第3話

「嘘つき! 痛いのではないって言ったくせに嘘つき! もう帰る! 絶対に帰る!」

「落ち着けって。痛くはない」

 あの後質問が終わるとシームレスに競技が始まった。王女は既に目をつむり並列処理で、宇宙の膨張に取り掛かっているようだ。

 がしゃがしゃと拘束具を揺らす私をあやすように生徒会長が、落ち着いた声で言った。

 私は涙をひっこめる。

「え、痛くないんですか?」

「痛くはない。しかしものすごく痛がるとは思う」

「つまり……?」

「察して」

「あー」

 私は察したが、察したということを削除された。

 そんな私を顔を見て察したのか、生徒会長は

「仕方がないな……君への切断は全部私が引き受けるから安心してくれ」

 そこで私の鼓動が早くなり顔が赤くなった。慌ててその感情をひっこめる。

 いや……いやいや、そもそもこういったペナルティを黙って参加させたのは生徒会長なのだし、引き受けるといわれても当然でしょ、としか思わない。しかし体が熱くなってしまう。ああなんだこの茶ば――ああくそ。

「それより出遅れたので、急いで膨張に取り掛かろう」

「あ、はい」

 私は自国を改造し宇宙に作り替える作業に取り掛かる。生徒達にはそれぞれシミレーション内の惑星に移住してもらった。そのまま初期資産を元手に宇宙を膨張していく。周りは既に他国に囲まれていたので交渉を開始した。

 しかし……

「生徒会長! 交渉が全くうまくいきません!」

「おかしい。これはどういうことだ……」

 王女の国は着々と形を大きくしていっている。交渉もスムーズだ。

 もしや向こうは王国を模していてこちらは学園を模しているので、交渉力が天と地ほどあるとか……? だとしたら私たちはかなりアホなのではないだろうか。

 そうなると今からでも交渉力のありそうな組織に改造を……

「何をした王女」

 私がいろいろ考えているうちに、生徒会長は言い、目の前の王女は不敵に笑った。

「何って。同じ国に滞在しているのなら他国の方に挨拶するのは当然のことと思いませんこと?」

「そういうことか……」

「どういうことです!?」

 私は勝手に納得した生徒会長に聞いた。

「既に周りの国は買収されている」

「ええ!? それルール的にありなんですか!?」

「彼女は買収したのでなく、文字通り挨拶しただけですよ。金銭的なやり取りが発生しないのなら問題はありません。」とディーラー。

 つまり、私たちの国は挨拶しなかったので周りの国から無礼な奴だと思われているってことだろうか。

 クソゲーじゃん……

「どうするんですかこれ。このままじゃ大負けで、国ごと没収ですよ」

「……仕方ないな。ちょっと耳を貸せ」

 生徒会長が耳打ちして、作戦を話し出した。

「えー……いやそれ……本気でやるんですか……」

「やるしかないだろう。生徒たちへの説得は任せた」

 私はため息をついたのち、自分のコピーを学園内に飛ばす。

 気が付いたらそこは校舎の廊下だった。渡り廊下から後輩たちが津波のように詰め寄ってきたので、一人にまとまってもらう。一人に統合された後輩は私の肩をつかんだ。

「先輩! どういうことですか! このまま私たち負けちゃうんですか!」

「いや大丈夫。とっておきの作戦があるから。落ち着いて」

「とっておきの作戦?」

 まずはこちらへ来て、と私は後輩を誰もいない教室に連れ込んだ。

 黒板にチョークに四面体を描く。

「まず我が国を以前までのように平たくする」

「え~また平面に戻るんですか……立体の喜びを知ったらもう戻れませんよ」

「ごめんなさいそこは我慢してもらわないと。ただ以前までは『二次元っぽいけど原子一個分の厚みがある三次元』だったけど今回は『表面に二次元宇宙をシミュレーションする』ことになるから」

「うん……うん?」

 理解できていないようだが、そのまま説明を続ける。

「周りに他国がひしめき合って広さがないので、薄く広げるというよりは内側に少し隙間を作りつつ折りたたんでいく状態ね。そして四面体を作り、その角に四面体を作っていく、そして新しく生まれた四面体の角にまた四面体を作っていく」

「あーフラクタル図形ですね」

「そう、フラクタル立体は表面積が無限大となる……つまり」

「あ……」後輩は口に手を当てた。「表面に二次元の宇宙を作れば無限に膨張できる! すごい!」

「まあもちろん三次元空間内で完璧なフラクタル図形は作れない。なので延々と表面積を拡大していく、疑似フラクタル図形となると思うけど」

「でも、それでもすごいじゃないですか! ルールの穴をついた作戦ですね!」

「そういうこと。それで、あなたたちにやってもらいたいことがあるんだけど」

「何なりとお申し付けください! これで勝ったも同然ですね!」

 あーそうでもないんだけど。

「とりあえず宇宙の拡大と共に、人員を増やしたいから生徒を増やして」

「わかりました! 先輩たちのことも応援してますから」

 私は微笑んでうなずき、教室から出て、意識を賭博場に戻した。

 大きくため息をつく。

『上手くだませたか?』

 隣の生徒会長が並列処理で宇宙の形を変えながら、他人に聞こえないように通信してきた。

『ええ……多分……』

 はー欺瞞欺瞞。

 そもそも真空コンピューターには原子一個分の空間が一ビットとなるため、無限に凹凸は作れない。表面積を最大にしたいなら、疑似的なフラクタル図形を作るよりは、原子一個分の太さの糸の形にして、毛玉のように丸めてしまえばいい。

 そもそもの話今回は質量を増やす話なので二次元宇宙を増やしても意味がない。

 じゃあ何でこんなことをしたのかというと、学園内の人員を増やすのを納得してもらい、別の国へと働きに出てもらうための人材とするためだ。そのため「私たちは勝つ予定なので増産しても大丈夫ですよ」と生徒を騙す。普通の三次元的な生活をしてきたら、こんなことには騙されなかっただろうけど、二次元生活が億年単位なので、おかしいところに気が付かなかったのだろう。

『けれども』私は言った『人材を増やしたところで交渉できないのなら意味ないですよ』

『それは大丈夫だ。かなりふっかけられたが、原子数個分の広さなら開けてやってもいいと交渉できた。ここから王女の手が回っていない場所まで移動しよう』

 そういうことになり、疑似フラクタル図形状態だった我が学園を、糸のようにほどき、更にそれを布のように折りたたんでで平面を作った。その布を丸めた状態にする。これにより糸の先から糸の先への通信の延滞がなくなり、同時に表面積は大きいままなので、生徒たちが怪しまなくて済む。(ここで言った表面積の定義はいったん分離した後隣接しても、その接触部分も表面としている。その接触部分は通信も可能)ほどいている間はメンテナンスと生徒に通達し、一時的に眠ってもらった。そして布状の宇宙を他国の隙間に滑り込ませこの場から移動した。

 移動した場所の交渉は上手くいった。ようやく無事に膨張を始めることができる。

 しかし、かなり出遅れてしまったようで、王女の宇宙は既にかなりの大きさになっていた。

「ここからだな……」

 生徒会長が強くつぶやいた。

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