第4話 西銀河集合体の女兵士

 白いシャツ、チェック柄のプリーツスカートとボディーラインが映えるようにデザインされたスーツタイプの制服、幼さの残る顔立ちとハリのある肌、ショートカットの髪。

 応接室の椅子に座っているのは、誰が見ても女子高生だった。

 しかし、彼女は女子高生ではなく、地球人でさえなかった。女子高生に扮して地球に潜入した西銀河集合体の女兵士だった。

 女子高生姿の女兵士は、自らハルコと名乗った。

 ハルコの向かいには知的な顔立ちで身なりのよい初老の男が座っている。

 初老の男はハルコの素性を承知していたが、西銀河集合体の人間と直接会うのは初めてだった。そうでなくても可憐な制服姿につい目がいってしまう。


「おじさま、この姿、目立っちゃいますか?」


 初老の男の視線の先に自分がいることに気付いたハルコは首をかしげ上目遣いで尋ねてきた。


「とんでもない、お似合いです。ただ、あなたのような娘さんが来るとは思っていなかったものでね。ちょっと驚いただけです」初老の男は言葉の途中から咳き込みながら答えた。いつものことなのか慌てた様子も見せずゆっくりお茶を啜ると咳を鎮めた。「失礼。もう年でね。それにしても、あなたを見ていると銀河系内のすべての知的生命体は、地球人と同じ容姿で体の組成や染色体数、遺伝子構造までも同じという話は事実だと実感できますな」


「おじさま。訂正させていただいてもよろしくて。遺伝子構造は百パーセント一致しているわけではありません。正確に表現するならセックスするのに差し支えないレベルで同じというべきです。それと、地球人と同じとおっしゃっていましたが、地球人は西銀河集合体人と同じと表現するところです。だって、総人口を比べたらどちらが多いかご存じでしょう。それとこちらでは手に入るかわかりませんが、“銀河系内人間居住惑星における生活習慣類似傾向に関する調査報告書”も一読されるべきです。私も学習機で初めて知ったのですが、他星系との交流が無かった地球の生活習慣も我々と極めて類似していたことは驚くべきことです」


 ハルコは可愛らしく微笑んだ。


「たしかにそうですね。だが、言い訳させてもらえれば、地球は東銀河帝国に二五年前に秘密裏に征服されたのはご存知でしょう。そのすぐ後に帝国から惑星遺産に指定されてしまったのです。惑星遺産に指定されると地球人と地球外人間との経済交流や科学技術交流など厳しい制限が課せられます。地球側にとっては、それは鎖国しているのと同義でメリットもデメリットもありません。帝国に征服される前と何ら変わりがない。だから地球がすでに東銀河帝国の属国になっていることさえ公にされることなく今日まできているのですよ。天文台に勤めている友人は、莫大な国家予算を使って夜な夜な地球外知的生命(ET)を探し続けています。すでに地球外知的生命がこうして地球に来ていることも知らずにね」初老の男は再び軽く咳き込むと話題を変えた。「ところで、ハルコさんの後ろに立つ、風変わりな衣装を召された方とはどんなご関係なのでしょう。先ほどから様子を伺っているとどうやらあなたの上官と思われるのですが。」


 ハルコの後ろには、ペンギンの着ぐるみを着て直立不動の姿勢で中年男が立っていた。子ども受けするようかわいらしくデフォルメしたペンギンの着ぐるみではあったが、ペンギンの首辺りに口髭を蓄(たくわ)え顰(しか)めっ面した中年男性の顔が露出しているところが興ざめだ。

 ハルコはペンギン男にちらりと目をやる。


「そうです。上官です。それから、あの方は私の遺伝子提供者でもあります。もちろん第一人格保持者です」


「つまりお父さんという意味ですか」


「地球文化にしたがって表現するならそうです」


「本人を目の前にしていうのも気が引けるが、あなたの上官でもあるお父さんはそのなんとも似合わぬ格好を見るかぎりこちら側の文化を間違って理解されていますね」


 初老の男は、苦言を口にした。こっけいなペンギン男の姿を見れば誰だってそう思うはずだ。これまで周到に準備してきたのだ。つまらないことで仕損じることは避けたい。


「仕方なかろう」ペンギン男が顰(しか)めっ面の表情を変えることなく反論した。「我々西銀河集合体と東銀河帝国は地球時間で二十五年前から戦争状態にあるからな。そのような状況で生活習慣に類似傾向があるとはいえ辺境な一惑星の流行情報まで収集し分析することは難しい。そちらの統一政府から派遣されたエージェントの言葉どおり、一番影響力のあるテレビ文化を参考にしたのだが。やはり、この格好は目立つか」


 ペンギン男は翼を広げてばたつかせて見せた。


「あなたの場合は、大いに目立ちすぎといえますな」


「では海パン一丁と呼ばれる服装の方がよかったか」


 冗談とも本気ともわからぬペンギン男の言い方だった。

 初老の男の頭の中には、裸姿で芸とも呼べない下品な振る舞いをする芸能人が何人も浮かんだ。ペンギン男がテレビ文化と言っているが、そんな軽薄なものを文化だとは認めたくなかった。これもあの方がせっかくの力を効果的にお使いにならないせいだと怒りにも似た気持ちになる。

