第31話 八重子の話








 パパが仕事を持ってくるようになったのは、八重子がまだ小学校一年生のときだったと思う。

 パパはその時リストラというのになって、多分いろんな人が憎かった。八重子に仕事をするように言ってきたのは、その憎い人たちに仕返しがしたかったんだ。

 八重子はパパがあまり好きではなかったけど、八重子ががんばるとパパは八重子を褒めてくれて、飴を買ってくれた。ママは普段あまり褒めてくれないから嬉しかった。

 それに。

 それに、パパがもってくる仕事は、八重子も嫌いじゃなかった。


 パパが死んだのは八重子が小学校六年生のときだったと思う。

 階段で足を踏み外した。酔っ払ってたって警察の人は言ってたけど、本当はママがそう望んだからそうしただけだ。

 それからママと八重子は二人っきりになってしまった。

 八重子がしたことが失敗だったのだと気づいたのは、ママが八重子を病院につれていくようになったからだ。八重子は何もおかしくないのに、ママは八重子がおかしいと思っている。八重子がパパを殺したからこういうことになってしまったんだ。

 八重子は行きたくもないのに、病院に通うことになった。

 ママは八重子を気味悪がって、もう一緒には住んでくれない。

 パパが死んで、八重子は一人っきりになったしまった。 


 その日も八重子は病院にいた。

 八重子のことは病院の先生も怖いみたいであまりちゃんと話してくれない。八重子はもしかしたらこれから先まともに生きて行けないかもしれない。

 まともが何かしらないけどな。

 とにかくその日も待合室で長いこと待たされることになった。だから適当に時間をつぶしていたんだ。

 その時だ。偶然救急車で運ばれてきた人がいた。

 その人はすぐに死んでしまったらしい。と聞いたときには、その子が八重子を見つけて会いに来ていた。

 その子は痩せていた。八重子より小さくて、八重子より可愛そうだった。

 だから八重子はその子と友達になることした。

 でも友達のなり方がわからないから、たしか友達になるためにはお願いをきかないとな。だから八重子はその子からされたお願いを聞くことにしたんだ。友達だから。


 八重子は表屋空という男を呪うことにした。

 ちょっとした隙潰しだ。

 そいつがたまたま同じオトギリ荘に住んでいたんだ。




 



 最近うまく行かない。

 それもこれも……。


「邪魔しないで」


 目の前の女のせいに決まってる。


「邪魔などしておりませんわ」


 学校帰りの八重子の前に、立ちふさがるみ女。道を塞ぐ魅内潔子。

 八重子と少し違う、でも視える人。

 とにかく面倒なことに、八重子の仕事を邪魔する女。


「お前がいるからうまくいかない」


「あなたの技量の問題では?」


 にこにこわざとらしく笑って、八重子を馬鹿にする。

 

 八重子がこの魅内潔子という女に出会ったのは、ママがいなくなってちょっとしたころだ。

 女は突然引っ越してきた。

 八重子にはすぐにわかった。この女が八重子の邪魔をするやつになるってことが。

 予想どおり、邪魔をしてきた。

 八重子がなにかするたびに出てきて、邪魔をする。だってこいつには視えている。八重子が使うもの全部。八重子が知ってること全部、視えている。

 視えるだけなら放っておけばいいのに、邪魔をしようとする。

 目障りで仕方ないんだ。

 だから。

 だから呪ってやったんだ。


「お前は口出しするな。八重子のすること邪魔したら……」


「右足首が落ちる。ええわかっています。なんともおぞましい呪いですわ。返して差し上げたいくらい」


 返す。呪いを八重子に。そんなことできるもんか。

 いままで誰も八重子に呪いを返せたやつはいないんだ。


「強がりは格好悪い。八重子は知ってる。返せるなら返せばいい」


「子供の足首を切り落とす趣味はございませんの」


 だから無理だっていってるのに。

 そんなことより、バッグが重い。早く家に帰っておろしたい。目の前にいると帰れないし、八重子にはどうしようもない。邪魔だ。

 どけよ。


「表屋さんは……」


 魅内潔子が何かを言う。

 どいて欲しいのに、邪魔ばっかだ。


「なんだ」


「表屋空さんは、何をしてしまったのです?」


「お前が知る必要ない」


 首を突っ込もうとするところが嫌いだ。

 つまらない。足を落とすって呪いをかけたのに、結局邪魔するところは変わらない。そういうところもっと嫌いだ。

 魅内潔子はふふふとかって声をだして笑う。そういうところもだいッ嫌いだ。


「あら、聞いてもどうせわたくしには何もできませんわ。それなのに、話したくないなんて、怖がっていらっしゃるの?」


 なんだと?

 こいつ、挑発してきた。

 八重子が怖がってるって言うのか! 

 ムカつくムカつくムカつく!!


「怖がってない! 八重子はあの子のお願いをきいてるだけだ!!!」


「あの子……やはりそうですか。少女がいると眠れないと彼が言っていました。その少女は何者ですか?」


 うるさい奴だ。

 もう話したくない。


「お前が知る必要ないっ」


 八重子は魅内潔子の隣を強引に通る。触りたくもないからな。すこし離れて通る。

 それで終わりだ。

 



 家に帰って荷物を置く。

 バンッと音を立てて壁を叩く。隣がどう思おうと関係ない。むかつくから殴るんだ。

 むかつく。むかつく。どうして邪魔するんだ。どうして。

 

 あの子がいた。


 八重子の部屋で一人で待っていたらしい。

 ガリガリの手足。放って置かれて死んでしまった八重子より小さい子供。

 この子のママはどうなったのか、八重子は知らないけれど、空が関わっていて、あいつを呪うのがこの子のお願いで。

 八重子は、お願いを聞いているだけなんだ。


「八重子は……」

 

 膝を抱えてうずくまる。むかつくんだ。

 ママも、潔子も、みんな、みんな。どうして八重子の邪魔ばっかりするんだ。


「八重子は悪くない……」


 なにも悪くないんだ。







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