第9話 飛行機事故
コウは一人、アパートにいた。
ペンギン男達を取り逃がしてから一ヶ月過ぎだが、あれ以来足取りはつかめていない。
エリハからはその後もコウのアパートを幾度か訪れ、警護の要請と称して映画鑑賞に付き合わされたり、エリハの家でエリハ自身が調理したと言い張る夕食をご馳走になったりした。二人の間でたわいもないメールが頻繁に往き来し、お互い電話で話すことも多くなったのも自然な成り行きだった。
しかし、小型ジェット旅客機が千葉県沖で墜落したとマスコミで報道された日を境にエリハからの連絡が途絶えた。
コウには理由がわかっていた。その旅客機にエリハの両親と姉が搭乗していたのだ。なかなか公表されないでいた乗客名簿を週刊誌がスクープして、コンビニで立ち読みをしていたコウはその名簿の中からエリハの両親と姉の名前を見つけたのだった。
エリハからのメールが途絶えて一週間が過ぎた。
電話をかけたい気持ちはあるが、エリハにどんな言葉をかければいいのかわからない。心の中に語彙の貧弱さを嘆くもう一人の自分がいた。
そんな気持ちを紛らすためにテレビをつける。
偶然にもジェット機墜落事件の特集番組をやっているところだった。
飛行機が墜落する度にしゃしゃり出てくる飛行機評論家が今回の墜落事故に対する持論を述べていた。
「墜落した現場海域がNBCテロの可能性を否定できないとして依然として自衛隊の船舶と航空機以外の墜落空域、海域への進入を許可していません。それに生存者の有無さえも依然発表されておりません。これは、特ダネだと思うのですが、飛行管制マニアのブログに洋上航空路監視レーダー(ORSR)の記録データが改竄されている可能性を言及したものがあるんですよ。そのようなことをひっくるめて改めて今回の墜落事故を見直すと実に不可解なものであります」
司会をしているTV局のアナウンサーが時間が押しているのか、早口で割り込んでくる。
「つまりこの墜落事件、政府は何か隠そうとしていると仰りたいのですね」
その言葉にテレビの前のコウが独り言で答えた。
「当たり前だろ。月と地球を結ぶ定期便で偽装宇宙船なんだから」
コウは、テーブルの上に置きっぱなしだった飲みかけの缶コーヒーを一気に飲み干す。中途半端な苦い味だった。
携帯電話が鳴る。
携帯を手に取り画面を見るとエリハの名前と番号が表示されている。
コウは躊躇(ためら)いながらも電話に出る。
「コウ。久しぶり。私からのメールが届かなくて寂しかったんじゃないの」
いつもの決めつけるような口調にコウは、少し安心する。
「いや、でも、あのことがあったから」
「やっぱり事故のこと知っていたのね。ところで、明日、私の母の告別式に出てよ」
「本当に君のお母さん亡くなったのか」
「お母さんとお父さんが亡くなったことは間違いない。淡い紅色に変わったこの髪が教えてくれている」
コウは、返す言葉を見つけ出せない。どんな言葉もエリハへの慰めにならないことをコウは知っていた。星系統治権限第一継承者は前任者から権限を引き継いだことを自分の髪の色が変わることで知る。つまり、エリハの髪の色が変わったなら、それは太陽系統治権限を保有していた母親のユリエの死と従者として母親と命運契約していた父親の死も意味していた。統治権限者と従者は、お互いの命を共有している関係であり、どちらかの命が失われるともう一人の命も失うことになるのだった。
「姉さんは?」
苦し紛れに浮かんだ言葉だった。
「今のところ乗員乗客誰一人の遺体も生存者も発見されてはいない。とにかく、明日の告別式には来なさい。命令よ」
「わかった。命令とあらば行くよ。お姫様」
そうおちゃらけてみせるのがコウにできる精一杯の気遣いだった。
「よろしい。場所と時間は後でメールする。何度もいうけど、絶対に来なさいよ。そうそう、これからはお姫様じゃなく女王様と呼んぶこと。それから、告別式の後、少し付き合ってほしいことがあるんだけど、いいよね。じゃあ」
一方的に通話が切れた。
コウは、窓から外を見る。雨が降っていた。
「礼服……。持ってないや…」
コウは独り呟いた。
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