第6話 茶畑での攻防

 ペンギン男の動きが止まった。


「バイクがこちらに1台接近してくる。目撃されるとやっかいだ。始末する」


 ペンギン男が目でハルコに同意を求めた。ハルコは黙ったまま頷く。

 ペンギン男は道端に四つん這いになりペンギンの頭がバイクの走ってくる方を向くように体を反らした。ペンギンの嘴の中から大口径の銃口が現れる。

 エリハはさっき自分が乗っていた車に撃ち込まれたものだと直感でわかった。

 自分のことで無関係な人を巻き込むことはできない。


「こっちに来ちゃだめ、逃げて!」


 エリハはバイクの音が聞こえる方向に声を張り上げた。この声が届くかはわからないが、今やれる精一杯のことはやりたかった。

 その声を聞きつけたハルコは少しムッとした表情を見せるとエリハに駆け寄りアンドロイドごと蹴り上げた。サイトウを抱えたまま地面を転がるエリハ。

 あまりの痛さに起き上がる事もできない。


「お黙りなさい。これ以上痛い思いをしたくなければ、作戦行動の邪魔はしないものですよ」


 ペンギン男がバイクに照準を合わせて高速徹甲弾を打ち込む。砲音と共にペンギン男の体が射出の反動で後ろにずり下がる。ヘッドランプから離れた場所で閃光が走り爆発音が伝わってくる。


「外した? 補正値を間違えたか」


 四つん這いのままのペンギン男の表情は冴えなかった。

 エンジン音を響かせオフロードバイクが何もなかったように走りこんできた。そして、そのままエリハとハルコの間に割り込むとブレーキターンをして急停止する。

 運転者はバイクから降りてゆっくりとヘルメットを取った。バイクを運転していたのは渋崎コウだった。ジーンズとよれよれのダンガリーシャツ、細身で背が高く、どことなく気品ある顔立ちだがあまり強そうには見えない。


「当たったら危ないだろう。おい、そこのペンギン中年野郎。おとなしく降参し、俺に確保されやがれ」


 コウはヘルメットを抱える左手を腰にあて右手でペンギン男を指差した。

 エリハは正直呆れた。こいつは自分がどれほどの危険にさらされているか、わかっていないのだと思う。


「貴方はバカなの? この場から今すぐ立ち去りなさい。ただの人間がどうこうできる相手じゃないんだから」


 自分に向けられたメッセージだと理解したコウは喘ぐよな声のする方を振り向いた。上半身しかない中年男を抱えたまま、苦痛の表情をして地面に横たわる女子高生の姿がそこにあった。


「俺の名はバカじゃないぞ。まあいい。俺のことを心配してくれる君はペンギン野郎の仲間じゃないな。抱えているのは人てはないようだが、ひどいやられようだな。まあ、見てな。」


 コウはエリハの顔をまじまじとみた。まだ言い残したことがありそうな素振りもみせたエリハだが、コウは耳を傾けようとはしなかった。コウはヘルメットをバイクのサイドミラーに引っ掻けるとペンギン男と対峙して腰を落として構えた。


 ペンギン男はすでに立ち上がっている。「若者よ。お前を生きて帰すわけにはいかないのだ。恨むな」

「ゴタゴタうるさい奴だ。本気でかかってこないと後悔するぜ」


「その自信はどこからくる?」


 ペンギン男が翼を剣のようにコウの胸をめがけて突き出した。コウは軽くステップを踏んで体を横にして受け流す。次から次と翼で突いてくるペンギン男。しかし、コウの機敏な体の動きですべてよけ、かすることもない。


