第10話 外務省宇宙局長
告別式当日。
エリハは外務省外宇宙局長である近藤ゾウジと告別式の最終打ち合わせをしていた。外務省外宇宙局は、地球で唯一、東銀河帝国との外交窓口としての役割を担っている部署であった。表向きは、日本の外務省管轄だが、実際には国連の常任理事国と日本の共同管理下に置かれていた。その代表者がゾウジだった。
「ですから、エリハ様。帝国首都に連れていく仮の従者には、こちらのリストに載っている者から選んでいただけるようお願いしたいのです」
肘をついた手に顔を乗せ、窓から見える景色に目を向けっぱなしのエリハに向かってゾウジは頭を下げた。まだ還暦前のはずなのに白い髪と顔にできた深いシワのせいで老けて見える。
「私はもう決めたのです。その旨はゾウジさん、あなたのお耳にも入っているでしょう」
太陽系統治権限をエリハが母親から引き継いだことを意味する淡い紅色の髪をもう一方の手でいじりながら応じた。
「それはそうですが、何もエリハ様のお母様とお父様のように正式な従者関係を結ばなくても結構なのです。帝国首都惑星での就任式と研修期間をおえて地球に帰ってくるまでの間だけでも身辺警護という意味でお願いしたいのです。いかがですか。このリスト一番目の男性を従者として連れていってもらえないでしょうか」
エリハの意思は固いがゾウジはそれでも再度頭を下げてお願いをしてみる。
差し出されたリストをエリハは仕方なく受けとり、ゾウジが推した男の写真を見る。スキンヘッドの頭につり上がった細い眉と鋭い眼光の男、年は30才とあった。名前はおそらく偽名だろうとエリハにも察しがついた。もう何度も見せられた顔だ。目を通したふりをしてテーブルの上にリストを置く。
「やはり、無理なものは無理だ。この件はここまでにしておいてほしい。仮の従者は私が決めた人を連れていく。東銀河帝国首都惑星で行われることになっている太陽系統治権限者就任式では貴方のいうとおり、次期統治権限継承者は空席にしておくし、この告別式だって貴方のいうとおりにしてきたつもりだ。私がそんな無理難題なお願いをしているとは思っていない。やりたいと決めたことは何人たりとも邪魔はさせないのが私のポリシーだ」
怒りのこもった言葉だった。ゾウジはこれ以上無理を通すのは得策ではないと判断した。
「仕方ありません。従者の件は諦めます。ですが、エリハ様の安全を第一に考えてのことでございます。お気を悪くされませんように」
「こういうことで気分を害したからといって太陽系を破壊したりはしません」
ゾウジは深々と一礼をすると部屋を出ていった。廊下にはゾウジの部下が待機していて、部下から取扱注意と書かれた報告書をそっと渡され、受け取る。
「渋崎コウについて何かわかったか」
「はい。前回の報告どおり、やはり地球外人間でした。東銀河帝国側に身元照会を依頼したのですが、二年前に地球に入った私設警察官だという以外は教えられないとのことです」
「東銀河帝国遺産惑星保護法の壁か」
「いえ、そういうわけではないようなのですが。理由を問い合わせてみたのですが回答できないの一点張りでして。ただ、人物照会報告書の最後に帝国王女の名前で付記がありました」
手にした報告書を手荒くめくり返し、東銀河帝国語で書かれたその言葉を見つけた。
「ご迷惑をおかけします? どういう意味だ」
「さあ、私にはわかりかねます」
しばらくゾウジはその言葉の真意を考えてみたが、わからなかった。
「彼が従者として赴く可能性があることは帝国にも知らせてあるが、労いの言葉ではなさそうだな。それよりも告別式の準備はどうか」
「滞りなく進めております」
「告別式には国賓級の方がたくさん参列される。粗相のないようにな」
そう言い残してその場を立ち去った。
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