第4話

 校門に向かって伸びる大通りに沿ってカフェが並んでいた。その中の一つのきらびやかな仏風の建物から、テラス席が道路を侵食するように伸びていた。私はそのうちの一つの椅子に座って優雅にケーキを食べていた。

 今は仮想空間で分身を並列的に休ませているところだ。裏では賭博場で難しい顔をしていたり、学園内で生徒の就職先の斡旋などを私はしつつ、分身の一人である私は学校外のカフェで休憩している。

 疲れた体をしっかりと休めなくては、とか思っていると背後から声を掛けられた。

「ごきげんよう。先日転校してきたものですけど。副会長にぜひご挨拶をと思いまして、席をご一緒させていた大でもよろしくて?」

 いやいやだめに決まってるでしょ。

 この空間は副会長権限でだれにも入ってこられないようにしているのに。

 とか振り返ったら、アーリン王女がいた。

 思わず紅茶をむせそうになった。

「な、なんでこんなところに」

「少々お話をしたくて、侵入させていもらいましたわ」

「侵入させてもらいましたわって」

 会話がしたいのなら、賭博場で目の前にいるはずなんだけど。

「あなたと二人でお話ししたかったの。他では耳が多くてね。ところであなたの学校の制服を着てみたんですけど、似合うかしら?」

「めっちゃ似合ってます」私は正直に言った。

「あら嬉しい」

 と王女ははにかんで見せる。かわいい。

 それはそうと、一応私が所持する唯一のプライベート空間で、プライバシーは保たれていると言えるので密談には向いているのかもしれない。密室性を絶対だと証明するのは私には無理だけど。現に今プライバシーは破られた。

「それでそれで?」と私は投げやりになっていった。「私の貴重な休暇を削らせてまで、一国の王女ともあろうお方がなにをお聞きしたいんですか?」

「その前に私の国の国民であり友人でもある人を紹介したいの。こちらを見てくださる?」

 王女は空いた席を指した。

「???誰もいませんけど。ステルスで侵入してるってことですか? それで見えるか確かめてみたいと?」

「違いますわよ。ただ確かに紹介はしましたよ」

 なんだろう。試されているんだろうか。それとも何かのヒントとか? わからない。彼女の意図がわからない。

 そんな混乱している私を待たずに、王女は次の話に移る。

「ところでこんな昔話を知ってるかしら。地球の来た地球人類そっくりの宇宙人達の話」

「私のデータベースにはないですね。今検索は禁止されていますし」

「ちょうどいいじゃない。話を膨らませましょうよ。なぜ地球人そっくりの形をしていたか」

 私は紅茶を一口だけすすった。

「語り始めから見ると、寓話的な話ですかね。達ってことは集団できたと。地球時代、地球人と地球外生命体の話は何かの比喩に多く使われていたそうですし。例えば移民や侵略者、疫病や宗教。そうですね……順当に考えるのなら、宇宙人は地球人に取り入るために人型となった」

「それでそれで?」

「人型になるって言っても、不定形で臨んだように変身できる生物って私たちくらい進化しないと、そうそうないと思うんですよ。てことはかなり大掛かりな改造を余技なくされているはずです。ではそこまでして溶け込む理由は何か? きっとその宇宙人はいくつもの知的生命体のいる星を渡ってきたんです。しかし溶け込めなかった。そのもともと住んでいた生命体に知的生命体と認識されずに、食糧や家畜にされたのかもしれません。そこでせめて自分たちと近い存在であると知ってほしい。差別されたり、似ているからこそ迫害されたり、猿のように扱われたりするかもしれない。それでもそれ以下の存在とみなされるよりはまし、似ているのなら助けてくれる人もいるかもしれないと、自分たちの体を作り替えたんです」

「なるほど、あなたはそう思うのですね」

「あの……それで正解は……」

「私はそのシチエーションなら、あなたならどういう境遇を思い浮かべるかと興味があったので聞いてみただけですよ」

 王女の言葉に、私は薄い根拠でぺらぺらと話していたことに気が付く。

 冷や汗が流れ出た。

 倫理観を丸裸にされたような感覚が体を襲った。

 今私は恥をかいたのではないだろうか。既存の内容を薄く語って、さも自分が初めて思いついたかのように話していなかっただろうか。繊細な問題を軽々しく語っていなかっただろうか。地球人側が無理やり改造したのではなく、地球外生命側が自主的に人間のようになったというあたりが、いかにもな人間贔屓のようにも見える。いやめよう。今語ったことについて、語れば語るほど恥をかく気がした。

「とても興味深い考えだと思います」

 話を変えてほしいという視線を送ってみたが、王女は気にせず話を続けた。

「いやそんなことはないです」

「例えば、その状況って私たちと似てないですか?」

 ほら来たって感じの言葉だった。

「に……似てないです!」

「そうですか?」

「いやー私あんまり昔話的なのを現在と共通点を見つけて、昔から学ぼうってスタンス好きくないんですよねー。確かに寓話から学ぶことは多いかもしれませんが、今とは解決方法とかがかわってくるし、むしろ似ている状況なのに、寓話側のほうが解決が簡単だとお話に嫉妬しちゃうっていうか……王女様は皆がわざわざ地球時代の姿を取ってる的な意味で言ったんだと思いますけど、プログラムでちょちょいのチョイで変われるし、私たちが真似しているのは過去の私達です」

