01-016.日曜日は市場へ出かけ、昆布と花椒を買ってきた

2156年3月14日 日曜日

 陽は出ており天気も良いがまだまだ肌寒い。早朝には霜が降り、午前中も5、6℃程度にしかならない。空気も冷たく澄み、遠くの景色が寒空の下くっきりと浮かび上がっている。


 吐く息も白い中、三人娘は寒さなぞ関係ないと言った様相で元気いっぱいである。生徒たちの拠点となる学舎エリアの入り口で待ち合わせをして、学園の正門行きトラムを待つ。


 そう、この学園では敷地外に住まう学生と一般入場者向けに無人の路面電車が走っているのだ。なにせ、敷地面積は100haあり、競技場や学舎、宿舎などは、立地の都合上、正門より1kmほど離れている。学舎エリアと正門までの間には運動設備や公園などがあり、一般でも利用出来る準公共施設の扱いになっている。多分、広大な敷地と引き換えに政治的何かがあったのだろうが言及はしない。

 今日は日曜であるため、学舎エリアと競技コートエリア以外を除く敷地内には人も多くなり、トラムの稼働率も平日より高い。


 現在時刻は10時過ぎ。トラムの待合場には、街に繰り出すのだろうか学生達も数多く、少し騒がしい。

 待ち時間の間、ティナは身体のすじを伸ばしながら「身体の奥がまだ痛いです」などとブツブツ言っている。うーん、と手の指を組んで両手を上に伸びをする。そして、クリーム色で丈が長いラップコートのベルトを結び直す。少し左側に寄せリボンの様な蝶結びをしている。何気にカシミア製の非常にお高いコートである。普段着に良いところのお嬢様であることが垣間見える。

 京姫みやこは、アーミーコートのフードを被り、手袋をはめた手を口元にやり、ハーと温かい息をかけている。カーキ色のロングダウンコートを羽織った花花ファファは先ほどからティナのコートを撫でながら「イイ手触りヨー」とご満悦である。

 そして、トラムは乗り込んだ学生達で満載となり、車内の熱気は汗ばむ程だった。


「ちょっと小腹すいたヨ。ナニか食べてこうヨ。」

「え? あ、ちょっと! 待たないか!」

「はあ、仕方ないですね。」


 街に着くなり花花ファファはオープンテラスのあるレストランへ駆け出す。ローゼンハイムでも有名な店の一つで、お値段は意外とリーズナブル。ヨーロッパのレストランで食事をするとガッツリした量であることが多々ある。ポテトがどっさり盛られたシュニッツェル(要はカツレツ)一皿とカロリーを考えてヴィーガン料理(卵、乳製品も使わないベジタリアン料理)を一皿、そしてベリーの焼き菓子盛り合わせを三人で分け合って丁度良い。しかし全部量が多い。


好吃おいしい好吃おいしいヨ。ここの炸肉排カツレツは最高ヨ!」

「やっぱり最初からここに寄るつもりだったんですね。あ、このシュー、中々のお味です。ベリーが良く合います。」

「ヴィーガン料理は初めてだけど、精進料理みたいだな。しっかりした風味で濃厚だ。とても野菜だけとは思えない。」


 料理番組の様な語録は出ない。彼女達にソレを求めるのは酷だろうし、そもそも料理系物語ではない。


花花ファファは何を仕入れに来たんだ?」


 京姫みやこは「仕入れ」と言ったが、花花ファファの買い物はまさにそうである。学内大会でも屋台の東坡肉ドンポォロオを作るために肉や小麦粉を二桁kg単位で発注したり、調理器具を大量に取り寄せたりと個人レベルの買い物とはとても言えない。彼女の宿舎脇には天井と側面の壁だけの小屋を建て、調理台や竈を作ったりと本格的に調理が出来る厨房を勝手に作っている。後から厳重注意を受けた時に許可を無理やりもぎり取ったが。

 買い物などは配送サービスがあるのだが、彼女は発注と手で持ち帰れる程度の買い物は必ず自分で店に訪れる。その理由は街に着くなり駆け出した先にあるが。


「今日は取り寄せ取りに来たヨ。花椒ファジャオ海鮮醤ハイシィェンジィァン鎮江香酢ヂェンジィァンシィァンツゥヨ。それと枸杞子ジュチーズーヨ。」

「ちょっと聞いただけでは何か分からないな。」

「そうですね。今一つ判別がつきません。花花ファファの事ですから食品系だと思いますが…。」

「中国の調味料ヨ。」


 学園が出来たことで、国際色が豊かになり各国の料理や生活用品、調味素材などを販売する店舗も増えている。花花ファファは中華素材も取り扱う馴染みの乾物屋をいつも利用する。しかし、良く知られるもの以外はなかなか店に置いてない。だからお取り寄せするのだ。メーカーや輸入販路まで指定する厄介な客でもある。

