00-007.剣で鎧を斬る!的な話あれこれ

◆剣で鎧を斬る!◆


 剣で金属鎧を斬れるかどうかを論ずるのであれば、結果としては斬れる。

だが、前提となる諸条件があり、それをクリアした状況でないと、まず不可能。


 前提としては大体以下であると予想される。過不足はあるだろうが。

 ・剣は鋼鉄製か、それに準ずる硬度をもつこと

 ・刃から背(刀なら峰、両刃剣なら裏刃)方向までの強度が確保されている

 ・刃が固く強度がある

 ・刃が極めて鋭利であること

 ・切断する金属は可能であれば曲面が少ないもの

 ・切断する金属は返しやリベットが付いたり積層構造になっていないこと

 ・剣を振るう者の技量は物を斬ることに長けており、高位の技を扱えること

 ・精神を集中する時間をとること


 例えば、日本の剣術では兜割りと呼ばれる技能がある。

 達人が極度に集中し、一刀の元に兜の頭頂部に切込みを入れる。

 これは刀の性能も良くなければできず、実際、兜は一刀両断!なんてことにはならない。

 斬ることに特化した刀剣でこれであれば、西洋の騎士剣ではどうであろうか。


 西洋剣(両手剣)の場合、切れ味よりも頑丈さが主として造られているものが多い。

 何故と言われれば、15世紀辺りに板金鎧が登場したからである。

 そのため、剣の断面も菱形などの強度を確保する造りが多い。

 メインの攻撃は、叩きつけと突きへと変わっていき、斬ることについては時代と共に優先度が変わっていく。

 さらに、金属の質に問題がある。ヨーロッパでは鋼鉄の製造法が確立されたのは18世紀であり、それ以前の剣は硬いが脆いもので良く折れていた。

 そのようなもので金属を斬れるのか甚だ怪しい。

 ところが、ウーツ鋼などの坩堝るつぼ鋼であれば鋼鉄に準拠した剣が作成可能であるため、剣の造りによっては前述の刀のように斬ることは可能であると考えられる。

 それでも、バッサバッサと敵を鎧ごと切り落とすことは出来ないだろう。

 だって、剣は盾で防がれるんだぜ? 盾って大抵、木で出来てるんだぜ? それを真っ二つにも出来ないんじゃ鉄以前の問題だ。


 剣で金属を切断する技術は、戦場に於いては意味がない。

 たとえ、その技を持っていたとして、それを行うことはまず不可能である。

 鎧を斬られる側が動きを止め、相手が精神統一して剣を振り抜くのを待たねばならないって作法が、戦場のルールと言われたら卒倒してしまいそうになる。

 そもそも、西洋でも東洋でも、歩兵戦が活発になり鎧を纏った兵と戦う際の武器は、槍やポールウェポンの様な長柄武器が主流だ。

 それらは、剣よりも厚く剣身が造られ、刺突や打撃の考慮もされ簡単には壊れない。

 遠心力や梃子の原理で、強力な攻撃をする。鎧を斬ると言うより殴打、もしくは穿つと言った方が良いだろう。

 考えてみて欲しい。

 安全第一な工事現場ヘルメットをかぶっているとしよう。

 金属バットでヘルメットを力一杯殴ったら、場合によっては死ぬ。良くても大ダメージを受けるだろう。ヘルメットをかぶった人間が。

 包丁でヘルメットを斬って、且つ中身まで斬ることが出来るだろうか。

 オレは出来るぜ、などと無責任コメントは子供の戯言になるので思わないで欲しい。周りのみんなが同じように出来ますか?と言うお話。

 ちょっと余分な文が間に挟まってしまったが、

 つまるとこ、斬るよりも殴打した方が余程確実に相手を斃せる。

 バットとヘルメットの関係は、そのまま鈍器と鎧に置き換えられる。

 そういうことなのだ。


※全身鎧は首、関節の保護もされ、盾を必要としないことから両手武器を扱う様になった。且つギャンベゾンやチェーンメイルを鎧下で着用するため打撃にもある程度の防御効果を持つ。その鎧を通してダメージを与えるためメイスなどの鈍器が重く凶悪になったり、ポールウェポンで転ばせて囲んでタコ殴り、もしくは鎧の隙間から刺突したりと、直接中身に攻撃を届かせる運用。