「つまり」

 と王女は口元だけで笑って見せる。

「過去に媚びている」

「なっ」

 怒が頭から吹き出しそうになった。言葉が口から溢れ出そうになり、渋滞し咳き込んだ。いったん深呼吸して慎重に話す。

「媚びてはいないです。そもそも先ほどの話を地球外生命側を媚びたと表現するのは、生物としてどうかと思いますがね。私たちのことは例えるなら……さっきの話で地球人側と地球外生命体側が話し合って『お互い共通点があるので、お互いの間の姿に改造しあって、共存していきましょう』みたいな話で――いや全然違うわ。より気持ち悪くなったし、わかりにくくなったわ。これだから例え話は嫌いなんですよ!」

「落ち着きなさいって。支離滅裂よ」

「いやでも」

「ごめんなさい。言葉選びが悪かったですわね。ただね、私は地球時代の人のふりをするの嫌いな側でしてね、それなのに妥協して生きている自分が許せなくて」

「よくいますよね。自虐で人を傷つける迷惑な人」

 何となく王女が重要なことを言ったようだけど、ふと気にせず言い返してみた。

 さすがに眉をひそめたので、少し胸がすく。

「まあそこまで本気で怒ったのなら、本気で謝りますわ」

「八つ当たりで侮辱されたと考えればより怒りたくなりますね」

「本気でへそを曲げたようですわね……」

「そもそも、こう……いや禁……まあ言えないんですけどね」

「あなたが今不自由さを感じたのなら、私に共感してもらえると思うえると思うの。作り物めいた学生や王女になりきり、わざわざ何億年も前の価値観に合わせて、概念的にあってるかもわからないギャンブルごっこに付き合うという不自由さをね」

 嫌なら止めればいいのに。

 とは簡単には言えない。『じゃあ上位次元になりま~す。おっ下位存在じゃ~ん。国ごと吸収しちゃお~』とかいきなりされたら古い価値観の私達は困る。思考が上位すぎて理解できない上位存在に対抗するために、私たちは数少ない共通点である過去の価値観によって、団結するしかなかった。

「確かに子供の指を切り刻んで喜んでいる人たちの見世物になるのはなかなか癪なものはありますが」

「……いえ。あのカジノは『屈強でタフネスな人が指を切られながらも勝利をつかむ姿』とか『どうしようもない悪人が指を切られながらもがく姿』が人気なので、子供の指が切り落とされることへの需要は、割合的には高くないですわよ。わざわざ需要外の子供の姿で現れたのはあなたたちではなくて?」

「えっ本当?」

 生徒会長が勘違いしたのか? これもまた模倣子の流入に偏りのある国故の悲劇だったのだろうか……

 というか、別に人気のシチュエーションも褒められたものではないと思うんだけど。いやでもそれだと。

「王女だって若い女性の姿じゃないですか」

「……まあその理由は話したくないですわ」

 話したくないと言われれば、追及はできない。

 しかしなんだが話があっちに行ったりこっちに行ったりしている気がする。引きこもり国家なので、他国の人とはあまり雑談というものをしたことがなかったが、こういうのが普通なんだろうか。新鮮味は感じるものの、要領の得ない感覚は残る。目の前の女性は、わざわざプライベートルームに侵入してこういうのをやりたかったのだろうか。相手を挑発してみたり、さらっと本音じみたことを語ってみたり。雑談に飢えているとしたら、国外の話相手が欲しかっただけ? 自由を求めているようだけど単純に国での生活に自由がないというのを、人口生命体としての自由意志的な話にすり換えているようにも思えた。

 別に視聴者側が求めているわけでもないのに、王女の姿をして指を切られるという悪趣味なゲームに出る理由……それは国側がそれを求めているからではないのか。

……いや、推測は推測に過ぎず、深い入りを求めていないのなら、あまり考えないほうがいい。せめて脱線した話を少し戻すことにした。

 どこから脱線したっけ……

「えっと、私が自由意志を求めているかというと、そうでもないです。割と路線図通りの道をたどるというのも悪くないというか。生徒会長とくっつくのを望まれている気がしますが、別にそれでもいいと思います。例えそう思うことが決められていても。例えそう思うことが決められていることを、気にしないということを決められていたとしても……あれ?」

 こんがらがりながら必死に話していたのに、目の前の王女はどこか上の空をしていた。いきなりこちらに興味を失ったかのようにも見える。

「あの……王女様……?」

「ああ……ごめんなさい。今日は楽しかったですわ」

「何か私、失言しました?」

「いや、そうじゃないですわよ。ただね」

 また視線をずらした。

「――もう勝っちゃったから」

 次の瞬間、すべての私を賭博場に集めるよう生徒会長から指示が出た。

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