01-014.パンモロです、なにを今さら ~ティナその3~
次の試合準備が完了するまで、解説者がゲストの【騎士王】と共に第1試合のスロー再生をしながら解説をしている。なかなかに的確なコメントが出され、観客もスクリーンに釘付けである。その画面が一度消え、現在の試合コート4面が映し出される。次の試合が開始される合図でもある。
『みなさん、第1試合はいかがでしたか? 開始早々、目を見張る技の応酬で2ポイントのイーブン。そしてフロレンティーナ選手が神速の5連突きを放ち1本と2ポイントを取得! 一気にエイル選手を引き離しました!』
『あと1ポイントで勝利となるフロレンティーナ選手、それを追うエイル選手! まだまだ逆転の目は残っています! これから彼女たちはどんな戦いを綴ってくれるのか! 期待の1戦、今開始です!』
解説者の後に続き、審判のアナトリアから合図がかかる。
『双方、開始線へ』
エイルは開始線に向かいながらティナの一挙手一投足に目を見張る。何かが違う。そう感じたからだ。普通に歩いているその姿はいつもと同じだ。だが違和感がある。それが判らないまま開始線で対峙する。
先に口を開いたのはエイルだった。
「さっきの試合はほんとーーに驚きましたわ。手元で伸ばす突き、まるでビックリ箱のようですわね。」
「驚いていただけたなら、出した甲斐がありました。」
「それに最後の連続突き。まるで
「必殺技でしたから。あれを避けられたら当分立ち直れませんでした。」
今回、エイルは策も弄しない普通の会話をした。もちろん
表情に僅かな変化も見られない。これは期待していなかった。彼女は毒を吐かれても、それがどうした、と気にもかけないタイプだからだ。
声音も全く変化はない。一番最初の弱々しさは演技だったのだろうと確信出来ただけだ。
そして言動。あれはティナにとっては当たり前の技であったと。そして、確実に当てる自信があったと。それが伺えた。
なるほど、とエイルは心の中で相槌を打つ。確かに、あれを
そこから導き出した答えは、隠し技や変化技などの決め手ではなく、知れ渡っている王道派騎士スタイルとは全く別の能力を持っていることだ。もはや隠す気もないようだ。
だが、あの突きは再び出てくることはないだろう。まだ試合が残っているのに身体をほぐすストレッチを行ったのは、それだけ身体に負担がかかる証拠。そう度々出来るものではないと物語っている。
「フフッ、やはり戦い甲斐がありますわね。」
「ええ、ほんとうに。」
お互いが微笑み合っているが、審判のアナトリアは2度目の背筋が凍るような気配を振り切る様に大きな声で高らかと合図をだす。
『双方、抜剣』
ティナは右腕を真っすぐ前に出し、左へ柄を向け、エイルと水平にした状態で剣先が生成された。その様子を見たエイルの眉根がピクリとする。
「(……。先の試合を考えれば、これが単なる仕込みなのか判断が難しいですわね。動揺や思考を削ぐためのポーズでもなさそうですし。その様な技を持っている、として動きましょう。)」
『双方、構え』
アナトリアが右腕を水平に前に出し、軽く拳を握って胸元へ置く、いつもの仕草をする。彼女の大きな胸がまた揺れるのは仕様である。
エイルは、左手を腰の後ろに曲げ、軽く拳を握る。右手を斜め下向きに出し、右脚を前に、後ろ脚を少し外側に開いて膝下のみ身体の少し後ろ側に置く。剣先は斜め下を向いている。ファルシオンで言う
そして、ティナは。
水平に持った剣を右方向に大きく振り出し、回転に合わせて身体もクルリと回る。身体が正面に戻ったところで、左手を右前腕の中央に掌を当てる様に置き、剣を勢いのまま右斜め下から手首を軸に時計回りで剣先を回転させ正面に向ける。脚元は、左を前に右脚を後ろにしているが、両の脚は身体の中心線に位置し、正面からは手前の脚しか見えない。
エイルは、最初の違和感が何であるかを知った。ああ、全く知らない武術の歩法で歩いてたんだと。
解説席も彼女を良く知る観客達も唖然とするなか、どこ吹く風のティナは独り
「(Ja,!Es ist Showtime! お代は見てのお帰りです!)」
アナトリアが右手を上げる。
