16話 立ち塞がる忠臣
「あそこか……」
目の前に見える、一際大きな館。親玉は、ほぼ間違いなくそこにいる。と言うのも……。
門に、槍を持った守り手がいるのだ。それも、動くだけの屍ではない。
「悪いが、そこで引き返してもらおう。もしくはその首を差し出せ」
その守り手は、こちらに気付くなり槍を構えてそう言い放つ。決して退く事はない……そんな意思を感じさせる。
「悪いが、そのつもりはない。少なくともこの街の現状を知るまではな」
「現状……か。悪いが、それも出来ない」
首をふって答える男。なるほど……クロ、だな。
「だが……私を殺せるならば、先に進んでも良いだろう。
お嬢様……?俺は心中で訝しむ。この事件の元凶は、少女だと言うのか。とはいえ、ひとまず今は目の前の脅威を払い除けるより他にない。
「良いだろう……ならば、無理矢理通らせてもらおうか」
俺は相手に歩み寄りながら双剣を構える。それを見た男が、ニッと口元を吊り上げる。
「名を聞こう」
「イロン=ホプリソマだ」
「なるほど、ホプリソマか。それは期待できそうだ……我が名はマルグ。スペルビア=ライヒ殿がご息女、リーゼロッテ=ライヒ様の忠臣也」
男が高々と宣言し、戦いが始まる。俺は先手を打って前傾姿勢をとり……槍の間合いの更に奥、近間へと飛び込む。槍持ちはこうして戦え……というのが、父の教えだ。
「むっ……」
入ると同時に時間差で放った二つの斬撃は、軽く槍の柄で弾かれる。その危なげのなさから、俺は相手の実力をざっと見積もる。
以前戦った、ロイバーと同等。もしくはそれ以上である可能性が高い。
「ふうッ……」
俺は再び間合いを取り直していたマルグに肉薄しようとする。それを防ぐように放たれた突きは、右手の剣で受け流す。そしてあと一歩で、近間に入る……その刹那。
俺目掛けて、突如石突が振り上げられる。このまま立ち止まっていれば鳩尾を、進んでいれば股座を打ち抜くであろう一撃。
「くっ……」
止むを得ず、俺は大きく後ろに跳んでそれを躱した。俺の目と鼻の先を、凄まじい早さで石突が通り過ぎていく。
「ほう……これを躱すか。中々やるな」
槍の先端を揺さぶるように動かしながら、驚いたようにマルグは言う。これは……次に来る戦いを考えると、なるべく消耗は避けたい。それにしても……。
(……スキルは、使わないのか?)
考えうる可能性は三つ。単に有用でないのか、今も使っている最中なのか……はたまた、隠しているだけか。
「どちらにせよ、早く決着は付けないとな」
俺はだらりと腕を下げ、大きく足を後ろに引く。一気に間合いを詰めるためだけの構えだ。
「ふっ……」
そのまま一気に駆け出し、三度目の肉薄を試みる。今度は、それを迎撃するべくマルグが横薙ぎの一閃を放つ。それは右手の剣を逆手に持ち替えて流し、そのままその右手を引きながら左手の剣で斬撃を放つ。
「良い攻撃だ」
マルグはそれを、容易く槍の柄で受ける。……策は成った。
俺は逆手に持った剣……その、柄頭を突き出す。
「……何を?」
マルグが訝しむのも無理はない。本来、ここに攻撃性能なんてものを期待する方が間違っている。だが……彼は、すぐにその認識を改める事となる。何故ならば……。
そこには、確かに
「……何!?」
本来であれば、そこに存在しない脅威。それを見て、初めてマルグが顔を歪める。
「ふうッ……!」
マルグは思い切り体を捻り、それを躱そうとする。しかし完全に避ける事は叶わず、喉の皮膚を切り裂いて鮮血が舞う。
「チェックメイトだ」
俺は刺突に乗せた勢いをそのまま使って回転、そこから踵蹴りを放つ。狙うは急所……鳩尾。
「ごほッ……」
直前に纏わせた金属の重みによる、強烈な打撃。それが急所に入ったとあれば、息をする事すら難しい。
「では、先に進ませてもらおうか」
敢えて、殺す事はしない。金属で紐を作ると、そのままマルグの体を縛る。これで、問題ないだろう。
「さて……元凶に、会いに行こうか」
館の扉が開く音がし、少女……リーゼロッテ=ライヒは顔をあげる。
「あら、終わったようね。さて……どちらが、来るのかしらね?」
これ以上無いほどの喜色を浮かべ、リーゼロッテは呟いた。
鋼の操者が世界を変える 天音桜月 @MatubaHigiku
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