 輸入販路を何故?と思うだろうが、例えば日本で一般的に出回るコーヒー豆の多くは輸入時に酸化して本来の風味が損なわれているという。花花ファファは輸入時、素材に適した品質管理が取られているかこだわるのだ。



 全くの余談だが、最近スーパーなどで海鮮醤を置かなくなった。いろいろ探し回ったがネットで購入する以外方法がなく癪に障る。私の麻婆豆腐のレシピ(大体3、4人前)は、豆板醤大さじ2、甜面醤、豆鼓醤、海鮮醤、牡蠣油、鶏がらスープ粉を各小さじ1、花椒小さじ1/3、辣油小さじ1/2、ミック適量、塩胡椒、ニンニク、ショウガ、あと溶き片栗粉なのだが、海鮮醤がないと好みの味とほんの少しベクトルが違う出来栄えになる。食べると何かが違うな、と首を捻る感じ。



「アーモンドクリームは初めてですが、これは良いですね。癖になる味です。」

「これもなかなかいいぞ。イチジクを使うのも珍しい。」

「イチゴ好吃おいしい。クリームの甘さ控えめがバランスいいヨ。」


 彼女達は屋台のクレープシュクレ(甘いクレープ)に引き寄せられて今に至る。先ほど食べたばかりだが、甘いものは別腹なのだ。そう。満腹でも本当に胃にスペースが空くらしい。昔、検証番組でレントゲン映像を見たとき驚いたものだ。

 露天のアクセサリーを眺めたり、街の情報掲示モニターにティナのCM(下着姿)が流れて本人が注目を浴びたり、花花ファファが消火栓の上に登ってポーズを取ったりと、ワイワイ賑やかに練り歩きながら大通りの外れにある店に到着する。

 看板には「Nebenstraße Zutaten」、裏道の食材と書いてある。元気よくドアを引いて開ける花花ファファ


阿姨おばちゃん、来たヨー!」

「おや、よく来たね。相変わらず騒がしいさね。ゆっくりしていきな。」


 店内は懐古的な造りで、陳列棚には見たこともないような食材が並ぶ。レジがあるカウンターはブロックに区切られたガラスのショーケースとなっており、はかり売りするのであろう調味料と思われる粉が何種類も入っている。店の内部が薄暗いのは商品の品質管理のためだろうか。先ほどの台詞は、カウンターの後ろに座っている少し細身で白髪が目立つ初老の女性からだ。ローブを纏わせたら森の魔女と言ってもおかしくない雰囲気だ。


「どれどれ、ちょっと待ってな。注文の品取ってくるから。また勝手に商品弄るんじゃないよ。そこのお友達もね。」


 やはり花花ファファはここでも自由人のようだ。今も店内を物色中。アッチコッチと手に取っては戻すの繰り返し。ティナは物珍し気にキョロキョロと店内を見回す。大衆系お嬢様も乾物店は初めての様だ。

 京姫みやこはと言うと。微動だにせず一点、いや、一品を穴が開くほど凝視している。流石にただ事ではない雰囲気に二人から声がかかる。


「どうしました、京姫みやこ。何ですか? これ?」

京姫ジンヂェン、どしたヨ。何見てるヨ。」


 そこは横型の防湿ケースの中。黒い。黒い布を20cmくらいに切って、固めた様な物体の束に白く細いリボン?で巻かれている。京姫みやこの目はソレに釘付けとなっている。


「待たせたね。悪さしてないだろうね。ん? どうしたい?」

「ああ、お嬢ちゃん、日本人ヤパーニッシかい。なら、それが何か判るんだね。」

「お幾らですか! 一束、いえ二束下さい!」

「一束15EURユーロだよ。ちょっと待ちな、今入れ物持ってくるよ。」

「はい! お願いします!」


 食い気味に受け答えする京姫みやこに、ティナも花花ファファもキョトンとする。

 昆布である。海外では殆ど馴染みがない昆布である。白いリボンは干瓢かんぴょう。パッケージ詰めされておらず、色艶と言い、元は桐箱入りの高級昆布と伺える。ケースの中に乾燥材代わりに米が詰まった小袋が置いてあるところが昭和の匂いを感じるが。

 油紙で出来た袋に昆布と小さな米袋を詰めてもらい、京姫みやこはホクホクだ。


「へー。これからUMAMIが出るんですか。面白いですね。私は顆粒状の加工品しか知りませんでした。」

美味メイウェイはコンな黒いのから採れるはビックリヨ。日本人リーベンレンはオモシロイヨ。」

「これは昆布Tang、いや、Laminaria jap真昆布onicaだな。昆布の中でも高級品だ。」

「お嬢ちゃん、良く知ってるねぇ。これは日本食レストランと日本蕎麦屋に卸してる品の余剰分だよ。」


 花花ファファ、四つ足は机と椅子以外食べると揶揄される国の人からオモシロイとは言われたくないよ?