『用意、――始め!』
そして、少し溜めた後、手を振り下げる。相変わらず身体の一部が揺れに揺れる。
「始め」の合図と共に、ティナは両脚をバネの様に使い一気に跳んだ。後方に。
両の脚を前後に揃えていたのは、バックステップの挙動を隠すためであった。そして、離れた位置で歩法を見せ付けることで認識を生ませる。警戒せよ、と。知らなければ反射で対応されてしまう、まさかの事故がある。警戒して対応されれば、そのまさかが激減するのだ。
いきなり距離を空けられたエイルは、流石に面食らう。だが、一定の距離を保つため追従しようとして脚が止まる。ティナが始めた歩法が余りにも剣術のそれとはかけ離れていたからだ。
ティナは少し右半身となりながら、肩幅より一回り広く両足を開き軽く膝を曲げ、トントン、とステップを踏む。前後の移動は両足をトントンと、左右に動く際はどちらかの脚から、脚の幅を変えないようにステップを踏んでいる。
ボクサーの様な歩法、と思ってもらえば一番近いだろうか。兎も角、リズミカルに縦横無尽に速度が変わらず自在に動く。その動きに追従出来る速度を持った歩法は、剣術では数えるほどに絞られてしまう。
両脚の開きで、革鎧の裾は少し上に持ち上がっている。白のレースが多用された下着が良く見える。どうやら綿で出来ているらしい。
そしてティナは右腕を胸の下に置き、剣身を左上に向けて抱きかかえるようにしている。左手は右前腕の
「(なに、あれ? 何の武術? そんなこと今はいいわ。それより、)あのステップは近接したら即座に回り込める歩法になってるわね。」
「どうしたものかしら。完全に初見の技だわ。様子見も許してくれないでしょうね。」
「エイル、エイル。」
「何かしら、フロレンティーナ。」
「あなた、声出てますよ。」
「!!」
エイルは、心の声がいつのまにか肉声になっていた。
そこまで動揺していたのか!と、エイルは深呼吸を2つし、平静を取り戻す。
「ご親切にありがとう、フロレンティーナ。でも。今の内に攻撃すれば簡単にポイントを奪えたんではなくて?」
「それではお互い詰まらないでしょう。訳もわからず敗退なんて。」
「そうね。まだ見せて貰ってないものね。では。忠告をいただいたお礼に、こちらから一手見せるわね。」
「ええ、どうぞ。攻めも守りも関係ない技ですからご随意に!」
その言葉の意味をエイルは考える。攻めも守りも関係ない?つまり攻撃と防御が即対応出来る技なのか、或いは攻撃が防御にもなるのか、それとも……。見えないものに思考を割くのは得策ではない。余分な考えは一先ず脇に置き、こちらの手札を切る。
エイルは前に置いた左脚に力を籠め、右脚のつま先で弾く様に前に蹴り出し、1歩距離を縮める。同時に左脚を前に踏み込み、ティナの剣の脇すれすれを通る様に下からの切り上げをかける。剣を
が、エイルの剣の脇腹を、ティナの剣の脇腹で弾かれた。いや、剣の脇腹で押し込められている。初めから剣を
そこからエイルは見たことのない挙動を展開された。
ティナはエイルの剣を引っ掛けたまま、剣と身体ごと反時計回りに急速回転をした。その反動でエイルの剣が完全に弾かれ、
回転し初めから段々と高さが下がっており、1回転してティナが正面を向いた時には座ったくらいの高さとなっている。横に伸ばした左足がブレーキなんだろう。そして回転の勢いで身体の
『双方、一旦中断』
アナトリアから合図がかかる。エイルが武器デバイスを飛ばしてしまったからだ。故意に手放す以外は、一定時間後に装備着脱のルールが適用され、装備品の再装着の時間が設けられる。柔道の帯が外れたり、剣道の竹刀が折れたり等と同じだ。
今のティナは姫騎士とは言い難い恰好になっている。しゃがみ込んでいるような姿であるが、右脚は折りたたみ踵を臀部の下に付け、つま先立ちで膝が右斜め前を向く。左脚は身体の左に伸ばし、片脚だけの開脚。左手は拳を握り、身体を支える様に真っすぐ地面に立て、右腕は剣の勢いに流れて身体右斜め下に伸ばした状態である。手首で剣先だけ前に向けている。大きく脚を広げていることにより、革鎧の裾は盛大に持ち上がりVラインが深い白の下着が丸見えとなっている。身体が前傾姿勢なため、後ろ側も鎧の裾が上に引っ張られ、臀部の殆どが露出している。後ろは紐のティーバックで、下着を止める横の紐との接合部は、下向き三角デザインのレースで出来た布地にメーカー名「
