追加シナリオ 魔女の棲む森(2)

 谷では、採掘業者が辺りを掘り返している真っ最中だった。さっきの震動は発破をかけたものだったらしく、新たに崩れた崖の斜面からはまだ、土ぼこりがもうもうと立ち上がっている。

 「…ひどいもんだな」

呟いて、ロードは谷を見下ろした。完全に崩れ落ちているとはいえ、かつては大きな魔石の結晶が一杯に露出していた場所だ。手当たり次第に発破をかけても、多少の石は出てくる。それらを無造作にズタ袋に詰め込んでいる工夫たちの側で、物騒な武器を手にした護衛らしき男たちが周囲に目を光らせていた。

 「木を切り倒すわ、そこかしこ爆破するわ、あいつらほんっと迷惑!」

 「どうする? 様子見なら――」

 「こらー、泥棒ども!」

 「…って言ってる先からお前は…。」

ロードは小さく溜息をついた。フィオの性格からすれば、こうなるだろうことは予想していたのだが。

 谷間に声が響き渡ると同時に、作業していた盗掘者たちが手を止めて振り返った。

 「お。また出たな、ちっこい魔女」

 「ちっこいとか言わないで! いい加減にしないと、こっちも容赦しないわよ」

 「いいぜーやってみろよー」

谷間の男たちがあざ笑う声が響いて来る。

 「この…っ」

フィオが怒りでぷるぷる震えているのが判る。止めても無駄だな、と思った。となれば、出来ることは一つだ。

 彼は、素早く谷間に視線を走らせ、相手の人数を数える。

 「二十三人。うち工夫が十五人、残り八人は武器持ち。三人が魔石を持ってる。魔石の輝きの大きさからして、そこそこ力はありそうだぞ。どうする?」

 「どうするも何も。こういうのはまとめてふっとばすに限るわよ!」

 「…そう言うと思ったよ。」

杖をくるりと回すと、その周囲に幾つもの炎が生まれる。

 「食らえ!」

火炎弾のように降り注ぐ炎の雨はしかし、下で構えていた魔法使いたちによって大半が着弾前に受け止められる。受け止め切れなかった分は、ばらけていた工夫たちの側に落ち、あちこちから悲鳴が上がった。服に引火して、転げまわりながら火を消そうとしている者もいる。ロードは思わずフィオを振り返った。

 「…殺さないんじゃなかったのか」

 「このくらいじゃ死なないでしょ? ちゃんと加減はしてるわよ」

フィオは意外に冷静な声で言った。確かに、<影憑き>相手に戦っていた時よりは火力はかなり控えめな気がする。それに、かつてのように力任せに上限一杯までの力を放出することはしていない。何しろ今の扱える魔力には、事実上、上限はないのだ。本気を出せば、ありふれた魔法でも威力は前の比では無いはずだ。

 その時、ロードは、崖下にいる人数が減っていることに気が付いた。さっきまでいた魔法使い一人と、武装した二人の姿がない。気配を感じて視線をやると、崖を回りこんで、こちらに向かって登ってこようとしている。魔法使いはこちらをじっと凝視しているが、口をぱくぱくさせ、手を喉に当てては苦々しい顔になる。

 「遅いわ」

フィオが、ぽそりと呟いた。

 (…向こうの魔法、打ち消してるんだな)

思いながら、それとなくナイフを浮かせる。そして、魔法使いの前後を守るようにして突進してくる護衛に向かって刃を放った。同時に放った二本が宙を舞う。ナイフは武器を握る手だけを狙っている。

 「ぐはっ」

 「えっ?!」

手から剣や鈍器を取り落とし、男たちは声を上げた。痛めつけられた手を押さえながら、何が起きたのかと辺りを見回している。ロードは、戻ってきたナイフを受け止めた。と言っても、一歩も動いていない上に手は体の後ろに回したままだから、見た目上は特に何もしていないように見えるはずだ。

 「あっちの男のほうも魔法使いだ!」

喚きながら、盗掘者たちの仲間の魔法使いが腕を差し上げる。その腕に、ちらりと魔石の輝きが見えた。ロードはそれに狙いを定める。――次の瞬間、斜め上から降ってきた刃に輝きが砕かれて、男は小さく声を上げた。