 昆布からは植物系グルタミン酸のうま味成分が摂取出来る。うま味とは、明治時代に日本人が発見した五つ目の味覚である。国際的にも「うま味」と言えばほぼ通じる。尚、伝統的な日本食文化はユネスコ無形文化遺産に登録されている。

 ついでに、蕎麦であるが麺の形で汁に浸して食するのは日本文化の一つなだけで、蕎麦自体は広くヨーロッパにも分布している。蕎麦の実の粥や、蕎麦がき、パンなどでも食されており、小麦の代用品となっていたこともあった。また、クレープなどは、溶いた蕎麦粉を焼いたものが起源である。


 花花ファファは両手いっぱいの荷物を抱える。別途、発注をしていたが、使う分だけ都度発注するのは品質管理のためである。「時間が経つと味が落ちるから」とのこだわりである。


 ティナもメンテナンスに出した鎧を受け取り、みな手荷物が多い状態である。

 そろそろ帰ろうとなった時、ティナが一言発した。


「せっかく来たので教会に寄っても良いですか?」


 マックスヨーゼフ広場の側に、聖ニコラウス教会がある。薔薇のステンドグラスが美しいことで有名である。聖堂に入ると、4、5人掛けの簡素な造りの信徒席が横に2列、縦に21列と並んでおり、主祭壇には金の十字架が天井より吊るされている。入って来た方を見やると、入り口の上が2階となっている張り出しがあり、パイプオルガンのパイプが荘厳に並んでいる。白く明るい聖堂内部をティナは進んでいく。日曜ミサの時間とずれているため、礼拝者はまばらである。荷物を預かった京姫みやこ花花ファファは、後ろの信徒席に陣取り待つことにした。

 京姫みやこ花花ファファは国教が別の宗教であるため、カトリックの教会内部に入ったのは実は初めてである。取り敢えずティナからは飲食撮影禁止と静かにとの注意点を聞いた。京姫みやこの場合は、入っても良いのだろうかとの不安と遠慮が織り交ざった顔をしている。花花ファファはホヘー、とアーチ構造になった柱と天井を口を開けて見回し、所々にはめ込まれたステンドグラスを見ては漂亮キレイヨーと呟いている。


 ティナは信徒席最前列に陣取り、静かに黙祷をする。今日は、感謝と嘆願を祈りに来た。エイルに勝利できたことに感謝を捧げ、ヘリヤと何としてでも違うブロックになりたいと嘆願する。嘆願の内容が酷い。本当に神頼みに来てるのが何とも残念な娘である。

 しかし、ヘリヤと別ブロックになれば、ランキングポイントが少なくとも3回稼げる。せっかく予選ベスト8まで来たのだからもう少し稼いで余裕を持ちたいと。つまり、彼女はヘリヤ以外には負けないと言っている。勝気や傲慢でもなく、全ての要素を照らし合わせた事実として導き出した答えである。

 祈りを終え、十字を切る。右手を額にやり「父と」、その手を胸に「子と」、そして手を左肩へ「精霊の」、最後に右肩へ「み名によって」、両手を胸で合わせ「アーメン」と。


「おまたせいたしました。さあ、帰りましょうか。」

「もう、いいのかい? まぁ、ちょっと慣れない雰囲気だから正直有り難いが。」

「ここ、スゴイ漂亮キレイなツクリヨ。眼福イェンフーヨ。塔も登りたいヨ。」

「あら、残念。塔の入場は日曜の10:45のみですよ? 有料ですけど。」

「そか。お金かかるか……。」


 食材には結構な金額をかけるのに、それ以外には財布の紐が固い花花ファファであった。



 夜には、京姫みやこから野菜の煮物が差し入れられた。よく噛んでゆっくり食べろと。

 薄味だが、何とも言えない味覚が刺激される。


「これは…! UMAMI、侮れません。」


 ちょっと日本食レストランに通おうかと真剣に悩むティナがいた。


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