14話 生命への冒涜


「あれ、閂も無い……」


閉ざされた門を軽く触れると、それに押されてゆっくりと道が開かれていく。あまりの抵抗の無さに、寧ろ俺は警戒を強める。罠の可能性が高いからだ。


「おまけに、人の気配もないと……」


俺の呟きに、イグニスが一言付け足す。確かに、それは気になっている。音も生活感も、何もかもが消え失せている。それどころか……。


「これ、血の匂い……?」


そう。この街には、鉄のような生臭さを感じるのだ。そんな普通の街ではありえない光景を目にして、俺達は警戒のレベルを最大限に引き上げる。


「……ここで、戦闘が行われた可能性もあるね」


俺は腰に佩いた太刀に手をかける。それに合わせ、兄達も己が得物に手をかける。いつ襲われても、良いようにだ。


「一先ず、建物の中も見てみようか」


そう言って、ルストロが手頃な民家の扉に手をかける。予想に違わず、それはすんなりと開いてしまう。


「……開いている、か。無理矢理開けられた痕跡も無しと」


そう呟きながら、扉を開けたルストロを先頭に中に入っていく。そこには……。


「……死骸?」


……殆ど腐り果てた、人の形を辛うじて残す肉塊が転がっていた。


「殺されてから、かなり経っているだろうね……」


イグニスが奥歯を噛み締めながら言う。俺としても、悔しさと怒りが入り乱れて複雑な心境だ。


「……戻って状況を報告する?」


「いや、原因を突き止めてからでも遅くはないはず。取り敢えず傷口を確認して……」


そう言い、イグニスが死体へと歩み寄っていく。そしてそれに触れようとした時。


さながら止まっていた時が再び動き出したかのように|が《・》る《・》。


「……は?」


その動く死体は、腐り果てた腕を奮ってイグニスに襲いかかる。


「くっ……、『爆炎』ッ!」


彼は自らの目の前で炎を爆ぜさせて壁とし、その攻撃を防ぐ。


「…………」


肉塊は、少し衝撃を受けたように怯む。だが、それでも損傷と言えるほどのダメージが入った可能性は低い。


「厄介だね……これが、今回の事件の動機か」


十中八九、この生命への冒涜とも取れる屍はスキルによる物だろう。だとすれば、これをために町人を……そう考えれば、辻褄は合う。


「これもまた、今の世の風潮が故か……」


俺はボソリと呟く。もし、超越者の存在さえなければ。もし、スキルによる差別さえなければ。そんな"もし"が一つでも叶っていればこの非道は元より英雄譚の中のワンシーンでしか起こり得なかったのかもしれない。


「ふぅ……だからこそ、けじめを付けなきゃいけないな」


俺は少し距離を離した兄に変わり、一気に屍との距離を詰める。


「…………!」


屍は俺を迎撃すべく、腕を振り上げる。だが、その速度はあまりに遅い。当然と言えば当然だ、生前も戦う術はなかったであろう者が魂を抜かれているのだから。


俺は余裕を持ってその腕を切り飛ばし、生物であれば必ず持ち合わせる弱点……即ち心臓を貫く。


肋骨の隙間を掻い潜り、深々と突き立った刃。それを引き抜き、付着した肉塊を振り払う。そこで、違和感を覚えた。何かが足りない……。そんな予感を覚える。


「…………」


その思考に至った時にはもう、視界には想像を絶する光景が映っていた。


ーー仕留め切れていない。それどころか、未だ戦意の一つすら削れていない。もう既に、敵の腕は目と鼻の先に迫っている。


「くっ……」


流石に刃で受ける事は諦め、太刀を引き抜きながら俺は後ろに下がって躱す。そこで、ようやく違和感の正体を悟った。


これには、一滴たりとも血が通っていないのだ。ならば心臓を貫いたところで殺せるはずがない、それは血を以って命を繋いでいるからこそ急所たりえる臓器だ。


「面倒な……」


この知能の下がりぶりでは、脳も碌に働いてはいないだろう。よって、首を断ってもこれを殺す事は出来ない。


「……兄さん、あれを殺せるかな?」


「……分からない、でもやるしかなさそうだね」


そう言って、彼は魔力を操って魔法陣を描いていく。


「塵もろとも焼き尽くしてしまえば万々歳、そうでなくとも仕留め切れれば良いけど……『紅炎』!」


イグニスの詠唱とともに、屍の足元から紅蓮の焔が燃え盛る。その熱量は大気を通じて、今俺の元にまで微かに届くほどだ。


空気すら燃やし尽くすほどの熱量を孕んだ焔が消えた後に残っていたのは、灰色の塵のみ。幾らなんでも、ここから動く事はないだろう。


「やれやれ……これを毎度ってのは、流石に骨が折れるね」


自らの体に塵が飛んできていたのか、服を手で払いながらイグニスが言う。


「そうだね……俺が仕留めるのはきつそうだし」


物理が碌に通らないとあっては、殆ど俺は戦力外になってしまう。そうなると、交戦は全て兄に任せてしまう事になるが……。


「ん?……物音?」


ルストロが訝しげに呟く。言われてみれば、何かを叩くような音が聞こえる気もする。


「外か?」


イグニスが扉の隙間から外を覗き、すぐに絶望したような表情でこちらを向き直ってくる。


「……さっきのが、大量に。出口を塞がれた」

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