01-002.ポイントを、いただきたいのです
ただ一合、剣を合わせた。
そして、お互いが間合いに深く入り込むのは危険であると判断する。それだけ先ほどの攻防で得た情報が大きかった。
ティナは左前に半身を開き、右肩口に剣を引き付ける防御崩しの型、
エデルトルートは腰元に剣を引き付け、剣先を相手の顔に向ける型、
先ほどの攻防が効いている。
お互い、迂闊に手を出せないため試合は開始早々硬直した。とは言っても、
女性解説者の絶叫が聞こえる。インフォメーションスクリーンには、リプレイ動画がスローで流れている。
『何度見ても普通じゃねぇっス! なにコレ? ナンで構えの形で前進んでんの? ローラー? ローラー付いてんの? 剣振り上げが攻撃になってんの? 技じゃないじゃん! 時計が0.42秒ってなに!』
『ナンで肩の上から剣振り下ろして間に合うの? 0.1秒かかってねぇじゃん! つーか、もう擦れ違ってるってナニ! 移動しながら向き変わってるよ二人とも! あ、止まったっ、って時計0.95秒なんスけど! 1秒たってねぇっスけど!』
こんな
ティナの一般的な評価は、攻防一体で速度があり技が高水準で得手不得手がなく、
だが、この一戦、今まで見せたことがないスタイルの駆け引きを使ってきた。この戦いに用意した奇策なのか、もとから隠していた技術なのか。傍から見ていた者はさぞかし困惑していることだろう。
ティナは穏やかにほほ笑んでいる。しかし、内心は
「(いやぁ、チョット、ホンとに予定外です。何ですかアレは。反射神経だけで返されました! 本人のアノ様子では完全に無意識ですかそーですか。ポイント1つ稼いだと思った瞬間これですか。全く、予定は未定とは正にこのことです!)」
これは本当に想定外であった。そう思わせるのはこちら側でなくてはならない。
準決勝で敗退したため、今年の世界選手権大会へ出場するには、ここで3位決定戦を勝利することが必須条件であった。4位では、ランキングポイントが微妙に足りなく、過去実績の累積評価だけでは世界選手権大会の選手選考評価に差し障りがでる。
対戦相手が決まった時。戦い方を考慮する必要が出た。なにせ、相手は前年度全国大会優勝者であり、世界選手権大会ベスト8に入った世界ランク14位の
――見せたことのない構えを使う
――技や構えを本来の用途以外で使う
――脚捌きではなく体幹と重心移動による歩法を使う
――認知されている戦闘スタイルになかった策を使う
この布石に対策してくるならば術中に嵌まったも同然。あると思わせれば意識を逸らす方法は幾らでもある。後は付け入ることを繰り返し、猜疑心を蓄積していけば良い。悩め!考えろ!さすれば地獄の門が開く!
