4話 武術鍛錬


「『炎鷹』!」


俺の手から燃え盛る炎が象る鷹が現れ、数十m先の的に飛んでいく。そして鷹はその的を紅蓮の炎で包み込んだ。


「ふむ、上出来だな。去年とは見違えるほどだ」


父に初めて教えを受けてから1年。俺は着実に力を付け、それなりに魔術を扱えるようになっていた。とはいっても未だに無駄は多いし、大規模な物では制御もおぼつかないが。


「そうだな……そろそろ、武術の鍛錬も並行して進めていってもいいかもな」


父が顎に手を当て、思案を巡らせながら呟く。


「よし、そうしよう。イロン、まだ体力に余裕はあるな?」


「はい!」


「なら、今日からは武術の鍛錬も始めようか。そちらは、まだあまり経験は無いのだろ?」


「流石に書斎では練習できませんでした」


「やはりな。それでは……まずは概論から」


そう言って、父は解説を始める。


「まず……純粋な近接戦において、求められる技術は何だと思う?」


「えぇと……隙を見極める、でしょうか」


「……まぁ、概ね合っている。どんな基礎も、結局はそれに繋がるのだからな。しかし、最も基礎的で重要なのは……間合いだ」


「間合い……ですか?」


「そうだ。例えば……もしお前が槍を持っていたとして、この距離まで詰められたらどうする?」


父は語りながら、俺から1mも離れていない場所まで歩み寄ってくる。一般的な槍の長さでは、長すぎて実に攻撃しにくい。俺は言葉に詰まる。


「では、お前が剣を持っていたとして……この距離ではどうだ?」


今度は父が距離を取る。それもまた、一般的な剣の刃渡りから考えれば攻撃は届かない。しかし、この距離で相手が槍を持っていようものなら容易く突かれるだろう。


「まぁ、つまりはこう言う事だ。相手の得意な間合い、苦手な間合いを見切って都合の良い場所に身を置く。そうして初めて、相手との駆け引きが成立する」


なるほど、確かに納得だ。自分が攻撃しにくい場所に陣取られたのでは、そもそも同じ土俵に立つことすら敵わない。


「それを踏まえた上で、武術の鍛錬を行おう。ひとまず、あそこに置いてある武器の中から気に入った物を選んでくれ」


父が指さした方向には、刃のない木製の武器が多数ある。この中に、俺が気に入ったあの二つの武器はあるだろうか。


さっと見回すだけで、それはすぐに見つかった。それもどちらも同時に。


「お、あったあった……うーん、どっちからが良いんだろ」


パッと見では、ハルバードは大きすぎてまだ扱えないように感じる。それならやはり、太刀が良いのだろうか。


「……よし、これにしよう」


俺は太刀を手に取り、そのまま父のもとへ戻る。


「お、選んだか……太刀か?かなり扱い難いぞ?」


「はい、それでも構いません」


「ふむ……まぁ、良いだろう。さて、その太刀の扱い方だが……それはとにかく、相手を斬る事に特化した得物だ」


父はいつの間にやら取ってきていた俺と同じような木製の太刀を手に持って解説し始める。


「基本的にはこう両手で握り、体重を乗せて——


父が語りながら太刀を頭上に構え、足を前に出しながら振り下ろす。


——こう、振り下ろすのが基本だ」


「なるほど……しかし、それでは隙が大きすぎるのでは?」


「あぁ、その通りだ。だからこそ……軌道を変えて今の動きをする」


今度は、父が連続で太刀を振る。その時の軌道は先程のようにただ振り下ろすのではなく、斬り上げ、横薙ぎ……と、多彩だ。しかし、振り下ろす時と速度に大した差はない。


「やはり上段からの振り下ろしには劣るが、攻防においてはこうした方が都合が良い。さて……まずは、見様見真似でやってみてくれ。話はそれからだ」


父に言われたので、俺は不格好ながらも父の真似をして上段に太刀を構え……足を前に出しながら振り下ろす。少しふらつきはしたが、初めてにしては良いものだとは思う。


「ふむ、中々上出来だ。ただやはり体勢がふらついているのと……後は、踏み込みが足りないな」


父がそう言ってくれる。どうやら自己評価はあながち間違ってはいなかったらしい。


「これなら、直ぐにでも上達しそうだ。では、次は……なんでもいい、私に一本当ててみろ。感覚で慣れるのが一番早い」


「え……はい、分かりました」


俺は本で見た解説にあった中段の構えを取り、父に相対する。


「さぁ、来い。怪我させる心配はしなくていいぞ」


その言葉に合わせ、俺は父に一気に間合いを詰め……る、と見せかけて止まる。父が相手であるというのに、愚直に攻めるだけでは勝てる訳がないだろう。ならば、少しでも小細工を用いるのみ。


「む、良い手だが……相手の前で止まっては、隙を晒す事になるぞ」


父がこちらに太刀を振ってくる。


(くっ、反撃も来るか……!)


俺はそれを屈んで避け、立ち上がると同時に太刀を振る。一撃当てるという条件のみであれば、セオリーから外れても構わないだろう。


「頭も回る……本当に、イロンは才能がある」


俺が自信を持って繰り出した一撃、それは……父の太刀に、容易く弾かれる。くるくると俺の持っていた太刀が宙を舞い、からからと音を立てて虚しく転がっていった。


「少し動きが大きすぎたな。しかし……磨けば、間違い無く私を超えられる」


父がそう告げ、太刀を下ろす。分かってはいたが、今のままでは手も足も出ない。しかし……いや、だからこそ燃える。絶対的な目標があれば、その道中で足が止まることはない。


「さて……しかし、太刀だけでは心許ないな。他の武器も扱ってみようか」


そう言って父が、今度は両手剣を差し出してきた。片手で握るのに向いた形状で、かなり扱いやすそうだ。


「さて、まずは最もシンプルな片手剣だ。これは……」


父が解説を始め、俺はそれを実践に移す。こうして様々な武器に触れ、その日一日を過ごした。多種多様な武器を扱う事は、後に役立つ……根拠も何もないが、そんな気がした。

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