1959年を示した年号だ。

 門扉から中に入る。大聖堂の見学は基本無料ではあるが、入り口付近には寄附を行える様、寄附受付用装置が設置されている。神社の賽銭箱に近いものだ。現在は現金以外にも簡易VRデバイス経由で寄附出来る様になっている。


 ザルツブルク大聖堂内部は、祭壇側を上部と見た十字架を模した構造となっている。イタリアの影響が出ている初期バロック様式のためか、後発で造られたサン・ピエトロ大聖堂やセント・ポール大聖堂などと比べると装飾の華美さは随分と控えめだろう。

 とは言え、祭壇へ至る身廊の円天井、身廊の両側に続く側廊を繋ぐアーチ上部などに、遠目からでも緻密さと精密さが理解出来る美麗なレリーフがひしめきあう。身廊の丸天井、側廊の壁やごう天井には、バロック時代の宗教画が数多く描かれている。

 側廊の壁上部は上半円の大きな窓になっており、外の明かりが側廊から身廊へ差し込む。側廊2階部分にある通路は今では大聖堂博物館になっているのだが、通路を通して身廊の内側にテラスを持った高窓から、外の明かりを内部まで取り込む機能は変わりなく働いている。この大聖堂は、可能な限り明かりを取り込めるように設計されている。


 そして、祭壇寄りに十字の交差があり、身廊側の各角にはアーチより少し低い位置にパイプオルガンがそれぞれ1台ずつ、計4台設置されている。ここでは複数台のパイプオルガンでアンサンブルが出来る。


「きれいなかみさまのおうちにきたー。」

「…これは凄いな。繊細な彫刻が煩くならない様に調和している。色があるのに白い空間だ。」

「ここ、光がテーマヨ。 豪華過ぎる多分ダメネ。だからシンプルにまとめてるヨ。」


 それが設計、建築を行ったサンティーノ・ソラーリオの真意だったかは判らないが、そんな気にさせる花花ファファの一言だった。

 以前、花花ファファ京姫みやこはローゼンハイムの街でティナの寄り道に付き合い、聖ニコラウス教会へ入り借りて来た猫と言っても差し支えがない程だったのだが、今回のザルツブルク大聖堂は規模が大きい上、観光客の騒めきの中にいるためか、純粋に観光地として楽しめている様だ。


「今は礼拝時間ではありませんから、カメラデバイスを出して写真を撮っても大丈夫ですよ?」

「ワタシ、さっきからARモニタで動画撮てるヨ。漂亮キレイ眼福イェンフーは記録するヨ。」

「なんだ、花花ファファのモニターは高機能型か。私のは偏向グラス型だから写真だけしか撮れてないよ。」

「ハルは、とげとげさん。」


 弟が先ほどからゴソゴソとカバンを漁っていたのだが、ハリネズミの玩具を取り出す作業だった様だ。三人に良く見える様に高く掲げられる自然素材のハリネズミ。


「あら、Igelハリネズミに神様のお家を見せてあげるの?」

「いーげる?」

「そう。そのこはハリネズミIgelと言う森の動物さんですよ。」

「おぼえた! いーげるさん!」


 はい、良くできましたー、とティナはハルの手を引きゆっくり進む。花花ファファ京姫みやこは物珍しい様で、時折立ち止まっては感嘆したり、じっくり眺めたり。


 身廊の中央を開けて両脇に並んでいる信者席の彫刻が何気に精巧だ。バロック様式の特徴は、彫刻や絵画、調度品などの様々な芸術を複合した、総合芸術である。しかし、この大聖堂は本場イタリアで造られた建築に見られる煌びやかな世界を演出していない。

 様式も雰囲気も全く別物であり、観光客もそれなりに多いため静けさもないのだが、何故か詫び寂びに似たような何かを感じる。荘厳なれど落ち着いた佇まい。それは、ザルツブルクに住まう者が持つ、何らかの美意識が知らず取り込まれているのかもしれない。


