第11話 告別式

 エリハがメールで知らせてきた告別式の場所は航空自衛隊基地内にある輸送機用格納庫だった。基地ゲートには外交官ナンバーの公用車がセキュリティーチェックを受けるために長い列を作っていた。

 昨日からの雨は上がり、強い日差しもあって蒸し暑い。

 借り物の礼服を着たコウは、近くまで友人の運転する車で送ってきてもらったものの、物々しい雰囲気に今更ながら場違いなところに来たと後悔した。しかも、基地ゲートまで来たものの入り方が分からない。こうなればだめもとでと近くにいた衛兵に自分の名前を伝えて入り方を尋ねるとしばらく待つように言われた。しばらくして部隊長がお腹をすかした犬のように駆けつけてきた。そのまま基地内に案内されたが、念のためにと二度のセキュリティーチェックを受けさせられた後、コウ本人だということが確認されると丁重に式場最前列の真ん中の席に座らされた。

 格納庫は自衛隊最新型主力輸送機C-Xの保守点検を三機同時に行えるだけあって天井も高く二千人を越える参列者も余裕で収容できるほど広かった。

 臨時に設けられたらステージの上には、祭壇と遺体入っていない棺桶と身長ほどもあるエリハの母--ユキエの遺影が置かれていた。その脇にうつむいたままでエリハ一人が遺族として座っている。

 告別式が始まった。遺影の前で財界、政界の重鎮による弔辞が続いた。どの話も、エリハの母の偉大さを讃えたものばかりで正直、聞いている方が恥ずかしくなる内容のものばかりだ。式も滞りなく進み、最後に喪主のエリハが祭壇の前にマイクを持ち立った。


「亡くなった母に代わりましてご参列いただきましたみなさまにお礼申し上げます」


 エリハは深々と頭を下げた。肩に掛かっていた淡い紅色の髪がハラリと落ちる。 

 エリハはゆっくりと顔をあげ小さな溜息をついた。どことなく悲しげではあったが凛とした美しい顔立ちと魅惑的なボディーラインに参列者の誰もが恍惚として見とれてしまう。

 コウも同じだった。もちろんコウ自身、エリハの両親の死を悼んでいたし、着丈に振る舞うエリハを心配していた。しかし、エリハの妖艶さはそんな気持ちさえ稀薄なものにしてしまう。

 それでもとコウは思う。

 なぜ俺はこんな最前列の真ん中にいなくてはいけないのだろう。

 そんな自分の気持ちを見透かされたのか、隣に座る初老の男が話しかけてきた。


「地球が東銀河帝国領となって二十五年。初代太陽系統治権限保有者のユキエ様が飛行機事故でこんなに早くご逝去なさるなんて誰も思っていなかったからねえ。しかも、長女であるマイ様も行方知れず、たぶん一緒にお亡くなりになってしまったのだろう。まったくもってびっくりだよ。君があの東銀河帝国私設警察官の渋崎コウ君だね。君みたいなひょろりとした人畜無害のような優男(やさおとこ)をどうしてエリハ様が選んだのか不思議だ」


 声の主はさっき日本政府代表で弔辞を述べていた人物、外務省外宇宙局長である近藤ゾウジだった。


「選ばれた?」


「そう。東銀河帝国首都惑星で行われる新統治権限保有者就任式とその後に組まれている研修に随行できるただ一人の従者として君は選ばれた。でもおかしいな。彼女は、ちゃんと君に話しておいたと言っていたぞ」


 少し付き合えの意味がこのことだとコウは驚きを隠さなかった。だが、ここは葬儀会場、コウは身を屈めて小声でゾウジに抗議した。


「従者! その役目、なんで俺なんですか」


「それはこちらも同じだよ。しかも帝国の法によると就任式に随行できるのは一名のみと決められている。もともと松川家は地球人として唯一の星を動かす者の生き残りだったが、この事故だろろ。これで万が一、エリハ様が亡くなることがあって家系が途絶えてしまったときには、地球外人間から星を動かす者を太陽系統治権限保有者として迎えなければならなくなる。だから東銀河帝国民の君よりも優秀な地球人を従者として連れていってもらえないかと我々も懇願してはみたよ。でも断られたのだ。考えても見なさい。我々地球人は東銀河帝国遺産惑星の付属品一部とされ、自由に宇宙に行くことができない。それは、身辺警護として人を付けられないということだ。心配するのは当然だろ。それでも、太陽系統治権限保有者に我々臣民が逆らわない方がいいことは帝国生まれで私設警察官の君なら知っているよね」


 コウは自分が無能呼ばわりされた感じがして少し腹が立ち語気が強くなる。


「母親が亡くなった瞬間から彼女は太陽系統治権限保有者となり、地球を爆砕するくらい朝飯前ですからね」


「それ、今話していることも一応地球では最高機密保持レベルの機密になっているから。地球人には他言はしないでくれよ。ところで、彼女がどんな統治者になるか考えてみたことはあるかい。先代と同じように我々に対して干渉しない統治者になるのだろうか」


「そうですね。きっと・・・」


 コウの答えは参列者のざわめきで遮られた。

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