「さてと、こちらもいかせていただきますか」


 コウは突き出された翼(フィン)を両手でつかむとペンギン男の体を軽々と茶畑の中へと投げ飛ばした。

 ペンギン男は茶木の枝を夜空に巻き上げ転がっていく。

 ペンギン男は、訝しげな表情をしながらゆっくりと立ち上がると着ぐるみの布地に絡みついた枝を翼で器用に払い落としながら自分を諭すように呟いた。


「強化人間である私の攻撃をかわすとはな。軍事用アンドロイドでもなさそうだが・・・あの若造も私と同じ強化人間と考えるのが妥当だろう」


 反射速度や筋力、視力などの身体能力を生化学的に強化処理したその体はまだ燃える車の前まで軽々と跳躍して戻ってくる。

 ペンギン男は渋い表情のまま嘴を翼で絡めるように握り、そのまま引き抜いた。手にした嘴からは青白く輝く陽電子サーベルが伸びる。


「嘴の無くなったペンギンの面(つら)は間抜けだな。しかもそんなに危ないものを出したらダメだろう。お前を生きて捕まえないと懸賞金が半額になっちゃうんだよ」


 コウは何かを握るように利き腕を前に突き出した。何も無かった手の中に光が現れ、次の瞬間には白い筒状の物体が現れた。コウはそれを握ったまま構えた。筒の先から青白く輝く陽電子サーベルが伸びる。


「ほう。どこから出した。面白い手品だ。東銀河帝国では流行っているのか」


「あとで教えてやるよ」


 コウはペンギン男の懐に飛び込み切りかかる。ペンギン男はコウの攻撃をサーベルで受けながしたが、あまりに素早い動きに対応しきれず姿勢が乱れた。コウはその隙を見逃さなかった。すぐさま陽電子サーベルを切り返す。サーベルがペンギン男の両翼を捉えた。着ぐるみごと腕が切り裂かれて宙を舞う。すぐさまペンギン男の体内で身体保護機能が切り口の血管を萎縮させ出血を最小限に抑える。

 両腕を失ったペンギン男は怯まることなく、反撃をしかけた。ペンギンの口が大きく開かれ銃身が露出した。瞬時にコウめがけて鉄鋼弾が射ち込まれる。しかし、コウは人間の限界を遥かに超えた速さで上半身を反らせて避けた。

 ペンギン男は押され気味な状況を打破しようと徹甲弾を射出した反動を利用し、コウから一旦離れようとする。だが、コウはそのスキを逃さない。絶妙なタイミングで蹴りがペンギン男の頭部に入る。ペンギン男は再び茶畑の中を勢いよく転がる。

 受けたダメージが大きくてペンギン男は、すぐに立ち上がることができない。それでも気力を奮い立たせて膝に手をつきよろよろと立ち上がった。翼を失い頭部もへし折れた着ぐるみはもうペンギンには見えない。

 二人の強化人間としての性能差は明らかだった。

 このまま闘いを続けることは今後の任務の遂行に支障が出てしまう状況とペンギン男は判断する。ここでの最優先事項はアースキューブを持ち帰ることだった。それにまだ目標人物は二人も残っている。ペンギン男は決断をくだす。

 西銀河集合体語でハルコに大声で撤収することを伝えると後方に自ら大きく跳躍し茶畑の暗闇に消えていった。

 ペンギン男の声を聞いてハルコは拳を握りしめてエリハを睨み付けた。エリハを連れて帰れないならここで殺しておくべきだが、コウの身体能力を鑑みるとこの状況下では逃げ切ることさえも難しそうだった。残念だがエリハを囮にして撤収するしかない。ハルコはサイトウを抱えたまま抵抗するエリハを両手で軽々と持ち上げてコウをめがけて投げつけ、すぐにペンギン男の後を追うよう跳躍して闇夜に消えた。

 ペンギン男を追うため跳躍姿勢に入っていたコウだったが、悲鳴と一緒に飛んでくるエリハを無視するわけにもいかず、仕方なしに勢いを弱めるよう倒れながら受け止める。受け止めた瞬間、懸賞金はもらい損ねてしまったことをコウは悟る。

 コウはエリハを抱いたまま大きく深呼吸をして意識を集中させ強化状態を解除する。


「無事か」


 かたく閉じた目をゆっくり開けたエリハはコウに顔を向けた。コウはエリハの顔を改めてまじまじと覗き込み何かを思い出せそうで思い出せない顔をする。


「痛さで気を失いそうだけど・・・なんとか大丈夫。名前はコウって言ってたよね。ペンギン男に負けないということは、強化人間なの? 地球人てもない・・・」


「まずは助けた礼を言ってもらえると思ったんだけど・・・。まあ、いいか。いろいろと訳ありでね。一応大学二年生で二十歳、名前は渋崎コウ。今日俺と会ったことは他の人に内緒にしておいてくれ。やっぱり、お前とはどこかで会ったことあるな。名前は?」