 祭壇の少し手前、十字路に辿り着く。


「はぁ…、パイプオルガンが4台もあるのか。ここだけでアンサンブルが出来るのか。随分豪勢だな。」

「いえ? 数が違いますよ? 後ろを振り返って見て下さい。」

「後ろ?」

「入って来たところヨ?」


 彼女達が振り向けば、入り口の2階部分にパイプ数6000本を誇るヨーロッパ最大のパイプオルガンの堂々たる姿が見える。


「うおっ!」

「何ヨ、アレ! デカッ!」

「ヨーロッパ最大のパイプオルガンです。一時期、モーツァルトがオルガン奏者をしてたそうですよ。」

「かの天才はアレを操ってたのか。」

「あ! 人が通ってるヨ! あそこ行けるヨ!」

「あの場所は大聖堂博物館の順路ですから、入場料いりますよ?」

「そか。お金かかるか……。」

花花ファファ…。前もそんなこと言ってなかったか?」


 もう目の前には祭壇がある。


「凄く精巧に造られた大理石の彫刻が贅沢に配置されている。だが、豪奢な感じはまるでしない。どちらかと言えば清貧なイメージだ。」

「そいえばキンピカほとんどナイヨ、ここ。」


 大聖堂の内部では、金細工による装飾が極めて少ない。絵画の額装が主張しない程度の金縁であったり、パイプオルガンのパイプを格納している木枠に縁留めの様に使ってたりなどのアクセント程度である。

 当時、ザルツブルクは塩で裕福な街であった。予算が足りないと言うことも早々起こらず、金鉱脈も1つ持っている。その気になれば何とでもなるはずだ。やはり、設計者の思惑か、依頼主である大司教のオーダーなのだろう。

 

 ティナが二人に目を配ると、一頻ひとしきり堪能出来た様だ。ハルは花花ファファに抱っこされ、ハリネズミの玩具を祭壇に差し出すように向けている。恐らく、神様へ連れて来た友達を紹介していたんだろう。


「少しだけ、お祈りさせていただく時間を貰っても良いですか?」

「ああ。少し下がってるよ。」

好的おっけー! じゃハルはコッチおいでヨ~」

「あのね! ハルもおいのりするー!」

「あら、ハルもお祈りするのね? お作法は覚えているでしょうか?」

「だいじょぶー。」


 ティナとハルを残し、少し後ろに下がる花花ファファ京姫みやこ

 ここは祭壇の正面である。周りにも観光客は少なからずおり、彼女達が何を始めるのだろうと訝し気に目線をくれたりする。


京姫みやこ、すいませんがコートを預かってくれませんか?」


 そんな周りの目線など全く気にした様子もなく、コートを脱ぎ京姫みやこへ差し出すティナ。


「ほい、確かに。下には騎士服を着てたんだな。」

「ええ。今日は騎士シュヴァリエとしての祈りですので。これ、簡易正装フォーマルですし。」


 ティナは、騎士シュヴァリエ装備の鎧下として着ている白い軍服の様なデザインのワンピース姿だ。太腿中程までのストッキングは、リボンの様なベルトで止める様になっている。

 その横ではハルが準備をしていた。今日連れて来たお友達のひっつきパンダ2頭、Igelハリネズミの玩具を祭壇に向け、横一列に並べていた。

 その様子を見てからティナは、右立膝となる様に左膝を地に着いてしゃがみ、右手の平を開いて心臓の位置に置く。そして左手の平を開き、腰の後ろに乗せる様に位置取る。

 ハルがぺたんと座り込んで、両手を胸元で組み頭を少し前に垂れ、目を瞑ってもにょもにょと何かを呟いている。お祈りであろう。

 ティナも祭壇を一瞥してから頭を垂れて黙祷する。今回も感謝と嘆願の祈りである。

 世界選手権大会の代表がほぼ確定したことに感謝を捧げ、これから世界選手権大会で使う技が悪しきものに染まらない様に嘆願する。「悪しきもの」とは【姫騎士】以外の二つ名のことだ。安定の酷い嘆願内容。


 祈りを終え、十字を切る。右手を額にやり「父と」、その手を胸に「子と」、そして手を左肩へ「精霊の」、最後に右肩へ「み名によって」、両手を胸で合わせ「アーメン」と。

 隣でハルが「あーめん」と呟いていたので、こちらの祈りが終わるのを待っていた様だ。


「さあ、ハル。その子たちを連れて帰りましょう。」


 うん!、と元気よく答えるハルは、玩具達をいそいそとお気に入りのカバンに格納して行く。

 ティナは、京姫みやこからコートを受け取りボタンを留めていく。今は4月半ばの12:00台。気候は春だが、まだコートなしでは肌寒いのだ。


「さて、お昼にしましょうか。」

「ごはんー?」

「イイネ! ナニ食べるヨ!」

「私は軽くでも構わないぞ?」

「まあ、広場の屋台かアルターマルクト市場あたりで良さげなものがあるか漁ってみましょうか。」


 昼食の探索に赴くため歩みを進め始めた彼女達だが、出入口にある寄附受付用装置の前でティナの足が止まる。


「ちょっと待ってください。すぐ終わりますから。」

「どうしたんだ?」

「ん? ナニヨこの通知。寄附金?」


 寄附受付用装置に目を向けた花花ファファのARモニタに「寄附受付口」の表示が出た様だ。ティナは、空中で指を操作しているところを見るに、AR表示画面上で手続きしているのだろう。周りにも数名程、同じような操作をしている人々がいる。


