第27話 目覚め
ヴィーザル村が壊滅して、私たちはクレモン城下町に連れて来られた。
孤児となった私たちの面倒を見てくれたのは、アロイスだった。
当時アロイスは
私やアンヌ、ヨハンは城で働けるように手配して、アロイスが側で見守り続けた。
ヴィーザル村で育ったアロイスが、いきなり貴族にされてノワール領主の座に据えられた時、彼を補佐したのは副官のパトリスはもちろんノワール騎士団、そして多くの人間が彼を支えた。城代、家宰、衛兵隊長、文官、女官長たちの力は侮れない。
孤児の私は敵を作らないように、アロイスの足を引っ張らないようにと、常に考えて感情を抑えるようにして生きて来た。
それが今回、巡察官二人に対しても発揮できたのなら、訓練した甲斐があったと言えるのかも知れない。
礼拝堂から自分の部屋に帰る途中、アンヌがカンテラで足元を照らし、私とリゼットはその後を歩いていた。
もうすぐ部屋に着く頃になって、リゼットはためらいがちに口を開いた。
「先程の、ユー・シュエン卿の言っていた城を出たという提供者の娘のことだが」
「ルイーズのことですか?」
「そうだ。ソフィ殿の不興を買ってしまったのでは、と気にしていた。ルイーズは、ソフィ殿にきちんと謝罪をしたいと言っていた。もし、マルクが覚醒した折にでも機会があれば、会ってやってくれないだろうか」
「ええ、それは……構いませんが」
でもどうして、リゼットがルイーズと私の仲を取り持とうとするのかが分からなかった。
「マルクの覚醒は、通常より時間がかかっている。ルニエ商会にも色々無理をさせているのでな……」
「そうでしたか。分かりました。私の方はルイーズに何の遺恨もありませんから、話し合って誤解を解くことに異存はありません」
「ありがとう、ソフィ殿」
その時のリゼットの美しい微笑に、私は思わず見とれてしまった。
ルイーズと話すのは正直に言うとあまり気が進まなかったけれど、マルクのこともあるし、今はリゼットの顔を立てておこうと思った。
◆◇
夜明けになっても、アロイスたちは戻って来なかった。
一夜では決着がつかないだろうと聞かされてはいたけれど、がっかりしている私が居る。
アロイスたちは、西の砦を拠点にして
冒険者ギルドに、ベックとヨハンの消息を問い合わせて見たけれど、分からないという返答だった。
明け方近くになって、リゼットと交代した護衛は、ヴィーザル村出身の真面目そうな衛兵だった。
アンヌと親しそうに言葉を交わしているのを見て、お似合いじゃないの! と思わず声を掛けたくなった。
いいえ、お節介なことをしてはいけない。二人が愛を育むのを、そっと見守らなければ。
それでも思わず頬が緩んでしまう。アンヌには、幸せになってもらいたかった。
私の大切な、妹のような存在のアンヌ。
午後の大分日が傾いた頃になって、ルイーズから手紙が届いた。
昨夜遅い時間にマルクが目覚めたこと、ルニエ商会に来る用事があるのならその時に会って話す時間を頂きたい、という内容だった。
私は護衛に衛兵を二人と、新しく侍女になったカサンドラをつれて、ルニエ商会へ行くことにした。
アンヌは昨日遅くまで私と供に礼拝堂に行ったりしたので、少し休ませてあげたかった。
念のために、リゼットにもルニエ商会に行く、と短い手紙を書いた。日没までに城に戻って居なかったら、迎えに来て欲しい、とも書き添えた。
アロイスも不在の中、ルニエ商会に行くのは不安だった。
クレモン城下町の東の商業地区に向かう馬車の中で揺すられながら、様々な思いに心が千々に乱れて行く。
吟遊詩人ベックから、ヴィーザル村ゆかりのマルク、リディやローランたちが、実は地下抵抗組織光の民のメンバーだったと知らされたのは衝撃的だった。
さらに姿を隠しているリディやローランたちの行方を、巡察官が追っているとなれば、もう一刻の猶予もない。マルクに協力してもらい、彼らの安全を確保しなければ。
それにルニエ商会の黒い噂の件もある。『貴族の血』の違法売買だ。
ああ、やっぱり、アロイスに全部話しておけば良かったのかも知れない。
どう考えても、私の手には余る事態だという思いに打ちのめされる。
しゃんとしなさい、ソフィ。私は薬師だった母の姿を思い出そうとした。いつも毅然としていて、病人には優しかった母を。
やがて馬車は、ルニエ商会の店の裏手にある屋敷の前に着いた。
ルニエ商会の屋敷に着くと、すぐに使用人が私たちを応接室に案内した。
私は、護衛を一時も離すつもりはなかったし、ルイーズと話す時は侍女のカサンドラも同席させると決めていた。
万が一のことを考え、虚偽の証言をされないように。そして決して二人きりにはならない。
用心するに越したことはないのだから。
「ソフィさま、ようこそ我が家にお越しくださいました」
ルイーズは
続いて女中が応接室に入り、白磁器の高価な茶器が運ばれた。流れるような動作で、香り高いお茶がカップに注がれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
私は飲む真似だけして、お茶に口を付けなかった。
「これまで
前置きもなく、ルイーズは深々と頭を下げた。ここには彼女のルニエ商会の父親も同席していないことから、ごく個人的な謝罪をしたいのだと受け取った。
「許します。もう過去のことですから」
ルイーズは大きく呼吸をしてから、笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
「それで、あまり時間もないので、マルクに会わせて頂きたいんですけれど」
私の態度は自分でも素っ気ないと思ったけれど、西の砦に居るアロイスや、まだ帰らないベックたちのことを考えると、あまり長く城を留守には出来ない。
「ええ、もちろん。ご案内いたします」
ルイーズは気を悪くした風もなく応じて、私たちをマルクのいる地下に案内してくれた。廊下の
「太陽の光が入らないように、地下室にお部屋を用意しています。マルクさまは、もう起きていらっしゃるはずです」
彼女は一つの部屋の前で足を止め、扉を叩いた。
「マルクさま、ソフィさまがお越しになりました」
それから、扉を開いて「どうぞ、中へ」とルイーズも自らも部屋の中に入って、魔道ランプの明かりを次々に灯して行った。
部屋は手前が居間に、奥が寝室になっているようだった。
私は護衛二人とカサンドラと共に、中に入った。
「マルク?」
私は奥の部屋の扉をノックした。ノブを回すと、鍵はかかっておらずそのまま開いた。
中は暗かったが、目を凝らせばベッドが置かれているのが分かった。
そのベッドの脇には、何か大きな横長の木の入れ物が置かれているのが見えた。
バタン!
ふいに、後ろで扉が閉まる音がした。廊下からこの居間に入った扉が閉められたのだ。
衛兵二人が、扉まで行って開けようとノブをガチャガチャと回した。
「外から、鍵をかけられています!」
「何ですって?」
扉に二人が体当たりしても、開かなかった。
廊下から、ルイーズの高らかな笑い声が聞こえて来る。
「無駄よ! この扉は目覚めたばかりの飢えた
「ルイーズ! 何てことを! 開けなさいっ。取り返しのつかなくなる前に!」
私たちは激しく扉を叩き、ルイーズに呼びかける。
「キャアアァァァッ」
絹を裂くような悲鳴を上げて、へなへなと床に座り込んだカサンドラが、奥の部屋を指さして震えている。
ギ、ギギギィ……。
奥の部屋に置かれた、横長の入れ物の蓋がずれていく……あれは、柩だ!
ゴトン――柩の蓋が床に落ちて。
柩から起き上がった
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