2話 自己研鑽


 あれから一週間。俺は年齢の都合で、未だ父に教えを乞う事が出来ていない。このままでは兄二人に後れを取ってしまうのは間違いない。相手は人類最強の存在達なのだ、足手まといを連れる余裕などないだろう。


「そうと決まれば、独学で出来るところまでいかないとだね」


 我が家には遥か昔の物から最新のものまで、豊富な書物が蓄えられている。それらを読んでいけば、教えがなくとも少しは先に進める。俺はそう思い立つや否や、すぐに書庫へと向かう。紙の匂いが外まで伝わってきている扉の前まで来ると、それを開ける。そこに広がっていたのは、そびえ立つ本棚の壁だ。


「うわぁ……」


 多いとは聞いていたが、これほどまでとは。予想を大きく上回る圧巻の光景に、暫し呆然としていた。だが、すぐにここに来た意味を思い出して中に入っていく。そしてその中から、読みやすそうなものを次々に手に取っていく。そのジャンルは武術、魔術、戦術と多彩だ。そしてどれも、必須と言える内容だ。最終的に、各分野につき二冊ほど良さそうなものを回収する。結構な量になってしまい、かなり重い。何とか頑張って備え付けられた机にそれを置くと、椅子を引いて腰掛ける。そして積みあがった本の塔を、一番最初から読み始めていく。


「まずは……魔術とは何か、か。これはしっかり読んでおかないと」


 そこに書かれているものは知りたかったが知れなかったものが殆どで、自然と頁を捲る手が速まる。


 魔術とは、人を含む全ての生き物が持つ“魔力”を操って形を変え、摩訶不思議な現象を起こす技術を指す。何故この技術を見出す事が出来たのか、そもそも魔力とは何かについては明かされていないが、大体はそんなところだ。


 魔術を用いる方法は単純だ。自らの魔力を、手足と同じように操るだけだ。尤も、それが簡単という訳でもないのだが。まず、自らの魔力を自分の体の一部として知覚する事が必要だ。そしてそれは、普通に生活しているだけでは身に着くものではない。魔力を最初に感じ取るためには、全ての雑念を捨ててそれに集中する必要がある。これをしなければいけないのはあくまで最初だけで、その後は自然と知覚できる。慣れさえすれば、他者の魔力の動きすら完璧に見切る事が出来る。


「まずはそれだけに集中、それだけに集中……」


 俺はある程度読んだ所で、すぐさま実践に移る。目を閉じ、存在も知らない魔力を自らの中に見出そうとする。それ以外の思考は完全に捨て、ひたすらその作業に徹する。それを始めて、どれくらい経った頃だろうか。遂に、それらしき何かを知覚する。


 自らの体の中を、川のように流れる力。この世の全ての現象を一点に集めたように、形を変えながらそれは動き続ける。そしてそれが、自らの意識に流れ込んできて……。


「ッ!」


 全身を、電撃が走ったような感覚が襲う。それに驚いて目を開けてしまった。視界につい先ほどまでいた書庫の風景が強制的に映り込んできた。しかし、先程まで感じていた力もまた感じ続けている。


「はぁ……はぁ……成功、したのかな……?」


 試しに、思考を全く別の物に変える。昨日食べた食事、兄との会話……それらを思い出しても、魔力は未だ知覚できている。


「よし……!これは、中々筋が良いんじゃないかな?」


 そんな傲慢な思考が頭をよぎる。少しだけの間だけ優越感に浸るも、我に返ってそれをすぐさま投げ捨てた。こんな工程、誰だって成し遂げられる。それが少し早まっただけだというのに、何を誇れるというのだろうか。例えるならば、赤子の時に立ち上がった時期が早かった事を大人になっても自慢するようなものだろう。


「じゃ、次に進もうか……えっと、次はこれを操作するんだよね」


 試しに魔力に、動けと念じてみる。しかし、そんな適当にやってみても当然、魔力は依然として同じ動きを続けるだけだ。


「まぁ、これで出来る訳ないよね……」


 俺は本の頁を逆に捲っていき、そして魔力の操作に関する記述を見つける。そしてそこを深く読み込んでいく。


「えぇと、魔力が何に変わるのかを思い浮かべる……これは、どんな魔術を使いたいかって事だよね。えっと、まずは火でも……」


 俺は以前見た炎を脳裏に思い浮かべ、その姿に変われと魔力に向かって念じてみる。すると、自分の体の中からエネルギーがごっそり抜け落ちる感覚に襲われ……突如、目の前に巨大な炎の柱が現れる。


「うわぁ!?」


 思い浮かべた炎とは比べ物にならない勢いで燃え上がる炎を呆然と見上げる。やがて、それは幻だったかのように突然掻き消える。


「ちょっとやりすぎた……魔力も、すごい減っちゃったし」


 感じる魔力は、今の一瞬だけで半分ほどにまで減ってしまった。魔力が減りすぎると幼い身では健康に害を及ぼすとの事なので、魔術は一旦やめて別の本を手に取る。


「今度は……武術か」


 それもまた興味をそそられるようにどんどん読み進めていく。どんな武器が存在するのか、それらの扱いや構えに至るまで、様々な事が綴られている。その中で、幾つか目を引く内容があった。


「これは……?」


 それらはそれぞれ、“太刀”、“ハルバート”と呼ばれる武器種らしい。どちらも扱い方に難があり、強力ではあるもののあまり人気ではない武器らしい。しかし、俺にはその二つこそ最も合っているのではないかと思える。自分がそれを握って戦っているのを想像しても、その二つが最もしっくり来たように感じた。


「他も、使えそうだけどね……」


 とはいっても、合わないと感じた武器は無いように感じられた。どれを握ろうとも、不器用になるといった光景は想像できない。


「取り敢えず、色々練習しておいて損は無いね」


 もしかしたら、使い慣れない武器を用いざるを得ない状況が来るかもしれない。その可能性を減らすのに最も手っ取り早い方法は、数多くの武器の扱いを修めておく事だ。


「でも、これは今じゃ出来そうにないな……」


 辺りを見回すも、流石に武具の類は置かれていない。それどころか、形が似たものも見つける事は出来ない。


「ひとまず、座学で出来る限界を突き詰めようか」


 俺は再び、本に目を落としていった。その後俺はこの書庫の中にある本の全てを、二ヶ月ほどで読み切ってしまう事となる。

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