10話 初陣
「殿下!大変です!」
ある日、ホプリソマ家に仕える男……ウルズが、屋敷に飛び込んでくる。彼は父が賄いきれない分の雑務を全てこなす、隠れた才人だ。
「どうした、ウルズ?」
「この付近に、盗賊がねぐらを!」
それを聞き、父は顔を顰める。自領に盗賊が現れる事は珍しくもないのだが、今回ばかりはかなり面倒だ。何せ、父は用事があるとの事で今日にはここを発たねばならないのだ。
「むぅ……流石に、放置という訳にはいかんな……」
父は顎に手を当て、暫く思案し……何か名案を思いついたようにその仕草を止める。
「イグニスとルストロならば、こうした対処にも多少は慣れている筈だ。あの二人を呼んできてくれないか?」
父が兄二人を呼ぶように言ってくる。俺は返事をして、二人をすぐに呼びに行った。音から察するに、二人は訓練場で鍛錬をしているようだ。
「兄さん、父様が呼んでるよ。なんでも盗賊が出たとか」
「了解、すぐ行くよ」
「にしても、また出たのかぁ……」
億劫そうな声を上げるルストロ兄さんと、すぐに反応したイグニス兄さん。それでも焦りは見せない辺り、こうした事態にはもう慣れっこなのだろう。そんな事を考えている内に、父のいる応接間に到着していた。
「父様、呼んできました」
「おぉ、ありがとうイロン。それで、早速で悪いが……お前達三人で、盗賊のねぐらを襲撃してきてくれないか?」
「「「……え?」」」
あまりに突然の話に、俺を含む三人が困惑した声を上げる。それも仕方がない事だろう、あまりに話が急すぎる。
「イロンももうかなりの実力があるのだ、そろそろ戦線というものを経験する頃合いだろう。それにイグニスとルストロだってかなりの腕前の持ち主だからな、万が一足を引っ張っても問題無い」
「しかし、父様無しでというのは……」
「大丈夫だ、既にお前は私に勝っているだろう。私がいようといなかろうと、あまり変わらないさ」
父が諭す様に言ってくる。まぁ……自分でも、そろそろ実戦の機会があっても良いとは思っていた。それを踏まえれば、丁度良いといえば丁度良いのだが……。
「さて、それでは頼むぞ。私はもう発つ」
父が立ち上がり、そのままどこかへ歩いて行ってしまう。後には、俺達とウルズだけが残された。その状況ですることは……一つしか、無いだろう。
「え、えっと……案内できるかな、ウルズさん?」
俺はウルズに案内を要求する。彼は少し驚いたような表情をするも、すぐに返事をする。
「分かりました。付いてきてください、皆様」
「……よし、イロンがその気なんだからやるかぁ」
「だね、僕達もやろう」
兄二人もまた、決意を固めてくれたようだ。こうして、俺達はねぐらへと向かうのだった。
木が鬱蒼と茂る山の中。少し開けた場所に、小さな洞穴があった。そここそが、盗賊達のねぐら。その証拠に、付近には見張りが数名待機している。
「ここでございます」
「ありがとう、ウルズ。それじゃ、後は僕達が」
「はっ。御武運を」
ウルズは頭を下げ、戻っていく。残念ながら彼は戦闘は不得手で、襲撃にまでは参加できないようだ。
「さてと……イロン、あの見張り達は頼めるかな?」
イグニス兄さんが、俺にそんな事を聞いてくる。ひとまずはここで、力量を見定めようという事だろうか。
「……うん、分かった」
俺は事前に作って持ってきておいた太刀を抜き放ち、ゆっくりと洞穴の方へと向かっていく。
「ん……?」
「誰だ、あいつ?まさか、敵か……?」
直ぐに彼等もこちらに気付き、各々の得物を持って殺到してきた。
数は六人。得物は剣が四人、槍が二人だ。これならば、最優先は槍持ちだろう。
「おい貴様、何の用だ」
彼等のリーダー格らしき男がこちらに問いかけてくる。俺はそれに対し、最大限の圧を込めて返す。
「お前達を、殺しに来た」
「ほぉ……やれるんなら、やってみやがれッ!」
男の吠え声と共に、一斉に男達が間合いを詰めてくる。やはり、最も早く間合いを捉えてくるのは槍を持った二人だ。
「さて……始めるか」
俺は脇に太刀を構えると敵の槍のすれすれ、20cmほどの位置を擦り抜けるように駆け抜ける。そうして何の苦もなく、彼我の距離は殆ど0になった。こうしてしまえば、槍持ちはただの木偶と化す。
「はッ!」
そしてそのまま、勢い良く太刀で斬り上げた。鮮血が舞い散り、男が一人地に倒れ伏す。続いて、横にいたもう一人の槍持ちが槍を叩きつけてきた。かなり大振りで、隙だらけだ。俺は体を前のめりにして一気に距離を詰め、相手の攻撃を躱しながら斬り付ける。そうして、もう一人も倒れた。後は剣持ちだけだ。
「な、なんだこいつ……!」
怯えを見せつつ、男は尚も迫って来る。今逃げた所で意味が無いと悟ったからだろうか。
「死ねッ!」
男が大きく振りかぶり、こちらに剣を振り下ろして来る。だがーーあまりに、遅い。
俺はその剣の軌道に、横から思い切り太刀を割り込ませる。キィィィィンッ、という甲高い音と共に剣が吹き飛ぶ。
「なッ……」
困惑する男の脇腹に、太刀を叩き込む。切り口から迸った血が、俺の顔に飛び散った。
「クソっ……なんなんだ、こいつは!」
また別の男が、こちらに刺突を放って来る。確実に一撃で仕留めたい、そんな欲が透けて見える一手だ。だがその程度の攻撃をむざむざと食らうほど、甘い鍛錬を積んではいない。
「ふぅッ……」
こちらに迫る剣身にそっと太刀を添え、軌道を僅かに捻じ曲げる。それだけで、敵の渾身の刺突は虚無を貫く事となった。
そしてそのまま手首を返して首の脈を斬り、また一人仕留める。残り、二人だ。
「「死ねッ!」」
そしてその二人は、左右からこちらを挟撃するつもりのようだ。
「ふぅ……甘いね」
俺は相手が来る、ギリギリまで粘ってから……剣を振り上げて無防備になった片方を斬り捨てながら、その挟み撃ちの位置から抜け出す。そして勢い余って走り抜けたもう一人の男を、背後から斬り捨てる。
「これで、終わりだ」
俺は付着した血を拭い、太刀を鞘に収める。そして頬に付いた血を手の甲で拭い去ると、そのまま兄達の元へと戻って行った。
初めて人を殺めたというのに、心の波に大きな動きはなかった。
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