「お待たせしました。寄附金の入金手続きをしていました。」

「お賽銭か。教会だと幾らが妥当なんだ?」

あー、寄附金は功德钱ゴンデェ゛ァチィェンのコトネ。」

「基準などありませんよ? 個人の自由に任される類のものですから。国の教徒は教会税を払ってますし。」


 最近は教会税に不満をもって信徒から抜ける方々も一時期に比べては減りましたが、などと付け加えるティナだが、花花ファファ京姫みやこにとっては、国家が宗教に対して課税を認めているのが不思議な言葉に聞こえる。

 ヨーロッパで幾つかの国は、教会の経費を教会税で賄っている。これは中世代から続く古い制度であるためフランスではナポレオンにより廃止されたが、ドイツ・エスターライヒなどは大きな経済基盤を持っていたことでアドルフでも廃止が叶わなかった。現在では、教会の構造も改革が成功し、税率も下げることが出来たため信者離れは減少はしている。


「税金で教会の維持費を払っているのか…。それなのに寄附もするのか?」

「これは街の観光地を存続していただいている足しにしてもらうものです。」

「ふーん。ナンか律儀ヨ。で。おいくらだしたのかナ~?」


 花花ファファがちょっとゲスい顔だ。京姫みやこは聞くのは野暮だろうと目が訴えている。


「ええ、1万EURユーロほど。」


 円で言えば100万を超える。まさかの金額に二人とも言葉が出ない。ついでに寄附をしていた周りの人々もビックリ顔をする者や、ティナの顔を見て納得する者などなど。前者は観光客、後者はティナが高額な寄附を行うことを知っている地元民だ。


 ヨーロッパなどでは文化の違いもあり、寄附を行う者が多い。「隣人を愛す」「富むは貧へ与える」などの宗教的教義が根底にあるため、そこそこ所得に余裕がある層以上ならば8~9割の人々は何らかの寄附をしている。そして、寄附する先をしっかり調べ、有効に活用してくれるだろうと納得してから行うのだ。日本人の場合、寄附した資金がどう使われているのか知らない方が多いのではないだろうか。小切手を切るだけでは単に金銭を贈与しただけ。出した金銭が正当に使われなくては寄附とは言わないのだ。


 ティナは高額所得者でもあるため、結構な金額を寄附に使っている。もちろん、余分に回せる金額内でだ。先ほどのザルツブルク大聖堂、民間の児童保護団体、非営利の環境保護調査団体、伝統技能保護団体には個人としては結構な額を投資している。細かい寄附も含めると数を数えるのが面倒である。



「おうまさんいっぱい! うまー♪ うまー♪」

「ホンとヨ! お馬さんヨ、馬車タクサンいるヨ!」


 ザルツブルク大聖堂の門扉をくぐり正面の広場を見ると、市内巡りをするオープン馬車が数多く帰ってきている。午前中の巡回業務が終わり昼休み中なのだろう。


「お馬さんも一休み中です。私達もお昼に出かけましょう。」

「はーい!」

「了解だ。」

いいヨ。」


 みんな返事が短い。お腹減ってるのかしら、と自分の空腹具合を比較して兵站へいたん補充が今すぐ必要と判断するティナであった。




 このお話ではザルツブルクという単語が頻繁に出てくるが、ここは、ザルツブルク州の州都ザルツブルクである。

 スペルは「Salzburg」と記載し、ドイツ語の読みは「ザルツブルク」。

 しかし、ティナの使う言語は、ドイツ語分類「バイエルン=エスターライヒ語」の「ザルツブルグ方言」だ。

 この方言だと「S」に濁点を付けて発音しない。

 なので、実際のティナは「サルツブルク」と発音している。

 文中では話している発音で文字を書くつもりはないが…。

 あれ?意味なくね?ここの文。


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