 結局のところ。

 やろうと思えば剣で鎧を斬ることは状況次第で可能だが、効果の程は薄く実用性はない、と言える。

 剣や鎧の試し斬りや強度調査のために実施する以外は、大道芸くらいだろうか。実用として使えるのは。

 乱戦となり、鎧相手に近接戦を挑むなら取り回しの良い鈍器の方が効果的だろう。




◆ぼくのかんがえたさいきょうのけん◆


 ちょっと違う話で、西洋剣と日本刀はどっちが強い?などという話を良く聞く。

 日本人であれば日本刀が推しなのだろうが、そもそも前提が違う武器同士で比較しているため意味があるのか疑問も多い。


 極端の例を示せば、ダンプカーとF1カー最強はどっちだ!と言われてあなたはどう答えますか、って話から始まる。

 まず、車である、内燃機関である、人が乗って操縦する、と言うことが共通項はあるが、それ以外は全く用途が異なる。そして何を比較し、何をもって最強なのかが判らない。

 それぞれ得意なことを上げて、それを比べても意味がない。

 それと同じような比較を度々見かけるが、要は自分の好きなものを一番にしたい、もしくは他人から見てもスゴイんだぜ!と納得する理由を付けたい心理が働いているのでは。

 純粋に刀剣の性能について考察しているのであればよいが、付随する伝説まで比較対象にされていることもある。


 これは、ゲームなどのサブカルチャーから影響されてこのような比較が出たのだろうと思われる。

 例えば以下の様なゲームライクだった場合。


 ・ムラマサ 攻撃力255

 ・ショートソード 攻撃力120


 異世界ファンタジーもので良く扱われる刀剣類も、上記に属するものだろう。所謂、ステレオタイプとなってしまったものだ。

 そして、攻撃力だけを見るとムラマサ一択と思えるが、実際の剣に準ずる性能を付与した場合、どうしたもんか考えることになる。


 ・ムラマサ 攻撃力255

       刀を扱う技量が必要

       生身の生物が相手に限る

       斬るとき刃を立てないと折れる

       乱戦で使うとまず折れる

       峰や平(側面)から衝撃があると折れる

       こまめにメンテナンスが必要

       砥ぐ際、折れる時がある

       お高い

 ・ショートソード 攻撃力120

          切れ味はそれほど良くない

          刃が欠けてもあまり関係ない

          殴打して鎧の隙間から止めを刺す

          時たま折れる

          軽め

          比較的手の届く範囲の値段


 このように現実的な用法や性質がパラメータに反映している世界だとしたら、私は第三者の以下を選ぶ。


 ・鉈 攻撃力90

    草や小枝程度なら伐採しながら道を開ける

    分厚く頑丈

    鈍らでも勢いで切ったり殴ったりできる


 うん、頑丈で使い勝手が良さそうだよね。普段使いが優秀そうだ。




◆刀のあれこれ◆


【01-011話より】

京姫みやこがテレージアとの戦いで脇差を使った時の話。

「左手は脇差に当て、鯉口を内側に捻りながら切り、」と記述しているが、詳細は冗長になるので省いている。

この鯉口の切り方、実は指を使って鍔を押し上げる方法ではない。

彼女の脇差は、居合に向く肥後拵えであるため、鞘を握ると鯉口が切れる様に工夫されている造りである。


そして、お話の後半、テレージアの片手剣を刃を立てて受けているが、当然、刃は欠けている。

むしろ、テレージアの膂力で繰り出された斬撃を良く刀を折らずに受け止められたと褒めて良いくらいだ。

日本刀はしなやかで硬い、と言葉ではいわれているが、それは用途に則った場合のみだ。

硬いと言うが、刃と峰の縦方向にかけては斬るために強固な造りにはなっている。しかし、それ以外の方向からは非常に脆い。