「(なんですか、あの技! 剣が跳ね上がったタイミングで既に降って来てるなんて! 攻撃特化の超速切り返しですか! ホンと、良く間に合いました…。冷汗モノです。漏らしたらどうしてくれるんですか! )」
「(ん? 「お漏らし姫騎士」もアリですか? 字面的には「姫騎士のお漏らし」の方が良いですかね? ………特殊需要しかなさそうですね。薄い本案件です。)」
ティナは明後日の方向に思考しながら、鎧の各所をはたく様に立ち上がる。左脛の三角状の箱のような張り出しも叩く。小さくコトン、と音がする。立ち上がるとエイルの準備がそろそろ終わる頃であった。
エイルは武器デバイスのチェックプログラムを走らせながら、珍しく狼狽している自分を深呼吸にて落ち着ける。
「(この学園に来て、様々な武術と戦って驚かされはしましたけど、狼狽させられたのは初めての経験ですわね。アレを避けるどころか捻じ伏せるなんて。フロレンティーナがどういった武術を使っているのか皆目見当がつかないわ。)」
「(剣を突き出そうとする挙動のまま一瞬で相手の横を取る歩法。注意はしてましたが予想を超えて来たわね。)」
「(剣を巻く、払うなどの技法ではなく、剣その物を役立たずにするあの技、中国拳法の様な上下動からの斬撃。
「(剣さえ無事なら、あの回転の軌道に剣を置けば自然と斬撃は入るでしょうけど、織り込み済みでしょうし、情報収集せざるを得ないですわね。)」
そうこう思案している間に武器デバイスのチェックが完了する。登録エリアで再度、登録チェックを行い開始線に戻る。
「お待たせしたかしら?」
「いえいえ、もう終わったのですか。早かったですね。」
「幸い、異常はありませんでしたもの。」
アナトリアから試合再開の合図が出される。
『双方、構え』
エイルは、少し前傾になり、今度はもう一度
対するティナは、少し右半身となり肩幅より一回り広く両足を開き軽く膝を曲げ、トントン、とステップを踏む構えを取る。そして、柄は胸の高さで、剣先を斜め右上に向く様な確度で持っている。右手は腰高さから90度直角に曲げ胴にかかるように少し内向きに置き、拳は自然に開く様にしている。剣の持ち手を左に変えて来たのだ。
『用意、――始め!』
プルンと胸が弾む。アナトリアの。
エイルはティナの様子を見るため、少し距離を取る。わざわざ、剣を左手に持ち替えて来たのだ。フェイクか?技の左右反転か?或いは左手で使用する技なのか。
そのティナは無防備に近づいてきた。先ほど瞬間的に懐に入られた速度と比べれば、散歩でもしているかのようだ。
何をするか判らない。ならば無防備の状態から攻撃に変わる時間を奪い、一気に仕留める。斜め上に向けていた剣で最速の突きを胴へ叩き込む。
ティナの右斜め上に持たれていた剣先が腕を振り払う様な動きでエイルの剣に接触する。また
エイルはティナの次の動向を見定める。しかし、想定外、いや在り得ない行動をされる。
ティナは、自然体でエイルに近づき攻撃を仕掛けさせた。エイルの剣を左下まで押しやり、剣がすぐには使えない状況を作る。そして自分の剣を手放した。
右脚の膝を高く上げ、そこから膝先を伸ばし、足先がエイルの胴の前を通過する様、腰の捻りを加えて蹴りを放つ。風圧でエイルのスカートがスリット部分を起点に巻き上がる。レースが入ったシルクの白い下着があらわになる。エイルは、不意に出された蹴り技に動揺し、思わず仰け反り身体正面ががら空きになっている。右足の回転と、左手で左下方へ剣を振った勢いで、上半身を反時計回りに高速に回転させ、エイルに背を見せる。
その時には既に左脚が後ろ回し蹴りの軌道を取り、右脚の接地と共にエイルの
ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が鳴り響く。
唖然として、エイルは自分の
『フロレンティーナ選手、1本』
『試合終了。双方開始線へ』
『
『
