01-018.春季学内大会第二部、Duel本選はじまりました

2156年3月17日 水曜日

 空は生憎の曇り空。朝方に少しだけ降った雪が薄っすらと景色を白く染めている。道を歩けばシャーベット状になった雪が足の裏を通してシャクシャクと小気味良い感触を伝えてくる。

 花花ファファの話では朝5時前から小一時間小雪がちらついていた、とのことだ。彼女の朝は早く、4時には起きて日課の套路タオルー(型稽古)を欠かさずしている。


 朝8:30。屋内大スタジアムでDuel決闘本選の開会式が始まった。開催宣言の後、トーナメントの組み合わせが行われる。予選ベスト8を勝ち抜いた32名は、コンピュータの乱数による組み合わせが決定される。ここまで勝ち上がることが出来る者には、既に上級生、下級生など年齢や経験によるハンデは必要ない。

 会場には本日戦う選手以外にも生徒で溢れかえり、組み合わせの発表が表示されるインフォメーションスクリーンの下で騒めいている。

 トーナメントは8人1ブロック構成で4ブロックとなる。それぞれ、A、B、C、Dとブロック名を呼ぶ。それぞれのブロックで3回勝利した者が、A、Bブロック、およびC、Dブロックの準決勝に進む。


 インフォメーションスクリーンから、トーナメント組み合わせ開始のメッセージが表示される。本選の場合、組み合わせ決定後は1名ずつ表示される演出となっており、選手も生徒も固唾を呑んで見守る。


『Aグループ 1枠 フロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク 騎士科2年 【姫騎士】』


 ティナが祈りを込めた視線の中、一番最初に表示されたのはティナ自身だった。これでヘリヤが17枠以降になれば、決勝まで当たることはない。こういう時、一人ずつ表示される演出をされると余計に気を揉む。まだ観客は入場していないのにこの演出は必要か否かとブツブツと呟いている。まあ、TV局のカメラや動画配信用のカメラが回っているので、視聴者側としては無駄ではないとは思われるが。



 余談ではあるが、実際には以下の様に表示されている。(縦のパイプ『|』とカッコ『[ ]』は表示枠の区切りを表現)

 [Gruppe-A] [Rahmen.01]|[Florentina von Braunschweig-Calenberg]|[Ritterabteilung-Grade8]|[Prinzessin Ritter]


 騎士科2年のことをギナジウムでは『Ritterabteilung-Grade8』と表現される。高校3年生に相当するのは『Grade12』。

 『Prinzessin Ritter』は【姫騎士】のドイツ語呼びである。

 花花ファファの【舞椿】は『Hinunterfliegen Kamelie』であり、

 京姫みやこの【鬼姫】は『Teufel Prinzessin』となる。



 次々と、トーナメントに選手が表示されていく。

 くだんのヘリヤはDグループ26枠であったため、決勝まで当たることはない。が、25枠めは花花ファファ、28枠目に京姫みやこの名前が入り、純粋に喜べない。

 花花ファファの初戦がヘリヤであり、京姫みやこも一つ勝つとその勝者と戦うことになる。それは、まず確実にヘリヤであろう。

 ティナは自分で祈った代償でこうなったのではないかと、渋い顔をする。

 むしろ、ヘリヤの願望がかなったのではないだろうか。「お前たち面白いから全員生き残れよ」予選ベスト8戦開始前のヘリヤの言葉が思い出される。


 本選のスケジュールだが、初日は1回戦が試合コート4面分を使い、それぞれ4試合の計16試合行われる。予選と比べれば試合数が少ないため、午前中は2面ずつ同時に、午後は1面ずつの試合進行となる。

 そして2日目。2回戦、3回戦が試合コート4面分を使い、それぞれ、合計8試合、4試合を行い、選手が4名に絞られる。あとは試合コート1面だけで、準決勝2試合、3位決定戦1試合、決勝1試合と行われることになる。