「(あの無意識、過去に何度か見たことがあります。まぁ、自由自在なら
「(しかし、世界選手権に出場している方々は、どいつもこいつも妙な技を一つは持ってますね。成ればこそ、なのでしょうか。もぅ、厄介すぎです!)」
エデルトルートは先ほどの刹那の攻防について振り返る。
本当に運が良かっただけだと、気を引き締める。極稀に発生する脊髄反射での対応が出ていなければ確実にポイントを失っていた。更に、ダメージペナルティで被弾箇所への30秒間高負荷状態がかかれば、足捌きが封じられ回避も攻撃もできなかったことだろう。
「(下段の構えのまま技に繋げず奇襲するなんて本当に驚いた。コマ落としのように一瞬で懐に入られた。呼吸を盗られた? それに、足捌きがなかった。脚全体…重心移動? 特殊な歩法を持っているのか? 要注意だな。)」
元々、攻撃や防御などの技は、本来どの構えからでも出すことは出来るが、最適なパフォーマンスを発揮する構えで運用することが多い。そのため構えから、どの技が出されるのかをある程度予測はできる。そして足捌きから剣の軌跡を予想する。ティナが見せたそれらは、派生でも変則でもなく、どれにも含まれない運用であった。
「(あれは切り札だったのか? でも必殺ではなかった。彼女、本当は策略家なんだろう。なら、他にも持ってる筈。判断が遅れれば確実に取られる。どうする? ……いっそ、対応が出来ない攻撃は相打ち覚悟でカウンターを仕掛けて凌ぐ。1本を取られなければ良い。)」
エデルトルートは相手への認識を改め、警戒を一段高めた。そして、想定外の攻撃は潰し相手に作戦変更を強いる方針へ切り替える。しかし、それはティナの策略に嵌まった瞬間であった。
お互い、深い間合いで、切り落とし、片手突き、奥義である流し目切りからの受け流し等、攻防は続き多くの技が出るが決まることはなくポイントにならないまま時間が過ぎる。
技から構え、構えから技へ、流れる様に繋がる剣戟はまるで演舞を見るかの様で、高いレベルの攻防に観客は沸く。女性解説者が意外にも的確な解説を付けており、場内の熱気を高める。
この競技、殆ど脚が止まらず激しい動きが多い。実際戦っている彼女たちの姿を思い出して欲しい。そう、股下数cmの極めて短いスカートを履いている。つまり、チラ、チラ、モロ、チラと、言った具合にとても華やかである。通常、レギンスなどは用いられず、下着に近い競技用のアンダーか普通に下着が履かれている。
これは、社会現象にもなる程、熱狂的な人気を誇ったある女性
『エデルトルート選手は、黄色のローライズですねぇ。後ろ部分がシースルーでキュートなお尻の形が良く引き立ってます。鎧とスカートの色と調和して、とてもバランスが良いコーディネートです。後ろからのチラチラが可愛いですね。』
『フロレンティーナ選手は、ピンクのティーバックですか。スカートから透けて見えない良いチョイスです。しかし、後ろなんて殆どヒモじゃないですか。最初の礼の時、みんな「はいてない」って思ったでしょ!』
『彼女は、普段から
女性解説者のコメントが深夜番組枠になっている。マナー、と言うかモラル的にスカートの中身をコメントすることはまず無い。悪ノリし過ぎである。観客席はチラリとする度に「おー」と、歓声が上がるようになり、こちらも悪ノリしている。
ちなみにティナは、同社の下着を愛用していることが切っ掛けで昨年から下着メーカーである
彼女は姫騎士と呼ばれることに並々ならぬ執着を持っている。世界中から姫騎士と呼ばれるためだけに技を練り、世界を目指す。スポンサーが靴下メーカーだったとして姫騎士推ししてくれるなら、全裸靴下も厭わない所存である。
余談はさて置き。
それは、押し合いによる拮抗は存在しないことを示す。返し技だけでなく、左右や回り込みの歩法で軸からいなされ、競技のルールからは外されているが、本来の姿であれば近接から手取りや腕絡めなどの体術に移行する技も多く存在しているからである。
エデルトルートは、ティナの技量に舌を巻いた。特に
まだ試合時間は1分を残している。ここで一つ誘いを入れることにした。仕切り直しの意図は読まれているであろうが。
「全く以って素晴らしい技量だ。成る程、
「ありがとうございます。着いていくのがやっとですが、良い勉強をさせていただいてます。」
「フフ、私こそ修行が足りないと痛感させられたよ。まだ、楽しませてくれるんだろう?」
ニヤリと、エデルトルートはわざとらしく口角を上げた。
