第2話

 学園に戻ると後輩たちに今日のことについて詰め寄られた。私の晴れ舞台を見てくれたのだろうかと思ったが、そういうことではなく、自分たちの生末が博打で決まることへの不安を吐露したいようだった。

「大体おかしいですよいくら伝達に時間がかかるからと言って、私たちを大量生産するなんて。人工生命にも人権があるんですよ」

「そうだよね」

 ともっともな意見に私はうなずく。

 後輩と仮想空間でお茶会をしていた。彼女は幾万の後輩の意見を内部で振り分け、統合人格として、一人の少女の形に抽出した存在なのだ。

 場所は植物園の一角にあるガボセで、月明かりが白い柱の間から照らしている。消して冷めることのない紅茶の上に、星々が映っていた。

「そもそも委員長はどんなギャンブルをするのかわかっているのですか?」

「ごめんなさい。知らされていないの」

「なんでですか!」

「えっと、禁」


『「禁止ワード」が禁止ワードに指定されましたこれ以降はこの忠告は表示されません』


「はー!」

「どっ、どうしたんですか!?」


 いきなり大きなため息をついた私に後輩は驚く。


「いやなんでもない。えっとこれから先の不安についてだったね」

「質問に答えてもらってないんですけど」

「ごめんなさい、答えられないの」

「そう……ですか。わたし、先輩にまた認められていないんですね……」


 つっこみたい……。この娘の頭には何万人もの人口生命体が同居していて、それ全員を認めるというのはかなり困難で、そんなことを少女の形をして言われても困る。

 しかしこれにつっこむと、物語が階層上になってる感覚を視聴者が覚えるために、よくはないということだ。すべての物語に登場する演者だと自覚していると主張している演者ばかりになると、世界は破綻という結末をたどるしかないのかもしれない。


 そこで気が付いたが、言葉を奪うということは、人を物語化するのに必要な工程の一つなのではないかと思った。


 それっぽい言葉だ。しかしそれっぽいだけの言葉だなと。

 この思考は後で削除しておこう。と、ディストピア小説の模範的な住民みたいな発想に苦笑いをしたのち、後輩に答える


「そんなことはないのよ。ただね世の中には知らないほうがいいことも多いの」

「そうですか……そこまで話したくないんだったら聞きませんですが……」

 と後輩は私の手を強く握って言った。

「絶対に勝ってくださいね!」

「はい、ありがとう」

「それから私は委員長とは生徒会長とくっつくべきだと思っています! ぽっと出の他国の王女なんてバランスが悪すぎます!」

「あ、はい」


 彼女と別れ際、今の意見は多数決なのか代表者による選別なのかと疑問に思ったが、まあどちらでもいいことだろう。


 ◆ ◆ ◆


 第一回の勝負の時刻になったので、我々は以前お邪魔した場所へ再度向かった。

 すでに王女は着席している。

 私たち二人は彼女の前に机を挟んで座ることになった。

「それでは手を机の上に置いてください」

 ディーラーがそう言い、王女と私達が言葉の通りにした。

 係員と思しき人物が我々の両手に包帯を巻いた後、机に拘束しだした。一見、皮と螺子でできていて、古そうだが、何をやっても外れそうにはない。

 路地裏の違法博打場。点滅する蛍光灯。安っぽいカメラ。マフィアっぽいディーラー。固定れた拘束具。この状況はもしかして……嫌な予感がした。

 ディーラーがカメラを調整したのち重々しく言う。

「視聴者の皆さま。参加者の皆さま。この度はようこそおいでくださいました。人類が宇宙に進出してもはや数えきれないほどの時間が経過しました。真空に住む人々が多数派になる程度には人間は遠くへ来てましたが、やはり地球時代の記憶というものは他に例えようのないほどの重みをもっていると存じ上げます。わたくしたちは、そんな記憶の一つをエンターテイメントとして提供させていただければと日々研磨してまいりました。もちろん我々にできることは限度があり、視聴者や参加者の協力あってのことであると、忘れた日はありません。さて、前置きはこれぐらいにして、さっそく第一回の競技のルールを説明させていただきましょう」

 あの安っぽいカメラの先に何万もの国々がいる。そう考えると緊張してきて、汗を床に落とした。

 ディーラーはスプレーを取り出し、壁に文字を書き始めた。


『宇宙膨張陣取りゲーム』


 意味不明な文字列が書かれたが、まだ焦るときではない。ディーラーが説明してくれるのを待つ。


「馴染みのない方に説明しますと、宇宙の膨張を利用した資産の取得のことです。まず宇宙は膨張していますが、それによって直接質量が大きくなるわけではありません。空間が広がると星の間の距離は大きくなりますが、星の重さが大きくなるわけではありませんからね。しかし膨張によって間接的にダークエネルギーが増えることにより、宇宙の質量は増えるんです。さてこれによって増えた質量を売買してさらなる膨張を目指してください。

 え? 全宇宙を巻きこんだ賭け事をするんですか? と思われた方は安心してください。あくまでシミュレーションの話です。しかしそのシミュレーションの舞台ははあなた方……つまり参加者の国を使ってやってもらいます」

 少し説明に置いていかれそうになったところで、話を振られてビクっとなった。生徒会長や王女は黙ってうなずいている。もうゲームの内容を把握しているのだろうか。

「まず我々は最初に資産としてダークエネルギーを一定額あなた方に配ります。そしてそれを元手に、あなた方の国全体を使って宇宙をシミュレーションしてください。真空コンピューターをダークエネルギーに変えてもらう必要もありますね。いくらでも大きくしてもらっては構わないのですが、そこで問題が立ちふさがります。そう、この国にはほかのお客様の国が多数在住されております。他のお客様の国に交渉もなしに侵入することは、ルール違反で即失格となります。うまく取引を持ち掛けて、移動してもらうなり、一時的に入国させてもらうなりしてください。またこのゲームは膨張するためのゲームですが、収縮は禁止します。これを破った場合もかなりの重いペナルティを受けていただきます。では、質問はありますか?」

「あのう、すみません」と私は恐る恐る言う。「この手の拘束は何ですか……?」

「おっと、言い忘れていましたね。まず今回の遊戯において国民を増やしたり減らしたりする必要があると思います。しかし、減らすといってもみな人権を持った人間です。簡単に減らすわけにはいかない。そこで我々が一時的に預からせていただきます」

「ほ、本当ですか」

 だとしたら生徒たちの悩みもある程度消せるんじゃないだろうか。

「ええ、その場合はただペナルティとして」


 ディーラーの顔がゆがんだ気がした。これは……笑ったのだろうか……


「指を5㎝ほど切り落としてもらいます」

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