追加シナリオ 魔法使いの助手(1)
意識を取り戻した時、体は冷たい石の床の上に横たわっていて、目の前には石の間に板を渡しただけのそっけない寝台があった。どこかから差し込む薄ぼんやりとした明かりの中で、ロードは、これまでのことを思い出そうとしてみた。だが、頭の芯が痺れたようになって何も思考できない。ここは、一体どこなんだ? 苦労して体をひっくり返し、染みだらけの天井を見上げているうちに、ようやく少しずつ記憶が蘇ってきた。
始まりは、――そう、確か、レヴィの誘いで"風の塔"を訪れたこと。そして、買出しに行くというユルヴィに付き合って、一緒に出かけたことだった。
風はまだ冷たかったが、日差しは柔らかく、刺すような冷たさは消えている。白い雪を被る峻麗な峰は遠く、蒼い湖畔の彼方に姿を霞ませている。季節はもう、春だ。
「山の上はだいぶ寒かったけど、流石にこの辺りはマシだな」
「ええ」
そう言って、隣で白い息を吐きながらコートの襟を立てているのは、ユルヴィだ。夏頃には短く刈り込んでいた髪は、今は肩先まである。伸ばすことにしたのだろうか、以前は気づかなかったが、ノルデンでも珍しいプラチナ・ブロンドだった。
「どうかしましたか」
ロードの視線に気づいて、ユルヴィが顔を上げる。
「ああ、いや。その黒い服のせいかな、なんとなく、<王室付き>にいた頃を思い出してたんだ。」
「これですね。リスティさんが作ってくれたんです。塔の制服みたいなものですかね」
そう言って、袖を広げて見せる。
ユルヴィが、かつて所属していたノルデンのエリート魔法使い機関である<王室付き魔法院>を辞めた直接の原因は、ロードたちと関わったせいだった。そのことに多少は責任も感じていたのだが、本人は、肩書きにこだわりは無かったしむしろ良かったと、さばさばした表情で言っていた。下っ端としてこき使われる<王室付き>よりは自分の興味を優先しての結果らしいのだが、それにしても、安定した職を捨てて"青い森"という名前意外に具体的な場所も分からなかった風の塔を目指すとは、思い切った決断をしたものだと思う。もしレヴィが森で迷っていたところを見つけていなかったら、一体どうなっていたのだろう。
「――ああ、そこを右です」
メモを片手に、ユルヴィが指をさす。二人が訪れている町は、ロスワイルという名の湖畔の大きな都市だった。湖と、その向こうに聳え立つ高峰の眺め、そして雪解け水から作られる地酒が名産の観光地だ。"風の塔"から外に繋がる唯一の<扉>は、今はこの町に繋げられているのだ。
「塔での暮らしには慣れたのか?」
石畳の狭い路地を歩きながら、尋ねる。
「そうですね…まあ、なんとか。扉と接続先がまだ覚えられないんですが、掃除しながら遭難することはなくなりましたね」
「あそこ軽く迷路だからな…。」
「まあ、私は基本的な魔法は何とかなるので、苦労はしてません。家事と雑用、余った時間は塔にある本を整理しながら読んだりしてます。楽しいですよ」
「楽しい?」
「貴重なものが山ほどあるんです。なのにほとんど手が付けられていないんですよね。特に歴史の本なんかは、誰も興味ないみたいで。」
そう言って、ユルヴィは苦笑する。「それで、少し分類してみようかと思って。目録を作ってみたいんです。」
「ふーん…。」
ロードは、塔の中にびっしりと積み上げられた、というより張り付いた、大量の本や遺物らしきものを思い出していた。一階からてっぺんまで、柱や壁に無造作に設けられた棚と各階の部屋、一体どれだけの量の本が、あの中にあるのだろう。一人で整理しようと思ったら、一生かけても整理しきれないような気がする。
「…それから、できれば、"賢者"の系譜なんかも作ってみたいんですよね。」
「系譜?」
「歴代の記録、というべきかな。ランドルフ様に聞いたんですが、ご自身は二十五代目の"風の賢者"だそうなんです。それに、ランドルフ様は元の名前がランドルフ・フォン・エーリッヒというらしいんです。知ってました?」
「いや。…でも、それが貴族の名前だってことは分かる」
ノルデンでもアステリアでも、
「エーリッヒ家は、ランドルフ様が役目に就いた五百年前にはノルデン北部の有力な貴族家だったらしいですね。少し調べてみたんですが…、百五十年ほど前の内戦で家系は絶えて、今はもう無いようです」