 「…あっ」

腕を押さえて地面にへたり込む。

 「魔石がなきゃ、魔法は使えないだろ?」

ロードは、戻ってきたナイフを受け止めながら男の恨めしそうな視線を見下ろす。後ろでフィオが、驚いたような声を上げた。

 「すごーい! そんなピンポイントで狙えるようになったんだね」

 「まあ一応。速度上げると命中率が下がるから、人間相手にしか使えないけど」

 「人間相手に"しか"って」

フィオは面白そうに笑う。

 「ま、動物よりは鈍いってこと」

 「そりゃそうね。で、…っと。あらあら」

谷間に視線を戻したフィオは、首を傾げる。「逃げていくみたい。なんだろ。もう終わり?」

 「本当だ」

荷物も魔石も全て投げ捨てて、盗掘者たちは一目散に森の外へ向かって走り去って行くところだった。振り返ると、ロードに手を傷つけられた護衛と魔法使いたちも、大慌てで引き上げていこうとしている。

 「囮だったってことかな。どうする?」

 「どうもしないわ、捕まえてもしょうがないでしょ? どうせまた戻ってくるのよ、いつものこと」

彼女は、諦めた様子だ。

 「本当に出来るなら、全員蛙にでも変えちゃいたいわよ。ほんと」

杖をくるりと回して、ブローチの形に戻して胸に留める。「さ、戻りましょ。あいつらがめちゃくちゃにしたところをどうするかは、今夜考えるわ。」

 「……。」

ロードは、谷間に視線をやった。

 何かが引っ掛かる。

 寄せ集めの集団と傭兵にしては妙に統率が取れている。最初から、見つかったら逃げることを前提として口裏を合わせていたような雰囲気だ。彼は、足元に落ちている割れた腕輪を拾い上げた。逃げていった魔法使いに腕から落としていったものだ。

 「フィオ」

 「なあに?」

 「気になることがある。ちょっと町で調べて来るよ」

腕輪を上着のポケットに隠しながら、彼は森の外、男たちの逃げていった方向に視線をやった。脳裏に地図を描く。――確か、その方向には川に面した交易町があったはずだ。




 シルヴェスタの森から徒歩で半日ほどのところにある、川に面した町の名前はユーゲンといった。

 長閑な田園地帯を過ぎていくと唐突に現れるその町は、川を使って近隣の都市と交易をしている。川沿いに並ぶ倉庫街に面した桟橋には喫水の浅い川用の貨物船がびっしりと並び、盛んに荷下ろしをしている。海沿いの港町なら見慣れているが、川で船というのはロードには馴染みのない光景だ。

 町を一巡りした後、ロードは、倉庫街に面した半地下の、いかにも怪しそうな酒場に踏み込んだ。船乗りたちが集まる場所のほうがいいと思ったからだ。階段を下りていくと、かすかに汗臭いすえたような匂いが漂ってくる。薄暗い空間には、真昼間だというのに酒臭い空気がわだかまっていた。

 隅のテーブルに一組だけいた客が、顔を上げ、じろりとこちらを睨む。カウンターの向こうには、好々爺の顔をした店主が一人、長いパイプを咥えて立っていた。

 「いらっしゃい。兄さん、一人かね」 

 「ああ。」

店主に注文をして、肩越しにそれとなくテーブルのほうを伺う。視線を感じるが、気づかないふりをしていたほうが良さそうだ。

 「この町は初めてかね」

 「この町はね。この辺なら何度か」

 「へえ。その格好、それに訛りが東のほうだな。どこから来た」

 「海沿いのほうさ。」

 「そりゃあ遠いな」

出された杯を受け取り、一口飲んでから、ロードは上着のポケットから壊れた腕輪を取り出し、カウンターに置く。店主が、かすかに眉を寄せた。

 「何だい、そりゃあ」

 「この辺に魔石の取引場所があるかと思ってね。町を一回りしてみたんだが、扱ってる商人はいなさそうだった」

 「おい兄さん」

奥のテーブルで聞き耳を立てていた男のうちの一人、体格のいい日焼けした大男が声を張り上げる。「まさか、あんたもトニー商会に雇われに来たんじゃねえだろうな」

 「トニー商会?」

 「魔石の密売人さ、表向きは香辛料の売人だがね」

と、もう一人のつるりと剥げた男がしゃがれた声で言う。

 「最近じゃあずいぶん羽振りよくやってるみたいだねえ。どこか、いい鉱脈でも見つけたのかもしれないが。」

 「俺らには何も教えやがらねぇんだ」

ふん、と大男のほうが鼻を鳴らした。「畜生め、自分だけ旨い汁吸いやがって」

 「…そんなに需要があるのか? 魔石なんか」

 「なんか、って。おいおい、今の一番の売れ筋の商品だせ兄さんよ。西方諸国ウェスト・ランドじゃ引っ張りだこよ。何しろ鉱脈が無いからな。」

なるほど、そういうことか、とロードは心の中で思った。

 アステリアやノルデンは小さいながら良質な魔石の鉱山が領地内にあり、生産も流通も王室が完全に管理している。だが、魔石は、元々それ自体が希少で、良質なものはあまり見つからない。この辺りは小国が林立する地方だ。自国内で魔石を産出しない国があっても不思議はない。それに、もし他に鉱山があったとしても、シルヴェスタの"水晶の谷"ほどの規模の場所は、他にそうは無いだろう。