考えれば判ると思うが、刀の刃は斬るために鋭利であり非常に薄い。それで金属同士が打ち合えば平気な筈はない。

元々がサブウェポンであり、斬る対象は生身の身体だ。日常で帯刀した場合の相手は戦場でない限り鎧なども着ていない。

時代劇のようにバッサバッサと相手を斬り倒し、尚且つ刀と刀で打ち合いなど、まず実戦では行われない。

正直、刃を立ててちゃんと斬らないと刀は折れる。素人が扱うとまず確実に。

刃と峰にかけて強度があるわけで、そこに力がかかる様に斬らないといけない。

刀の峰や平(側面)に負荷がかかれば折れる。峰側を刀で打ち据えれば、あっけなく。峰打ちなんてもってのほか。逆抜刀など物語でしか輝かない。逆抜刀の様な構造は作刀自体が難しく、使ったら折れると言う地雷武器となる。

斬る対象は生身であり、それでも刃を立てる必要がある武器だ。集団の乱戦になれば達人であろうとも常に刃を立てて斬ることは難しいだろう。

池田家襲撃事変で錦を飾った新選組であるが、後日、近藤勇が襲撃を成功にまで導けた要因の一つとして「刀が(最後まで)折れなかったから」と述べたと言う。


斬ることを目的とした刀剣類の特徴である湾曲した反りであるが、日本刀の場合は鍛造中に完成するものではない。

焼き入れの際、急冷したことにより、刀の内側から峰側を構成する心鉄しんがねが収縮し、反りが生まれる。

刃、および心鉄しんがねを覆う皮鉄かわがねは、炭素含有量が多く硬い鉄であるが、脆い。しかも焼き入れで反りが生まれたと言うことは、刃側の硬く脆い金属は反りの分だけ引っ張られていることになる。

その様な状態では、刃が欠ける、折れる、なども納得がいくと思う。その代わり、硬く鋭利な刃が付けられるのだが。粘りがあると評価される所以は、心鉄しんがねが威力を受け止ることで、折れにくくはなっていることからだと思われる。その粘りも何を基準にしての評価であるかはまちまちである。


※江戸時代以降の作刀の話である。それ以前の刀は時代ごとに鉄の配分や製法も異なる。


だが、反りが生まれたことで、斬るだけで引く操作が入り斬れ味が上がる。包丁で肉を斬るときは、手前に引いて切るだろう?

西洋剣の技でスライスと言う、剣を相手に接触してから刃を引いて斬る技がある。しかし、刀だと斬る動作一つで賄える。刀剣類の湾曲とは、斬るための要素であるのだ。


刀の砥ぎについても記述しよう。

刀の砥ぎは複数回の行程を経て砥ぎ上がる完全手作業だ。熟練の技術が必要になる。

そして、砥ぐと言うことは減ると言うことだ。

昔などは、大太刀を砥ぎ使い続けることで、打刀となった物も僅かながら現存している。

砥げば砥ぐほど金属は減って小さくなる。当然の帰結だ。


雑談ついでに更に雑談を。


日本で左側通行が明確に顕れたのは江戸時代と言う。道を歩く際、武士の刀は左腰に佩かれているため、右側通行では正面からすれ違う武士の鞘とぶつかることになる。

「鞘当て」である。武士同士の喧嘩の元になる。これを避けるため、自然と左側通行となったらしい。侍キープレフト。


江戸時代の話を続けて。「斬り捨て御免」などと言う法案が発令されたが、「武士階級に無礼を働いた者を斬り捨てることが出来る」と皆は記憶しているんではないだろうか。

実際、斬り捨てた後は、番所へ斬り捨てた理由と共に届け出を出さねばならなかった。そして、正当な理由でない場合は、斬り捨てた武士が咎められることになる。


刀の試し斬りで行われたと言う辻斬りも、立派な犯罪として取り締まられていた。武士だから、貴族だからと無法が利くとは限らないのだ。

ちなみに、江戸時代での武士は、鍛錬以外で鞘から刀を抜くこと自体、まずなかったと言う。中には一生、刀は鞘に納められていた者もいたらしい。


むしろ、そちらの方が正しいと思うのは私だけであろうか。


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