ユルヴィはまるで歴史家のような顔をして目を輝かせている。意外な発見だった。
「面白い内容になりそうだな。書けたらぜひ読ませてくれ」
「ええ。出版は出来ないでしょうけど」
そう言って、彼は苦笑しながら足を止めた。「ああ、ありました。この店です」
「……。」
古びたドアを押して中に入っていくユルヴィの背中ごしに、ロードは、店の中を覗き込んだ。いや、入る前からもう、何の店かは匂いでわかっていたのだが。
看板には、こう書かれていた。――"手作りクッキーの店 マム"
ややあって、ユルヴィは、大きな紙袋を抱えて店を出て来た。中からは焼きたてクッキーの香ばしい良い香りが漂っている。
「それ、間違いなくレヴィのだよな? ったく、そんなどうでもいいもののために人を使うなんて。自分で来ればいいのに」
「違うんですよ。いつもお世話になっているので、せめて何か出来ることはないかと私から聞いたんです。そうしたら、ここのクッキーが美味しいからと」
そう言って、袋を大切そうにかばんの中にしまう。「ロードって、レヴィ様と仲良いですねほんと」
「様とかつけなくていいよ。あいつ、年上とはいえおれたちと実年齢あんまり変わらないんだぞ」
「そうらしいですが…。」と、ユルヴィは微かに言いよどんだ。「なんて説明したらいいのか…あの方は…、凄いですよ」
「凄い?」
「ええ…<王室付き>でも、あれほどの魔法使いは、数えるほどしかいませんから」
「……。」
魔法に詳しくはないロードでも、それは薄々と感じていた。
半年前は逃げるのに精一杯で逃げてばかりだったが、それは、相手がテセラという比類ない魔法使いだったからだ。今のフィオでさえ、そこそこの魔法使いを複数相手にしても平気なくらいの力がある。考えてみれば、ロードが今までに知り合った魔法使いは、テセラやハルも含め、比較対象としてはレベルが飛びすぎている存在ばかりだった。
通りは、いつしか賑やかな湖沿いの道に合流していた。側にはきらきらと輝く湖面があり、長い葉を持つ枯れ草がそよいでいる。
「もう少し暖かくなると、この辺には白鳥が戻ってくるんですよ。湖畔には一面に花が咲きます」
「詳しいんだな。前にも来た事が?」
「実家がこの近くなんですよ。せっかくですし、少し案内しましょうか。あの丘の上まで行ってみましょう」
ユルヴィは、行く手の湖に突き出すようにして見えている小高い丘を指した。白い岩の表面がむき出しになった、全体が一つの大きな岩のように見える丘だ。
「夏でも積雪の如き"白い丘"、王国の守り手だった大魔法使いアルテミシアが棲んだと伝えられる伝説の丘です。竜という、今はもう絶滅してしまった古代の魔獣を飼いならしていたそうなんですよ」
「へえ」
ごつごつした丘の表面を削って作られた階段を登ってゆくと、てっぺんは公園になっていた。目の前は一面の湖畔、そして振り返れば町が一望できる。観光客が行き交う公園の真ん中には、柵に囲まれた小さな墓標が無造作にぽつりと立っていて、花が供えられていた。
「ここは彼女の終焉の地でもあるんです。これがお墓。アルテミシアの飼っていた竜は、彼女が死んだとき、哀しみのあまり一緒に死んでしまったと伝えられています。」
「なるほど。それで、この銅像か」
と、ロードは、墓の側に立てられた最近のものらしい首をもたげたトカゲのような奇妙な生き物の像を見上げた。翼を持つその生き物は、どこか<影>のハルガートが変身したときの姿に似ていて、あまり好ましい印象は受けなかった。
「この丘には、何度も来ました。王国を守った大魔法使い…。昔の憧れだったんです。魔法の勉強を始めたのは、アルテミシアの伝説がきっかけだったのかもしれない」
「彼女の本は書かないのか」
「もう、色んな人が書いてますよ。」ユルヴィは残念そうに微笑む。「――それに、アルテミシアの伝説なら誰でも書けますからね。私は誰も書けないものを書いてみたいです。」
そう言って、何故か少し考え込むような顔をして、口を閉ざした
丘の上を一周しての帰り道、彼は、言いにくそうに口を開いた。