「ええ、もちろん。」
微笑みを返し、予定通り誘いに乗った。
ティナは、過去の試合を調べるに両者の技量は殆ど変わらないだろうと当たりを付けていた。事実、ここまで打ち合いが続いている。大舞台での経験が豊富だからなのか大胆で巧みな剣捌きは参考になる。だが、剣を通じて相手が徐々に消耗していくのを把握していた。それは相手が術中に嵌まっている証拠であった。
第1試合では、以下のパターンになるよう試合を運んでいた。
①そのまま消耗させて自滅に追い込む
→集中力が切れたらラッシュ
②相手が焦れて仕切り直しをする
→誘いならば乗り、予想の一段上をゆく
ティナは、顔の高さで柄を持ち切っ先を相手に向ける型、
状況が変わったのはここからである。
エデルトルートは違和感を感じる。ティナの攻撃に虚実はなく、カウンターが間に合わない程、速く美しい弧を描く剣の軌跡は手本にしたい位だった。自分から誘発しだが、放たれたのは至って普通の技だった。しかし、何度も
ティナの剣は異質である。剣の「弱い」部分が、剣先10cm程しかないことを力加減により偽装していた。それを解放するだけで効果が出る。相手が熟達である程、些細な違いも検知する。そして作られた一瞬の空白。ティナは行動に移していた。
剣先による巻きで相手の剣先を持ち上げながら、自分への攻撃が通る導線を右に流す。エデルトルートの剣に添えた左手の位置が後ろに下がり、腰より上が左に流れる。それにより、こちらが攻撃を通す導線の先に晒されることとなった右上腕へ、剣を交差したまま突きを入れた。――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が場内に響く。
虚を突かれ1ポイントを失ったがエデルトルートは即、反応した。右脚を半歩引き流れた身体を戻しつつ、先ほど剣を持ち上げられた位置より、ティナの攻撃準備で引き戻される剣を巻き技にて向かって左外に追いやり、剣先をティナの右胸に捉える。上位置から下へ向けての突きを放つ。しかし、ティナは攻撃を実施した体勢から左が前になるように、もう半歩分踏み込んできた。
エデルトルートの攻撃は、ダメージペナルティにより刺突を受けた右上腕の動作が緩慢となり目標の追従は間に合わなかった。しかし、体が流れてその場に残されたティナの右下腕に当てることが出来た。ティナの剣先は、自分と反対向きで眼下にある。この態勢から反撃は難しいだろう。だから一瞬、意識から消えた。
再び、ポーンと、エデルトルートの攻撃が成功したことを知らせる通知音がした。エデルトルートは胴体部分の2ポイントが取れなかったことを悔やむが、相打ちには持ち込めたことで良しとする。すると、続け様に、ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音を聞き、唖然とした。
ティナは攻撃が成功し剣を引き戻す際、剣の接触している感触から相手の巻き技により剣の位置移動と導線調整をしていることを感知する。先ほど流させた身体の向きが修正され、柄の位置が高いことから攻撃の筋道は上から右胸への刺突であると判断した。
剣から右手を離しその場で剣を掴んでいるかのように残し、添え手の左だけで持った。右腕は囮としてその場に残すため、身体運用から切り離す。右脚を踏み込み、左脚と身体を前にスライドさせながら捻るように左手を抱え込む。その際、
エデルトルートが攻撃のため持ち上げた腕は、彼女の胸元を開くこととなった。そこに向け、左脚の踏み込みで力を乗せた、剣を抜くような下からの切り上げ。
『ブラウンシュヴァイク=カレンベルク、1本』
第1試合が終わりを告げる審判の声を聴き、場内は割れんばかりの歓声が上がる。
インフォメーションスクリーンには、スコアが表示されており、滅多に出ることがないクリティカル攻撃が成功したことを示している。客席では、この瞬間に立ち会うことが出来た喜びを語る者、いろいろ
『クリティカル! クリティカルが出ましたーーっ! 今大会の全競技含めて初クリティカルです! 生で見れました! 今日の仕事引き受けてヨカッタ~!』
女性解説者の絶叫に近い実況も、騒ぎを煽る要因の一つだった。
「(初手から剣先で
軽い脳内コントで締め括るティナ。いや、締まってないって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます