02-002.花花のお見送り、からの懐石料理に舌鼓です!

2156年3月24日 水曜日

 花花ファファ京姫みやこから正式にスポンサードを受ける承諾を得て、ティナは調整に奔走する。実際は通信にて連絡のやり取りをしているので、走るという表現は合わないのだが。

 直近では、花花ファファが、3月27日から全国大会の予選に赴き、4月11日の日曜日には帰ってくる。丁度、オースタン(イースターの独語)休暇の最中であることから、残りの休み1週間でスポンサーの担当者と顔合わせ、スチルのカメラテストなどを実施するスケジュールで調整をした。


 京姫みやこ花花ファファは、4月12日の月曜日から1週間、契約手続き等の仕事も間に挟まるが本命は遊びがてらと言うことで、どうせならとティナの実家へお泊り会をすることと相成った。


「やっぱり、今の時分に契約を持ちかける企業は目先しか見ていないところの様ですね。多分、数年で業績が落ちると思いますよ?」


 先日、京姫みやこ花花ファファが学園立ち合いで企業と顔合わせをした時のことをティナに話した後に返ってきた言葉だ。お断りしたことは英断だったと思いますよ、と。

 ティナの実家の事業では、イメージキャラクターを騎士シュヴァリエとしてのティナで採用している。家族にも元騎士シュヴァリエがおり、事細かく騎士シュヴァリエの実態と要望して良いこと悪いことは会社として習熟している。

 そのため、騎士シュヴァリエを扱うことにかけてのノウハウは古くから騎士シュヴァリエを登用してきた企業よりも、密な情報を持っているのが強みでもある。


「そうそう、ヘッドフォンのシリーズ名ですが、私達の二つ名を採用することになりそうです。その点、問題はないですか?」

「私達の二つ名が!? 私の二つ名は鬼姫だぞ? 商品名として問題ないのか逆に不安なんだが!?」

「いいネ、いいネ! 舞椿が有名になるヨ! 私の二つ名の商品ウレシイヨ!」


 二人の性格が良く表れている台詞である。


 実際、商品のイメージキャラクターとして、認知度の高い有名人を起用する手法は物を売る際に有効である。特にイメージキャラクターに騎士シュヴァリエを起用するのは、国内で人気のアイドルと違い、知名度の高さは国際的であることが多い。そのため、国際展開している商品なども、各国で改めて広告を作らなくてもある程度賄うことが出来る。ある程度なのは、お国柄でイメージやコピーの感性に差異があり、そのまま転用が出来ないケースが存在するためだ。

 花花ファファ京姫みやこも元からそれなりに知られていたが、春季学内大会ではヘリヤランキング1位からポイントを奪ったことで、今まで以上に知名度が上がっている。


「ティナのおうちにお泊りヨ。楽しみね~! 弟いるヨ、あそぶヨ~」

「本当に1週間も滞在して問題ないのか? ご家族の迷惑になるのでは…。」

「遠慮は不要ですよ。むしろ住んで頂いてもよろしいくらいです。京姫みやこは、ホントにオースタン休みの初日からウチに来ないんですか?」

「誘ってもらって申し訳ないが、花花ファファと一緒に伺うことにするよ。一人だと気後れしてしまいそうで。」


 エスターライヒの国民はフレンドリーなのでそこまで気にすることはないのだが、京姫みやこは遠慮が先に立って仕舞うのが未だに抜けない。まるで遺伝子に組み込まれた負の遺産の様で、それが国民性と言われたら日本人として悲しくなる。


 ヨーロッパではオースタンイースター中は祝日が多い。受難の主日 (枝の主日、あるいは棕櫚しゅろの主日)、聖木曜日 (主の晩餐)、聖金曜日 (主の受難)、復活祭(オースタンの日曜日)、オースタンの月曜日と2週間をかけて飛び石連休になることから、学校などはオースタン休暇とすることが多い。ドイツの場合は丸まる2週間を休みにしている。2156年バイエルン州のオースタンイースター休暇は、4月3日土曜日から4月18日の日曜日まで、実に16連休となる。

