15話 生ける屍の群


「くっ……どうするんだ、これ」


ただただ無言で、わらわらと大量に集う屍の群れ。この家屋をくまなく調べても、抜け道は見つからなかった。ここから抜けるには、あの包囲を正面より抜ける他ない。


「と言っても、仕留められないんじゃなぁ……」


少しも数を減らさずに強行突破すると、この数の相手がそのままこちらを追ってくる事となる。身体能力ではこちらに分があるが、休めないという焦りが失態を生む可能性は高い。


「…….足を切り落として強引に抜ける?」


要は追われなければ良いのだから、そうすれば安泰……のはずだ。今回は調査が目的である以上、仕留める必要はない。


「そう、だね……それしか無さそうだ」


イグニスが少し言葉に詰まりつつも言う。抜けられるかが心配なのか、はたまた罪の意識を感じているのか。だが……どちらにせよ、やらざるをえない。


「ふぅ……」


俺は効率を上げるために太刀を鞘に収め、代わりに両手に剣を作って握る。


「兄さん達も、準備は良いよね?」


「うん、勿論」


「あぁ……さて、行こうか!」


イグニスが代表して扉を開け、魔術を放つ。


「『紅炎』ッ!」


先程の屍を火葬した時の数倍はあるであろう範囲に焔が吹き出し、十ほどの敵が塵と化す。


「よし、今だ!」


俺は空いた隙間に飛び込み、群れの隙間を縫って前に進もうとする。


「ま、流石に邪魔は入るか……


俺の進路を塞ぐように、屍が位置取りを変える。これくらいは、予想通りだ。


「……申し訳ない。せめて、安らかに」


恐らく、この言葉が通じるほどの知能はもう残されてはいないだろう。だが、これを言わねば罪の意識で足が止まってしまう気がした。到底許されぬ事である自覚があるからこそ、形でそれを表さなければ耐えられない。


「ふぅッ……」


同時に振り下ろされる数多の朽ちた腕。その全てを、俺はまとめて斬り落とす。


「そこで止まっていてくれ」


そのままもう一度刃を振るい、その足を薙ぐ。予想通り、これでまともに動く事はできなくなっている。


「よし、行ける!」


そのまま、背後を兄達が付いてくる。イグニスは魔術で屍の数を減らしている。ルストロはと言うと……。


「『鏡面結界』!」


ルストロの発動させた魔術。それは、独特な見た目をした壁を作るものだった。それは悉くの攻撃を跳ね除け、あまつさえ歩みすら止めて見せている。あまり見た事はなかったが、これは強力なスキルだ。


「俺も、負けられないね」


俺のスキルは、はっきり言って派手さとも分かりやすい強さとも無縁の物だ。だが……俺も、努力を怠っている訳ではない。


足を狙うための前傾姿勢で一気に前へと走り抜け、立ち塞がる屍を全て斬り捨てていく。そしてその速度は、重力に従ってより加速していく。


「ふうッ……」


眼前に何が立ち塞がろうと関係ない。ただ、刃を以って道を開くのみ。その思考に、脳の一色を染め上げていく。道を開くために不要な情報は自然と削ぎ落とされていき、極限まで"戦いに特化した思考"へと切り替わっていく。


「『紅炎』!」


後ろから迫ってきていた気配が、圧倒的な熱量を以って消し飛んだのを確認する。恐らくは、兄がやってくれた。


「ありがと、兄さん」


最低限の感謝を告げ、尚も前に進む。そして……。


「そろそろ、抜けるか」


永遠に思えた屍の群を抜ける道のりも、ようやく終わりが訪れる。


「ふッ……!」


最後の一体を斬り、ようやくこの包囲網を抜けることに成功した。遅れて、兄二人も抜け出してくる。


「ふぅ……なんとか、抜けたね」


イグニスが服に付いた塵を払いながら言う。後ろでは足を斬られて地に搔き臥す屍達が、腕だけで這ってこちらに近づこうとしてくる。俺はそれを見ても特に何もする事はない。例え感情が無いのだとしても、これ以上の苦しみは与えたくない。


「さて……先を急ごう」


恐らく、元凶がいるとすれば領主の館。即ち、町の中央である可能性が高いだろう。退路は仕留め切っていないこの屍に塞がれている以上、前に進むしかない。





「あら……?」


イロン達が目指す館の中で、少女は声を漏らす。自らの忠臣である男から、予想外の報告を聞いたからだ。


「侵入者は尚もこちらに向かってきています。どうされますか?」


それでも淡々と、男は問う。もはや死人に情はないと言わんばかりに、あの屍兵に与えられた傷へは興味がない。


「そうね……もう少し数をぶつければいけそうなのかしら?それ次第だわ」


「恐らく、数ではあまり揺るがないないかと」


そう言う男。こればかりは、彼の本音だ。少し数を増やすだけでは、相手にならないと分かり切っている。


「そうね……止められるかしら?貴方なら」


「……恐らくは」


「なら、向かいなさい。マルグ」


マルグと呼ばれたその男は、軽く返事すると踵を返して部屋を出る。


「ふふ……楽しくなってきたわ」


そう言い、少女はいつぶりか分からない笑みを漏らした。

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