「こんなことを聞くのは失礼かもしれないですが、…ロードは、"海の賢者"さまの息子なんですよね。自分の生き方に迷ったことは無いんですか? 特別な存在だという意識というか」
「特にないな。父さんがそういうものだってのは最近まで知らなかったし、将来って言っても、やれることやって精一杯生きればいいかなとしか」
「…そうですか」
不思議そうに首を傾げるロードの半歩ほど先を、ユルヴィは、何か考え込むようにして歩き続けている。
「私は、<王室付き>にいた頃はずっと迷っていました。魔法使いになりたかったのは確かですが、あそこには、私のなりたかった魔法使いはいませんでした。でも親に望まれて入ったようなものですし、辞めるに辞められなくて。」
「魔法の勉強は出来たんだろ? 仕事に役立てられるし、国を守るって意味では正しい選択だと思うんだが」
「ええ…そう思ってはいました。でも実際は、厳しい上下関係と出世争いの世界なんです。魔法の腕前より家柄や人脈。それに、国を守るどころか、魔法を使いたいがために戦争が起きることを望んでいるような連中ばかりで…。」
「ふーん…」
「…すいません、こんな話を。ロードには関係ないことでしたよね」
笑ってごまかしながらも、ユルヴィの横顔は、どこか深刻そうに見えた。彼は多分、まだ、迷っているのだ。<王室付き>を辞めたことをではなく、これからの人生について。
扉を開けると、そこはもう塔の中だ。台所を通り抜けると、中二階にある大きなテーブルが二つ並ぶ食堂に出る。丁度そこでは、塔の主でもあるレヴィが、机の上に本を積み上げているところだった。
「お、戻ってきたか」
二人に気づいて、本を積み上げたときに舞った埃を手でぱたぱたと払いながら、レヴィが振り返る。「いいの見つかったぜ。探してみると結構あるもんだな」
「…何だ? それ」
古びた本の大きさは様々で、表紙が擦り切れていたり、ページがバラバラになっていたり。色あせてほとんど題字が読めなくなっているものもある。
「ユルヴィが塔の歴代の主のことが知りたいっつーからさ、関係しそうな本を下ろしてきてみたんだ。」
「ありがとうございます! あ、これ、お勧めクッキー詰め合わせです」
「おーマジで買ってきたのか」
差し出された紙袋を満面の笑みで受け取ったレヴィは、さっそく中を開いてチョコチップクッキーを一つ摘み出している。リスティに見つかったら「先に手を洗いなさい」と言われるところだ。
「ん、やっぱクッキーはこの店のが最高だなー。この焦げた感じがまた…」
「リスティさんは?」
「フィオんとこだ。送っていったついでに、森でハーブ貰ってくるって言ってた。今夜は泊まり、明日戻る」
そう言いながら、クッキーを齧りつつ台所のほうへ去って行く。台所の入り口に置かれたサイドテーブルの上の花瓶には、昨日皆で見に行った"青い森"にしか咲かないという青スイセンの花が一輪、活けられている。
「げほっ…すごい埃だな」
一方で、ユルヴィは積み上げられた本のほうに夢中になっていた。ロードは、埃を流すために窓を開けに行った。外はまだ雪景色で、人の歩いた跡だけ雪が溶けて地面がうっすらと見えている。
「…塔の設計書だ。」
大判の巻物を机の上に広げたユルヴィが声を上げる。台所からレヴィが顔を出した。
「ああ、それ四代前の"賢者"がこの塔を建てた時のみたいだぜ。四代前は建築マニアだったらしい」
「四代前ってことは、ランドルフさんの前の前の前の前?」
「ざっと千年くらい前かな」
器用にポットを魔法で浮かせながら、レヴィは慣れた手つきで茶葉を量って入れている。
「三代前は女性で、二年で辞めたらしい。何があったのかは知らない。で、その次の代は百八十年。じいさんの前の代のアレグリオは、吟遊詩人だった。楽譜が山ほど残ってるが、ぼくは音楽の素養はないから良し悪しがわからない」
「詳しいな」
「ま、半分以上はじいさんから聞いた話の受け売り。あとは、さっき本を探してた時に調べた」
お湯が沸いたようだ。レヴィはまた台所に戻っていく。ロードのほうは、積み上げられた本の側に戻った。ユルヴィが壊さないようにそっと開いて覗き込んでいる本は、流れるような古い字体で書かれていて、彼には全く意味がわからない。面白いのだろうか。
「ほら。本は逃げないんだし、後回しにしておやつにしようぜ」