『よって勝者は、フロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク選手』
アナトリアがティナへ向けて斜め上に腕を上げ宣言した。
歓声があがる。なにしろエイルを相手に勝利したばかりか、勝利条件を2ポイントも超過している。これは、エイルを圧倒したと言っても良い。
解説者席でもギャーギャーワーワーと騒がしく実況をしている。
「おめでとう、フロレンティーナ。見事だったわ。」
「ありがとうございます、エイル。おかげでたくさん苦労させられました。やはり当たりたくなかったのです。」
「あら、こちらは当たって良かったと思ってるわ。あなたの知られざる姿が引き出せたんですもの。」
「だから当たりたくなかったんですよ? エイル相手だと手札を切る必要がありますから。」
「随分買ってくれているのね。ところであなたの技、一体どこの流派なの? (記録や文献で)どこにも見たことがなかった技よ、あれは。」
「んー、んー、んーんんん。……まあ、技も出してしまったし少しくらいは良いでしょう。あれは、12世紀頃にいなくなった
「森の民? 聞いたことがないわね。」
「森の民自体、歴史の表にも裏にも影にさえ徹底して出て来ない引きこもりでしたから。資料も存在した痕跡も残ってない筈ですよ? 子孫にのみ代々伝えているんです。」
12世紀ころから始まったドイツ大開墾運動で森林が開拓されるまで、人が訪れることのない大森林の奥深くで小国家を築いていた部族があった。様々な国の移民や住処を追われた者たちが寄り集まり森へ入り時を経て国となった。
人口はほんの2、3万人と少なかったが、稀に来る侵入者を撃退するため森林戦に特化した武術が生まれる。
格闘戦を前提にした鎧、
森の外の情報と共に技術も積極的に持ち帰られ、独自の体系を作り上げた武術。
深い森が消え始めたことを契機に、森の民は痕跡も残さず各地へ消えていった。
――FinsternisElysium MassakerKünste フィンスターニスエリシゥム
ティナは語らなかったが、母から教わった術は格闘を軸にした確殺術である。
「(姫騎士が殺人技とか醜聞が宜しくないじゃないですか! 流派名は絶対秘密です!)」
「なるほど、家伝なのね。最後の技、あれは投擲武器よね? いつ投げたのか判らなかったわ。」
「蹴り技で射出したんですよ、あれは。」
「は? え? 蹴りって、あの蹴り技はそのためだったのね。それは流石にわからなかったわ。」
「今回は蹴りがトリガーでした。この鎧、
特定のトリガーで一方向へ射出するホログラム製投擲武器は、小型の形状に限りサブ武器デバイスとして5個1セットで登録できる。ティナは脛の投擲装置に左右1本づつ実装していたのだった。投擲装置を叩いてロックを外し、特定の速度を与えると射出する設定をしている。
故にティナが行った蹴り技は反則ではない。身体を使って直接相手に攻撃を与えた場合のみ反則なのである。
「はぁ~、だから今回その鎧だったのね。仕込み暗器かあ。…あなたまだまだ
右手の人差し指を唇に当て、いたずらっ子の様に笑みを浮かべるエイル。
「私としては次回が来なければいいと切に願うんですが…。」
「(フラグ乙!はヤメテください! 見たくなったって、あなた、そんなアクティブキャラじゃないでしょーが! 出てこい!ちくわ大明神! 空気変えやがれです!)」
ティナはあからさまにゲンナリした表情を浮かべる。そして、フラグを早い内に折るにはどうしたら良いか真剣に考えてるのが何とも。
対戦者のみならず、観客や見ている者全てを仰天させた、競技コート4面第4回戦2戦目はこうして幕を閉じた。
ティナは、完全に姫騎士らしからぬ出で立ちと技を十二分に振舞い、目標であった予選ベスト8を手に入れた。
しかし。今回の試合で二つ名が違うベクトルに変わる可能性があることに気付き戦々恐々とするのであった。
「マズイです! さっさと姫騎士
なまじ、いろんな事が出来ると、二つ名固定化のイメージ戦略が大変なのだ。
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