 初老の男は、自分の言葉が少し愚痴っぽくなったと恥じた。


「いや、今のままで結構。作戦行動時の服装までは契約事項に入ってないはず。契約事項に入っていないことには口をだせないのでしたね。まあ、ペンギンの方がまだ愛嬌がある分、怪しまれずにすむはずです。それに加えて誤解されているようなので申し上げますが、地球連邦政府などという地球を統一する組織はいまだ存在していません。地球を統治されている方はもちろんいらっしゃいます。太陽系統治権限保有者です。先ほど確認させていただいたとおり、あなた達にこれから誘拐していただく方ですから、よく知ってらっしゃるでしょう。その方には、これまでも幾度となくその得た力を有効に使っていただき地球統一政府の樹立をお願いしてきたのですが、それもかなわぬ夢となりそうです。では、もう一つの本題に入るとしましょうか」


 少し腰を動かして座り直し、テーブルに設置されたインターホンで秘書を呼ぶ。少し間があり秘書がジェラルミン製のスーツケースを手にして部屋に入ってきた。打ち合わせがしてあったのだろう、そのケースを初老の男の前に置くと無言のまま部屋を出ていった。


「鍵の番号は、今日の日付にしてあります。五二二です」


 シリンダー錠に手をかけ番号を合わせる初老の男の薬指に黄金色の指輪が見えた。ケースを静かに開けると、二人に中が見えるようにケースの向きを変えた。中には、黒い緩衝材に囲まれた十五センチほどの快晴の空のように鮮やかに青く光る立方体が一つ入っている。表面をよく見るといくつもの白い筋や渦巻きが描かれておりその模様がわずかだが形を変化させながら動いている。


「我々の住む地球が立方体だったらこんなふうに見えるのかもしれませんな。これがお約束の品、発掘されたアースキューブです。こんなものがアジアの小国の地下深くに埋まっていたなんて驚きです」


 初老の男の話を笑顔で聞き流しながらハルコは、ピンク色の不細工な猫の人形がつけられたデイパックから電子秤に似た検査機を取り出しケースの脇に置いた。


「ブリーフィングの時に説明は受けましたが、これほどまでに美しく輝くものだとは知りませんでした。アースキューブ。まさに言葉のとおりですね。触ってもいいですか。おじさま」


 初老の男はどうぞと頷く。


 ハルコは、ケースからアースキューブを慎重に手に取り検査機の上に載せ、赤く点滅しているボタンを押した。ボタンは、すぐに黄色に変わりやがて青になり点滅も止まった。


「偽物ではありません。本物です」


 ハルコは、結果を後ろのペンギン男に伝え、アースキューブをケースに戻した。


「あなた方がそこまでして手に入れたいアースキューブとは何なのですか? 私の息子もそいつが埋められていた場所とそいつの名前だけは教えてくれましたが、何に使うものかまでは私にも話してくれませんでした。我々も色々調べてみましたが、中身を調べることはおろか、傷一つつけることができませんでしたよ」


 初老の男は独り言のようにつぶやいた。


「我々も知らされてはおらん。ただ、回収してこいと命令を受けただけだ」


 ペンギン男が髭を翼でいじりながら答えた。


「もしかして星を動かす者と関係があるのですかね」


「星を動かす者については西銀河集合体において最高機密事項だ。この地球でもそうだと聞いているが」


「ほう、でもあなたはご存じではありませんか。星を動かす者、即ち星系統治権限保有者になる能力を有する者であり、征服者、統治者と呼ばれるときもあります。こりゃ口が軽すぎましたな。では、後の事もよろしくお願いします」


 初老の男は、両手を膝に添えて頭を下げた。

 アースキューブの入ったケースとデイパックを手にしてハルコはゆっくりと席を立った。


「おじさま、私達はこれで失礼させていただきます」


 初老の男は出ていこうとする二人を呼び止めた。


「地球が西銀河集合体の属国になっても地球は地球人の手によって統治させていただくという約束と息子の面倒をお忘れなきように」


「案ずるな西銀河集合体では、契約事項は何事にも優先される。本作戦では実行部隊員全員の人格保持権を担保にしておるからな。それとも、この地球では契約とは信用できないものなのか。学習機で知ったが、この国は民主主義とやらを政治システムの根幹にしているのだったな。東銀河帝国は王政、我々西銀河集合体では契約主義、人間が集団で生きていくためには何らかのシステムに依存しなければならないのだろうが、いろいろと考え出すものだ」


 ペンギン男がくるりと背を向け、翼をばたつかせよろけながら部屋を出て行く。ハルコもペコリとお辞儀して後を追って部屋を出ていった。

 初老の男が一人になるのを待っていたかのようにインターホンが鳴った。


「ゾウジ様、松川ユキエ様から星間通話が入っております」


「すぐに通信室に行く」


 初老の男は、眉をよせ困惑した表情を見せ溜め息をついた。「星を動かす者」であり、「現太陽系統治権限保有者」、初老の男を憂鬱な気分させる元凶――松川ユキエ、本人から週に一度の定期連絡が届いたのだ。

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