「私の名前は松川エリハ」


 地面に横たえるように降ろされたエリハは上半身を起こし、抱いていたサイトウを脇に寝かしつけるように置いた。


「こいつはーーやはりアンドロイドか。思っていたよりもずいぶんとやられているな。思い出した。あー、そうか。お前、太陽系統治権限保持者の松川だな」


 コウはエリハの脇に立っまま大きく背伸びをした。


「それは松川ユキエ。母よ。私は、その娘。エリハよ。エ・リ・ハ。やっぱり私達のこと、知っているのね」


 エリハは自分の家族を知っているコウに対してさすがに声を出して驚くことはなかったが、本当に今日は色々なことが起こる日だと改めて思った。


「まあね。いろいろと、察しのとおり東銀河帝国民だしね」


「やっぱり、地球人ではないのね。手を貸していただけないかしら」


 言われたとおり、コウはエリハの顔の前に手を差し出す。

 エリハは差し出された手を握りもう片方の手で腹部を押さえながらゆっくりと立ち上がる。


「こんなところで松川家の一人と会えるとは思ってはいなかったが、ずいぶんと人気(ひとけ)のないところにいるんだな」


「余計なお世話です」


 わかりきっているだけに他の人に言われるといい気持ちはしない。エリハは拗ねたふりをしてみせる。だが、コウは全く気にも留めていない。


「家まで送ってやる。それと、全身を検査した方がいいな。お前の家には帝国製治療器くらいはあるだろう」


「ホント、あなた、よく知っているのね。地球人ならそのまま家に返すわけには行かない」


 コウのいうとおり、確かに家に帰れば東銀河帝国医師会認証済みの家庭用健康診断機と身体再生機能付軍事用集中自動治療ベッドが置いてある。これくらいのケガなら治癒するまで一時間もかからない。

 しかし、強化人間としての処置を受けられるほどの東銀河帝国民だとしてもそこまで知っているはずはない。しかも、それほど年も離れていないコウと名乗る人物が自分の家の秘密を詳しく知っていること自体がおかしい。

 エリハがおもいっきり疑いの眼を向ける。空間が凍るような感じがしてコウの動きが止まった。


「わかった。君には正直に言おう。本職は東銀河帝国私設警察官だ。よくいう賞金稼ぎさ」


「へえ、東銀河帝国では辺境とされる地球にも私設警察官がいたんだ。しかも、貴方、そうとう強いのね。ただの強化人間とは思えないのだけど。東銀河帝国の人間で私設警察官なら、私のことを少しは知っていて当然か」少し間があってから、コウを下から上目使いで覗き込んだ。これほどまで知っているなら自分の立場を利用したお願い事を聞いてもらえるかもしれないと思った。「つまり、あなたは帝国籍もある立派な帝国民ってことですね。それなら私の立場にも気を使いなさい。私の願いはあなたの願いでもあるはず。このサイトウも連れて帰りたい。もちろんわかってくれると思うのだけど」


 バイクしか移動手段のないこの状況では、サイトウを連れ帰ることが難しいお願いであることをエリハも自覚している。だからこそ、まばたき一つしないでじっとコウの瞳を見つめた。


「アンドロイドのことか。あとで回収じゃだめなのか」コウは苦言を口にしつつ、仕方なさそうに上半身だけのサイトウを拾い上げ預かった。「重さにすると三十キロってところか。ぎりぎりオーケーだな」


 コウはサイトウを両手で抱えると静かに目を閉じゆっくりと深呼吸をする。するとサイトウが光の粒に分解され蒸発するように消えた。

 間近に見ていたエリハは驚愕の声をあげた。本当に今日は色々なことが起こる日だ。そういえば、持っていたはずの陽電子サーベルもいつの間にか消えている。


「サイトウは、どこに消えちゃったの」


「俺の体の中。正確にいうと原子と原子の隙間に埋め込んだというか、存在できる可能性を上げたというか・・・運搬能力保有者(トランスポーター)と呼ばれることもある。地球の言葉では超能力者のほうがわかりやすいか」


