第5話
賭博場の私に、国中に広がっていた私が集まって情報を共有していく。確かに今の状況は並列処理しながらでは難しいかも知らない。
目の前には腕から先のない王女がいた。細切れになれた指が机の上に散らばっている。そして生徒会長も指の先だけが切断されていた。王女は苦しげな顔をしながらも不敵にこちらを見ている。
「あの……負けたんですか」
生徒会長がゆっくりと睨むようにこちらを見た。
「今見てただろ」
「そうですけど……」
見ていても分からなかったというか。
私が見ている限りでは
「勝ってましたよね」
「私もそう思う。しかし、なんなんだあの余裕そうな表情は。ブラフか?」
そう。勝っていたはずだった。
出遅れこそしたが、移動先の空間では表面積を気にしながら拡大したため、奇妙な形の宇宙となったので、逆に視聴者からの支持が多くなり投げ銭が多くつくことになった。それに対抗して王女はインフレーション宇宙論を採用し貨幣価値のインフレーションと重ねたダークエネルギー為替取引を開始。下がるか、インフレしてさらに下がるかしない貨幣価値なんてい成立しないはずだが、それが逆に視聴者に面白かったようで人気となった。互角に並んだころ、私たちの生徒たちにフラクタル宇宙の拡大に無理があることがばれでデモが発生した。しかしデモ隊の要求通り表面積を拡大しながら膨張する方法をやめると、スポンサーが下りる契約となっていたと、生徒をなんとか説得する。だが『必要があって変な形をしていた』から『スポンサーの要求で変な形をしていた』に変わったことにより、視聴者がわざとらしさを感じ人気が落ちることとなった。それでもやっぱりインフレーション宇宙論為替取引は無理があったようで、現在私たちが一歩リードしていたはず。
そして衝撃だったのは、王女がいきなり自分の腕を切り落とすようディーラーに要求してきたことだった。
「負けを確信してのやけくそか、それとも意味のない過激な行動をしてこちらを混乱させる作戦か……」
生徒会長がうなる。
私は先ほど建てた『国が王女が指を切るといことにエンターテイメント性を見出していた』という仮説を思い出す。これもまた悪趣味な娯楽の一部なのだろうか。
それにしては王女はやり切った顔をしていた。『もう勝っちゃったから』という宣言がとても嘘には見えないかのように。
「まだわからないのかしら、副会長さん。さんざんヒントは出したというのに」
私は試されている……?
ヒントと言えば、プライベートルームで王女が透明な国民を私に紹介してきた。つまり自分の腕を細切れにしたことにより、あの透明人間がこのカジノの国へ保存されていることとなる。それによって何が起こるか。ただ無人になるだけであるのなら、そこまで重要ではない。しかしその住民自体が厄介な要素を持っていたとしたら。
透明人間……見えない人間……観測できない人間……
「もしかしてダークエネルギー人間?」
生徒会長とディーラーがピクリとこちらを見た。王女が笑った。
ダークエネルギーやダークマターは21世紀前後の科学では観測できなかった。存在するはずなのに、観測可能な物質に影響を一切及ぼさない物質やエネルギー。それを表現するためにヒントとして透明人間の姿をしていた。
そして国民たちをダークエネルギー人間に変換し、カジノ国に保存するとどうなるか。現在彼女の王国自体がダークエネルギーでできているので、ダークエネルギー人間が外に出ると、宇宙自体が収縮することになる。宇宙の収縮はっルール違反だが、腕を切ると国民を保存するというシステムによってルールの穴をついたということだろう。そして何故ルールで禁止されているのかというと、収縮によって最終的に起こりうるのは……
「ビックランチ」
「そ、そうか!」
静観を決めこんでいたディーラーがいきなり叫んだ。私はそれにビクッとなる。
「ビックランチは宇宙を特異点に戻す。つまり膨大な質量を体積ゼロになるということになる。つまり根底現実にブラックホール作るということになるんだ!」
「なんだと!」
生徒会長が叫んだ。
「つまり体積ゼロで質量を膨張できるということか! ルール違反だろ!」
「だからルール違反なんですよ!」とディーラー。「そもそもいきなりブラックホールが出現したら、かなりの広範囲に影響が出るんですよ! ブラックホールの重力は他次元に影響が出るので、真空コンピューターもひとたまりもない!」
王女はうろたえる私たちを背景に高笑いをした。背後からボディーガードが現れ、彼女の腕をつかんだ。
「王女アーリン・ヘイウッド、これは一種のテロですよ。カジノ国に立てついてどうなるかわかっているんでしょうね」
「どうなるかですって? どうするんです? 私がブラックホールを作った場所にはここから二光年ほどの距離がありますわ。そして私の大部分がいるのはブラックホールの中。何かするのなら今から最低でも二年はかかりますわよ。それにブラックホールの中にどうやって影響を及ぼすんですの? あっ国民たちには何をしても結構ですわよ。お好きになさって。あーもう。説明ってヤボで嫌いですわ。だからどうにもならないところで、ほかの方が気付けるようヒントを出したっていうのに、無駄なことをさせないでくださる?」
「くっ……」
ボディーガードが王女を絶たせて連れて行こうとした。腕から流れ出た血が、床を汚す。
「ま、待ってください!」
私は思わず彼らを止めていた。こんなことをしている場合じゃないのに。二光年先でブラックホールが出現したということは、この辺りまで影響が来るのも二年かかるということだ。光速を出せば逃げ切れるように思えるが、そうは簡単にはいかない。皆が皆国ごと逃げようとするはずなので渋滞が予想される。なので一刻も早くここから逃げる必要がある。それでも私は呼び止めてしまった。
「何か?」
王女が貧血でけだるそうに振り返った。私はそれを美しいと思ってしまった。
「何でこんなことをしたんですか」
「くだらないことですわよ。本当にありふれた理由」
「見世物になるのが嫌だったんですか? でも安全圏の視聴者たちはこの予想できなかった事態を喜んでいますよ。結局のところ王女のやったことも、見世物になっただけじゃないですか」
「……そうかもしらませんわね。自由意志なんて結局のところ存在しないのかもしれません。それでも、私は何か行動せざるを得なかった……」
たとえそれ自体が決められたことでもね……
そう言い残すと王女はここから去っていった。駒切になった指だけが、彼女がここにいた証を残していた。
「逃げてもいいんだよな」
話を待っていた生徒会長がディーラーに聞く。ディーラーが仕方なさそうにうなずいた。
「やむをえませんね……こちらは大損ですがダークエネルギーを持って行ってもかまいません。緊急事態ですので」
「あっ」私は思いついたことを思わず言ってしまう。「もしかして生徒会長これが狙いだったんですか! 王女とグルで!」
「んなわけないだろ! リスクが高すぎる!」
ディーラーが私の言葉を聞いて目を細めた。
「申し訳ありません。少し検査させてもらっていいでしょうか?」
「あーほら君のせいで出遅れるー」
「す、すいません……」
とは言ったもののこの騒動に紛れて資産を盗み出す者は多そうだなと思う。全員を検査する余裕はなさそうだけども。
過去ログを公開し、以前に王女との接触がなかったのかを証明した。しかし、私のプライベートルームに彼女が訪れていたことが問題となる。その後生徒会長がしれっと私と彼女の会話内容を公開し、容疑が晴れることとなった。やっぱり私にプライバシーなんてなかった。
出発するころにはすでに一年が経過しており、かなり出遅れる結果となった。しかし既に周りの国々は逃げだしていたので、思う存分速度が出せる。なんとか安全圏まで逃げ出すことに成功した。
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