 エスターライヒではオースタンの月曜日までが休みなので、4月3日土曜日から4月12日の月曜日までの10連休となる。4月13日火曜日以降は平日にあたるため、二人の契約手続きや、カメラテストを行う手筈となった。国による祝日の差異が、今回は都合の良い方へ働いた。


「それでは、4月12日の昼過ぎに宿泊施設エリアへ車でお迎えに来るよう手配しますね。騎士シュヴァリエ装備はフルセットで持参をお願いします。」

「ザルツブルグは、ローゼンハイムと気候は殆ど変わりませんから、普段通りのお召し物で問題ありません。」

「あとは、学生証と身分証明書になる証書をご用意ください。まぁ、追って必要なものについてメールを送りますので。」


 あれよあれよという間に、物事が決まっていく。自分の二つ名を定着させるため、裏から表から色々と画策してきた姫騎士さんは、この手の業務も手慣れたものである。


 木曜、金曜で荷造りを終えた花花ファファは、3月27日土曜日の昼前にミュンヘン空港から飛び立つ。ティナと京姫みやこは、空港までお見送りに来た。

 大きなアタッシュケースと騎士シュヴァリエ用具一式を収めたトランクを手荷物カウンターで預ける。騎士シュヴァリエ用具格納用トランクには、持ち主である騎士シュヴァリエの顔写真と氏名、二つ名、所属(ある場合)を記載したシートを表から見える様に差し込むスペースが設けてあり、これがあると手荷物として安全性が優遇される。

 この時代、手荷物は様々なセンサーなどで所在を詳細に追うことも可能となっており、ひと昔前の様に手荷物が輸送の最中に盗難されることも少なくなっている。騎士シュヴァリエの荷物が盗難されたとしたら、国際シュヴァルリ評議会が黙っておらず、あらゆる手を使って捜査、犯人を検挙するまで積極的にする。


「それじゃ、行ってくるヨ。おみや買ってくるヨ。」

「いってらっしゃい、花花ファファ。良い戦いが出来ることを祈ってますよ。」

「いってらっしゃい。気を付けて。花花ファファらしい戦いを見せて貰うよ。」


 騎士シュヴァリエならば「あなたなら勝てる」などと無責任な言葉を吐いたり、勝手な期待をかけたりはしない。どの様な相手であっても、油断も慢心もしないのが騎士シュヴァリエの心構えであり、勝敗には純粋な技量が反映されるからである。勝つも負けるもその騎士シュヴァリエ次第である。そして、何よりも騎士シュヴァリエが自分の望む戦いを体現することこそが本懐だ。

 手を振り、振り返り、また手を振り、搭乗口に消えていく花花ファファ。姿が見えなくなるまでティナと京姫みやこは手を振り続けた。

 次に会うのは2週間後の4月12日。元気なトラブルメーカーが居ないと、少し寂しく感じる。

 

「さて。せっかくミュンヘンまで来ましたから、おいしいものでも食べて帰りましょうか。」

「そうだな。私はこの辺りに土地勘がないから何が良いとは言えないが。」

「実は、行ってみたいところがあるのですが。日本食レストランなのですが、お米がおいしいと聞きまして。」

「へー。ご飯がおいしいのはありがたいな。興味がある。行ってみよう。」


 花花ファファが乗った中国国際航空の大型旅客機が離陸を開始したのを見送りながら、これから食事に行く話を決めていた。


 ちなみに、花花ファファは、ミュンヘン空港から北京直通便にのり、北京首都国際空港へ。そこから国内便に乗り換え洛陽北郊空港まで空の旅が続く。空港から実家がある河南省焦作市温県まで高速バスで帰省する。

 ひと昔前の旅客機と違い、長距離用の旅客機は3つの異なるエンジンを搭載しており、ターボジェットエンジンでスクラムジェットジェットエンジン発動までの速度を出し、スクラムジェットエンジン発動後マッハ10程度まで加速、高高度まで到達後にロケットエンジンを点火して成層圏まで飛び立つ。もちろん、垂直に飛ぶのではない。そして、弾道飛行にて約2時間程度で北京に到着する予定だ。そこからが乗り換え、次いで乗り換えと、結構な時間がかかるので疲れが出てしまわないかが心配である。しかし、国土が広いこともあり、2、3時間の移動は近場であると言い放っていた花花ファファ。小柄なれども実にタフネスである。