 「で? そのトニー商会は、魔法使いも雇ってるのか」

 「ああ。用心棒代わりにな。何と戦うんだか知らないが…」

 「まさかあんたも魔法使いなのかい」

禿げ上がった男がにやにやと笑う。「それとも魔石の買い付けかい?」

 「いや? どっちかというと、忠告しに来た――かな。」

 「ほう」

 「あの鉱脈に手を出すと、恐ろしいことになる。ってね」

杯を飲み干してカウンターにコインを投げると、ロードは、壊れた魔石の腕輪をポケットに仕舞いなおして入り口に向かった。ぽかんとしている大男と禿げ上がった男は、何も言わなかった。




 町で聞き込みをすれば、ある程度のことは分かった。

 トニー商会というのは、倉庫街のはずれに事務所を構えて、二十人ほどで経営している小さな商会だった。ここで商売を始めたのは十年ほど昔で、新参者では無いが、最近は妙に羽振りがよくなった、何かよからぬ商売に手を出したらしい、と町ではもっぱらの噂だった。魔石の密売に手を出しているとはっきり言う者は少なかったが、どこからか魔法使いを雇ってきたと仄めかす者はいた。

 借りている倉庫の中身はごく普通の香辛料で、森から運び出した魔石はどこか別の場所に仕舞いこんでいるようだった。香辛料の中には、フィオが小屋に吊るしていたようなハーブもあった。

 (たぶん、森にハーブを採りに入り込んで、偶然、谷を見つけたんだろうな…)

表向きの商売にいそしむ、商会の社員たちを物陰から観察しながら、ロードは思った。用心棒や、あの魔法使いたちはここには戻ってきていない。とすれば、逃げたと見せかけてまだ森の近くに居るのかもしれない。




 一通り調べ終えて再び森に戻ってきたのは、水晶の谷でフィオと別れてから二日後のことだ。

 森の入り口にある小さな村に差し掛かると、道端では、今日も老人が一人、馬にブラシをかけている。

 「…あれ、あんたは」

 「また会いましたね」

余所者が通りかかること自体が珍しいような村で、数日前の旅人が忘れられているはずもない。ロードは、苦笑しながら通り過ぎようとする。

 けれど老人は、今日は真剣な顔をしてロードの行く手に立ちふさがった。

 「あんたまさか、魔女のところへ行くつもりじゃあるまいな」

 「魔女のところ?」

 「子供が攫われた。きっと食われちまったんだ。駄目だとあんなに厳しく言っていたのに、森に入ったもんは二度と戻って来ん」

その切羽詰った様子に、彼も、何か起きたことを察した。

 「子供って…ヨハンとカルルのことですか」

 「知っておるのか!」

 「ええ、数日前に森で見かけて。家に帰れって言って、森を出て行くところまでは見ましたが…戻ってないんですか」

老人は、小さく何度も首を振った。

 「戻っていない。二日前からだ」

 「……。」

フィオと水晶の谷へ行った日だ。あの日、確かに二人は森を出た。いや、その後姿を見送った。

 「探してきます」

ロードは、森の入り口に向かって走り出した。

 「あ、おい! あんた!」

後ろから怒鳴る老人の声が遠ざかっていく。木々の回廊に入り込むと、むせかえるような緑の香りが四方から押し寄せてくる。小川を飛び越え、小屋まで一気に駆け抜けた。

 「フィオ!」

ノックするのも忘れてドアを勢いよく開くと、フィオは、ちょうど椅子に載って束ねた薬草を梁に吊るしているところだった。

 「お帰りロード。…どうしたの?」

 「ヨハンとカルルは?」

 「え? あれから来てないよ。」

きょとんとした顔で言って、少女は椅子から飛び降りる。「何かあったの?」

 「村に寄ったら、二人が帰っていないそうなんだ。二日前から…」

 「えーっ」

フィオは声を上げて口元に手をやった。「だって、あの時、帰って行ってたじゃない!」

 「だよな。…だと思ってたんだけど」

視線が合う。お互い、考えていることが一致する。

 「行ってみましょ、水晶の谷」

言って、フィオはロードの脇を大股に通り過ぎて行く。谷に行ったあの時、後ろには誰も居なかった。子供の稚拙な尾行に気づかなかったはずはない。

 でも、もし、隠れて遠くから見ていたのだとすれば。

 自分たちが去ったあとで、何かが起きていたのなら…。

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