顔を上げると、レヴィが盆を向かいのテーブルに置くところだった。ユルヴィの買ってきたクッキーは大皿に盛り付けられている。
「え、でも…」
「一緒に食ったほうが美味いだろ?」
そう言って三人分のティーカップにお茶を注ぎはじめた。「ちなみにここのお勧めはレーズンクッキーだ。」
「ああっ!」
突然、ユルヴィが弾かれたように立ち上がった。
「す、すいません。私がやるべきだったのに、レヴィ様にお茶の支度をさせるなんて…」
「気にすんなって、茶淹れるくらい自分で出来る。ていうか、"様"とかいいから。ぼくは何も偉くはない。なあロード」
「いや、…それは、おれに同意を求められても困るんだけど。」
苦笑しながら、彼は、皿から取り上げたレーズンクッキーを齧った。香ばしいほろ苦い味とともに、レーズンの絶妙な甘さが口の中に広がっていく。
「どうだ?」
「うん、確かにこれは美味い。」
「だろー!」
レヴィは嬉しそうだ。「よし、ようやく少しはマトモな舌になってきたぞ。何しろ前は、あのシュルテンのマフィンの味がわからなかったからな」
「…半年も前のこと、いつまで言ってるんだお前は」
「ほら、ユルヴィも座れって」
開いたままの窓からは、少し冷たいが春の匂いを含んだそよ風が、塔の中に吹き込んでくる。甲高い鳥たちの無き交わす声が、森のほうから山の斜面に響き渡る。
ユルヴィは、畏まった面持ちでロードとレヴィの向かい側に腰を下ろしていた。ロードは、隣のレヴィと向かいのユルヴィとを見比べる。
「普段からそんな感じなのか?」
「そんなって?」
「いや、なんていうか師匠と弟子にしてもぎこちないっていうか…。」
「ぼくはまだ弟子なんかとれる身分じゃない。雇ったつもりもないぞ。」ティーカップを傾けながら言う。「友人として塔に招待した、くらいのつもりなんだ。シュルテンでの恩もあったしな。だから別に家事なんかして貰わなくたっていいんだぜ? 給料払ってないんだし」
「いえ、それではあまりに申し訳ないです」
青年は、慌てて首を振る。「置いてもらえるだけでありがたいんです」
「そりゃ、居たいっていうんなら居て貰って構わないけどな。リスティは話し相手が出来て喜んでるみたいだし、ぼくも魔法の分かる奴が近くにいれば何かと楽ではあるんだが」
「…なら、雇えばいいんじゃないか?」
「うーん」
「駄目でしょうか」
ユルヴィは、伺うような眼差しだ。
「――分かってると思うが、ここのことはあまり人に知られたくない」
「私は誰にも何も言いませんよ!」
「そこは疑っちゃいない。ただ、お前には家族がいるんじゃないのか? ここに住み込むからには、ちょくちょく里帰りするってわけにもいかないし、外とも頻繁に連絡は取り合えない。家族に納得して貰って、お前が行方不明になったとかなんとか心配されないように説明してくれ。それが出来たら、考えてみてもいい。」
もっともな言い分だった。そして、巧い断り方でもある。ユルヴィは、図星を突かれたような顔をして俯いたまま、沈黙していた。
リスティがいないせいで、夕食はいつもより質素だった。と言っても、レヴィが適当に作ったパスタと、ロードの作ったマッシュポテトくらいは揃っていた。一人暮らしをしていれば、簡単な料理くらいは出来るというものだ。ところが同じく独り暮らし体験者のはずのユルヴィは、料理はしたことがないと文字通り指を咥えて右往左往していた。指は、ジャガイモを剥くのを手伝おうとして早々に傷つけてしまったのだ。
「すいません、…役に立たなくて」
結局戦力にはならず、食卓に食器を並べながら、しゅんとしていた。
「いいっていいって。ほらこれ。じいさんの分、そろそろ起きてるはずだから持ってってくれ。あと話し相手してやってくれよ。」
「分かりました」
盆に取り分けられた夕食を手に、ユルヴィは廊下の奥へ去って行く。
このところランドルフは夜型で、日が暮れてから目を覚まし、夜明け前には寝てしまう生活らしかった。レヴィとはほぼ逆の生活だ。
ユルヴィがランドルフの部屋に消えたのを見計らって、レヴィがちらりとロードのほうに意味ありげな視線をやった。
「あいつ、絶対いい家の子だよな」
「何で? イモが剥けないから?」