 本選は、予選の時と同様に9:30開始となる。今は一般入場者を受け入れ中だ。選手たちは10部屋用意されている競技者控室で試合準備をしている最中である。

 ティナはいつもの騎士鎧を纏い、姫騎士復活だ。

 しかし、今回は三人娘全員が大荷物である。

 ティナなどは鎧を2両携え、複数のサブ武器デバイスを持ってきている。Kampf格闘panzerung装甲を持ってきているのは対ヘリヤ戦のためだろうか。

 花花ファファもいつもの武器デバイス以外に追加で武器デバイスを複数持ってきている。いつもの中国単剣の他、反りがあり剣先の幅が広い中国刀が2本、それと、まるで日本刀のような反りと柄を持つ鞘に収まった長剣。

 更に京姫みやこも武器デバイスを追加している。槍、脇差の他に、鞘が2尺5寸を超えた太刀と思われる大刀、そして、刀身は黒塗りの鞘に収まっているが少なくとも1mを超え、柄が90cmの長巻である。

 それぞれが戦いに応じて武器を使い分けるのだろう。トーナメントで誰と当たるか事前に判らないため、どの強者と当たっても戦える様、準備をしてきたのである。


「他人事じゃナクなたヨ!」


 花花ファファが何やら叫んでいる。ヘリヤに目を付けられていたティナのことを他人事と見ていたことが良く判る台詞である。

 そんな花花ファファを見て、やれやれと言った表情の京姫みやこ


「私も順当にいけば2戦目がヘリヤと当たることになるのか。」


 京姫みやこも他人事ではない。彼女の台詞は花花ファファが負けることを含んでいる。

 しかし、残念ながら今の花花ファファ京姫みやこではヘリヤとの実力に大きく隔たりがある。万に一つも、などと言うことはあり得ないだろう。それは本人達が一番良く判っている上で零れた言葉である。

 だからこそ、ティナも気安い応援は無責任な言葉だと判っており、事実のみを口にする。


「二人とも、せっかく世界ランキング1位と戦えるのですから、騎士シュヴァリエの頂点が如何なるものか良く刻み込んでください。必ず役立つ筈です。」

「そうだな。胸を借りる、いや、今の私の技でヘリヤの技をどこまで引き出せるか。それを確認するいい機会と考えるか。」

「そうね。ヘリヤは大師ダーシーと同レベルヨ。騎士シュヴァリエ世界一の技、楽しむヨ。太極拳使えたらもう少しオモシロク出来たのに残念ヨ。」


 花花ファファは競技向けに刀剣を使うが、本来は太極拳の拳士である。纏絲勁による激しい震脚から生み出す発勁(暗勁、明勁を含む)を最も得意とし、接触すれば相手を行動不能にする威力を秘めた技を数多く持つ。

 以前、花花ファファが客引き用の演武で何気に見せていた技があった。スイカに手を触れた状態から軽く力を入れたかと思えば、手の触れた場所の反対側から広がる様に爆散した(寸勁を使ったものと思われる)。流石、3D格闘ゲームで5本の指に入る強キャラのモデル本人である。

 あれは本当に驚いたな、と二人の記憶は呼び起こされ、あの技を競技で使う花花ファファの姿を思い浮かべてちょっと引いた。


 花花ファファのおかげで良い感じに力が抜ける。

 学生の内から世界一の騎士シュヴァリエと戦うことが出来る環境があるのは、恵まれている。いや、恵まれすぎていると言っても良い。

 そして、機会は与えられた。それを生かすも殺すも本人次第である。


 現在、武器デバイスの最終チェックのため、電子工学科とスポーツ科学科のサポート要員で、剣身のホログラムチェック中である。競技者控室には、武器デバイス確認用スペースが設けられており、幅50cm長さ220cmのホログラム発生ケースの中に武器デバイスを設置すると剣身が出力され、ホログラム状況、武器デバイスのセンサー反応度、通信のフィードバック値が正常値の範囲内であるか確認する。


