第12話 アーヌ

 重い空気が漂っている。


「おまえは何をしたかったんだ」


 オビシャット卿がクェルスに聞いた。


「何をしたかったのかというより。

 どうして今なのかなんですが」


「今?」


「アマト、アーヌをおぼえていますか」


 一瞬間があったが、思い出したらしい。


「あぁ、覚えているよ。

 塔の元副長で数年前に塔をやめ、田舎に帰った。

 たしかその空いた席にラバーシムがついたんじゃなかったか」


 嫌な顔して。


「何かあるのか」


「席が空いたというよりは席を売ったらしい」


「どういうことだ」


「そのアーヌが4カ月ほど前に『もうすぐ死ぬ、その前に会いたい』と突然連絡をくれた」


「使い魔でもよこしたか」


「いいや、いきなり幻影を見せてきたよ。

 本当に死にそうだったんで、慌てて飛んでいった」


 クェルスはその時の事を話し始めた。


「アーヌは本当にすぐにも死にそうで、ベットに横たわり起き上がることもできない状態だった。

 雑然とした部屋に、似合わない美女の人形が彼の世話をしていた。

 その人形がアーヌの声で話しかけてきた時は驚いたけど。

 生命のない人形を使い魔として使役していたらしい。

 もう体を動かせないから、そのほうが楽だと。


 彼は塔を離れる理由から教えてくれた。

 6年前、アーヌの妹が問題に巻き込まれ、まとまったお金が必要になった。

 困ってすでに縁が切れていたはずのアーヌにも頼ってきた。


 会っていなかったと言っても、残された唯一の親族だったから、助けたいと思ったらしい。

 だが、副長といっても、俺たちには金はない。

 それに、魔法使いは持ち物も少ない。


 アーヌがお金に換えれそうなものは、長年集めていた本だけ。

 安い本は若い魔法使いなら買ってくれるが、お金にはならない。

 高価な本は、内容が専門すぎるために欲しがる人はいない。

 他に持っていると言えるのは、自分の魔法研究の成果。

 しかし、そんなもの、売ると言っても、そもそも買う人がいない。


 魔術の研究なんて魔法使いしか必要としないが、他者の研究成果を買うなんてありえない。

 売ろうとしただけでも侮蔑される。

 だが、それしかアーヌには売れるものが無い。

 アーヌは平民出身でも才能があったから、副長にはなれた。


 しかし、貴族ではないので長にはなれない。

 有力な後押しがないからね。

 副長なんて、実際雑用ばかりだし、贅沢な生活をしていたわけでもない。

 塔にいれば優先的に珍しいものは見られるのが特権だが、それ以外はやめても生活はそれほど変わらない。

 アーヌは塔での生活にも見切りをつけていたそうだ。


 そこで副長の席と、研究成果を一緒に買ってくれそうな人を、慎重に探した。

 本来、そんなものを欲しがる者はいないはずだが、どこにでも例外はあって欲しがる人間を見つけた。

 ラバーシムが買った」


 途中から気づいていたのだろう、クェルスの口からその名がでた途端、アマト殿が怒気を含んだ声で罵っていた。

 魔法使いにとって、よほどの事なのだろう。

 まして塔の長なのだから。


「売った内容は研究途中だったから、買いたたかれたらしい。

 それでも妹の問題は、どうにかなった。

 その後の生活も大魔法使いテゲレ・キコレの教えに片目をつぶれば、日々の暮らしに問題はなかったと。

 売った資料も、複製を渡していたので研究を続けることはできたし、彼にとっては幸せな日々だった。


 10日ほど前に病で倒れてしまい、徐々に体を動かすことも難しくなってしまった。

 アーヌは死への抵抗はせず、その時を待っていた。

 幸い、頭ははっきりしていたので、ベットの上で、ただただ思考を続け。

 その中で、1つの謎が解けたと。

 解けてしまえば、単純で解き方を知ってしまえば、魔法使いならだれでも同じ解答にたどり着く。


 紛れもない解答で、アーヌの探究の終着地。

 そのまま向こうに持っていってもいいと思ったが、誰かに伝えたくなり、私を思い出したらしい。

 なぜ私なのかは『なんとなく』だそうだ。


 一方、ラバーシムは買った研究を自分の功績として発表、次期副長候補の中で、頭1つ抜き出た。