「それもあるが、見てりゃ何となく分かるだろ。そもそも<王室付き>自体が貴族の子弟ばっか集まる組織で、家柄的にもエリートな組織だし、シュルテンで借りてた部屋もやたら広かったじゃないか。」
「…確かに。」
言われてみれば、どこかお坊ちゃん的な雰囲気ではある。
「それで、昼間あんなことを?」
「ま、念のためだ。」
湯気を立てている皿を前に、二人はそれぞれに席についた。リスティが作ってくれる上等な料理からすれば物足りないが、不味くはない。レヴィも、お菓子には煩いくせに、食事のほうには無沈着なようで、ただひたすらフォークを動かしている。
「で、ユルヴィの魔法の腕のほうはどうなんだ。元<王室付き>だし、そっちは問題ない?」
「ああ、教科書どおりの基本的な魔法はソツなくこなせるな。元々の筋も悪くはないはずだ。ただ、どうにも応用が利かない」
「応用?」
「例えば、こういうことだ」
言うなり、レヴィはおもむろに、右手のフォークを宙に放り投げた。そのフォークが、頭上の一点でぴたりと停止する。
「これは”物を浮かせる”という魔法だ。物質に働く重力にいかにして逆らうかという術式だが、基本的な理論が分かっていれば、重力と”釣り合わせる”ことも、”反発させる”ことも出来る。浮かせるだけではなく停止させること、ゆっくり下ろすこと――」
真っ直ぐに降りてきたフォークを受け止め、再び投げ上げる。今度は、フォークはどこまでも上へ上へと飛んでいく。
「反発させるというのは、放り投げた運動が持続して、どこまでも飛んでいくということだ。」
「ああ、よくおれにかけてた、あの魔法?」
「そう。跳躍力が上がったみたいに思ってただろ? 実際は空間の密度を操作して、重力を局地的に減らしてたんだ。」
ようやく落ちてきたフォークを受け止めて、彼は、何事もなかったかのようにパスタに突き刺した。
「魔法は想像力次第でいくらでも応用が効く。なのにユルヴィときたら、教えられた型どおりのまんまの術から抜け出せてない。典型的な優等生なんだよな。あれじゃ手の内は読まれまくり、魔法使い同士のタイマンは弱いだろうなー」
ロードは苦笑する。
「普通の魔法使いは、魔法使い同士で戦ったりしないんじゃないか?」
「まあな。<王室付き>の仕事は他所の国の人間との戦いだろうしな」
平然とそんなことを言って、パスタを口に運びながらパンにも手を伸ばす。相変わらず、よく食べるな、とロードは感心すらしながら眺めていた。それでいて体型は変わらないのだから、不思議そのものだ。魔法を使うのに消費してしまっているのか、それとも、"創世の呪文"が齎す副作用なのだろうか。
食事の後、ロードが一人で食器の片付けをしていると、ユルヴィが台所にやってきた。
「ロード、ちょっといいですか」
やけに深刻な表情だ。
「…すいません。今日、レヴィさ…さんに言われたことなんですが、その。実家に一度帰ろうと思うんです。それで、…一緒に来てもらえないでしょうか」
「いいけど、どうした?」
「…母が苦手なんです」
思いつめたような顔で、彼は深く溜息をつく。
「とても厳格な人で――私が<王室付き>に入ることを誰より望んでいた人なんです。母に無断で辞めたことを知られたら、どれだけ叱られるかと」
「…無断で辞めた?」
ロードは唖然とした。レヴィの予想は正しかったということだ。
「それは、一度ちゃんと説明したほうがいい。苦手でも何でも。一生姿を消したままってわけにもいかないだろ」
「分かってます。でも一人で帰ったら、母は何をするか…強硬手段に出るかもしれません。」
「たとえば?」
「私を家から出さないようにするとか。」
「…物騒だな。」
まさか息子を監禁する母親なんているわけがないだろう、と思ったが、ユルヴィがあまりにも思いつめた顔なので、それは言えない。
「分かったよ。一緒に行くのは構わない。だけど、説得は自分でしてくれよ。レヴィの手前、おれは何も言えないから」
「ありがとうございます」
ほっとしたような顔で、ユルヴィは深々と頭を下げる。そして次の日、二人は、ユルヴィの実家のあるという町を目指すことになったのだった。
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