あれ? ティナめずらしいヨ。甘食ガンシー持ってくか? 始めて見るヨ。」

「甘食って…。確かに似てるな、その小盾。ああ、相手は彼女か。なら納得だ。」


 甘食。以前、京姫みやこがおやつに持ってきたことがあったケーキスポンジとクッキーの歯触りがある日本発の洋菓子だ。

 その形状がティナの持っている小盾とよく似ているのである。


「ええ。意外とめんどくさい相手です。剣とナイフでも対応できますが、盾を使った方が早く捌けるので。」

あー、あのヒトね。アノ武器だと試合コート狭いのにヨクやるヨ。」


 ティナの初戦の相手は、ある意味、有名人である。その戦法だけでなく、彼女が模倣するスタイル自体が目に留まるのだ。

 ホログラム発生ケースの中には花花ファファの長剣が収まっている。やはり、刀身が反っており、長さ的に太刀の部類になるだろう。


花花ファファのこの武器も珍しいな。まるで日本刀だ。」

苗刀ミィァォダオヨ。昔、サムライの海賊強かたから真似でつくた中国のカタナヨ。」

「あら、おもしろいお話ですね。確か日本の剣は中国から入って来たものが独自の発展をしたと聞いてますが。」


 もともと刃の付いた直刀が、奈良時代に中国から日本へ入って来た。それを基に鍛造方法の発展に伴い改良が加えられ、平安時代中期頃には現在よく知られる反りがある形状の刀剣が現れるようになった。


「ティナは良く知ってるな。まぁ、その発展で反りが入った刀が生まれたからな。しかしサムライの海賊か。」

「…侍の海賊? 海賊…、もしかして、倭寇のことか!」

倭寇ウォコウ、そう、それヨ!」

「WAKOU? 京姫みやこなんですか? それは。」

「確か16世紀くらいに日本近海を荒らしまわった日本の海賊だよ。元武士が多く乗船してたから相当手を焼いたらしい。」

「へー、ではその時の武器を模したんですね。逆輸入したみたいです。」

「いやいや、刀は黎明期から美術品として輸出していたからな?」

倭刀ウォダオヨ。昔の軍隊でも使てたアッタらしいヨ。」

「なるほど、当事者の国の歴史を知らないと出て来ない言葉ですね。おもしろいです。」


 倭寇と戦った明の武将、戚継光チージーグゥァンの残した記述に寄れば、「日本人の海賊は舞うように飛び回り、突進力があり、遠間から届く刀(大太刀と思われる)を持ち、剣では近づき難く、槍では遅すぎ、遭遇すればみな両断される」とのことである。倭人の武器、刀に対抗すべく、戦法と武器を研究して作り上げた苗刀ミィァォダオを配備した。刀の在り方だけではなく用法も考慮され、ある意味では逆輸入と言えるかもしれない。

 16世紀、日本では戦国時代である。倭寇は単なるならず者の集団ではなく、武士が多数含まれていたと思われる。戦法が違えど軍隊をそれ程恐れさせたのは、戦国の世を戦い抜いてきた現役の武士もののふであったからだろう。


京姫みやこの武器も、またおもしろい形をしてますね。」


 ホログラム発生ケースの中に納められた京姫みやこの武器は、90cmの柄から1mを超えるホログラム刀身が生成されている。


「長巻という武器だ。薙刀と太刀の特性を持った戦国時代過渡期の武器だよ。」

「ほへー、オモシロイヨ。棍の先に刀ついてるヨ。」

「ところ変われば武器も様々ですね。」


 そう言うティナだが、彼女の持っているKampf格闘panzerung装甲が一番珍妙である。そもそも鎧を格闘武器として発展させたケースは世界的にも稀であろう。


 各々、武器デバイスと防具の最終チェックを済ませ、軽く水分を補充しつつ試合会場入場の時間を待つ。友人達との他愛もない会話も無駄ではなかったのだろう。皆、精神的にも寛ぐ余裕が生まれていた。


『試合開始10分前です。選手は試合会場に入場してください。』


 聞こえて来た館内放送に三人の目が合う。


「それでは、いきましょうか。」

「ああ、行こう。」

「ナンか、ワクワクして来たヨ!」


 三人娘は顔を見合わせ微笑み合う。

 これから向かうは世界一の相手が待つ舞台。

 自分が何処まで行けるのか推し量るには十分な相手がいる。

 いつの日か、それは幸せなことであったと気付くだろう。


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