 その後時間があれば巻き返されたかもしれないが、直後にアーヌが塔を去ったので、そのまま副長に収まった。

 あたりまえだけど、本当に良く時を見て実行している。


 しかも、副長の研究発表時には王もいらっしゃいます。

 その王に魔剣<ミグリアレ>を進言。

 すぐに長になってしまった」


 そこに繋がるのか。


「アーヌは解読した内容を教えてくれたよ。

 ついでに面白い話も1つ」


「面白い話?」


「ここから先は覚悟がいります。

 ナクラ卿、カリーエ様

 そして、後ろ二人はどうしますか」


 後ろにいる神官と魔法使いにも聞いている。


「ここまで来たなら、最後まで教えてください」


 そう言うコーライン様の横でカリーエ様も頷いている。

 神官は手を胸で結び、誓約の祈りをしている。


「彼は石だよ」


 アマト殿が、後ろの魔法使いの事を言ったのだろう。

 石が何なのかわからなかったが、クェルスには通じたらしい話を再開した。


 俺には聞いていない。


「ラバーシムは買った解読を元に2つの成果を公表しています。

 1つ目は『魔剣制作には<パウジット>が必要』そして<パウジット>は、現在では入手不可能な魔法物質。

 2つ目は『<ミグリアレ>は、11人の魔法使いの生命と引き換えに制作した王家の魔剣。

 その誕生の穢れのため国難以外の使用を禁じ、塔に納める』と<ディマスズの古文書>に書かれていると。


 1つ目は、現代で魔剣の制作ができない事への回答として。

 2つ目は、王家に魔剣がある事を示した」


 一度言葉を切り、顔を見渡している。

 全員がクェルスの話を聞いている。


「だが、それはおかしいと。

 ディマスズとは失敗の複数を意味します。

 失敗一覧という意味が近いかと。

 そして、アーヌは売値を上げるために、表題の意味が解読できていたことを知らせませんでした。

 魔剣の可能性が残っているだけでも価値は上がりますから。

 内容には成功とも失敗とも読み取れるようには書かれていないそうです。

 名前から考えれば、書かれていない理由はわかるかと」


「失敗!」


「アーヌから資料をもらっています、確かに肯定も否定もしておりません」


「まてラバーシム師は魔剣と断定しているぞ」


「どうやっても『成功』とはなりません」


「いや、しかし・・・」


 さすがにアマト殿の声が震えている。


「本来肯定できないことをラバーシムは確定しています。

 何故か。

 公表した<ディマスズの古文書>では肯定するには無理な箇所が、書き換わっていましたのです」


 アマト殿が震える声で


「古い書物の場合は、ほとんどが複製品だ。

 転記を間違えている事もある。

 ラバーシムが自分の研究で分かった事かもしれないじゃないか」


「いいえ。

 アーヌが持っていた<ディマスズの古文書>は本物でした」


 クェルスは短い呪文を唱えた。

 すると、彼の前に黒い空間ができ、書物が落ちてきた。


「保護の魔法がかけられています。

 現在では失われている、古い魔法本を傷つける事も内容を書き換える事もできません。

 ラバーシムには中身が完全な複製を渡してあったそうです。

 それが公開した時には違う箇所がある」


 落ちてきた本を拾い、アマト殿に開いて見せている。


「ラバーシムは王を騙したのか!」


 オビシャット卿がその一言を口にした


「証拠がありません。

 王を騙していたということも<ミグリアレ>が魔剣ではないということも」


 またか!


「アーヌ師の証言と資料があるのでは」


 コーライン様がたまりかねて聞いている。


「アーヌは死んでいます」


 やはり。


「古い魔法がかかっているだけで、この<ディマスズの古文書>が本物という証明にはなりません。

 事の難しさは、王から魔剣を奪えるかと考えたほうが良いかと。

 正しい正しくないはあまり重要ではなくなっています。

 ならば、この<ディマスズの古文書>が本物であってはいけないのです。

 私程度の証言だけで、王が『魔剣』を手放すとは思えない」


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