「難しい話は好きじゃない」


「まあ、原理はそうということなんだそうだ。生まれつきの能力だ。理屈は科学者がいっていることの受け売り。消滅していない証拠にアンドロイドの重さの分だけ俺の体重は重くなっている。お前の家に着いたらまたちゃんと再構成するから安心しろ。しかし、お前と話していると調子狂うな。つい何でも喋ってしまう」


 エリハは少し笑った。そっちがお喋りなだけだと突っ込みを入れようと思ったが、太陽系次期統治権限保有者としての誇りとプライド、コウの遠慮のない態度に少し意地悪をしてやろうとほんのわずかに色気を込めて囁いた。


「そんなこと、当たり前でしょ」


 そういわれたコウはエリハの華麗な容姿に初めて気づいた。豊満な胸に自然と目がいく。


「そうだな、当たり前か・・・」


 コウは少し、はにかみ頬を赤らめた。

「それから、太陽系統治権限保有者のことは軽々しく口にしないで。地球では、極秘扱いだから。デリカシーくらい貴方もお持ちでしょ」


「わかった、わかった。家まで送ろう。いくぞ。後ろに乗れよ。道案内頼む」


 コウはオフロードバイクに跨がり、エンジンをかける。エリハは恐々とシートの後ろに座る。

 エリハはバイクに乗るのはもちろん異性の背中に体を密着させ、しがみつくことも初めてだった。緊張からコウの体をつかむ手が微かに震えた。震えに気づかれる前に何とか押さえようと静かに深呼吸してみるがだめだった。


「これ、貸すよ。あんな目にあったばかりだ。怖かったらう」


 エリハの震えに気づいたコウは被ろうとしていたヘルメットをエリハに渡した。

 エリハは拒むそぶりを少しだけしてみせたが、ヘルメットを受けとり慣れない手つきで着用する。


「無くても平気なのに。でも、せっかくだから借りておく。そうだ。お礼に私の連絡先教えてあげる。うれしいでしょ。貴方、女性の友達いなそうだし。」


 怖くて震えている訳ではないと反論するのはやめた。怖い体験は一年前に何度もしている。


「女友達がいなそうに見えるかーー」


「ええ」


「残念だなぁ、俺の携帯、女性のメルアドでいっぱいなんだけど。新しいメルアド入るかな」


「携帯ってスマホではないの」

「そう」


「えっ! まだ携帯使ってるの! ダサい」


 遠くの茶畑から反重力エンジン特有の青白い閃光を放ちながら二機の西銀河集合体の軍単座移動機が離床していく。

 エリハは仰ぎ見ながら自分の運命が大きく動きだし始めたことを感じた。そして、一つの決心をする。

 まずは仲間を集めよう。一年前、私に恐い目に遭わせたディーパがしたように。

 その最初の一人はもちろん目の前にいるコウだった。

 エリハはコウに畏まった口調で話した。


「ねえ。連絡先、ありがたく頂戴しますと言いなさいよ。それからスマホに買い換えなさい。家に着いて手当てがすんだら夜食もご馳走するから。だから、これからも私を助けてほしい」


「それは私設警察官である俺への正式な依頼か」


「違う。正式な私の命令よ」


 コウは少し考える素振りをみせた。


「わかった。でも、スマホにするのは嫌だ」


「その言葉却下。私は太陽系統治権限第一継承者。この意味、帝国民でもあるあなたなら知っているでしょ。もう一度言います。私の連絡先教えてあげようか?」


 コウは苦笑いをする。


「ぜひ教えていただけますでしょうか。これでいいか、お姫さま。でもスマホは買わん」


「スマホに買い換えなさい。三度は言わない。では帰りましょう。夜食に何が食べたい?」


「具の入っていないカレーライスがいいな」


「その提案、却下。特製シーフードカレーにしましょう」


 バイクは再び静かになった茶畑の中を走り始める。

 コウの体に必死にしがみついている自分の体の震えはいつのまにか止まっていた。

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