5話 模擬戦


「よし、今日は模擬戦をやるぞ」


とある日の朝。俺だけでなく兄二人も集められた中、父が突然そんな事を言い出す。


「えっと……模擬戦ですか?」


「あぁ。もうイロンも、イグニス達と同等の実力はついただろうからな」


「えっ……?イロンが、もうそんな実力があるのですか……?」


「信じられないか、イグニス?」


父がそう言う。あれからずっと武術の鍛錬も積んできた結果、それなりの実力はついたと自負している。かと言って兄達と同等かと問われれば……流石に、自信がない。


「まぁ……見れば分かる事だ。早速始めようか」


父が反論を許さずに模擬戦の準備を始めてしまう。そんな中、イグニス兄さんがこちらに話しかけてくる。


「イロン……そんな強いの?」


「うーん……兄さん達の動きとかは見た事ないから、よく分からないけど……」


そうしているうちに、父が準備を終える。


訓練場に、そこそこの大きさの線で囲われた場所ができる。この中が、模擬戦の範囲という事だろう。真ん中にはある程度の間隔を開けて二本の線が引かれている。恐らく、これが開始線だ。


「さて……最初は、イロンとルストロでやってみるか」


いきなり、本番のようだ。俺は使用する得物を選んでから、父の元へ向かう。


「得物は……ルストロが槍、イロンがハルバードか。まぁ、妥当だろうな」


俺は少し体格も大きくなったという事で、長柄武器の練習も始めている。その中で気に入っているのは、やはりハルバードだった。


「開始線に立って……それでは——始めッ!」


父の開始の合図に合わせ、お互いに得物を構えて臨戦状態となる。ルストロ兄さんは穂先を地面に向ける、下段の構えだ。


「せやッ!」


ルストロ兄さんが構えの状態から、一気に突きを放つ。流石に俺も、これくらいならば受けられる。


「ふッ……!」


ハルバードに付いた鉤の部分を上手く用いて刺突を軽く受け流し、そのまま返して上段から斬りつける。ルストロ兄さんは直ぐに突き出した槍を引き、柄の中腹でそれを受けた。


「くッ……やるね、イロン」


ルストロ兄さんが俺の得物を軽く弾き、その流れのまま横薙ぎに槍を振るう。その一撃はかなり大振りで、上手くやれば反撃も出来そうだ。


(……ここで、決める)


俺は左足を前に出しつつ、屈んでその一閃を躱す。案の定、体勢は隙だらけだ。


「はあッ!」


俺は後方に置き去りにされていた右足を前に出しながら立ち上がり、その勢いを乗せてルストロ兄さんの喉元を狙って刺突を放った。


「え……?」


俺は直前で力を抜き、優しく兄の喉に穂先を突きつける。


「俺の勝ち、みたいだね」


「え……?」


ルストロ兄さんは状況が理解できず、困惑している。実の所、俺も勝てるとは思っていなかったので内心では困惑していた。


「……イロンの勝ちだな。お前達、舐めてかかるとこうなるぞ?」


父が俺の勝利宣言をする。それでようやく思考の整理が追いついたらしいルストロ兄さんが俺に話しかける。


「イロン、そんなに強かったんだね……まさか、負けるとは思わなかったよ」


「さて、次はイロンとイグニスだ。連続でも大丈夫だな?」


「はい」


「ならば良い。イグニス、武器を持ってこい。イロンも他の武器を使っても良いのだぞ?」


父のその言葉で、俺達二人は武器が並べられた棚までやってくる。イグニス兄さんはその中から迷わずに長身の片手剣を手に取ると、直ぐに戻っていった。


「イグニス兄さんは片手剣か……じゃ、俺はこれで」


俺が選んだのは太刀。あれから練習を積み、かなりしっかりと操れるようになっていた。恐らく全ての武器の中でも、一番手に馴染んでいるだろう。


「よし、来たな。二人共、開始線に立て」


父に指示され、俺達は開始線に立つ。兄は半身になって刀身を下に向け、既に構えをとっている。俺もまた下段に構える事で相対する。


「——始めッ!」


「手加減はしないよ——はッ!」


イグニス兄さんは前置きを経て、すぐに刺突を放ってくる。かなり鋭い一撃だが、それでも受け切れないわけではない。太刀の鎬を使ってそれを弾くと、今度はこちらから斬りつける。狙うのは、刺突によって伸び切った手首。


「甘いッ!」


イグニス兄さんは腕を引いてこちらの斬撃を躱し……その勢いで体を一回転させる。そしてそのまま、こちらに剣を振り下ろしてきた。こちらは剣を振り下ろした体勢である為に、回避が難しい。


「くッ……」


強引に重心を後ろに運んで後退し、すれすれでその攻撃を躱す。一方でイグニス兄さんと言えば、もう既に次の攻撃への準備が出来ている状態だ。


まずい、常に先手を取られ続けている。どこかで打開しなければ……そう思い、ここで大きく博打に出る。


「ふぅッ……」


俺は後ろに下がって躱すのでもなく、太刀で受けるべく構える訳でもない。ただ——太刀を脇に構え、前に出る。


俺は向こうが剣を振るう事すらできない距離まで肉薄し、強引にイグニス兄さんに攻撃を"させないように"した。


「うおッ……!」


イグニス兄さんは驚きつつも、直ぐに反応して距離を取ろうとする。しかし、その動きも既に読んでいる。


「はッ!」


俺はそのまま太刀を振り上げ……イグニス兄さんの持っていた片手剣を、弾き飛ばす。意識が後退に向いていた為に抜けていた手の力では、それに耐える術を持ち合わせていなかったようだ。


「な……」


「ほう……イロンの、勝ちだな」


父が感心したように声を漏らす。俺はといえば、博打に勝った安堵と高揚感を押し殺すのに必死で黙り込んでいた。


「いやぁ……負けた負けた。イロン、強くなったんだね」


イグニス兄さんが笑いながらそんな事を言ってくる。そこに、父が突っ込みを入れた。


「何を笑っている、イグニス。年下イロンに負けるようでは大問題だぞ」


「ですが……弟の成長が、嬉しくて」


イグニスは父にも笑みを向ける。観念したかのような父が溜息を吐き、言葉を発する。


「ともかく、実力的にお前達に混じったとしても問題は無いな。今日からは全員で稽古だ」


父がそう提案する。そうしてその後は、俺達三人で父の教えを乞いながら鍛錬に励むのだった。

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