鋼の操者が世界を変える

天音桜月

1話 決断の日


「……んんっ」


寝室に差し込む朝日で、俺は夢の世界から現実に引き戻される。


「もう朝かぁ……」


未だ胡乱げな思考の中、既に朝である事を認識する。


「……起きるか」


目を擦り、欠伸をしながらベッドを降りる。そして寝室の扉を開けて廊下に出て、食堂へと向かう。もう朝食の用意はできているだろう。


「おはよう、イロン」


突如、後ろから声をかけられる。振り返れば、声の元は我が家の長男であるイグニス兄さんだった。


「おはよう、イグニス兄さん」


兄さんは昨日、10歳の誕生日を迎えた。俺が今5歳だから、歳は五つ離れている事になる。そして、10歳の誕生日といえば……。


「イグニス兄さんは、昨日スキルが授けられた……んだよね?」


「うん、そうだよ。『炎を統べる者』ってスキルで、炎の魔術に関する色々な強化がされるんだって」


「炎を統べる……なんだか気障だけど、かっこいいね」


「だね。父様曰く、結構当たりって言われてるらしいよ」


10歳になった全ての人は、神殿で啓示を受ける事で″スキル″を授かる。スキルとは神の権能をほんの僅かに分け与えるもの……といった解釈がされているが、実際の所は分かっていない。そしてスキルには、当たり外れがある。様々な用途に使える強力な物から、どこで使えばいいんだというようなあまりに酷いスキルまで。様々なスキルがある。そしてその当たりのスキルの中でも最上位に数えられる物を手に入れた一握りの絶対者……それを、人は"超越者"と呼ぶ。


「……兄さんは、超越者になるの?」


「いやいや、そんな訳ないよ……超越者になるには程遠い」


そんな会話をしているうちに、食堂に到着する。中には既に家族全員が揃っていた。まず、父のカリタ。そして母、ブルーメ。最後に俺のもう一人の兄、ルストロだ。


「イグニス、それにイロン。おはよう」


「「おはようございます」」


父はこの付近の領主なのだが、スキルが不明のままという異例の事態となっている。基本的に領主は超越者、そうでなくともスキル面で優遇される人がなる。しかし父は、スキルを全く明かさずにここまで成り上がってきたのだ。その事から、他の領主には妬まれているのだが。


「イグニス、スキルに関しては祝福させてもらおう。私のように侮られる事はないだろうしな」


「ありがとうございます」


軽く言葉を交わし、食卓につく。母ブルーメの作る食事は少し味が薄いものの、とても美味しいものだった。もう半分ほど食べ終わった頃、父が話を切り出す。


「そういえばイグニスは、超越者として生きていく気はあるのか?」


超越者は、何もスキルだけが全てではない……筈だ。今はそうとは思えない状況ではあるが、少なくとも本来はそうだ。つまり、超越者一歩手前のスキルを持っていたとしても超越者となる可能性はある。


「世間で言われる傲慢な超越者には……決して、なりたくないです」


「そうか、それなら良いんだが……」


何故、父がそこで安堵したのかが分からない。超越者とまで呼ばれるのは誉れでは無いのだろうか。分からないので、聞いてみる事にする。


「超越者ではいけないのでしょうか……?」


すると父は、露骨に顔を顰める。そして少し躊躇いを見せつつも話し始めた。


「実は、だな……」


それから父が話す内容は、衝撃的なものだった。


超越者の殆どは、善人ではない。寧ろ大悪党だ。驕り昂り、自ら以外は道具……いや、それ以下にしか見ない。領民は自らの金になるというだけの労働力だし、家臣も戦争の捨て駒程度だ。そして更に私腹を肥すために無意味な戦争を仕掛け、多くの人を犠牲にする。世界は、基本的にそんな状態だった。一部の君子は良い領地を築けているものの、それ以外は崩壊している。


「……と、いう訳だ。だから、私の領民達にそんな憂き目にあわないで欲しくてな」


「え……」


俺は今まで英雄だと思っていた存在の正体を知り、絶望に明け暮れる。俺はそれと同時に、憤りを覚える。絶対に、そんな非道を許してはならない……そんな思いを抱く。そしてそれを口に出す。


「……許さない」


「……全くだね」


「……どうにかしないと」


俺の呟きに対し、兄二人が同調した。この思いを抱いたのは、俺だけではなかったようだ。


「……お前達も、そんな思いを抱くのだな」


父がそう言う。お前達"も"という事は、父もそうなのだろうか。


「だが……あれを殺すのは難しい。かといって、殺さずに変えるのは不可能だろう……その思想は、根付いてしまっているだろうからな」


「ならば……超越者を超えて見せましょう」


イグニス兄さんが宣言する。


「それが、どれだけの難題かは理解しているだろう?」


俺達は無言で頷く。もう、意思は固まっている。


「……なら、良いだろう。私も最大限、手助けをするとしようか」


父が諦めたように笑い、そう宣言した。俺達もそれに答える。




こうしてここに、後に英雄と呼ばれる男……イロン=ホプリソマが生まれた。

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