 それはさて置き。

 ティナと京姫みやこは、ミュンヘン市内にある懐石料理店を訪れた。少し暗がりのある場所で、門構えから入り口までは10mほどある。入り口までの道は渡り石と砂利が敷き詰められている。道の両脇には竹で出来た垣になっており、垣の後ろは青々とした竹林の様になっている。垣の下側に配置された温暖色の間接照明が良い雰囲気を出している。そこを通り越すと藍染めの暖簾が下がっており、引き戸を開ければ、日本の古民家を改造したのでは?と思わせる造りとなっている。

 和服の女中さんに、庵の様な畳の小部屋へ案内され、まずは出されたお茶を飲む。


「あ、すごく美味しいです。」

「ほんとだ。深い味にキレがある。水も違う。少し温度を下げた淹れ方も素晴らしい。たくさん空気を含ませている。」

「空気ですか?」

「ああ。空気を含ませると口当たりが良くなるんだ。暫く沸騰させて湯冷ましに器へ移してから、ゆっくり細く急須に注いだんだろう。お茶の先生が淹れてくれた味に似ている。」


 京姫みやこの14歳らしからぬ蘊蓄うんちくが出る。ちなみに二煎目を淹れる時は温度を少し高めにと、また違う方法を取る。


 懐石ではあるが、リーズナブルなお値段で料理を楽しめる、海外では珍しい日本食屋だ。店の造りと言い、店主のこだわりを感じる。

 最初に炊き立ての白米と、汁物、向付むこうづけ折敷おしき(檜の盆)に乗せられ配膳される。


「ああ、米が柔らかく炊いてある…。久々の味だ…。」


 京姫みやこが感嘆とともに漏らした言葉。

 その理由。

 ここの米はで炊いてあるのだ。米だけではなく、料理全てを軟水で作られていたからだ。

 ヨーロッパの硬水で米を炊くと、固く炊きあがる。その代わり、肉などは煮込むと柔らかくなるのだが。


 そして、椀盛り(野菜の煮物)、焼き魚と順に出され、箸洗いである小吸い物、八寸(人数分の酒肴を四方盆に乗せたもの)と続き、香の物、湯桶ゆとう(おこげを炒って塩少々と湯を注いだもの)で締め括り。

 出てくる素材は、どれも旬の物。ドイツならではの食材もあるが、素材の味を生かしている。


 元々、懐石料理は、茶会で出される濃茶を空腹で飲むには刺激が強いため、小腹を満たすための軽い料理である。客を見ながら一番美味しく食べられるタイミングで旬の素材を生かした料理を出す。その持て成しは茶の湯の心を反映している。

 この店は、正に懐石料理であった。日本食レストランとは一味も二味も違う。


「大変美味しゅうございました。繊細なお味でとても満足です。」

「ごちそうさまでした。まさか、ドイツで本物の懐石料理に出会うとは…。」


 二人とも小腹を満たす程度のつもりで入った店が大当たりだった。

 京姫みやこは少し涙ぐんでいる。それなりのお嬢様なので、久々に触れた本物の味に感無量だ。

 しかし、ヨーロッパ人の口に懐石料理は合うのだろうか。食文化の違いから味覚は違うと思われる。多分、万人向けではなく、この味が舌に刺さった一部のファンが足繁く通う隠れた名店なのだろう。


 お会計。おひとり様40EURユーロなので、なかなかのお値段ではある。しかし、旬の素材や、軟水を仕入れる、もしくは作っている(煮沸やフィルターで余分なミネラルを飛ばす)などなどを考えればお安い金額である。

 それでも若い娘さんが入店するには尻込みするお値段だが、二人とも割と稼いでいるので多少の贅沢と思う程度だ。特にティナは、社長である父親より今年の年収は上だったりする。スポンサー2社の看板を背負っているのは伊達ではない。

 機会があったらまた来よう、そう自然と口に出る二人。笑顔がほころぶ。


 帰りはミュンヘンで有名な市場であるヴィクトアリエンマルクトに立ち寄り、良さげなチーズ(ドイツは世界でチーズ生産2位)とクロイツカム(老舗の洋菓子店)のバウムクーヘンをこれでもか、と言う程買ったのだった。


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